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天上人  作者: 鬼木 有葉
第四章 人形の館
71/196

六.チニとフォセ①

「今日からここが君の家ですよ」


チニは自分の手を引く青年を見上げた。

子どもたちが物陰(ものかげ)から興味深そうにこちらを見ている。

新しく入ってきた自分がどういう者か、見極(みきわ)めようとしているのだろう。


「ここはね、君のように地上界(ちじょうかい)から来た子や親元を離れて暮らさなくてはいけない子がいるんですよ。だから(さび)しくはありませんよ」


そうして始まった生活は決して楽しいものではなかった。

臆病(おくびょう)で気弱な性格のせいで、あっという間にいじめっ子たちに目をつけられてしまったのだから……


「チーニくーん。宿題、見せろよー」


リーダー格の子が()()ってきた。


「で、でも……し、宿題は自分でやらないと……」


「うるせぇなぁっ! さっさと見せろって言ってんだよ!」


「うわっ!」


()き飛ばされ、あっけなく後ろにひっくり返った。

彼は課題の紙をひったくると大きな声で笑った。


「おうおう……女みたいな字だなー、ギャハハッ!」


取り巻きたちの笑い声が裏庭(うらにわ)に響く。


いつもこうだ。

こうして一方的に(なぐ)られて、言いなりになるだけ……

他の子たちは遠巻(とおま)きに見ている。

止めに入って目をつけられるのは嫌だし、(だれ)かが犠牲(ぎせい)になっていれば、自分に火の粉がかかることはないとでも思っているのだろう。

どうせ()()思案(じあん)の僕には、こんな時に守ってくれる友だちなんていないんだ。


元々人見知りだから、自分から(だれ)かに話しかけることなんてできなかった。

だから、最初に彼らが話しかけてくれた時は(うれ)しかった。

(だれ)でも良いから仲間にしてほしかった。


でも、間違っていた。

ただ良いように使われるだけ……

友だちでも何でもなかった。


「あ、そうそう。どれか1つでも間違えてたら、いつも通り今日1日俺たちの言うことを何でも聞けよ」


「え……」


「文句あんのかよ?」


「う……な、ないよ」


本当は「嫌だ」って言い返してやりたい。

でも、言い返したらもっと(なぐ)られるだろうし、(ひど)い目にあうことは間違いない。

だから、気がつくとこの人たちの言うことを聞いてしまう。


だが、その時だった。

いつもと違うことが起こったのは……


突然(とつぜん)、嵐みたいな風が吹き荒れた。

折角(せっかく)起き上がりかけていたのに、吹き飛ばされて、またひっくり返ってしまった。


「……いててて」


ぶつけた腰の痛みに顔をしかめて立ち上がると、いじめっ子たちも同じように吹き飛ばされていた。

無様(ぶざま)(しげ)みに頭を突っ込んだリーダー格の子は、身体を引き抜こうとジタバタともがいていた。

(しげ)みの(とげ)がズボンを()き、大きな()け目から青い水玉模様の下着が見えている。

それを見下ろす少女が1人。


邪魔(じゃま)


可愛(かわ)らしい外見とは裏腹(うらはら)に、冷たい声が耳に刺さった。


「いってぇ……」


地面に転がっていた取り巻きたちは頭をさすって起き上がるとリーダー格の子を数人がかりで(しげ)みから引き抜いた。


「何しやがんだっ……! て、てめぇはっ!?」


(こぶし)を振り上げかけた彼は、その女の子を見て後退(あとずさ)りした。

少女は仏頂面(ぶっちょうづら)のまま、もう1度手を振り上げた。

手の上に風の(うず)が出来ている。

それを見た途端(とたん)、彼らは情けない声を上げながら()げていった。


尻もちをついたまま、彼女を見上げる。

風の子だ……

長に(みと)められるまで、どの属性(ぞくせい)天上人(てんじょうびと)なのかは名乗ることができないが、彼女の力が今までに出会った子たちよりも(はる)かに強いことは分かる。

手のひらに収まるくらいの小さな風の(うず)なのに、強い「気」を感じる。

本能が危険だと(さけ)ぶほどに……


その時、彼女が大きなクマのぬいぐるみを引きずっているのに気づいた。

片方の耳はちぎれ、手足は今にももげそうだ。


その時、少女がちらりとこちらを見た。

大きな茶色の瞳がチニを(するど)射抜(いぬ)いた。


「何?」


「ひゃ……」


威嚇(いかく)されたような気がして変な声が出てしまった。


「え、あ、あの……えっと、あ、ありがとうございました」


しどろもどろにお辞儀(じぎ)をすると、少女は鼻をツンと上に向けた。


「別に。助けたわけじゃないから。邪魔(じゃま)だっただけ」


そう言いながらも(ほほ)が薄い紅色(べにいろ)に染まっていく。

もしかしたらこの子は、そんなに悪い子じゃないかもしれない。

彼女の様子からそう思った。


「ね、ねぇ! き、君のクマさん、直してあげるよ」


だが、彼女は途端(とたん)に警戒したように、ぬいぐるみを抱きしめて後退(あとずさ)りしたとした。


「良いから貸して」


笑いかけると、悪意(あくい)は無いと判断してくれたのか、彼女はぬいぐるみを突き出してきた。

ポケットから裁縫道具(さいほうどうぐ)を取り出して針に糸を通す。

取れかけていた手足を手早く()いつけ、耳をつけてやった。

少女はそれを食い入るように見つめていた。


「ほら、出来たよ。えへへへ……僕、こういうの得意なんだ」


ぬいぐるみを差し出すと、彼女はチニからそれをひったくってぎゅっと抱きしめた。


「……クマさんのこと、大事なんだね」


「べ、別に」


彼女は(くちびる)を小さく(とが)らせた。


「そのクマさん、名前はついているの?」


「……」


(たず)ねると、彼女は小さく口を動かした。


「……え?」


「だから……まーくん」


苛立(いらだ)たしそうに言った後、彼女は恥ずかしそうに(うつむ)いた。

それが可笑(おか)しくてちょっと笑ってしまった。


「何」


(ふく)(つら)する少女になんでもないと首を振る。


「良い名前だね。僕はチニ。君は?」


「……フォセ」


「よろしくね、フォセ!」


フォセは差し出された手を見つめていたが、ツンと顔を(そむ)けて去っていった。


***


この施設では1日のスケジュールがキチンと決められていた。

朝食の後は城から来た先生が力の使い方を教えてくれた。

いきなり城の訓練で力を使うと体力を消耗(しょうもう)するので、少しずつ身体(からだ)に慣れさせる必要があるらしい。

力の引き出し方や制御の仕方などの基礎(きそ)を学んだ。

午後からは読書や散歩など好きなことをして過ごすことができた。

あの一件から、いじめっ子たちに(から)まれることもなくなり、生活に余裕(よゆう)が出てきた。

だからか、フォセが同じクラスにいた事に初めて気づいた。


だが、授業での彼女の態度(たいど)はとても()められたものではなかった。

遅刻(ちこく)はするし、話もろくに聞いていないようだった。

ミランダ先生が担当の日は特にひどかった。


「フォセ!」


授業が始まって5回目の怒号(どごう)が飛んだ。


「一体、何を聞いていたの?! 集中しなさいと言ったでしょ?! 周りを見なさい! みんなはできているのよ?!」


クスクスと笑う声にうっすらと片目(かため)を開ける。

1番後ろの席の子たちは、こっそり持ち込んだボードゲームで遊んでいた。


だが、ミランダ先生がそれを(しか)る気配はない。

彼女はいつもフォセを目の(かたき)にして、みんなの前で(しか)りつけている。

フォセも態度が悪いのは事実だから、怒られても仕方(しかた)ない気はする。

それでも……

もしミランダ先生が彼女を他の生徒と同じように()めてくれたら。

同じように(はげ)ましてくれたら。

フォセだって少しは変わるような気がするのだ。

その日の授業は結局、彼女だけが(しか)られて終わった。


昼食後、中庭でお気に入りの本を読んでいると、肩を(たた)かれた。

フォセがクマのぬいぐるみを引きずって立っていた。


「直して」


突き出されたぬいぐるみの腹には大きな()け目が入っていたので、言われるままに()ってあげた。


「ミランダ先生のこと、嫌いなの?」


思わず言葉が口をついて出た。

彼女は少し驚いた表情をしたが、はっきりと答えた。


「嫌い。あのババア、規則、規則ってうるさいもん」


ミランダ先生は他の先生よりも厳しく、ちゃんと反省をしなければ「お仕置き部屋」と呼ばれる部屋に入れられてしまう。

子どもたちの(だれ)からも怖がられていた。

その上、彼女の許しが出るまでは外に出してもらえないというから、本当に鬼のような人だった。


「お仕置き部屋、行きたくないなぁ……」


ふと心の声が()れた。


「別にあんなとこ、へっちゃらだけど」


「え、フォセ、行ったことあるの?」


「うん」


フォセはケロリとした顔で(うなず)いた。


「だって、部屋には窓が無いから暗いし、不気味な置物が置いてあるんでしょ? それで、夜にはその置物がガタガタって音を立てたり、人の影がユラユラ見えたり……」


フォセは小首を(かし)げてこちらを見ていたが、ニヤリと笑うとグイと顔を近づけてきた。


「ねぇ、もしかして……怖いの?」


「そ、そ、そんなことないよ!」


「1つ良いこと教えてあげる」


フォセは一段と声を低めた。


「あそこにはね……顔喰(かおく)いが出るんだよ」


「え?!」


顔喰(かおく)いは泣いてる子どもの顔が好きなんだって。だから、お仕置き部屋で泣いている子どもを見ると、顔を()()がしにくるんだよ。こっちへおいでぇ、こっちへおいでぇ、って」


手招(てまね)きをする化け物が頭に浮かぶ。

泣くまいと(くちびる)を強く()んだ。

フォセは不意に身を起こすと舌をペロッと出した。


(うそ)だよーん!」


「ううぅ……フォセのいじわるぅ……」


(ひざ)(かか)えて情けない声を上げる自分を見て、彼女は楽しそうに笑った。


それからフォセは頻繁(ひんぱん)にボロボロになったぬいぐるみを持ってくるようになった。

いつものように彼女がふらりと姿を消している間にぬいぐるみを直していると、女の子たちが声をかけてきた。


「チニ君、あの子にいじめられているんでしょ?」


「……え?」


「それ、あの子のでしょ?」


「あ、そ、そうですけど……ぼ、僕は別に……」


他の少女も口を開いた。


「嫌なら断って良いんだよ?」


「べ、別に、ぼ、僕は……」


「言い出しにくいのも無理ないよねー。あの子、ほら……凶暴(きょうぼう)だし。何されるか分かんないもん」


「前にここで飼っていたユニコーン、あの子が怪我(けが)させたから飼うのを()めたらしいよ」


「うわぁ、ひっどーい」


「だからあの子嫌いなんだよね。自分の思い通りにいかないと力で解決しようとするしさぁ……とっとと居なくなれば良いのに」


次第に彼女たちはフォセの悪口で盛り上がり始めた。


「だ、大丈夫だってば!……です」


思いの(ほか)、大きな声が出た。

彼女たちはお(しゃべ)りを止めて互いに顔を見合わせた。


「まぁ、君が大丈夫って言うなら良いけど。何かあったらいつでも言ってねー」


「何してんの?」


ぼんやりと彼女たちの後ろ姿を見送っていると、フォセに声をかけられた。


「ん? 何でもないよ」


「ふーん……」


「ほら、ぬいぐるみ直ったよ」


フォセは差し出したぬいぐるみをいつものようにひったくると背を向けた。


「ま、待って!」


(あわ)てて呼び止めると、フォセは何、と振り返った。


「ねぇ! まーくんに手押(てお)(ぐるま)を作ってあげようよ!」


手押(てお)(ぐるま)……?」


「うん! まーくんがすぐ破けちゃうのって、フォセがいつも引きずっているからでしょ? だから、まーくんをそれに入れてあげれば、もう破けなくて()むよね?」


「……」


「僕が手伝ってあげるよ! 明日、一緒に作ろ!」


彼女は小さく(うなず)くと立ち去った。


***


フォセはゆっくりと手を上げた。

手の上で小さな竜巻(たつまき)(うず)を巻いていた。


今日こそ成功させてやる。


――『こいつを(こわ)さずに運ぶことができるくらい、風を上手く使えるようになったら迎えに行ってやる』


ぬいぐるみをくれた兄との約束が(よみがえ)る。


――『とっとと居なくなれば良いのに』


フォセは(くちびる)()んだ。

ついさっき立ち聞きした言葉も。


「あっ!」


集中が途切(とぎ)れた途端(とたん)竜巻(たつまき)が勢いよく飛び出した。

風は切り株に乗せられたぬいぐるみにぶつかると、布を大きく()きながら木立を吹き抜けて行った。


またダメだった……


フォセは(うつむ)いて(こぶし)を固めた。


――『力のコントロールも出来ないなんて……御両親(ごりょうしん)はあんなに立派なのにねぇ……千里眼(せんりがん)を持つ家系なのに勿体無(もったいな)いわぁ』


――『お兄さんは優秀らしいぞ。領域(りょういき)の中でも最年少で長の選考(せんこう)を受けたのだとか。それに引き換え妹は……物に触れただけで破壊するらしいじゃないか……末恐(すえおそろ)ろしい子だよ』


――『友だちなんかじゃないよー。だって凶暴(きょうぼう)だし。こっちまで怪我(けが)したくないもん』


――『あの子嫌いなんだよね。自分の思い通りにいかないと力で解決しようとするしさぁ……』


フォセは歯ぎしりした。

どこに行ってもそうだ。

風の領域(りょういき)でも、この施設(しせつ)でも、危険な子どもだと言われ、()(きら)われる。

だから、唯一(ゆいいつ)自分を認めてくれる兄の元へ早く行かなくちゃ……


その時、後ろの(しげ)みからチニが顔を(のぞ)かせた。


「あ、もう居たんだね」


チニはそう言うと手に(かか)えていた木材を置いた。


「何これ?」


フォセは地面に広げられた紙を指差した。

手押(てお)(ぐるま)のイラストに様々な書き込みがされている。


「設計図だよ。ぼ、僕こういうの好きで……つい徹夜(てつや)しちゃった」


チニは、はにかんだように笑うと(そで)をまくった。


「さ、作ろ! 分からなくても大丈夫。僕が教えてあげるから」


「……分かるもん」


少しムッとしたフォセは()ねたように(くちびる)(とがら)らせた。

チニは驚いたようだったが、すぐに笑顔を浮かべて(まく)し立てた。


「頼もしいや! じゃあ、ここをお願いしても良いかな? あ、切り込みの位置はここで、(くぎ)を打つ時はこれくらい開けて……」

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