十.エピローグ
黒いブーツが燻る煙を踏みつけた。
固い靴音が焼け焦げた広間に響く。
死骸に群がっていた屍食鬼が雲を散らすように逃げていった。
「ククク……随分と暴れてくれたじゃないか……」
仮面の下からくぐもった笑い声が漏れた。
ゾルダークは暗がりから現れた部下に顔を向けた。
「……例のものは?」
「全ては我が君の仰せの通り、こちらに」
ゾルダークは部下に続いて歩き始めた。
獄焔は白い石づくりの広間を容赦なく焼き尽くしたようだ。
あちらこちらに焦げついた瓦礫の山が見える。
その隙間から無数の黄色い目が覗いていた。
恐らく好奇心旺盛な屍食鬼だろう。
自分を畏れて姿を隠してはいるものの、これから何が起こるのか見物せずにはいられないようだ。
前を行く男の足が止まった。
足元に赤黒い血溜まりができている。
ゾルダークは跪くと血に染まった矢を拾い上げた。
手袋を外し、矢尻から先端を青白い指でなぞる。
矢から血が滴り落ちた。
ゾルダークは血のついた己の指を満足気に見つめ、血溜まりに小瓶をつけて何滴か掬い取った。
しばらく弄んでいた矢を無造作に放り、ゆっくりと立ち上がる。
「……よくやった」
男は上気した声で礼を言った。
「あ、ありがとうございます!」
「クククク……そうだ、褒美に良いものを見せてやろう。お前のパワーストーンを寄越せ」
男は差し出されたゾルダークの手の上に恭しく自分の石を乗せた。
赤い石が青白い手の上でぼんやりと光を放った。
ゾルダークは石を手の上で転がしていたが、不意に男の首元に細い指を突きつけた。
「我が……君……」
男は振り絞るような声を出すと、仰向けに倒れた。
顔から血の気が失せ、唇は青紫色に染まっている。
ガックリと垂れた首に黒い痣が広がっていた。
ゾルダークはゆっくりと手を下ろした。
握られた石には大きくヒビが入っている。
「お前の石では俺の力に耐えきれなかったようだな」
カンッ――
男の石が軽い音を立てて地面に落ちた。
ゾルダークは破片となって転がっている石を粉々になるまで靴でねじり潰した。
そしてマントの下に手を入れた。
彼の手の上では透き通った石が鈍い光を放っていた。
「なかなか大変だったよ。俺に見合う石を手に入れるのは……」
低く呟いて石を懐に戻し、動かなくなっている男を無造作に踏みつける。
「食え。腹が減っただろう?」
ゾルダークの静かな声が響いた。
だが、広間は静まりかえったままだ。
彼は近くの瓦礫の山に近づいて腕を振った。
瓦礫が一瞬で粉々になり、隠れていた屍食鬼は後退りしてゾルダークを見上げた。
「……食え」
声が再び響き、屍食鬼の黄色い瞳が怯えたように震えた。
ゾルダークはそれに満足気に頷くと、背を向けて歩き出した。
しばらくすると1匹、また1匹、と屍食鬼が男の亡骸に近づいていった。
1匹が肉片をちぎったのを皮切りに、他のところに隠れていた屍食鬼たちも群がって死肉を漁りはじめた。
ゾルダークは肩ごしにその様子を見やると細く笑った。
魔界の生物を統率することなど容易い。
恐怖と少しの褒美を与えれば良いのだから……
宙に放られた小瓶の中で赤黒い飛沫がガラスを覆った。




