四.人形の館①
「ここがローク卿の住んでいた館だな」
グロリオはそう呟くと、紅の月を背にして建つ古ぼけた洋館を見上げた。
壁一面を覆わんばかりに広がるツタは枯れかけている。
「ここにイサベラ嬢が住んでいるはずよ」
アキレアが答えた。
「失踪した子どもたちの持っていたおもちゃは全てローク卿の作ったものだった……彼女に聞けば、何か分かるかもしれない」
グロリオはそう言うと、門をゆっくりと押し開けた。
白い石の敷き詰められた道が洋館に続いている。
道の脇には様々な草木が植えられていた。
「へぇ、これも育てているのか。良い趣味をしているな……」
ライオネルが興味深そうに茂みに近づいた。
さらに進んでいくと大きな庭園に出た。
庭の中央の噴水が月の光を受けて紅く光っていた。
グロリオは物おじせずにそこを回り込むと、玄関の扉を何度かノックした。
返事はない。
試しにドアノブを回してみると鍵は掛かっていなかった。
軋む音と共に木造りの扉が開き、中から温かい橙色の光が溢れてきた。
「すみませーん。誰か居ませんかー?」
グロリオの声ががらんとした玄関に響く。
スラウは玄関ロビーの装飾に目を見張った。
吹き抜けの天井からは大きな水晶のシャンデリアが吊り下がっている。
奥へと続く長い廊下には鋼の甲冑がずらりと並び、壁には色とりどりの絵画が飾られていた。
「何か御用でしょうか?」
突然、隊員たちの前に燕尾服に身を包んだ長身の男性が現れた。
きれいにひげの剃られた顎は鋭く、細く突き出た鼻に片眼鏡が乗っている。
「イザベラ・ローク嬢はいらっしゃいますか? ちょっとお話できればと思いまして……」
グロリオが尋ねた。
男性はしばらくこちらを見つめていたが、突然クルリと背を向けて歩き始めた。
「あ、あの、ちょっと待って下さい!」
アキレアが思わず男性の肩に手を伸ばした瞬間、ハイドが飛び出して彼女を後ろに引き倒し、男性に飛びかかった。
「アキレア!」
グロリオが倒れかけたアキレアを抱き留めた。
「ちょっとハイド! 何す……っ?!」
声を上げたフォセは奇妙な光景に口を噤んだ。
ハイドの剣が男性の鋭く光る短剣を押さえていたのだ。
スラウはその異様な光景に思わず後退りした。
短剣を握る男性の腕があらぬ方に曲がっている。
身体も顔も前を向いているのに、腕だけが後ろに曲がっている。
まるで関節が無いかのようだ。
ハイドが短剣を薙ぎ払うと、男性の身体は床に崩れた。
「一体、何が……?」
呆気に取られているグロリオをよそにハイドは長い腕でおざなりに男性をひっくり返した。
その身体はぐにゃりと曲がり、不自然な格好で腕を広げた。
それを見ていたラナンは動物の姿になると男性の身体によじ登り、顔を覗き込んだ。
小さな手で顔を叩いてみる。
石のように固く、目はどこか虚空を見つめている。
血の気のない唇と頬。
息は……感じられない。
「ね、ねぇ……そ、その人……まさか……」
チニがライオネルの後ろから恐る恐る顔を出した。
ラナンは神妙な顔つきで顔を上げた。
「息はしていない。だけど、これ……人じゃない気がするんだ」
「もしかしてそれ、蝋人形じゃないか? 治療の練習の時によく使うが、それに似ている気がする」
ライオネルが尋ねた。
ラナンはヒョイと男性の身体から飛び降りると、器用に後ろ足で立った。
「そうかもな。でも、さっきコイツ喋ってなかったか……うわっ!」
男性が突然掴みかかってきたので、ラナンは寸手のところで躱した。
「こいつ……!」
ラナンは低く唸ると、地面を蹴ってその腹に体当たりした。
男性は身体をくの字に折り曲げると、そのまま床に崩れ落ちた。
グロリオは駆け寄ると、彼を揺さぶった。
「おい、お前! 何者だ?! イザベラ嬢は無事なんだろうな?!」
ふと男性の首だけが不自然に持ち上がり、グロリオを見据えた。
目に奇妙な光が宿り、口がぎこちなく動く。
「ヨウ……コソ……」
彼は機械的な口調で続けた。
「ヨウコソ……ニンギョウノヤカタヘ……」
「おい! 質問に答えろ!」
グロリオは一層力を込めて揺すったが、男性の口は不自然に歪むと動かなくなった。
「何だよ、人形の館って?」
ラナンが低く呟いた時、背後で騒々しく金属の擦れ合う音が聞こえた。
「……っ!」
スラウが振り返ると、廊下に並んでいたはずの鎧兵が動き出していた。
グロリオは剣を引き抜いて構えた。
「どうなってんだ?!」
「……少なくとも歓迎されてはいないみたいね」
ランジアが静かな眼を扉に向けた。
いつのまにか、玄関にも槍を構えた鎧兵が立ち塞がっている。
「ちっ……!」
グロリオが指示を出す間もなく、兵たちが襲いかかってきた。
咄嗟に攻撃を受け止めたスラウの剣が激しい火花を散らした。
「てぇいっ!」
背後でフォセの声が聞こえた瞬間、風の渦が鎧兵の身体を引き裂いた。
バラバラになった金属片が次々と床に叩きつけられる。
「要は全部壊せば良いんでしょ?」
フォセはそう言うと、金属片の山を踏みつけて得意げに金色の髪をいじった。
「それは私の専売特許だもん」
「フォ、フォセ……そ、そうでもないみたい……」
チニが恐々と彼女の足元を指差した。
「……っ!」
バラバラになった金属片が互いに吸い寄せられるように集まり、再び鎧兵の形に戻っていく。
「これじゃキリがないわ!」
アキレアが声を上げた。
「一旦引くぞ! あっちの通路に走れ!」
グロリオの声に隊員たちは通路に向かった。
その時、アキレアの背後を鎧兵の剣が狙った。
「アキレア! 後ろだ!」
グロリオの声に振り返ると、兵が剣を振り被っているのが見えた。
思わず腕で庇った瞬間、それは動きを止めて床に倒れ込んだ。
「スラウ! ありがとう!」
スラウは剣を鞘に収めて、今しがた倒した鎧兵の身体を抱き起した。
「見て。ここ……」
「糸?!」
息を呑むアキレアにスラウは頷いた。
「天井から吊り下がっているみたい。多分、誰かが操り人形みたいに、糸で兵を操っていたんじゃないかな?」
「ねぇ! これを辿れば犯人が分かるよね?」
フォセがポンと手を叩いた。
「あたしが行ってくる! 皆は先に行ってて!」
「フォセ、1人で大丈夫なの?」
アキレアが尋ねると、彼女は片目を瞑ってみせた。
「平気、平気! どこに続いているのか、ちょっと見てくるだけだから!」
「分かったわ。イザベラ嬢を探すから、千里眼で私たちを見つけてちょうだい」
「オッケー! じゃあ、後で!」
フォセは再び玄関ホールへ躍り出た。
通路に吹き込んできた荒れ狂う風に吹き飛ばされまいと足を踏ん張り、グロリオが声を上げた。
「行くぞ!」
再び走り出した隊員たちの後を鎧兵が追ってきた。
「……ったくキリねぇな」
ラナンがしんがりをつとめるスラウの肩に飛び乗って琥珀色の瞳を細めた。
「スラウ、先に行って」
前を走っていたアイリスがふと立ち止まった。
『我に宿りし草木の力よ、鋭き刃の如く彼らを引き裂け、葉刀!』
印を結んだ彼女の手から木の葉が舞い上がり、鎧兵に向かっていく。
葉は空中で鋭い刃となり、天井から垂れ下がる糸を斬っていった。
「凄い……」
次々と積み上げられていく鎧の残骸にスラウは思わず感嘆の声を漏らした。
「さ、行きましょ」
アイリスはこともなげにそう言うと、再び前方に戻っていった。
***
絡みつく糸を振り払いながらフォセは上を目指した。
「えいっ!」
天井を突き破ると埃が降ってきた。
ひとしきり咳き込んだ彼女はその穴からこちらを覗き込む影に気づいた。
「え? まーくん……?」
フォセが思わずそれに手を伸ばした瞬間、糸が首に巻きつき、意識が遠のいた。




