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天上人  作者: 鬼木 有葉
第四章 人形の館
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七.操りし者①

(もど)って……来てよ……フォ……セ」


(つぶや)いたチニの腕がフォセの身体からずり落ちた。

小さな身体が巨大な竜巻に()み込まれるかと思われた瞬間、それまで吹き荒れていた風が弱まった。

彼は穏やかな風に運ばれる木の葉のように、ゆっくりと床に横たえられた。


「チニィィッ!」


グロリオが真っ先に飛び出してチニに()け寄った。


「大丈夫か?! おい、チニ! しっかりしろ!」


防壁を解いたスラウはしばらくその場に立ち尽くしていた。


「フォセ……」


相変わらず糸に()られたフォセの目は虚空を見つめ、身体は風に()れるカーテンのように静かに空中に(ただよ)っていた。


だが、石のように固まった(ほほ)(なみだ)()()なく流れている。


「スラウ!」


アキレアの声で我に返った。

マリーラも呆然(ぼうぜん)とフォセを見つめている。

この部屋の糸を操っているのは彼女だ。

この状況から脱する為には、(すき)をついて彼女の動きを封じるしかない。

それが今だ。


スラウは勢いよくマリーラに飛びついた。

ジタバタともがく動作は、まるで本当に生きている少女のようだった。


「フォセを返してっ!」


「おや、マリーラ。だめじゃないか。おもちゃをこんなに散らかしちゃ」


不意に背後で声がした。

振り返ると黒いスーツに身を包んだ紳士が立っていた。

手には黒光りするステッキを(にぎ)っている。


「あの人、町で会ったわ……」


イザベラの(かたわ)らに(ひざ)をついていたアキレアが立ち上がった。


「何故ここに?!」


不意に彼が何かを床に放り、スラウは床に転がったそれを見て声を上げた。


「まーくん!」


「ほう、君のですか?」


彼はそう言うと、まるで汚いものでも触ったかのように手を払う仕草をした。


「てっきり使用人の雑巾かと思いましたよ」


「……っ!」


グロリオに介抱(かいほう)されていたチニはその言葉に(くちびる)()んだ。

紳士は人形にしがみついたままのスラウを一瞥(いちべつ)すると、胸元から手帳を取り出した。


「悪い子だ、マリーラ。つい先日、片づけ方を教えてやったばかりだというのに」


「ゴメンナサイ」


「もう1度教えてやらなきゃいけないようだな」


その時、エリックが声を上げた。


「お待ちください、ザレジオ様」


紳士はそこで初めてエリックに気づいたようだった。


「おや、生きていたのかい? 衰弱死の1歩手前まで行ったと思ったんだが……敬服するよ、君の害虫並みのしぶとさにはね」


軽蔑(けいべつ)するような声にエリックは歯を食いしばった。


「ザレジオ叔父様……」


半分身を起こし、イザベラが口を開いた。


「エリックが衰弱死……? 一体、何をご存知ですの?」


「何を知っているかって? フフッ……フハハハハッ!」


彼は愉快(ゆかい)そうに肩を(ふる)わせた。


()()さ!」


「……!?」


「私はここで起きた全てのことを知っているよ。君たちは私の脚本通りに動くだけの単なる人形にすぎないのさ」


「てめぇ! さっきから(だま)って聞いていれば……調子に乗りやがって!」


グロリオはザレジオを(にら)みつけた。

彼に抱えられたチニは苦しそうに(あえ)いでいた。


「俺の仲間に、この屋敷(やしき)に、何をしたんだ?!」


ザレジオは静かに手帳を閉じた。


「君、その台詞(せりふ)は脚本にありませんよ」


「……っざけんな! 皆をこんな目に合わせやがって!」


「君」


ザレジオがグロリオを(さえぎ)った。


(だま)れ、と言ったのが聞こえなかったのかい?」


彼はそう言うや否や、マリーラを羽交(はが)()めにしていたスラウの襟首(えりくび)(つか)んで放り投げた。


「君たちが天上人(てんじょうびと)ですね。全く……話には聞いていたが、本当に邪魔をしてくるとは」


その言葉に隊員たちは思わず(こお)りついた。

ラナンが思わず声を上げた。


「何で?! 何で、アイツは俺たちのことを知ってんだ?! 人間は俺たちのこと、知らないんじゃなかったのか?!」


「分からないわ……」


アイリスもありえないと首を振った。


「1回立て直すぞ!」


(すき)をついてグロリオが煙幕(えんまく)を起こした。

ザレジオが咳き込んでいるのが聞こえる。

多少の時間稼(じかんかせ)ぎにはなるだろう。

ラナンは防壁の中に隊員たちを呼び入れた。


「アイツが何故俺たちのことを知っているのか、それを考えてる暇はねぇ。ラナンとスラウはここでイザベラさんとエリックさん、チニを護ってくれ」


「うん」


「とにかく今はフォセの暴走を止める必要がある。奴が俺たちのことをどこまで知っているのか分からねぇが……ハイドと俺が突っ込む。俺らが奴の気を引いている間にアキレアとアイリスでフォセを助けて欲しい」


「了解!」


「じゃあ、行くぞ!」


4人が防壁から飛び出していった。


ザレジオはふと気配を感じて顔を上げた。

煙の中から剣が突き出されている。


だが、彼は微笑(ほほえ)むだけだった。


「話は済んだようですね……では、第2幕へ移りましょうか」


ザレジオの腰を(まさぐ)仕草(しぐさ)にグロリオとハイドは警戒して剣を構え直した。

彼は小さくふむ、と(うなず)くとポケットから手を出した。


手には(にぎ)(こぶし)ひとつ分の大きさの赤黒い木の実が乗せられている。

表面には無数の深い(しわ)が刻まれていた。


「はい」


(にぎ)った(こぶし)を掲げる彼に2人は思わず顔を見合わせた。

マリーラもフォセも糸に吊られたまま、静かに漂っているだけだ。

アキレアもアイリスも戸惑(とまど)った表情を浮かべてこちらを見ている。


「お前、何がしたいんだ?」


首を(ひね)るグロリオに彼は相変(あいか)わらず微笑(ほほえ)んだままだった。


「案外、我慢強いんですね」


「だから何が……」


グロリオが言いかけた時、背後でガンと鈍い音がした。


「スラウ!」


ラナンの声にグロリオは勢いよく振り返った。

スラウは剣を床に突き立てて身体を支えていた。


ゾルダークの要塞(ようさい)に行った時の記憶が蘇る。

射手が居るのか?

(あわ)てて部屋を見回したが、今回はそのような敵の姿はどこにもいなかった。


「どうしたんだよ、スラウ?!」


ラナンがスラウの肩に手を伸ばした瞬間、彼女は身体を大きく()()らせた。


「グ……アアアァァァッ!」


地面に転がって胸を()きむしるスラウにラナンは思わず身を引いた。


「何……だよ?! どうしたんだよ?! おい! スラウ!」


だが、ラナンの声も聞こえないようだった。

スラウは肩で荒い息をして、自分の胸をつかんだまま虚空(こくう)(にら)んでいた。


「さあ、取引をしましょう」


(たの)しそうなザレジオの声にグロリオは反射的に彼の首元に剣を突きつけた。

ザレジオは困ったように眉間(みけん)(しわ)を寄せると静かに両手を挙げた。


「……何をした?」


剣がザレジオの首に食い込む。


「おやおや……随分(ずいぶん)と気が短いですね。私の脚本では君はこの交渉に乗るんですよ」


「ふざけんな! (だれ)がてめぇなんかと!」


彼は片目を薄く開けた。

灰色の瞳がグロリオを射抜(いぬ)く。


「君はそうせざるを得ない」


木の実を(にぎ)(こぶし)に力が入り、再びスラウが(さけ)ぶのが聞こえた。


「……っ!」


思わず振り返ったグロリオの肩に手を乗せ、ザレジオが(ささや)いてきた。


「選択肢を2つあげましょう。このまま彼女の心臓が(にぎ)りつぶされるのを見ているか、君が交渉に乗るかです」


「てめぇ!」


固めた(こぶ)を大きく振りかぶったグロリオの腕が突然、強く(つか)まれた。


「ハイド! 離せっ!」


ハイドはもがくグロリオの腕を(つか)んだまま、ザレジオをまっすぐに見据(みす)えていた。


「お前、この状況で何もするなって言うのか?! フォセも、チニも、スラウも! 仲間がやられてるっていうのに?!」


腕の中で(わめ)くグロリオに彼は(だま)ったままだった。


「君は物分かりが良いようですね」


ザレジオは満足げに(うなず)いた。

グロリオの腕を(にぎ)る力が強くなった。


「……要件は?」


ハイドの問いにザレジオは胸元から手帳を取り出して答えた。


「私の脚本に付き合ってもらいます。そうすれば君たちの悪いようにはしません」


「分かった」


「では、武器を捨てていただきましょうか……君たちもね」


ザレジオはフォセの糸を()ろうと苦心していたアキレアとアイリスに顔を向けた。

2人は名残惜しそうに片手だけ糸の外れたフォセを見つめていたが、目を(つむ)ると彼女に背を向けた。

弓矢をザレジオの足元へ放るアキレアにハイドも続き、自分とグロリオの剣を投げ捨てた。

剣が互いにぶつかって(むな)しい音を立てた。

それを見ていたラナンにザレジオが指を突きつけた。


「君も。そのよく分からない壁を消すんだ。私の脚本に必要ないからね」


防壁が()けたのを確認すると、ザレジオは人形を振り返った。


「さあ、マリーラ。部屋の片づけ方を教えてあげよう。まず、彼らに糸を通しなさい。今度は()げないようにしっかり(つな)ぐんだよ」


彼女が手を挙げて振り下ろすと、糸は隊員たちの身体を(つらぬ)いた。


「マリーラ。まだ居るぞ」


エリックがイザベラを抱えたまま、おぼつかない足取りで部屋から出ようとしていた。

マリーラは再び手を動かし、糸が容赦(ようしゃ)なく2人の身体を(つらぬ)いた。

ザレジオは自分の目の前に()るされた隊員たちの姿を満足げに見上げた。


「スラウ」


ラナンは(ささや)くと彼女を見つめた。

今は意識を失っているようで()るされるままになっている。

自分の結界に不備は無かったはずだ。


「何で……?」


やりきれない思いを隠せなかった。

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