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天上人  作者: 鬼木 有葉
第四章 人形の館
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五. 紅い月②

突然(とつぜん)の痛みにスラウは思わず目頭(めがしら)を押さえた。

視界が(ゆが)んでぼやけていく。

次の瞬間、頭の中に鮮明(せんめい)な映像が流れ込んできた。


暗い部屋で無数に張られた糸。

そして、その奥に……


映像はあっという間に消え、視界は再び使用人用の台所に(もど)ってきていた。


「何、今の……」


スラウは目を(こす)った。


「恐らくアキレアがやったんだ」


チニが目元をほぐして言った。


「アキレアが?」


「うん。スラウ、『念写(ねんしゃ)』って能力を知ってる?」


「ええと、心の中で思ったものを、紙に絵として映し出せるやつだっけ?」


「うん、大体合ってるよ。アキレアは念写(ねんしゃ)の能力を持っているんだ。それもかなり高次元のね」


「つまり、見たものを映像として他人の脳内に送り込むことができるってわけか?」


ラナンが小さな手で顔をクシャクシャと()いた。


「うん、そうだよ。最初は僕も慣れなかったけど、そのうち慣れると思う」


「ねぇ、今のだけどさ、あれは……アキレアが見たものってこと?」


「チニの話だとそういうことになるな」


「じゃぁ、アキレアたちは今、糸だらけの部屋に居て……」


3人が考え込んでいると、青年が遠慮がちに口を開いた。


「君たち、さっきから何の話をしているんだ?」


屋敷(やしき)を案内してくれませんか? 僕ら、行きたいところがあるんです」


チニはそう言うと、いつになく緊迫(きんぱく)した様子で続けた。


「円形の石造りで大きな窓が2つある部屋はどこですか? 恐らくイザベラさんもそこに居ます!」


スラウは思わず目を丸くした。

彼も見た映像は同じはずだ。

それなのに、チニはスラウが得た以上の情報を一瞬で(つか)んでいた。


「円形の部屋……2つの大きな窓……」


青年は(ひたい)を指で(たた)いた。

3人は固唾(かたず)()んで次の言葉を待った。


「分かったぞ! 最上階のギルナード様の作業部屋だ!」


「シッ……!」


突然(とつぜん)、ラナンが長い耳を立てた。

ガチャガチャと金属の(こす)れ合う音が近づいてきている。


鎧兵(よろいへい)が来てる!」


「気付かれたか。これじゃ、外に出られねぇな」


ラナンが(つぶや)いた時、青年が(すす)まみれの暖炉(だんろ)()()った。


「ここから中庭に出られるよ。お嬢様とここを通ってパンを盗み食いしたことがあるんだ」


足音は部屋のすぐ外まで(せま)ってきていた。

それから間もなく(とびら)が押され、()め具が(きし)み始めた。

チニは暖炉(だんろ)(そば)に転がっていた火掻(ひか)(ぼう)(つか)むと、戸枠(とわく)に立て掛けた。

これで簡単には開けられないだろう。

青年は何か思い出したかのようにスラウたちを振り向いた。


屋敷(やしき)の中はいつ鎧兵に見つかるか分からないだろう? 外壁(がいへき)を上って部屋まで行こう。どうやら君たちの助けを借りずにはいられなさそうだしな……申し遅れた、僕の名前はエリックだ。案内するよ」


***


「くっ……!」


グロリオは吹き飛ばされないように足を踏ん張って防壁(ぼうへき)(たも)ち、矢継(やつ)(ばや)に放たれる風の(うず)から身を守った。


「頼む。もってくれ……」


祈るように(つぶや)き、(くず)れ始めた防壁(ぼうへき)を見つめる。

彼女の突発的(とっぱつてき)に出す力は、恐らく他の隊員の(だれ)よりも強いだろう。

まともに()らえば無事では済まない。

かといって、防壁(これ)を解いて張り直す余裕(よゆう)もない。


「おわっ!」


とうとう防壁(ぼうへき)が破られ、グロリオは風に(あお)られて壁に勢いよく(たた)きつけられた。


「ゴホッ……ゴホ……」


むせながら起き上がったグロリオは目の前にフォセが降り立ったことに気づいた。

腕を振り上げる動作には迷いが無い。

糸が(から)まってもつれる脚を何とか動かして立ち上がると、その小さな肩を(つか)んだ。


「フォセ! しっかりしろ! 俺たちが分からねぇのか?! フォセ!」


グロリオの呼びかけにも関わらず、フォセの大きな瞳は虚空(こくう)を見つめたままだ。


「クスクス……ムダ」


少女がフォセの後ろにやって来た。


「コレハ、ワタシノオニンギョウ」


「お前、フォセに何をしたんだ?!」


声を荒げるグロリオをよそに少女がフォセに命じた。


「ヤレ」


少女の言葉でフォセの手が動き、グロリオに風の(うず)を放った。


「グロリオ!」


アキレアは土煙(つちけむり)を立てて(くず)れる壁に向かって(さけ)んだ。

少女はしばらくそれを見ていたが、興味を失ったようで背を向けた。


その瞬間、土煙(つちけむり)の中から剣を振りかざしたグロリオが飛び出してきた。


「ナンノマネダ?」


少女が手を振ると、糸が引っ張られ、グロリオは勢いよく床に突っ込んだ。

剣が音を立てて(なめ)らかな石の床を転がっていく。

彼は(うめ)くとそのまま動かなくなった。


「オマエモ」


少女は再び糸を(あやつ)ると、印を結びかけていたハイドの胸を(つらぬ)いた。


「……キニイラナイ」


少女の声に共鳴するように部屋中の糸がビリビリと(ふる)え始めた。


「あうっ……!」


アイリスが小さく声を上げた。


「アイリス?」


アキレアが(たず)ねるとアイリスはゆっくりと首を回した。

淡い青色の瞳が()れている。


「アキ……レア……手が……」


「……っ!」


アイリスの手から血の気が失せ、(ろう)のように固まっていくのが見て分かった。


「や……めろ……」


グロリオがふらつきながら立ち上がった。


「これ……以上……俺の仲間に……手ぇ出すんじゃねぇ……」


「グロリオ……」


アイリスが弱弱しく(くちびる)を動かした。

少女の周りの糸がゆっくりと上下に動き始めた。


「ダマレ」


グロリオはふらつく体を剣で支え、少女を見据(みす)えた。


「俺は女性、子どもは()らねぇが……()()()()手加減(てかげん)しねぇぞ」


「ダマレ!」


グロリオの腕に糸が蛇のように巻きついていく。


「な、何するの?! やめて! お願い! ねぇ!」


アキレアが(さけ)んだ瞬間、グロリオの腕の糸が動いた。

意思に反して飛び出した彼の身体は剣を持ったままアイリスに向かっていった。

それを見つめていたアイリスは、大きく息を吸うと、(ふる)える(まぶた)を閉じた。


「やめてぇぇっ!」


アキレアの悲鳴が聞こえる。

ザシュ――

耳元で音がした刹那(せつな)、血の(にお)いが鼻をついた。


アイリスはゆるゆると(まぶた)を動かした。

すぐ目の前に血の(したた)る剣が見えた。

そして、ガチャガチャと音を立てて(ふる)える剣先を素手(すで)で止めているグロリオも……


「……わりぃな、アイリス……俺は……仲間を()るくらいなら自分(てめぇ)()る方を選ぶぜ……」


グロリオは白い歯を見せて笑って見せた。


「モウ、オコッタ!」


アキレアは少女の怒気(どき)(はら)んだ声に思わず振り返った。

再び部屋中の糸が(ふる)えている。

これ以上、この少女を止めることはできないだろう。


「早く来て……!」


アキレアは祈るように目を(つむ)った。

ここの映像は彼らに送ってある。

後は場所さえ、突き止めてくれれば……


その瞬間、部屋が大きく()れたかと思うと、天井(てんじょう)(くず)れた。

瓦礫(がれき)と共に複数の人影が落ちてくる。


「うわぁぁぁぁぁぁ!」


「いっけぇ!」


チニの声がしたかと思うと床に青い防壁(ぼうへき)が広がり、落ちてきた3人を受け止めた。

小さな黄金色(こがねいろ)の物体がそこから放り出されてボールのように()(えが)きながら床の上を転がった。


「……ててて。スラウ、屋根を壊すのはもうナシだ。こっちがもたねぇよ」


短い手で頭を押さえたラナンは糸に()るされたままのアキレアに気づくと、長い尾を振った。


「大丈夫か? てか、何だそれ?」


「あ、これは……」


アキレアが答えようと首を回した瞬間、グロリオが(さけ)んだ。


「ラナン、()けろぉぉぉ!」


無数の糸がラナンに向かっていく。


「うぉっ!」


ラナンは咄嗟(とっさ)に小さな手で頭を(おお)って丸くなった。


光盾(ひかりだて)!』


スラウの声と共にラナンの前に金色(こんじき)(かがや)く壁が現れて糸を(はじ)き返した。


「大丈夫?」


「おぅ。わりぃな」


ラナンはそう言うと跳躍して人間の姿に戻った。


「スラウ! ラナン! 助けてぇっ!」


チニが(さけ)びながら走ってきた。

後ろには彼が呼び出した巨人の式がエリックを抱えて走っている。

糸は彼らのすぐ後ろまで(せま)ってきていた。

スラウは剣を引き抜くと、糸に()(こう)から()りかかった。


「任せろ!」


ラナンは(さけ)ぶと指を鳴らした。


「来い!」


人差し指を引くとチニと巨人の身体が浮き上がり、こちらに飛んできた。


「みんな、お待たせ! 今、糸を()るから!」


着地したチニがグロリオたちに()け寄ろうとした瞬間、ラナンが(さけ)んだ。


「チニ! 止まれ!」


()ける間もなく、フォセの風の(うず)(おそ)いかかった。

だが、彼は無傷で床に()せていた。


「スラウ……」


安堵(あんど)するチニをしっかりと(かか)えたスラウは、目の前の人物に思わず(まゆ)をひそめた。


「フォセ、なの?」


フォセが再び手を上げた。

手のひらに風の(うず)が巻き起こっている。

剣の(つか)に手を伸ばすスラウをチニが止めた。


「待って、スラウ! 今のフォセには(かな)わないよ!」


「え……?」


スラウが思わず振り返った瞬間、風の(うず)(おそ)いかかってきた。


「……っ!」


スラウは咄嗟(とっさ)にチニを(かか)えて跳躍(ちょうやく)したが、脚に走る激痛に顔をしかめた。

()()き傷のような細かい傷ができている。

完全に見切ったはずなのに()けきれなかった……

(うつむ)いたままチニが口を開いた。


「今のフォセには制御(せいぎょ)()いていないんだ」


「え?」


「フォセは隊員の中でもかなり強いけど、それでも随分(ずいぶん)(おさ)えている。余りに強すぎる力に身体(からだ)がついていかないから……でも、今はそれを(おさ)える理性が働いていない。このままだと身体(からだ)が壊れちゃうよ」


「そんな……っ! しまった!」


気を取られた一瞬のうちに脚に糸が(から)みついた。

糸に引っ張られ、2人は勢いよく床に(たた)きつけられた。


「スラウ!」


助けようとしたラナンの身体にも糸が巻きついた。


「クスクス……イイナガメ」


少女が目の前に()るされた隊員たちを見下ろして口を開いた。


「ごめん、みんな……」


「いいえ、むしろ好都合(こうつごう)よ」


申し訳なさそうなチニに返したアキレアは黒髪の少女を(にら)んだ。


「今までに何があったのか、教えてちょうだい」


「僕らは地下室に落ちちゃったんだ。そこで、エリックさんと出会った。蜘蛛(くも)の巣にかかっているのを助けたんだ」


「そう言えばエリックさんは?」


スラウが辺りを見回した。


「僕の呼び出した巨人が(かくま)ってる。衰弱(すいじゃく)しているのは確かだし、あの人だけでも()げてもらえれば……」


「そうね。じゃあ、あの糸を(あやつ)る女の子について何か知っている?」


アキレアの問いにチニは小さく首を振った。


「分からない……」


「あれはお嬢様のマリオネットです」


「エリックさん!?」


思わず声を上げたチニに少女が反応した。


「エリック! ドコダ?!」


「俺はここだよ、マリーラ」


部屋の(すみ)にうずくまっていた巨人の(かげ)から青年が飛び出した。


「エリックさん、ダメです!」


エリックはチニが制するのも(かま)わず、マリーラと呼んだ人形に近づいた。


「マリーラ。やめろ、こんなこと……この人たちに罪は無いだろう? 皆を元に(もど)すんだ!」


少女は(だま)ったまま糸を(あやつ)り、彼の身体(からだ)()り上げた。


「シネ」


無数の糸が針のように向かっていく。


「エリックさんっ!」


チニが(さけ)んだ瞬間、エリックの前に巨大な氷壁(ひょうへき)が現れた。


「お前……!」


グロリオは思わずハイドに目を向けた。


「さっきの攻撃は受けていなかったのか?!」


恐らくハイドは自分の身体(からだ)の表面を(こお)らせて糸を(すべ)らせ、攻撃を受け流していたのだろう。

溶け始めた氷の(よろい)が彼の服を()らしていた。


流石(さすが)だわ、ハイド!」


アキレアが声を上げた時、部屋中に張られた糸が(ふる)えた。


「うっ……」


首に(わず)かな痛みを感じてスラウは顔をしかめた。

ラナンはぎこちない格好(かっこう)で歩き始めた彼女を(いぶか)()に見た。


「どうしたんだよ、スラウ?」


「分かんない。身体が勝手に……」


不安げに返したスラウの身体はズルズルと引きずられるようにマリーラの前にやって来た。

彼女が指を動かすと、スラウの手もそれに合わせて動き、剣を(さや)から引き抜いた。


「キレ」


マリーラはハイドを指差(ゆびさ)した。


「もし嫌だと言えば?」


「ワタシニサカラウナ」


マリーラが答えた瞬間、隊員たちが身体を()()らせた。


「分かった! 言う通りにする!」


「スラウ?!」


(とが)めるようなアキレアの声にスラウは剣を(にぎ)らせられた手に力を込めた。


「……自分が何を言っているのか分かってるよ」


仲間を()るか、皆人形にされるか……

どちらを取っても良い結果にはならない。

それなら……!


「ねぇ、マリーラ。1つあなたを楽しませてあげられる方法があるんだけど。無防備(むぼうび)の人をただ()るだけじゃつまらないでしょ? ハイドにも剣を持たせてよ」


スラウの言葉にハイドは片眉(かたまゆ)()り上げた。


一方のマリーラは、その提案に納得したようで、口元をぎこちなく(ゆが)めて笑うとハイドにも剣を抜かせた。

彼と向き合ったスラウは、その()てつく視線に気圧(けお)されそうになった。


よくよく考えれば、これまでろくに言葉を()わしたこともなかったっけ。

ましてや剣なんて……


スラウはぶんぶんと頭を振った。

これしか方法が無いのだ。


「ダ、ダメだよ! そんなこと! やめてよ!」


チニが(さけ)んだ。

スラウは隊員たちから目を背けた。


()き手で剣を(かま)え、反対側の手で(つか)を支える。

緊張(きんちょう)のせいか、少し手が(ふる)える……

失敗はできない。


スラウは息を吸い込み、ハイドを見据(みす)えた。


()()()()()()!」


スラウはひとつひとつの音がハッキリと伝わるように言った。

()()む直前、ハイドが剣を(かま)え直したのが見えた気がした。


「やめろぉぉっ!」


(さけ)んだグロリオは目を見開いた。

剣を()き出したスラウの上半身が力なく()れ、手から(すべ)り落ちた剣が床にぶつかって音を立てた。

それから2人の身体がゆっくり(かし)いで床に(くず)れた。

部屋は(つか)()静寂(せいじゃく)に包まれた。


「スラウ! ハイド! おい! しっかりしろ! おい!」


グロリオの(さけ)び声が(むな)しく響いた。


「そ、そんな……!」


アイリスが息を()んだ。

マリーラはしばらく床に(たお)れた2人を見下ろしていたが、興味が失せたようにくるりと背を向けた。


「マリーラ、もういいだろ?! これ以上……やめてくれ!」


エリックはスラウたちから目を()らした。


「クスクス……」


彼女の口から笑い声が()れた。

イザベラの身体が引きずられるように移動し、両手を広げた状態でエリックの前に()るされた。


「い、嫌だ……」


彼の(ふる)える手には、いつのまにか短剣が(にぎ)らされている。


「やめてくれ……!」


糸に引きずられるように脚がイザベラに向かっていく。


「嫌だ……! やめろ……!」


短剣を手放そうにも、糸が(から)んだ指は思うように動かなかった。


「くそっ…!」


ラナンは小さく舌打ちした。

イザベラ嬢と自分の場所を入れ替えられるのならば、2人を助けられるかもしれない。


だが、手がこの状態では思うように印が結べない。

動けば動くほど、糸は深く食い込んでいくばかり。

糸は指をキリキリと()めつけ、血管を浮き上がらせていた。


「嫌だ……」


エリックは顔を(ゆが)めた。

今や彼はイザベラの胸元に短剣を()きつけていた。

マリーラの動きに合わせて彼の腕が勢いよく振り上げられた。

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