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天上人  作者: 鬼木 有葉
第三章 帰郷
49/196

四.襲撃

「……そうだったのか」


重たい沈黙(ちんもく)を破ったのはライオネルだった。

グロリオは空を(にら)んだまま、ズボンを強く(にぎ)りしめている。


獄焔(ひとやのほむら)……かつてゾルダークが光の領域を攻めた時に使われ、多くの死者を出した」


「えぇ」


グロリオの言葉にアキレアが(うなず)いた。


「見る者の恐怖を()()て、それを(かて)として威力(いりょく)を強める。(のろ)われた(ほのお)……」


だからか……

ライオネルは内心で(うなず)いた。


初任務(はつにんむ)同行(どうこう)した時、彼女は見張りにつきたがった。

責任感を1人で背負(せお)いこんでいるのかと思っていたが、この時の恐怖のせいで火の(そば)に来ることができなかったのだ。

フィリップは小さく身じろぐと口を開いた。


「当時、俺たちは村で何が起きていたのかなんて知りもしなかった。だが……再び(もど)った時には、ここは(すで)にそうなっていた。ゾルダーク・エリオットと名乗る男の名が(ささや)かれ、得体(えたい)のしれない生物が闊歩(かっぽ)するにはそんなに時間はかからなかった」


スラウはふと思い立って(たず)ねた。


「ねぇ、ハリーおじさんは? どこにいるの?」


フィリップの表情が一瞬(こお)りついた。


「まさか、ゾルダークに……?」


思わず(つぶや)いたチニを(にら)んだフィリップは立ち上がると、物言いたげなスラウの頭に手を乗せた。


親父(おやじ)の話は別に良いだろ……お前はそいつらと帰れ。故郷なら俺が必ず取り返す。お前の存在は邪魔(じゃま)でしかない」


「何よ、その言い方?!」


フォセが(ほお)(ふく)らませた。


「スラウの友だちでしょ?! 何でそんなこと言うの?! ほんっと信じらんない!」


フィリップに冷たい視線を向けられ、フォセはライオネルの後ろに隠れた。


「当たり前だ。これはお遊びじゃない。俺は命を()けて故郷を()(もど)そうとしている。友人だろうが、家族だろうが、邪魔(じゃま)なものは邪魔(じゃま)だ」


「まぁ、ちょっと待てよ」


グロリオは(さえぎ)るとゆっくりと腰を上げた。


「別に俺たちは君の邪魔(じゃま)をするつもりはねぇ。だがな、1つ忠告してやる。ヤツは()()()()()()生半可(なまはんか)に攻め込んでも死ぬだけだぞ」


「人間じゃねぇ? 何を根拠に……っ?!」


フィリップが声を(あら)げた時、上空で甲高(かんだか)い音が響いた。

スラウは思わず耳を(ふさ)いで空を(あお)いだ。

灰色の空に黒い生物が大きく旋回(せんかい)している。


「ほら、おでましだ……何羽だ?」


グロリオに(たず)ねられ、フォセは目を閉じた。


「5……6……7、7羽!」


「ライ、そっちは?」


グロリオはいつの間にか(しげ)みの向こうに姿を消していたライオネルに声を()けた。


足跡(あしあと)がまだ新しい。群れが4、5ってところだな」


「ここにはどれくらい居るの?」


一昨日(おととい)の夜に来たばかりだ」


フィリップはアキレアの問いにやや困惑(こんわく)しながら答えた。


「来たばかり、ね……彼らにとっては十分すぎるほどの時間だわ」


ランジアの顔が険しくなった。

その瞬間、遠くで男たちの(さけ)(ごえ)が聞こえた。

(けもの)の咆哮も聞こえてくる。

スラウは反射的(はんしゃてき)に顔を上げた。

この声を知っている……


闇狼(あんろう)だ! 急げ!」


グロリオを先頭に隊員たちが走り出した。


上空には2つの頭を持つ烏が旋回(せんかい)していた。

この鳥の鳴き声は2種類ある。

1つは普通の烏と同じだが、もう1つの声を聞いた者は立っていることはおろか、息すらもできなくなる。

(からす)は身動きできなくなったその獲物(えもの)を集団で(おそ)うのだ。

彼らが本当に()()始める前に始末(しまつ)しなくてはならなかった。


『我に宿(やど)りし、火の力よ! 大空に咲く赤き花となれ、曼珠沙華(まんじゅしゃげ)!』


アキレアが(とな)えて矢を放った。

天に放たれた矢の先が赤く(かがや)き、先端(せんたん)に炎の花が現れた。

火花を散らしながら飛んで行った矢は(からす)を包み込んで燃やした。


風鎌(かざかま)!』


風の(うず)がフォセの手を(はな)れ、(かま)のように曲がって鳥に(おそ)いかかった。

ドサドサと鳥が落ちてくる。

間一髪(かんいっぱつ)で攻撃を(かわ)した最後の1羽が大きく羽ばたいて()げようとした。


「ラナン!」


「おう!」


ラナンが指を動かすと、(うす)い青色の(まく)が広がっていき、小さな立方体りっぽうたいがそれを包んだ。


「行くぜ!」


ラナンの指が軽やかな音を立てて鳴ると、それに合わせて立方体が空中を転がり始めた。

烏は転がる(おり)の中に捕らわれたまま、こち、に()()んできた。


「いっけぇ!」


フォセが(むか)()つように風の(うず)を飛ばした。

滅茶滅茶(めちゃめちゃ)破壊(はかい)された(おり)の中で黒い羽が()った。


***


スラウはうめく男性の腕を肩に回して立ち上がらせた。

左ももが大きく()け、ズボンに血が(にじ)んでいる。

闇狼(あんろう)()まれたのだ。


「大丈夫ですよ」


そう元気づけ、自分より大きな身体を引きずるようにして(しげ)みを()()ける。

(けもの)咆哮(ほうこう)が聞こえ、スラウは後ろを振り返った。

グロリオ、ハイド、ランジアが群れを引き付けている間に、負傷した人たちを保護するのが自分の役目だった。

ライオネルが薬を調合(ちょうごう)して待っている。


(がけ)に背を向けるようにしてチニが防壁(ぼうへき)(きず)いていた。

(すで)に運び込まれた人々が座り込んでいた。

チニはスラウの姿を見つけると手を下ろした。

ゆっくりと(かべ)(うす)れていく。

スラウが男性を(かべ)の向こうへ押しやると、アイリスが手を伸ばし、その肩を支えた。


「スー! 1匹、そっちに行ったぞ!」


フィリップの声がした瞬間、(しげ)みから黒い(けもの)が飛び出してきた。


『我に宿(やど)りし光の力よ、我に力を与えよ! その力でかれを清めん、浄化(じょうか)!』


スラウが唱えながら剣を振り下ろすと、金色(こんじき)の光が(おおかみ)()った。

狼は身のよだつような声を上げて光の中に消えていった。

すぐに(しげ)みからフィリップが飛び出してきた。


「スー! 大丈夫か?!」


彼はけろりとした顔で立っているスラウをまじまじと見つめた。


「あれ? こっちに行かなかったのか?」


「え? あ、(おおかみ)ね! えっと……何か、そのまま(がけ)の向こうに落っこちちゃった」


スラウがぶんぶんと手を振ると彼はそうか、とだけ(つぶや)いて(しげ)みの向こうへ引っ込んでしまった。


「あ! フィル、待ってよ! 私も行く!」


スラウは(あわ)てて彼の後を追った。


闇狼(あんろう)による襲撃(しゅうげき)は夜明けまで続いた。

グロリオたちが群れと対峙(たいじ)している間、スラウたちはチニの(きず)いた防壁(ぼうへき)の中で待機(たいき)していた。

彼の防壁(ぼうへき)は隊の中で最も強力なものだと聞いて安心した。


「朝日だ」


フィリップの言葉にスラウは思わず顔を上げた。

(がけ)の下に広がる荒野(こうや)のはるか遠くで、紫色の空が金色(こんじき)の光を帯びていた。


闇狼(あんろう)は太陽が苦手なんだ。もう(おそ)ってくることはないはずだよ」


チニが安堵(あんど)の息を()いた時、遠吠(とおぼ)えが聞こえた。

思ったよりも近いところから聞こえる。


「まだ残ってるみたいだね」


スラウは(つぶや)くと(しげ)みににじり寄った。

だが、(おそ)ってくる気配はなかった。

思わず首を(かしげ)げた時、治療(ちりょう)を受けていた男たちが声を上げた。


「狼だ! 狼が(がけ)を上ってきてる!」


「今、行きます!」


思わず振り返るスラウに、(しげ)みから飛び出してきた(けもの)が飛びかかった。


「スラウ!」


フィリップが(さけ)んで、その(つめ)(はじ)(かえ)した。

(しげ)みから現れた(おおかみ)の群れは低く(うな)りながら2人を囲んだ。


その瞬間、(がけ)の方から風が()()んできた。

咄嗟(とっさ)にスラウはフィリップの肩を(つか)むと地面に()せさせ、もう片方の手を()()げた。

スラウの手から広がる光は2人を(おお)(たて)になった。


「スー! 何だよ、急に?!」

「今は立っちゃダメ!」


「は? え、何?!」


「良いから!」


彼の頭を押さえつけたまま防壁越(ぼうへきご)しに見ると、風に(あお)られた闇狼(あんろう)が次々に木に打ちつけられるのが見えた。

風がおさまったので(たて)を消して立ち上がる。


「うわっ……」


思わず声が()れた。

自分たちの居た場所を残して地面が大きく(えぐ)られている。

後ろの木々は根元から折れて互いに寄りかかっていた。


「スー、いきなり何なんだよ……」


フィリップは腰を上げかけたまま(こお)りついた。


「何だこれ?!」


「みんなぁ、大丈夫?」


フォセが(がけ)をよじ登って顔を出した。


「フォセ! これが大丈夫に見えるの?!」


チニがピシッとこちらを指差した。


「ん?……あ! スラウだ! なぁんだ元気そうじゃん」


「そうじゃなくて!」


「……何か問題あるの?」


フォセはきょとんとした顔で首を(かし)げた。


「全部倒せたから良いじゃん」


「……」


言葉を失うチニの肩を(たた)き、アキレアはアイリスの元へ向かった。


「アイリス、そっちはどう?」


随分(ずいぶん)負傷者(ふしょうしゃ)が出たわ。でも、毒が回る前に治療(ちりょう)したから大丈夫よ。ただ……」


そこで言葉を切ったアイリスは、茫然(ぼうぜん)と座り込んでいるフィリップに目をやった。


「……故郷(ふるさと)奪還(だっかん)(あき)めた方がよさそうね」


フィリップはゆっくりと立ち上がると負傷者(ふしょうしゃ)たちのところへ向かった。


「大丈夫か、お前ら」


「えぇ。何分(なにぶん)、彼らの手当が早かったものですから」


皆、さり気なさを(よそお)って深緑色のワンピースに身を包んだおさげ髪の少女を見つめている。


「それにしてもあの(おおかみ)、何だったんだろうな?」


1人が思い出したかのように口を開いた。


突然(とつぜん)、転がり落ちていったもんな」


「昨日雨も降ったし、ぬかるみで(すべ)ったんだろ? その証拠(しょうこ)にほら、(がけ)(くず)れてる」


「そんなことより……お前ら、行けるのか?」


フィリップは脱線(だっせん)しかけた話を(もど)した。

皆、互いに顔を合わせると気まずそうな表情を浮かべた。


「フィリップ様……申し訳ございません……あと数日、(しび)れは残ると言われまして……」


「そうか……」


「申し訳ございません。フィリップ様がずっとお望みのことでしたのに、我々のせいで……」


「気にするな」


フィリップはぞんざいに手を振った。

彼らの釈明(しゃくめい)も、ろくに耳に入ってはいなかった。


何かがおかしい……

偶々(たまたま)全ての(おおかみ)足場(あしば)を失い、偶々(たまたま)突風(とっぷう)()()れて(むれ)全滅(ぜんめつ)するなんて、余りにも偶然(ぐうぜん)が重なりすぎている。

彼らと会って以来(いらい)得体(えたい)のしれない何かが起きている気がする。


「おいおい、ひでぇなこりゃ……」


草を()()けて青年が現れた。

日焼けした肌にくしゃくしゃになった赤い髪。

グロリオと呼ばれていた青年だ。


「フォセ、また派手(はで)にやったな」


グロリオはわざとらしくしかめ面を作ってフォセに近づくと彼女の金色の髪を力いっぱい()いた。


「もうっ! やめてよ!」


フォセは(ふく)(つら)で彼を見上げると手を(はら)った。

グロリオは楽しそうに笑っていたが、近づいてくるフィリップに気がついた。


「あ、フィリップ君。怪我(けが)は?」


「……おかげさまで」


「去れ。死ぬぞ」


グロリオの横に立っていた黒髪の青年が口を開いた。


「ハイド。いきなりそれを言ったらまずいだろ……」


金髪の青年が(さと)した。

おさげ髪の少女と一緒に怪我人(けがにん)の手当てをしていた奴だ。

こちらの思考が読めるのか、彼はニコリと笑ってみせた。


紹介(しゃうかい)、まだだったよな? 俺はライオネル。傷口は(ふさ)いだが、回復には時間が必要だ。敵方(てきがた)に場所もばれている。これ以上の被害(ひがい)を出さないためにもここを去るべきだ」


フィリップは思わず(こぶし)を固めた。


「ふざけんな! 俺たちは! 命懸(いのちが)けでここまで来たんだ! こんなところで引き上げるわけにはいかねぇんだよ!」


「別に止めないわよ。私たちはただ、これじゃ死にに行くようなものだって警告してるだけ」


黒髪の少女の淡い緑色の瞳がまっすぐにこちらを射抜(いぬ)いた。


「ランジア、少し言い過ぎよ」


アイリスが(さと)した。


手負(てお)いの仲間を巻き込むほど俺は馬鹿(ばか)じゃねぇ……俺が1人で行く!」


「フィリップ様! おやめ下さい!」


男たちから声が上がった。


「お考え直し下さい! (やつ)()したこと、あなた様もご(らん)になったでしょう?! あなた様、おひとりでなんて……!」


「だから何だ?!」


フィリップは声を(あら)げた。


「今、行かなくてどうする?! この機会(きかい)(のが)せばもう2度とチャンスは無いんだ!」


「待ってよ、フィル!」


スラウは思わず口を(はさ)んだ。


「何も1人で行かなくて良いじゃん! ここは私の故郷(ふるさと)だよ?! 私も行く!」


「おい、スラウ! 無茶だ! よせ!」


ラナンが尻尾(しっぽ)を立てた。


仕方(しかた)ねぇな……」


ポリポリと頭を()くグロリオにアキレアが思わず声を上げた。


「ちょっとグロリオ?!」


「俺だって、俺たちがゾルダークを倒せると(おご)ってはいないさ。だが……ここから追い出すことくらいはできるかもしれない」


「つまり、俺たちが(やつ)居場所(いばしょ)(つか)んでいることを示して圧力をかけると?」


ライオネルは(つぶや)くと考え込んだ。


「でもね、グロリオ。今回は任務じゃないのよ? ラナンの言う通りだわ。情報だって十分にはないし……」


心配そうなアキレアにグロリオは微笑(ほほえ)んでみせた。


「確かにアキレア、君の言う通りだ。でも俺たちは……その()()をいつもやってただろ?」


「仕方ないわね」


アキレアが大きく()(いき)()いた時、突然(とつぜん)ハイドがフィリップの喉元(のどもと)に剣を()きつけた。


「……っ!?」


フィリップが寸手(すんで)のところで(かわ)すと、ハイドはふと力を抜いて剣をおさめた。


「おい、てめぇ! 何のつもりだ?!」


フィリップはハイドの肩を(つか)んだ。

今のは本気だった。

自分が()けなければ串刺(くしざ)しになっていただろう。

彼はフィリップの手を払いのけると静かな瞳で見下ろした。


「試しただけだ」


「はぁ?!」


「あぁ、わりぃな。うちのむっつりバカが……」


グロリオが(あわ)てて割って入るとハイドの腹を(たた)いた。


「コイツなりに心配してんだ。簡単に命を()けていねぇかってな」


ハイドはグロリオの(こぶし)をおざなりに(はら)ったが、対するグロリオは白い歯を見せて笑うと言葉を続けた。


「『命を()ける』――それだけの覚悟(かくご)があるっていうのは良いことだ。だけどな……生きる闘志(とうし)を持たない奴は勝てない。命の重さを知らない奴は勝てない」


フィリップは鼻で笑った。


「ハッ! がたがたうるせぇよ……命の重さくらい分かってらぁ」


「ま、待って下さい!」


その時、座り込んでいた男の1人が声を上げた。


「お、俺も行きます! 俺は皆さんに比べたら怪我(けが)も軽い」


「トニー、お前……!」


偵察隊(ていさつたい)だって任せてもらっているんだ! この辺りは(だれ)よりも知っているつもりです!」


フィリップはしばらく彼を見つめていたが、つと息を()いた。


「そうだな。一緒に行こう。じゃあ……俺が居ない間、あの人たちを頼む」


他の男たちはフィリップの言葉に深く(うなず)いた。

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