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天上人  作者: 鬼木 有葉
第三章 帰郷
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九.選択肢②

前を行くフィリップの足が止まり、スラウは我に返った。

随分(ずいぶん)長いこと山を登っていたらしい。

木々の間から(のぞ)く白い空が朝の訪れを告げている。

フィリップが(だま)って前方を指差した。


「これ……」


白い墓標(ぼひょう)が朝日に照らされて静かに(たたず)んでいた。


『ロナルド・セルター ここに眠る』


スラウの(くちびる)(かす)かに動いた。


「ロナルドおじさん……」


スラウは(ひざまず)くと墓にそっと()れ、静かに手を合わせた。

しばらく祈りを(ささ)げ、ゆっくりと立ち上がるとフィリップを振り返った。


2人はしばらく(だま)ったまま、互いを見つめていた。

そのうち、フィリップが目を()らして口を開いた。


「ずっと……考えていたことがある」


グロリオが明かした、天上人(かれら)を指すもう1つの名。

忘れられた天使。

(くわ)しくは聞かなかったが、天上人(てんじょうびと)が人間の記憶に残ることは決してないという。

例えそれが、幼少期(ようしょうき)を共に過ごした大切な者であっても……


「スー。ここで暮らさないか、一緒に」


「……ふぇ?!」


スラウは火照(ほて)(ほほ)を押さえた。

(うれ)しさと混乱(こんらん)の波が打ち寄せる。

フィリップは口調を変えずに続けた。


「グロリオに聞いた。天上人(てんじょうびと)は選べるんだろ? 人間になるかどうか……」


フィリップは戸惑(とまど)った表情を浮かべたままのスラウの頭に手を乗せた。

手に収まる小さな頭を()でる。

スラウは答えを探すかのように目線を泳がせていた。

フィリップは息を()くと彼女に背を向けた。


「俺さ、ターナにプロポーズしようと思う」


「え?!」


スラウは思わず耳を(うたが)った。

フィリップは(まぶ)しそうに朝焼(あさや)けの空を見上げている。


「え、え? 一体どういう……?」


答えを聞きたくないのに口が勝手に動く。


「お前が居なくなって、あの人は全てを失った。家も、家族も……ロージーさんは(ほのお)に巻き込まれはしなかったが、その後の苦労がたたって、病床(びょうしょう)()せている。俺はあの人のそばにいて支えてやりたい。そう思うんだ……可笑(おか)しいだろ? こんな気持ち、初めてだよ」


フィリップは振り返ると()ずかしそうに頭を()いた。


それから後の話はスラウの耳には入ってこなかった。

ターナのことを話す彼は、今までに見たことの無いほど幸せそうだった。

ずっと(そば)にいたはずなのに、こんな表情を知らなかった。

一瞬でも勘違(かんちが)いして、ぬか喜びした自分に腹が立つ。

自然と口調が自嘲的(じちょうてき)になった。


「じゃぁさ、私は何で人間にならなきゃいけないの?」


「……?」


「私が人間になる意味はあるの?」


スラウの反応はフィリップにとって意外だったようだ。


「え? そりゃ……またみんなで暮らしたいだろ? 俺らは家族みたいなもんだし。昨日みたいに危ない目にあうこともない」


「でも」


言い返そうとしてふと気がついた。

フィリップに()でられた頭に手をやる。

そっか……

頭がクラクラしてくる。

すっかり大人になった彼と、まだあどけなさを残した自分。

天上界(てんじょうかい)(ゆが)んだ時間軸(じかんじく)は同じ年だったはずの2人の成長を大きくずらしていた。


「それならさ、2人で幸せになりなよ」


思った以上に冷たい声が出た。


「は?」


「そもそも無理な話だよ。天上人(てんじょうびと)をやめたら、今までのことも全部忘れちゃうんだよ? 2人と一緒に暮らすなんて……」


フィリップは怪訝(けげん)な表情を見せた。


「さっきから何だよ? ちゃんと面倒見(めんどうみ)てやるって言ってんだろ?」


()()()()()()って、何様のつもり?! 私だって子どもじゃないもん!」


スラウにつられてフィリップの口調も荒くなった。


「俺はな、どんな形であれ、皆と暮らしたいんだ! 良かれと思って言ってやっただけだ! 何の不満があんだよ?!」


「じゃぁ、1つ聞くけど! (だれ)の為に良かれと思っているわけ?! 私じゃない! ターナでしょ?!」


「……!」


フィリップは驚いた表情をした。

否定しないんだ……

違う、そう(さけ)んで欲しいのに。


「お、お前だって、そう思うだろ?! 俺達、昔から家族みたいなもんだったじゃないか!」


「結婚したら2人は家族になれるでしょうね! でも私は?! フィルとも、ターナとも、血が(つな)がっているわけじゃない!」


もう自分では止められなかった。

こんなことを言いたいんじゃない。

こんなことを思っているわけじゃない。

でも、もう引き返せなかった。


「私はロナルドおじさんに拾われただけだもん!!」


言ってしまった。

言ってはいけないことを……

荒い呼吸が思考を乱す。


ただ、1人の女の子として見て欲しかっただけだったのに……

みるみるうちに彼の顔色(かおいろ)が変わった。


「……行けよ」


こちらに背を向けた彼の声に、もはや感情は残っていなかった。

もう選択肢(せんたくし)は1つしか残されていない。

与えられた選択肢(せんたくし)(みずか)ら破り捨ててしまったのだから……


スラウは歯を食いしばると来た道を(もど)り始めた。


「変わったな、お前」


小さな声がズキンと胸に刺さる。


「……そっちこそ」


返したスラウの声は草の()れる音に消えていった。


***


「フィリップ様! ご無事ですか?!」


フィリップはふと我に返った。

振り返ると団員(だんいん)たちがやってきたところだった。


「お前ら(もど)ったんじゃ……」


1人が頭を()いた。


「やはり気が気ではなくて。ずっと探しておりましたが、こちらにいらっしゃったとは……そう言えば、トニーさんはどうなさったんです? 姿が見えないようですが?」


「……死んだよ」


「……そうですか」


男たちはめいめいに(うつむ)き、祈りを(ささ)げた。

これだけ(した)われていたのだ、彼が裏切ったことは自分だけが知っていれば良い……


「それより、スーとすれ違わなかったか?」


彼らは互いに顔を見合わせた。


「スラウだよ。お前らもよく遊んでくれたろ?」


彼らは怪訝(けげん)な表情を浮かべて、フィリップを見つめていた。


「フィリップ様? (おっしゃ)っていることがいまいち、その、理解できないのですが?」


「……昨日のこと、覚えていないのか?」


息を押し出すように(たず)ねるフィリップに彼らはより首を(かし)げた。


「昨日?」


「狼の群れに(おそ)われただろ?! その時に助けてくれた奴らを()()()()()()のか?!」


団員(だんいん)たちはますます困惑(こんわく)した表情を見せた。


「確かに狼はおりましたが……運良く(がけ)(くず)れたおかげで我々は無事だったではありませんか」


「じゃぁ、お前らのその傷は?! その腕の! 脚の! 傷はどこで負ったんだ?!」


彼らは顔を見合わせていたが、突然(とつぜん)笑い出した。


「フィリップ様、心配し過ぎですよ。あなた様を探す時に木に引っ掛けでもしたのでしょう。ほら、傷口だって浅いじゃありませんか?」


「……っ!」


「フィリップ様? どうかなさいましたか? さっきから何だか様子が……?」


1人が顔を(のぞ)きこんできた。


「様子が可笑(おか)しいのはお前らの方だろ」


フィリップは()()てると、山道(さんどう)に飛び出した。


「アイツら……!」


彼らが居なかったら自分はここにはいない。

スラウが居なかったら……

彼はポケットの中の小瓶(こびん)(にぎ)りしめた。

父に別れが言えなかった……


道に()()た枝に時折、彼の顔を()()かれた。

グロリオの顔が思い浮かぶ。

さんざん首を突っ込んでおきながら……

(しげ)みから飛び出したフィリップは足を止めた。

ここで彼らはテントを張っていたはずだった。


「は!?」


だが、その影はなかった。

ただ草が穏やかに風に揺られているだけだった。

フィリップは地面に(かじ)りつくように()せると、テントを張っていたはずの(くい)(あと)を探した。


「無い!」


天上人(かれら)が居たことを示す証拠(しょうこ)も無く、仲間の記憶にも残っていない……

スラウが最後に見せた表情が(まぶた)の裏をよぎる。


「くそっ……!」


フィリップは腹立たしげに(こぶし)を地面に(たた)きつけた。

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