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天上人  作者: 鬼木 有葉
第三章 帰郷
51/196

五. 隠密行動②

「あっづー……」


フォセが力なく手であおった。

延々(えんえん)と続く坑道(こうどう)は進むほど、蒸し暑くなっていった。


「フォセは風を起こせるから良いじゃないか」


チニが気怠(けだる)げに口を開いた。


「全然意味ないよー。だって微風(びふう)だと」


フォセが手を振ると熱風がゆっくりと流れた。


「うぅ……フォセ、もう良いよ……暑い……」


チニはねっとりと(まと)わりつく風を(はら)いのけた。


「ちなみに強風だとね」


フォセが手を振った途端(とたん)、彼の身体が前に吹き飛ばされていった。


「チニ! 大丈夫?!」


アイリスが(あわ)てて()()った。


「もう、フォセ! チニが怪我(けが)したらどうするの? それに、今は力を温存(おんぞん)しなきゃ」


フォセは首を縮めて小さく舌を出した。


「でも、暑いんだもーん……」


「アイリス、それを言うならこの人にも言うべきよ」


ランジアがクイッと(あご)でハイドを指した。


「え? どういうこと?」


ハイドが首を(かし)げるフォセをチラリと一瞥(いちべつ)した。

相変(あいか)わらず表情だけでは何を思っているのか見当がつかない。

フォセはぐいと彼に近づいた。

汗ひとつかいていない。

何で?

再び首を(かし)げるフォセの(となり)でチニが声をあげた。


「あ、氷気(ひょうき)だ」


「あーっ! ずるーい! あたしも冷やしてよ!」


フォセがハイドに飛びついた。


「……やめろ」


「きゃはははっ! 冷たーい!」


ハイドの首に飛びついたフォセが楽しそうに声を上げた。


「良いなぁ、僕も混ぜて!」


チニもハイドに抱きついた。


「わっ! 本当だ! 冷たーい!」


2人にもみくちゃにされるハイドをアイリスは微笑(ほほえ)ましく見守っていた。


「これ、本当に(すず)しいのかしら?」


ランジアが黒髪に手をやりながら(つぶや)いた。


「ふふふふ……さぁ?」


アイリスは目を細めた。


「でも……可愛(かわい)らしい光景ね」


その時、通信機が鳴ったのでハイドは両腕にくっついている2人を軽々しく(はら)いのけると、胸ポケットから銀色の機器(きき)を取り出した。


『あ……ハイ……ド……?』


途切(とぎ)途切(とぎ)れにアキレアの声が聞こえてくる。


「何だ」


ハイドが(たず)ねると通信機の向こうで悲鳴が上がった。


敵襲(てきしゅう)かしら?」


アイリスが心配そうに後ろから(のぞ)()んだ。


『ハイドか?!』


突然(とつぜん)、声が明瞭(めいりょう)になった。


「ライか」


『少し助けてほしいんだ。うわぁぁっ!』


「ライ、大丈夫?!」


フォセが身を乗り出した。


『あ、あぁ。大丈夫だよ』


「一体どうしたの?」


ランジアが(たず)ねた。


『少し想定外(そうていがい)のことが起きてね。俺たち、今、トロッコに乗っているんだ』


「……」


『……』


「……は?」


『それで……』


「説明しろ」


ハイドがライオネルの言葉を(さえぎ)った時だった。


「あああぁぁぁ! ぎゃぁぁぁぁ!」


(となり)を何かが(もう)スピードで通り過ぎて行った。


「……」


「……今の、何?」


フォセが恐る恐る口を開いた。


「ちっ……!」


ハイドが突然(とつぜん)走り出した。


「え?! 走るの?! 追いつけないわよ?!」


(あわ)てて後を追ったアイリスが息を切らして言った。


「良いこと思いついた!」


フォセがポンと手を(たた)いた。


「チニ、トロッコ出してよ!」


「あのバカ達の為に体力を使いたくないわ」


ランジアも賛同(さんどう)した。


「分かった。ちょっと待ってね……よし! トロッコよ、出て来い!」


チニが箱型に折った紙を飛ばすと、それは地面に()れた途端(とたん)に大きなトロッコになった。


「早く乗ってぇ!」


(あわ)ててトロッコにしがみついたチニが(さけ)んだ。


***


「ライ! どうだった?」


グロリオが振り返った。

ライオネルは今しがた切った通信機を見つめ、首を横に振った。


要件(ようけん)を伝える前に切れてしまったようだ」


「 切れてしまったようだ、じゃないわよ!」


アキレアが(さけ)んだ。


「どうするのよ?!」


「落ち着いて、アキレア。そうだな……」


グロリオは大きく息を吸って腕を組んだ。


「……あれ? どうしよう?」


「それを聞いているんでしょ?! ハンドルも(こわ)れたのに、どうやって操作(そうさ)するつもり?!」


グロリオは無残(むざん)に折れた鉄の棒を目の前に(かか)げた。


「チニが居ればなぁ。新しくハンドルを作ってもらうんだけど……あ! 分かったぞ! カーブに来たらフォセにどかーんと風穴(かざあな)を開けてもらうんだ! それで、ランジアに氷の道を作ってもらえば良い!」


グロリオがポンと手を打った。


「……」


アキレアは黙って聞いていたが小さく(つぶや)いた。


「……その2人もいないわよ」


「あ」


「あ、じゃないわよ! 全く信じられない! しかも、スラウもラナンもまだ気を失っているし……」


グロリオは(うら)めしそうに鉄の棒を(にら)んだ。


「そもそもこれが折れやすいのが悪いんだ」


「グロリオが力入れ過ぎなの!」


アキレアが再びツッコミを入れた。


「2人とも!」


ライオネルが(さけ)んだ。


「前を見ろ!」


目の前に壁が()(ふさ)がっている。

先のレールが真横に曲がっているのが見えた。


「きゃぁぁぁっ!」


ガタンという音と共にトロッコが勢いよく前に飛び出した。


「……ったく……お前ら、その()とやらに頼り過ぎだ!」


ライオネルの後ろに座っていたフィリップが声を張った。


「右だ! 右に寄れ!」


言われるまま、隊員たちは右の(ふち)にしがみついた。

ガガガガッ――

トロッコの側面が火花を散らしながら壁を(こす)った。

片方の車輪がレールから浮きながらカーブを曲がった。


「た……助かった……」


グロリオが息を()いてへたり込んだ。


「カーブが来たら曲がりたい方向とは反対側に寄れ。そうやってトロッコを動かす。特に後ろの車に人を集めた方が良い」


フィリップはぶっきらぼうに言うと座り込んだ。


「俺も手伝うよ」


ラナンは黄金色(こがねいろ)の小さな手で顔を()き、大きく欠伸(あくび)をした。


「この姿じゃ感覚が敏感(びんかん)になり過ぎて(まい)っていたんだ。そっちに行けば良いんだな」


ラナンはそう言うとトロッコの(ふち)をよじ登った。


「よっと……うおっ!」


トロッコが大きく揺れた拍子(ひょうし)に小さな黄金色(こがねいろ)の身体が宙に浮いた。

ライオネルが(あわ)てて(かが)むやいなや、青年が転がり込んできた。


「ったたた……」


フィリップはあんぐりと口を開けて見つめていた。


(だれ)、だ……? (だれ)だ、お前?!」


琥珀色(こはくいろ)の眼の青年は不思議そうに首を(かし)げたが、すぐに笑顔を見せた。


「俺、ラナンだよ。フィリップも知っているだろ?」


「は……?」


「今までお前に説明していなくて悪かったな。俺、姿を変えていたんだ」


「ちょっ……ちょっと待てよ?! じゃぁ、いつもスーの肩に乗っていたのが、お前だったっていうのか?!」


「そうだ」


「……(うそ)じゃないよな」


「どーやって説明したら、信じてくれんだよ……」


ラナンは疑うようなフィリップの視線から目を()らした。


「次のカーブが来るぞ!」


グロリオが(さけ)んだ。


***


ガタンッ――

トロッコが大きく飛び上がった。

フォセは(せま)いトロッコで(となり)に座るランジアとハイドをちらりと見やった。

このメンバーでは会話も(はず)まない。


「アイリスー、つまんなーい」


フォセはチニと話していたアイリスの服を引っ張った。

彼女は振り向くと小首を(かし)げた。


「つまらないって……何事もないのは良いことじゃないかしら?」


「でもさー、このトロッコ、あたしの風より(おそ)いし、こんなに長いこと走っても(だれ)もいないし、暑くなるだけなんだもん。トロッコがレールから外れるとか、敵が(おそ)ってくるとか、もっとスリルがあった方が楽しいじゃん」


アイリスは苦笑いを浮かべた。


「チニのおかげで安全に進めているんだから良いじゃない。でも、確かに(だれ)もいないのはおかしいわね」


「今は使われていない坑道(こうどう)だからね。見張りも手薄(てうす)になっているのかもしれない」


チニが話に入ってきた。


「それよりフォセ、この先に何か見えないかな? 音の反響(はんきょう)仕方(しかた)が変わったんだ」


フォセは目を閉じた。


「もうすぐレールが終わるみたい。気をつけて。その先、何かの残骸(ざんがい)が散らばっているから」


言っている間にも、トロッコはトンネルを抜けて広い空間に飛び出した。


「きゃぁっ! ブレーキをかける余裕(よゆう)は無さそうよ!」


アイリスが(さけ)んだ。


「風を逆噴射(ぎゃくふんしゃ)して止める! しっかり(つか)まって!」


フォセはそう言うと両手を()()した。


風渦(かぜうず)!』


両手から風の(うず)が飛び出し、壁にぶつかった。

前方に散らばっていた木片(もくへん)(ちゅう)()()う。

チニは(あわ)てて頭を下げて飛んできた破片(はへん)()けた。

トロッコがゆっくり止まった。


「とーちゃーっく!」


フォセは無傷(むきず)のトロッコを見て満足気に(うなず)いた。


「そう言えば……先に行っていた人たちはどうなったのかしら?」


ランジアの声にチニが(あわ)てて木片(もくへん)残骸(ざんがい)()()った。


「これ、もしかして……」


その時、音を立てて木片(もくへん)の山が(くず)れた。


「ケホッケホッ……おう、お前ら……ケホッ……着いたのか」


砂塗(すなまみ)れのグロリオが立ち上がった。


「あれ、みんなどうしたの?」


フォセが驚いて(たず)ねた。


「いやぁ……ハンドルが折れちまってブレーキがきかなくってさぁ……そのまま突っ込んでトロッコはバラバラ。そんで……」


グロリオは(うら)めしそうにフォセを見た。


「立ち上がりかけた矢先(やさき)にどっかの(だれ)かさんのせいで、残骸(ざんがい)もろとも吹き飛ばされたってわけだ」


「へぇ、そう」


さりげなく背を向けて()げようとするフォセの肩をグロリオが(つか)んだ。


「フォセェェッ!」


フォセは楽しそうに悲鳴を上げると困ったように笑みを浮かべるアイリスの背に隠れた。


(みじ)めね」


冷たく言い放つランジアにグロリオはくしゃくしゃの髪に(から)まった木くずを取るのに苦労しながら返した。


「別に良いじゃねぇか。無事、ここまで来れたんだし……」


ライオネルは苦笑(くしょう)して付け加えた。


隠密行動(おんみつこうどう)とはかけ離れてしまったがな……それより偵察(ていさつ)の結果はどうだったんだ?」


「そのことだけど、少し気になることがあるの」


アイリスが口を開いた。


「みんなも通って来たから分かるでしょうけど、この坑道(こうどう)には誰もいなかった。でも、ランジアが声を聞いたわ」


「声?」


スラウが首を(ひね)った。


「ええ。ランジアには副次的(ふくじてき)な能力があって()れた物の記憶が見聞きできるのよ、過去と未来がね。それで……」


アイリスがランジアを見ると、彼女は髪を()()げた。


「会話を聞いたわ。それから姿も見えた。人間ね。10人は居たんじゃないかしら」


「つまり、捕らえられ、働かされている人間がいたのか……」


ライオネルの言葉にフィリップは相変(あいか)わらず仏頂面(ぶっちょうづら)を浮かべたままだった。


「でも、そこまでしてゾルダークは何を掘ろうとしていたの? 別に金脈(きんみゃく)があったわけじゃないよ?」


スラウが(たず)ねると、チニは坑道(こうどう)を見回した。


「彼の目的は(きん)じゃない……もっと危険なものだよ」


「……?」


「僕らが地上界(ちじょうかい)に降りる時にアーチを(くぐ)るでしょ?」


「うん」


「あのアーチに使われている鉱石(こうせき)は時空を(ゆが)める(ほど)の強大な力を引き出すことができるんだ」


通称(つうしょう)時空(じくう)(とびら)。それがこの山に眠っているのよ」


アキレアが補足(ほそく)した。


「知らなかった」


スラウは思わず(つぶや)いた。


「使いようによっては非常に危険なものでもある。ゾルダークが時空を(ゆが)め、地上界(ちじょうかい)と魔界を(つな)げば、屍食鬼(ししょくき)闇狼(あんろう)だけじゃない……もっと邪悪(じゃあく)な生物がここを闊歩(かっぽ)するようになるだろう」


「ここで働かされていた人たちはどうなったのかしら?」


アイリスが(つぶや)いた。

しばしの沈黙(ちんもく)の後、アキレアが口を開いた。


「この鉱石(こうせき)は原石の状態では非常に強い毒素(どくそ)を放つの。すぐに解毒(げどく)すれば命に別状(べつじょう)は無いわ。けれど……」


「恐らくゾルダークはそんなことせずに働かせていたでしょうね」


ランジアが言葉を()いだ。


「あ、ちょっと待てよ? 俺がトロッコで気を失ったのって?!」


ラナンが思わず声を上げた。


敏感(びんかん)になった感覚が毒を感じたんでしょうね」


「でしょうね、ってランジア! 他人事(たにんごと)じゃねぇぞ?! 俺だけじゃなくて、全員の身体に毒素(どくそ)が入り込んでいるってことだよな?!」


気まずい沈黙(ちんもく)が訪れた時、不意にライオネルが立ち上がった。


「大丈夫。想定内(そうていない)だ。解毒剤(げどくざい)調合(ちょうごう)してある」


言うが早いか、それまでずっと(だま)っていたトニーがライオネルの手に飛びついた。


「早く! 早く寄越(よこ)せ!」


彼は(びん)をひったくると一気にそれを飲み干した。

飲み干してから周りの様子に気がついたらしい。

もじもじとして気まずそうに視線を彷徨(さまよ)わせた。


「あ、あの、その……」


「トニーさん、大丈夫ですよ」


グロリオは笑顔でライオネルから受け取った(びん)(あお)った。

一瞬、(しぶ)い顔をしたが再び笑顔に戻ると言葉を続けた。


「死にたくない。それは(だれ)でも同じです。トニーさんの行動は当然のことだと思いますよ」


「あ、はい……」


トニーは小さくなって(うなず)いた。


「それよりライ。薬の味、もう少し甘くならねぇかな。俺、苦いの苦手なんだけど」


「俺もできればそうしたいんだが……」


ライオネルは困ったように笑うと首を振った。


「……ガキが」


ハイドが空になった小瓶(こびん)を振って(つぶや)いた。


「おうおう、ハイド! 今のは聞き捨てならねぇな! (だれ)が子どもだって?!」


グロリオが食ってかかった。

ハイドはしばらく小瓶(こびん)を見つめていたが、(おもむ)ろに口を開いた。


「……訂正(ていせい)する」


「おっ?!」


期待する表情のグロリオ。


小瓶(こびん)以下だ」


「は?! え?! ちょ、ちょっと待て! もう人じゃないってことか?! つーかな、小瓶(こびん)て言う方が小瓶(こびん)なんだぞ! このむっつり小瓶(こびん)!」


いがみ合う2人は突風に(あお)られて吹き飛ばされた。


「な、何すんだよ、フォセ!」


「んー? 喧嘩(けんか)仲裁(ちゅうさい)


文句を言うグロリオにフォセはつまらなさそうに髪をいじった。


「もう、ほら……立って」


見ていられなかったようでアキレアがグロリオを助け起こした。


「それで? これからどうするの?」


「そりゃ……いよいよ攻め込むさ」


彼の指差した先には巨大な要塞(ようさい)の影が()びていた。

その(はる)か上に開いた穴から曇天(どんてん)の空が顔を(のぞ)かせていた。

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