三. 過去⑤
焔は既に村の半分を焼き尽くしていたが、森の中までは届いていなかった。
「スーちゃん!」
声を張り上げてハリーは周りを見渡した。
森の奥の方が突然白く輝いて再び暗くなった。
そこを目指して馬を急がせると、次第に焦げ臭い匂いがきつくなってきた。
開けた場所に飛び出した彼は慌てて馬を止めた。
焦げた草の中にスラウが横たわっていた。
「スーちゃん!」
彼は馬から飛び降りるとスラウを揺すった。
「ハリーさん……私……」
「もう大丈夫だよ」
彼は小刻みに震えるスラウを優しく抱きしめた。
「フィルは? ラナンは?」
背中をさすっていたハリーは安心させるように囁いた。
「フィルも無事だ。ラナンはそこにいるよ」
スラウは震える手でラナンに手を伸ばして腕に抱いた。
「スーちゃん立てるかい? ロナルドとの約束の時間を過ぎてしまった。急ごう」
「うん……」
ハリーはスラウを抱えて馬に乗せると家へ急いだ。
家に戻ったスラウはラナンを肩に乗せて裏口からそっと入った。
ターナたちは村に買い物に出たきり、まだ戻っていないようだ。
家は静まり返っていた。
スラウは自分の部屋に行き、用意していた鞄を掴むと小声でロナルドを呼んだ。
「おじさん?」
返事はなかった。
鼻を上に向けていたラナンはふとスラウの肩から飛び降りると玄関口に走っていった。
「ラナン? どうしたの?」
後についていったスラウは思わず息を呑んだ。
玄関の扉は大きく開け放たれ、ロナルドが胸から血を流して倒れていた。
「おじさん! ロナルドおじさん! しっかりして!」
ロナルドは小さく呻くと虚ろな目をこちらに向けた。
「スー……お前は……無事……だったのか……」
「待ってて! 今、ハリーさんを呼ぶから!」
行こうとするスラウの腕をロナルドは力強く掴んだ。
「良い……私に構うな……」
ロナルドは血に塗れたペンダントをスラウの手にねじり込んだ。
「これはお前が持って行け……ゴホッ……お前の……ものだ……」
「いやだよ! 1人で行けって言うの?!」
「ゲホゴホッ……ごめんな……一緒に……行けなくて……」
咳き込む度にシャツに滲む赤い沁みが大きくなる。
「良いか……」
ロナルドは苦しそうに息を吸うと、ペンダントを握るスラウの手の上に自分の手を添えた。
「奴らが……戻ってくる前に……行くん……だ」
「おじさん!」
ロナルドは励ますように微笑むと目を閉じた。
「約束したじゃん……」
大きな雫がロナルドの頬に落ちた。
「私のこと迎えに来てくれるって! また一緒に暮らそうって!」
ボロボロと零れた涙が血の気の失せたロナルドの顔に落ちていった。
「嘘つかないでよぉぉっ!」
しゃくりあげるスラウの声に応えるものはいなかった。
「ひっく……っく……」
スラウは震える手で温もりの失せたロナルドの顔の輪郭をそっと包んだ。
「パパ……?」
顔を上げると、いつのまにか戻っていたターナが戸口に立っていた。
「パパ! しっかりして! パパ!」
ロナルドにしがみつくターナの後ろからロージーが紙袋を抱えて現れた。
「あなた?!」
駆け寄ったロージーがロナルドの脈を測ったが、首を振った。
「もう……手遅れだわ……」
「あぁぁぁぁぁっ!」
ターナがロナルドに覆い被さるようにして泣き崩れた。
その方に手を伸ばしかけたロージーは玄関のマットに無数についている足跡に息を呑み、そして目を擦っているスラウに叫んだ。
「あなたは何をやっているの?! 今すぐこの家から、いいえ! この村から出て行きなさい!」
「やだ! 行きたくない!」
「行くのよ! 早く!」
「やだ! やだよぉっ!」
「スー! あの人は最期、あなたに何て言ったの?!」
――『奴らが……戻ってくる前に……行くん……だ』
もう何も言えなかった。
鞄を掴んで弾丸のように飛び出すスラウにロージーは叫んだ。
「振り返るな! 行きなさい!」
「うわぁぁぁぁぁぁっ……!」
――『行け、前へ!』
ロナルドに、ロージーに、背中を押されるようにスラウは走った。
「……元気でね」
その背中に呟くロージーの頬を涙が伝っていた。




