四. 人形の館③
スラウは扉に背中を預け、目の前の机に座る青年に目を向けた。
クシャクシャとした焦げ茶色の髪に透き通るような茶色い瞳。
青年はスラウの観察もおかまいなしに、皿に盛られた果物やパンを掴むと貪るように口に運んでいた。
その様子を机の上で丸くなったラナンが静かに見守っている。
まーくんと呼ばれていたクマのぬいぐるみは、スラウたちを地下の使用人用の台所に連れてきた。
目を覚ました青年は差し出された水を飲むと、机の上に並べられた食べ物に気づき、すぐさま飛びついたのだった。
パンが胸につかえたのか、青年が苦しそうに胸を叩いた。
「落ち着いて食べて下さい」
チニが盆の上に水差しを乗せてやって来た。
青年は手渡された水のコップを飲み干して息を吐いた。
「すまない。ありがとう……えっと、君たちは?」
「僕らエリザベスさんにお伺いしたいことがあって、ここに来たんです。それで、あなたを見つけて……」
チニの言葉に青年は手で顔を覆った。
「そうか……」
「一体、何が起きているんですか?」
青年はチニの言葉に目を伏せた。
「ここは……特に君たちのような子どもにとって危険だ。今すぐに逃げた方が良い」
「益々、帰る訳にはいかなくなりましたよ。何が起きているんですか?」
スラウの問いに青年は答えるか迷っているようだった。
「聞かせてください」
畳みかけるように頼むと、彼は再び息を吐いた。
「分かった……話すよ。だが、あの子に見つかる前にここから出るんだ、良いね?」
チニは椅子に腰掛けると、自分の膝を握りしめて次の言葉をじっと待った。
「ここは、おもちゃの巨匠と呼ばれたギルナード様の住んでいた屋敷だ。あの方が亡くなられた後、ここはイザベラお嬢様に譲られることになった。それからだ、この家で異変が起きるようになったのは……ここで働く使用人たちが次々に姿を消した」
「え?」
「ある日の朝、お嬢様の世話役の1人が姿を消した。でも、荷物は屋敷にあるし、窓やドアには鍵が掛けられたままだった。あの子はどこかで休んでいるのだろう。すぐ帰ってくるに違いない、皆そう言って真剣には取り合わなかったそうだ。でも……そのうちにまた1人、使用人が消えた。皆、気味悪がったみたいだけど、ギルナード様に拾われたこともあって、誰も辞めようとしなかったんだ。まあ、皆の気持ちも分かるけどな」
「拾われた?」
首を傾げるスラウに青年は微笑んだ。
「ああ。ここの人たちは皆、あの人に仕事を与えられたんだ。俺は幼い頃に両親に捨てられてね……路地裏でゴミを漁って生活するような日々を送っていたんだ。ギルナード様はそんな俺に手を差し伸べてくれた唯一の人だよ。あの方は俺をおもちゃ工房で働かせてくれた。そのうちにお嬢様の遊び相手になって欲しいって言われてね、世話係としてこの館に住み込みで働くことになったんだ。食べ物も、服も、寝床も、俺には幸せすぎる贈り物だったよ。でも、いつまでも世話になるわけにもいかないんで、ここを出て新しく交易の仕事を始めた」
青年はそこで息を吐くと再び口を開いた。
「さて、話を戻さなくては……気味の悪いことに使用人の失踪は止まらなかったらしい。いずれ町の人に、このことが知られてしまえば、ギルナード様の残したもの、お嬢様やおもちゃ工房の名に傷がつく……そこで、残された使用人たちと執事のリケットさんが細工をしたんだ。全員がギルナード様の死後に解雇されたとする書類を作成して失踪事件を無かったことにしようとした……」
「そんな!?」
「皆はそこまでしてお嬢様を守ろうとしたんだろう……勿論、内密に失踪者の捜索は続けられていた。俺がこのことを知ったのはつい先日のことだ。お嬢様から手紙が来たんだ。屋敷には誰1人いなくなってしまったと。気味が悪いから来てくれって」
「……」
「それで俺は急いでここへやって来た。だが、時すでに遅く……お嬢様はいなくなっていた。そこで執務室にあったリケットさんの日記を読んで、俺はこれまでの状況を理解した。だが、それだけじゃなかったんだ、ここで起きていたのは……」
***
廊下に飛び出したグロリオの足が突然止まった。
「何?」
アキレアが彼の肩越しに顔を出した時、目の前の大きく開け放たれた扉から何かが放り出されてきた。
「……」
グロリオは手を伸ばしてそれを拾い上げた。
自分の片腕くらいの大きさの少女の人形だった。
頭には黄色いドットのナイトキャップを被り、薄緑色の寝間着を着ている。
寝間着からはみでた裸足に細かい砂がついていた。
ぼんやりと開かれた黒い瞳はビー玉のように透き通り、1点を見つめていた。
「これ……」
低い声で呟いたグロリオはギッコン、ギッコンという音に我に返った。
塗装のはがれかけた茶色いブリキのサルがゆっくりと部屋から出てきた。
時折、手にしたタンバリンを叩いている。
「あ、あれ見て!」
アイリスが部屋を見て後退った。
釣られて顔を上げたグロリオはサルの後ろに広がる光景に息を呑んだ。
「何だ、これは?!」
部屋には大小様々なおもちゃが転がっていた。
積み木やドールハウスの散らかった部屋は一見、普通の子どもの部屋と同じだったが、何かが異様だった。
ブリキのロボットは片方しかない手で少年の人形を持ち上げては宙に放る動作を繰り返し、オルゴールの上でくるくると回っているのはバレリーナではなく少女の人形で、バレリーナは埃まみれの服を揺らめかせて踊っている。
片耳の取れたイヌのぬいぐるみと尻尾のないウサギのぬいぐるみが少女の人形を持ってままごとをしていたり、塗装のはげたブリキの兵隊同士が紙でできた槍で互いを突き合ったりしていた。
だが、最も奇妙だったのは、おもちゃに遊ばれている人形が皆、寝間着姿の子どもであったことだった。
***
「嘘だろ?!」
ラナンが琥珀色の目を見開いた。
「人間が人形に変えられてるなんて……」
チニもありえないという表情をしていた。
スラウは頭を過ぎった考えに思わず立ち上がった。
蹴り倒された椅子がガタンと大きな音を立てた。
「じゃあ、いなくなった子たちは……」
青年は頷いた。
「恐らく人形にされているだろう。俺がここに来た時は既に使用人の皆が人形に変えられていたんだ。だから恐らくお嬢様も……」
***
「どうなっていやが……っ?!」
その刹那、グロリオは目を見開いたままゆっくりと床に崩れ落ちた。
彼の腕に抱かれていた少女の人形が落ちて、乾いた音を立てた。
ブリキのサルは、おぼつかない足取りでそれを引きずりながら部屋へ戻っていった。




