三. 調査
「子どもの失踪事件?」
フォセが首を傾げた。
グロリオは腕を組むとソファに背を預け、机の上に広げた任務通達書を睨んだ。
「あぁ。地上界で子どもが突然消える事件が相次いでいる。アキレア、概要を説明してもらっても良いか?」
「えぇ。これまでに失踪している子どもの数は10を超えているわ」
「そんなに?!」
「年齢は5歳から8歳。いずれのケースも、深夜から明け方にかけて起きている……部屋を荒らされた形跡はなく、扉や窓が破られたりしていることも無いようね」
「何か不気味で嫌だな……」
「そうね、チニ。しかも今回は困ったことに、契約主の声は未だに特定されていないの」
「どういうこと?」
「通常、声には契約主を特定できる資質が含まれているわ。だけど、今回の場合はそれを持たない音のみが発されているだけ……いわゆる信号と同じよ」
「つまり、任務遂行の時は契約主を見つけ出すのが最優先ということになるわけだ」
グロリオは任務通達書を部屋の明かりに透かした。
「透かし文字とか使ってんじゃねぇよな?」
アキレアは溜め息を吐いた。
「何で連絡塔がそんな手のかかることするのよ。単なる子どもの失踪事件なら地上界で解決できるわ。でも、この件が天上界に届けられたということは……」
「人間には解決できない問題ということか」
ライオネルの言葉にアキレアが頷いた。
「ええ」
「明日の早朝、いつもの場所に集合してくれ。では解散!」
グロリオの言葉にスラウは緊張感を持って頷いた。
***
黄緑色の壁紙に明るい木目の床。
タンスやベッドは小さく、赤や緑など色鮮やかだ。
ふとカーテンが揺れ、黄金色の毛並の動物が音もなく室内に降り立った。
鼻を高く上げて匂いを嗅ぐ。
「誰も居ないな……」
ラナンは低く呟くと、今しがた入ってきた窓に近づいた。
「良いぞ」
再びカーテンが揺れて、グロリオとランジアが入ってきた。
「へぇ、随分立派なもんだな」
グロリオは興味深そうに部屋を見回し、手袋をはめてベッドに近づいた。
丁寧に毛布を捲るとシーツにシワがついていた。
失踪する前にベッドに1度は入っていたようだ。
「何か見つけたか?」
グロリオはランジアに声をかけた。
彼女はドアノブに手をかけたまま考え込んでいた。
「……まだ分からないわ。誰かがこの部屋に入ってきて子どもを連れ去ったのだとしたら、窓や扉がそれを記憶しているはずだけど……今のところは手がかりなしね」
「そうか……」
グロリオは外を眺めた。
調べれば調べるほど、謎は深まるばかりだ。
今ごろハイドとアイリス、チニが他の子どもの家を探している。
彼らの方で何か見つかっていれば良いのだが……
淡い期待を胸に通信機を手に取る。
『もしもし』
チニの声だ。
「こちらグロリオ。そっちは何か分かったか?」
チニはしばらく通信機の向こうで考え込んでいた。
『うーん……ハイドに出来るだけ時間を遡って部屋の様子を再現してもらったけど、部屋に誰かが侵入したような痕跡は無かったよ』
「そうか……力の反応は?」
『それもゼロ。どんなに小さくても力を使えば、その空間には新たに痕跡が書き加えられるはずなんだけどね……』
「ちょっと待て! 今、何て言った?!」
『え? え、えっと……力の反応は無かった……』
「そうだ! その後は?!」
勢いづくグロリオにチニはやや泣きそうな声になった。
『ち、力を使えばその痕跡が書き加えられる……』
「それだよ! 書き加えられるんだ!」
『そ、それはどういう……?』
「つまり、俺たちは新しく加わったものばかりに気を取られていないか、ってことだ! この部屋から子どもが居なくなったのは事実だ。つまり何か変化があるはず……だが、新しく加わったものは何もなかった。だとすれば、無くなったものは? この部屋から無くなったものは子どもだけか? もし他にも無くなっているものがあれば、そいつが手がかりになるんじゃねぇか?!」
後ろで聞いていたラナンとランジアは互いの顔を見合わせた。
『無くなったものか……分かった! 調べてみるよ!』
チニはそう返すと急いで通信を切った。
***
「スラウ、何か分かった?」
屋根の上に立つスラウの隣にフォセが降り立った。
アキレアとライオネルが町の人に聞き込み調査をしている間に、2人は上空から子どもの失踪した家の位置関係を確認していた。
スラウは手元の紙に視線を落とした。
紙が凹凸を作って、目の前に広がる町と同じ風景を作り出していた。
何軒かの家の上に赤い丸印が浮かんでいる。
「ううん。家の位置もバラバラだね。フォセは?」
フォセも首を振った。
「あたしも同じ。それよりスラウ、それ何?」
スラウの空いている手の中で光の粒子が集まったり離れたりを繰り返していた。
スラウは顔をしかめた。
「練習……」
***
「良いか、スラウ。よく見るのじゃ」
光の長コウルはそう言うと手を前に出した。
次の瞬間、彼の手には白く輝く剣が握られていた。
「え? え?!」
呆気に取られているスラウに彼は微笑んだ。
「驚いたじゃろう。じゃが、君にはこれを習得してもらわねばならぬ。例えば、持っていた武器を何らかの理由により手放さなくてはならなくなったとしよう……そして困ったことにその状態の君を敵が襲ってきた。この場合、君ならどうするかね?」
ふとゾルダークの要塞に行った時のことを思い出した。
幽鬼に殺されそうになったフィリップを助けようとして、襲いかかってきた闇狼に剣を投げつけて……
「そのままの状態で突っ込みました……」
コウルは楽しそうに笑い声を上げた。
「もう経験済みじゃったか……じゃが、いつもその方法でいけるとは限らん。その時に使えるのがこれじゃ」
彼は手にした剣の刃に触れた。
小さな白い光が粉雪のように舞い上がった。
「この剣は己の気によって存在している」
「気?」
「「気」とはそうじゃな……我々が力を引き出す原動力とも言えよう。スラウ、光を出してごらん」
頷いたスラウの手から金色の光が溢れ始めた。
「今、君が出している光のひとつひとつには「気」が込められている。これを剣や弓矢の形に具現化する。これが今回、伝えたい術じゃ。やり方は君が今していることとそう変わらん。「気」を集めて己に見合った武器を具現化しなさい」
ここで話が終わればまだ良かったのだが。
***
「サギリが今回の任務の中で身につけてこいって」
半分に大きく裂けたスラウのローブを見たサギリはカンカンだった。
二度と同じことを繰り返さぬように、という意図も分からなくもないが、無茶振りにもほどがある。
大きく息を吐くスラウの横でフォセは笑いを必死に堪えている。
「ぷ……くくくくっ……」
「もう……笑い事じゃないんだよ?」
「でも凄いじゃん。これできる人、限られているんだよ。うちの隊じゃ、グロリオ、ハイド、ライ、アキレアくらいだもん」
「そうだけどさぁ……」
スラウが口を開きかけた時、胸元のポケットに入れていた通信機が震えた。
「あ、アキレアからだ。もしもし……」
『スラウ、フォセはいる?』
「うん」
『良かった! 2人とも聞いてちょうだい。グロリオたちが手がかりを見つけたわ!』
「何、何?」
『子どもたちと一緒に無くなっているものがあるの。それは……おもちゃよ』
「おもちゃ?!」
『ええ。今からそのリストを送るわ。同じものが町で売られているか、確認してちょうだい』
「任せて!」
通信が切れ、2人は顔を見合わせた。
フォセは地図に指を走らせた。
「この町のおもちゃ屋は1軒だけ……行こう!」
「うん!」
「こっちだよ、スラウ! 右の建物の先!」
フォセが言うが早いか、駆け出した。
「待ってよ!」
人ごみをものともせず走る彼女を見失わないようにするのは至難の業だ。
スラウは徐々に小さくなる金髪の少女の姿を追った。
やっとのことで人ごみを抜け、フォセと並んだスラウは目の前の建物に思わず目を見張った。
赤い屋根に白い壁、青い窓枠に緑のカーテン。
屋根についた煉瓦の煙突から赤い鼻のピエロが飛び出している。
鐘が鳴る音と共に時計からハトが飛び出した。
文字盤が回転して中から小さな人形が現われ、音楽に合わせてくるくると踊り始めた。
まるで建物そのものが小さなおもちゃ箱だ。
いつの間にか子どもたちが店の前に集まってきて、目を輝かせながら時計を見つめていた。
そこに交じって見入っていたスラウはふと袖を引っ張られて振り向いた。
フォセが手招きしていた。
カランカラン――
上につけられた銀色の鈴が軽やかな音を立て、扉が開いた。
「いらっしゃーい」
陽気な店主の声と共に中から子どものはしゃぐ声やオルゴールの音が溢れ出した。
鮮やかなピンク色に塗られた壁と色とりどりの棚。
そこにおもちゃが溢れんばかりに敷き詰められていた。
おもちゃを手に取って夢中で遊んでいる子どもの脇をすり抜け、スラウは適当に店内をぶらついた。
耳に掛けた通信機にさりげなく触れると、目の前に細かい文字とイラストが表示された。
それを確認しながら店内を見て回る。
ウサギのぬいぐるみ、ブリキのロボット、ネジ巻き仕掛けの蜘蛛、タンバリンを持ったサル……
スラウは首を傾げた。
どれも色や形が少しずつ違う。
「気に入ったものはあるかい、お嬢さん?」
不意に店主が近寄ってきた。
縮れ毛の赤い髪にふくよかな身体つきの店主は張ち切れそうな白いウサギのワッペンのついた真っ赤なエプロンをつけていた。
スラウは手に握っていた紙を広げ、今しがた書き写したリストを店主に見せた。
「これを探しているんですが」
紙を受け取った店主はエプロンのポケットに毛むくじゃらの丸い手を突っ込み、小さな丸い眼鏡を取り出して鼻にかけた。
「えっと、どれどれ……茶色い毛に丸い耳のウサギのぬいぐるみ。ねじまき付きのブリキのロボット。胴体は緑色で手足には銀色のバネ……大分細かいけれど、こだわりがあるのかい?」
「ええ、まぁ……」
店主にしげしげと見つめられてスラウは気まずそうに目を逸らした。
もう1度リストに目を向けた店主はしばらく考え込んでいたが、突然ポンと手を叩いた。
「思い出したよ! これはギルナードさんのおもちゃ工房で人気だったものだね」
店主は鐘の鳴るような笑い声を上げた。
「良いところに目をつけたじゃないか。全ておすすめだよ。でも、残念ながらこれは俺の店では扱っていないな。勿論、他の店でも手に入らないだろうが」
「え?!」
「おや、知らないのかい? あの人のおもちゃはもう作られていないんだ」
***
「ここが、おもちゃ工房の跡地か」
ライオネルが呟いた。
目の前には苔むした白い石が積まれているだけだった。
辺りは有名な工房があったとは考えられないくらい寂れた雰囲気に包まれていた。
「ここに何か御用ですか?」
不意に見知らぬ紳士が話しかけてきた。
「いいえ、少し散策していたところです」
彼は被っていた帽子に手をやると、目の合ったスラウにも会釈した。
反対の手には黒光りするステッキを握っている。
「そうですか……私もよくここに来るんですよ。何せ、ここはあのローク卿のゆかりの地ですから」
「ローク卿?」
フォセが首を傾げた。
「えぇ、ここらでは大変有名な方でね、ある事業が盛況して膨大な資産を手に入れた資産家ですよ」
「あ! ギルナードさんでしょ?!」
フォセが思わず大きな声を出した。
「そうです。よくご存知ですね、お嬢さん」
紳士は微笑むと、胸元から黒い革の手帳を取り出した。
「彼はここで本当に多くのおもちゃを作っていたんですよ。だが晩年、彼はこの工房を取り壊してしまったんです。美しいものが好きでね、外見にもこだわっていました。それはそれは見事でね。本当に非常に残念なことでしたよ。しかも、こんなつまらないものを建てて……」
スラウは不恰好に積まれた石に目を向けた。
傍には使い古された木の桶が転がっていた。
いびつだが柔らかい曲線を描いている。
「町が栄えるにつれて水が必要になったんです。それでローク卿は工房を取り壊した時に皆が水を手に入れられるように、と溜池を作ったんですよ。本当にお人よしの方でね…こんな話もありますよ」
紳士は手帳に目を下ろした。
神経質そうな細かい文字がびっしり書き込まれている。
「彼は趣味で世界各地の貴重な調度品を集めていたんです。彼の死期が近いことを知った世界中の貴族は巨額の金を積んでそれらを譲り受けようとしました。皆が喉から手が出るほど欲しいと思うものばかりだったそうですよ。でも、彼はどれも断って質に出し、ここに住む貧しい町民が必要としているものを遺したのです。良い話でしょう?」
彼は言葉を切って愉快そうに笑った。
「ですが、詮索好きな者も居てね……調度品の大半を愛娘のイサベラ様にお譲りになっていたのではないか、と言うんですよ。他の遺族に遺産を横取りされないように、と。まあ、真実は分かりませんがね」
男は手帳を閉じると首を振った。
そして、黙って彼の話に耳を傾けている隊員たちに微笑んでみせた。
「見ず知らずのあなた方にこんなことまで話したことに驚いています。今日は工房が潰されてから、ちょうど7年なんです。彼の思い出を話すことで少しでも思いを共有したかったのかもしれません。では。素敵な1日を」
紳士は穏やかな笑顔を向けると、再び会釈をして去っていった。
その時、アキレアの通信機が鳴った。
グロリオからだった。
『アキレア! 俺、凄いかもしれない! 犯人がわかったんだ!』
「犯人?」
『部屋から無くなったものは子どもだけじゃなかっただろ?! おもちゃも1つずつなくなっていた。しかも、それが全部1つの場所で作られたもので……』
「だから?」
アキレアが訝し気に尋ねた。
『もう答えは出ているようなものだろ?! その経営者が犯人だよ! 名前も調べたんだ、ギルナード・ローク! 通称、ローク卿だ! そいつを捕まえて子どもたちの居場所を吐かせれば、任務完了だ!』
「だから、何でその人が犯人なのよ?」
『ローク卿は調度品を集めていたらしい。恐らく彼はおもちゃを作った時に、恐らくそれらも誤って入れてしまったんだろう。それに気づいた彼は一刻も早く取り戻したかった。だから、おもちゃが部屋から消えたのさ!』
「……」
『……あれ? 通信、切れていないよな?』
自信たっぷりな自論に反応が無いので不安なのか、グロリオの声が小さくなった。
フォセが言葉も出ないアキレアの手から通信機をひったくった。
「グロリオ、ばっかじゃないの?!」
『へ?』
「何でおもちゃに自分の大事なものを間違えて入れるわけ?! しかも10個以上も!」
『え、えっと……それはだな……』
「しかも調度品を取り返したいからって、何で子どもまで居なくなんなきゃいけないの?!」
『うぐ……』
グロリオが言い淀んでもフォセの攻撃は止まらない。
「大体ね、ギルナードさんは7年前に亡くなっているんだよ? どうやって誘拐するわけ?」
『幽霊がこんな手の込んだするわけないな』
通信機の向こうでラナンの声が聞こえた。
『だから相手にする必要ないって言ったでしょ』
ランジアの声も冷たく刺さる。
『わーっ! もう良いから! もう良いから!』
グロリオが慌てて2人を止めている。
『俺が間違ってた! 訂正するよ!』
『そうか? さっきまであんなに「むっつりバカが居なくても俺はこれくらい推理できる」って自信たっぷりで……』
『あー、違う違う! アキレア、そっちにアイツはいないよな?! こんなの、聞かれていたら……』
アキレアはやれやれと首を振った。
「……戯けが」
「あ、ハイド」
フォセが振り返った。
ハイドは彼女の手から通信機を取り上げると口元に持って行った。
「……阿呆」
『え?! 今、アホって……? ちょ、ちょっと待てよ! お、お前、まさか聞いてっ……!』
ハイドは問答無用で通信を切ると通信機を地面に叩きつけた。
「何すんのよ?!」
アキレアが驚いて声を上げた。
「耳が腐る」
「そうじゃないわよ! 通信機、壊れちゃったじゃない?! どうしてくれんのよ?!」
アキレアが悲鳴を上げて粉々になった銀色の金属を拾い始めた。
「ハイドォ……」
アキレアがゆらりと立ち上がった。
粉々になった金属片を握る手が小刻みに震えている。
ハイドの片眉がぴくりと動いた。
「弁償しなさいよ! 絶対許さないんだからぁぁ!」
彼女の怒号が閑静な町に響いた。




