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天上人  作者: 鬼木 有葉
第四章 人形の館
63/196

二.宿舎掃除

「ラナン、それ取ってくれ!」


「おう。この報告書はどこに置けば良い?」


「他のものと一緒にまとめておいてくれれば良い!」


剣の朝稽古(あさげいこ)を終えて宿舎(しゅくしゃ)(もど)ってきたスラウが目にしたのは、(あわ)ただしく()(まわ)る隊員たちの姿だった。

いつも皆が腰掛(こしか)けているソファや机は談話室(だんわしつ)(すみ)に寄せられ、木箱やら布の袋やらの山があちこちに出来ている。

足元に転がる巻物を()けながら何とか階段まで辿(たど)()いた。


「うわ」


思わず声が()れる。

階段にも、筆や薬草の()()まれた小瓶(こびん)散乱(さんらん)していた。


「おはようさん」


声をかけられて振り返ると、大きな木箱を(かか)えたラナンが立っていた。


「おはよ。これ、どうしたの?」


「ん? あぁ」


ラナンは箱を(ちゅう)に放って印を結んだ。

指がパチンと音を立てると、薄い(まく)に包まれた箱が部屋を横断して他の木箱の上に器用に乗っかった。


「片付けだよ」


「片付け? どうしたの急に?」


「年に1回、顧問(こもん)宿舎(しゅくしゃ)の利用状況を見に来るらしい。で、さっき気づいたんだが、それが今日の夕方なんだよ。評価があまりにも低いと、延々(えんえん)と説教を聞かされる上に、反省文を書かなきゃならねぇらしくてさ」


「え……」


「しかも、2階の個人の部屋までくまなくチェックされるんだ。1人でも及第点(きゅうだいてん)行かないと、全員が反省文を書くんだと……って聞いてんのか? まさか、お前?!」


スラウは(ほう)けたように立っていたが、ぎこちなく笑みを浮かべた。


「ん? い、いや、聞いてたよ! あははっ……だ、大丈夫だって!」


「ラナン! 次はこいつを運んでくれ!」


グロリオの声が飛んできた。


「なら良いけどよ」


スラウが安堵(あんど)()(いき)()いた途端(とたん)、ラナンはニヤリと笑って振り向いた。


「まさか、2人用の部屋を自分しか使っていないからって、散らかすようなマネはしてねぇよな」


「ブフォッ!」


痛いところを突かれたスラウは思わず階段から足を(すべ)らせた。

その拍子(ひょうし)にインクの(びん)がひっくり返った。

黒いインクがえんじ色のカーペットに染みていく。

2人は(あわ)ててしゃがみ込んだ。


「げ、スラウ……」


「だ、だ、大丈夫! こういう時は……」


スラウは片手で印を結んだ。


『浄化!』


指先から広がった光がカーペットに染み込む。

インクの染みはみるみるうちに取れていき、そこだけ(ほこり)も取れて(あざ)やかなえんじ色が()えた。


「よし!」


「いや、良くねぇだろ……」


「そ、そう言うラナンは自分の部屋の片づけしなくて良いの?」


「俺とチニは終わったぞ。ハイドは分からねぇが、問題はグロリオとライオネルだな」


ラナンの言葉にスラウは首を(かし)げた。


「グロリオは何となく分かるけど……ライオネルの部屋も? 綺麗好(きれいず)きかと思ってた」


「俺もだよ。だけどよ、薬草の入った(びん)やら試しに調合(ちょうごう)した薬やらで……どれを取っておいてどれを捨てるのか、本人じゃなきゃ分からないんだ。下手(へた)に触るとスラウじゃなくても、爆発(ばくはつ)させかねないからな」


「うっ……」


薬草学のセンスが無いことを自他共(じたとも)(みと)めているだけに、その言葉は痛かった。

言葉に()まるスラウにラナンは(さら)(たた)みかけてきた。


「早く部屋に(もど)れよ。俺まで反省文を書かされるのは御免(ごめん)だからな」


「……はいはい」


***


「フォセ! ダメよ!」


アキレアが怒った声を出した。


「えー……」


部屋の出入り口に立つフォセは桃色(ももいろ)(ほほ)(ふく)らませて振り返った。


「だって、いちいち箱を下に運ぶの面倒(めんどう)なんだもん。宿舎(ここ)()()けなんだし、この方が便利だよー」


「だからって箱を手すりから投げるのは良くないわ。せっかく()めてあげたのに中身が出ちゃうじゃない。それに、談話室(だんわしつ)を片づけてくれているラナンたちにぶつかったら危ないでしょ」


フォセは反省するそぶりも無く、ペロッと舌を出した。

やれやれと()(いき)()いたアキレアは、ふと衣装棚(いしょうだな)とベッドの隙間(すきま)に手を伸ばし、(はさ)まっていた物を引っ張り出した。


「フォセ、何か出てきたわよ」


フォセはアキレアの手にしているものを見て飛びついた。


「わー! どこにあったの?!」


「どこって……そこに(はさ)まってたわよ」


「良かったー。なくしちゃったかと思っていたから」


「大事なら綺麗(きれい)にしときなさいよ。(ほこり)まみれじゃない、そのぬいぐるみ」


「はーい」


「……ったく、フォセの奴……これ、木箱だよな……頑丈(がんじょう)なはずだよな?」


ぼやく声が聞こえる。

下を(のぞ)くと、ラナンが今しがた落ちてきた箱に近寄ったところだった。

勢いよく床に追突(ついとつ)した木箱は、ひしゃげて無残(むざん)な姿になっている。

フォセと同室(どうしつ)のアキレアは片付けを嫌がる彼女に代わって部屋にあるものを衣服、小物、図書などに分けて箱に入れてやるのだが、ものぐさなフォセは風で箱を1階に落としていくのだ。

本人に言わせると、風で箱の落下速度(らっかそくど)加減(かげん)しているから良いのだそうだが……


「ラナン、直しといてー」


フォセがアキレアの横に並んで手すりから身を乗り出した。

悪びれる様子もなく笑顔で頼んでくるフォセを見上げてラナンは()(いき)()いた。

確かに床が(こわ)れることも無いし、彼女が手加減(てかげん)しているのは分かる。


だが、1階で作業をしている自分たちにとって、これはとんでもなく迷惑(めいわく)であった。

カーペットを()がした後の床に物が落ちてくれば、(ほこり)()()がるのは当然だ。


今日は絶対に動物の姿にはなれない。

ただでさえ、くしゃみが止まらないのに感覚が敏感(びんかん)になったら……

いや、それだけじゃない。

自慢(じまん)の毛並みが台無(だいな)しだ。


そんなことを考えながら箱から飛び出している物を(つま)んだラナンは(するど)い痛みに思わず顔をしかめた。


「……っ!」


落ちた衝撃(しょうげき)で、箱に入っていた小瓶(こびん)()れたのだろう。

破片(はへん)素手(すで)(つか)んでしまったせいで、血が出ている。

傷口には(びん)に入っていたと思われる青緑色のねっとりとしたものがついていた。

これが何かは知りたくもない。


「やっべ……! ライオネル! 助けてくれ!」


ラナンは(さけ)ぶやいなや、階段を()()がっていった。


「大丈夫かな?」


紙の(たば)を抱えたチニは心配そうにラナンの背中を目で追った。

チニの横には(ひも)(くわ)えた鳥の式が飛んでいる。

彼はそれを近くの(たな)の上に置くと、箱に近づいた。

恐らく床に広がっている液体(えきたい)は、フォセが配分(はいぶん)を間違えて提出できなかった薬だ。

手伝わされたから覚えているが、彼女の性格上、ちゃんと量を測るようなことはしない。

それが劇薬(げきやく)を作るのか毒薬を作るのか……

それは運次第だ。


「スラウ、悪いんだけど、ここを任せても良いかな?」


チニは鼻歌を歌って床を()いていたスラウに声をかけた。


「良いよ。何をすれば良い?」


「あの本棚(ほんだな)には、これまでの任務報告書(にんむほうこくしょ)や資料が入っているんだ。それを順番に並べ直してくれれば良いよ」


「オーケー」


チニはポケットを(さぐ)ると手袋を取り出した。


防御(ぼうぎょ)せよ』


そう呟くと、手袋が薄い膜に包まれた。

これで大丈夫……

チニはガラス(へん)慎重(しんちょう)に集め始めた。


「これが……報告書6冊目っと……」


スラウは今しがた(たな)から取り出した報告書を()でた。

分厚(ぶあつ)()もった(ほこり)のせいで指の(あと)がくっきりと出る。

天上界(ここ)の時間の流れは地上界(ちじょうかい)と比べて非常に遅い。

1年といっても地上界(ちじょうかい)の時間に換算(かんさん)したら、相当(そうとう)長い時間()っているはずだ。

スラウは報告書を布巾(ふきん)丁寧(ていねい)(こす)ると(たな)(もど)し、その(となり)に手を伸ばした。


「……ん?」


何かが引っかかって取り出せない。

腕を()()んで中を(さぐ)ると、固いものに()れた。


「これか……」


ガタガタと音を立てながら引き抜く。

クリーム色の木で出来た四角いものが出てきた。

真ん中にコルク地の板が()められていて、裏返(うらがえ)すと(ほこり)分厚(ぶあつ)()もったガラスがはめ込まれていた。

ガラスを指でなぞると、次第(しだい)(ほこり)の中から絵が浮かびあがってきた。


「……!」


見慣(みな)れたステンドグラスと階段……

好奇心(こうきしん)()られてガラスを()いていくと、絵の中央のソファに腰掛(こしか)ける人の姿が現れた。


「これ……」


日に焼けた小麦色(こむぎいろ)(はだ)に、明るい茶色とオレンジの混ざった色の瞳。

まだあどけなさを残しているが、間違いない。

グロリオだ。


スラウは夢中になってガラスを()いた。

全体が見えるようになってきた。

グロリオの横に座っているのはアキレアだろう。

その反対側にはライオネルが座っている。

彼の後ろにはランジアが立っていた。

そして……

目を走らせたスラウは思わず首を(ひね)った。


「誰……?」


ソファの後ろに立つランジアとハイドの間に知らない人がいた。

黄金色(こがねいろ)の長い(かみ)を後ろで(たば)ねた長身の青年は、サギリでもラナンでもなさそうだ。

2人ともハイドの肩に届くほど背が高くは無いのだから。

じゃあ、この人は一体?


その時、上の階で大きな音がした。


「スラウ! ちょっと手伝って!」


「はーい!」


アキレアに呼ばれたスラウが去った後、写真立てがパタリと(たお)れた。


――『隊結成記念(たいけっせいきねん)


裏面(うらめん)のコルク地の(すみ)(かす)れかけた金色の文字が浮かび上がった。


***


邪魔(じゃま)するぞー」


サギリはそう言うと、茶色い大きな(とびら)を開けた。

宿舎(しゅくしゃ)に足を踏み入れた瞬間、一目で隊員たちの努力が(うかが)えた。

以前は物が無造作(むぞうさ)()()まれていた書類の(たな)は資料冊子が整頓(せいとん)されて並べられ、物がはみ出していた引き出しは全て閉められていた。

(ほこり)(くも)っていたガラス戸も綺麗(きれい)(みが)かれていた。


「おうおう、頑張ったじゃねぇか」


カーペットも洗ったのだろう。

足元もふんわりとしていて心地(ここち)いい。

グロリオは談話室(だんわしつ)の中央に置かれたソファの背もたれに両腕を広げて脚を前の机に投げ出していた。


「お疲れさん」


「ん」


グロリオがだらしなく片手を(こぶし)げた。


「こんだけ頑張ったんだ、不合格とか言ったら……」


ブツブツいう彼にサギリは思わず()()した。


「んなこと言ったって仕方ねぇよ。仕事だからな。金をもらっている以上、きっちり見るぜ」


「んんっ……」


突然、足元で大の字になって寝ているフォセが寝返りを打った。

いつもは勢いのある彼女も今日は疲れきっているようで静かだ。

グロリオの占領(せんりょう)しているソファの反対側でチニがライオネルにもたれて眠っていた。

2人とも静かな寝息(ねいき)を立てている。


「お前らが普段(ふだん)から片付けておけば何の問題も無い話さ」


サギリはそう言いながら(かか)えていた帳簿(ちょうぼ)を開き、引き出しを開け始めた。


「項目1は……よし。次は、っと……」


サギリは(となり)(たな)に目を向けた。

横に置いてある木箱にハイドが(こし)かけていた。


「あぁ、わりぃな、ハイド。ちょっとそこいいか……ん、そういや他の連中はどうした?」


ハイドが(あご)を外にクイと向けたのでサギリは窓に近づいた。


「外で寝てんのか……おいおい、風邪(かぜ)ひくぞ」


「おう……言っとく」


グロリオの生返事(なまへんじ)が返ってきた。


「……ったく」


サギリは苦笑しながら帳簿(ちょうぼ)に点数を書き込むと、階段を上がっていった。


しばらくして階下に降りてきたサギリはグロリオの座っているソファに(もど)ってきた。


「全員及第点(きゅうだいてん)には達しているよ。合格だ」


そう言いながら紙を机の上に置く。


「これが城への提出用の書類……あと、任務通達書(にんむつうたつしょ)な。ここに来るついでに持ってきてやったぞ」


「あぁ……ありが……」


グロリオが力なく紙に手を伸ばしたが、途中(とちゅう)で動かなくなった。

不思議に思って顔を(のぞ)()んだサギリは小さく(くちびる)(はし)を持ち上げた。

寝息(ねいき)を立て始めたグロリオの肩をぽんぽんと(たた)く。


「ま、今日はよく休んどけ」


サギリはひらりと手を振ると表に出た。

ひんやりとした空気が流れ込んでくる。


「ん?」


サギリは思わず足を止めた。

今、クマのぬいぐるみが歩いていたような……

目を(こす)ってもう1度見やると何もなかった。


「疲れてんのか、俺も……」


思いきり伸びをする。

今日監査(かんさ)に行ったのはここを入れて8つの宿舎(しゅくしゃ)

まだまだ今日中に回らなくてはいけないところが残っている。


「長いなぁ……1日は」


サギリは大きく肩を回すと、夕日の(しず)みかけた森へ入っていった。

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