三.過去 ③
夕食後に自室に戻ったスラウはロナルドに呼び出された。
「さて、と」
ロナルドが椅子に座るよう促してきた。
ラナンは机の上に飛び乗った。
「大事な話がある。呪い師のお婆ちゃんは分かるよな?」
「うん……」
彼はスラウの表情から何かを察したようだった。
「あの人の身に起こったこと、何か知っているのか?」
「……うん。フィルと家に遊びに行ってさ」
「そうか……」
「もう……帰ってこないの?」
「なぁ、スー」
「おじさん、本当のこと言ってよ?」
頭では分かっていた。
「ああ。もう戻らないだろう。この国の王様がね、ある御達しを出したらしいんだ。魔法使いや疑わしい人を捕らえて殺せ、と……魔法で国を滅ぼされるんじゃないかって考えて。この村も国の端にあるとは言え、王様の命令が全く及ばないわけではないんだ」
「でも、あの人は魔法使いなんかじゃないよ! 皆だって知ってるでしょ?!」
「そうだな。だが、自分が魔法使いでなくても匿えば、その人も罰せられてしまうんだ。皆、自分を守るのに必死なんだよ」
「……っ!」
「この村の誰かが王様に伝えたんだろう。王国軍を名乗る連中がこの村に来ている。しばらくはここに滞在するそうだ。皆、お互いを疑っている。少しでも変な素振りを見せたら捕まって最後……もう戻って来られない。黒い覆面の奴らには気をつけろ」
「……私も?」
「あぁ、そうだ」
ロナルドは真剣な顔で頷いた。
地下室の隅に忘れられたように置かれていた棚には、自分が拾われた時に持っていたペンダントがしまってあった。
ふとした時にそれを見つけたスラウは面白いことに気づいた。
その石の前で腕を広げ、空を掴むように手を目の前に滑らせる。
すると、石が輝き出して手に小さな光が集まる。
それを粘土のように捏ねて馬や鳥を作る。
そうすると動物たちは優しく輝きながら、自分の周りを走るのだった。
「でも、もうやってないよ! だからっ……!」
ロナルドは首を横に振った。
「今はそうでも……魔力はいつ露見してしまうか分からない。 お前はここに居てはいけないんだ」
「でも! 私には家族もいないんだよ?! おじさんに拾われてここに居る! ここ以外に居場所はないんだ!」
「スー、落ち着いて」
「何で? 何で……そんなこと言われなきゃいけないの?」
涙をボロボロと溢すスラウの頭をロナルドの大きな手が撫でた。
「すまない。気分が早って……思ったより到着が早くてね」
「でも、私どうしたらいいの?」
「行先は、ずっと前から決まっている」
ロナルドは棚から古びた地図を取り出し、机に広げた。
「良いかい。俺たちの村はここだ。ここから……いくつもの山や谷を越えて海を渡る。ここにイリオンという港町があるだろう? この港町の先にある山に行くんだ」
「遠いね……」
「ああ。数年かかるだろう。もう少し一緒にいられると思っていたが……もうお前も大きくなったんだ。時が来たということなんだろう。ここでお前を待っている人たちがいるはずだよ」
「それって誰?」
「分からない。ただ、お前の家族の手がかりに繋がるかもしれないのは事実だ。これがお前を見つけた時に一緒についていた紙だ」
ロナルドの見せた紙には走り書きで1行の文が書いてあった。
――『時が満ちし時、イリオンの港に入り、フィルメイ山の山頂へ向かえ』
「そこまで1人で行くの?」
「いや。海を渡るまではハリーたちと一緒だ。つい先ほど話をつけた。彼らは海を渡れないからな……私が山頂まで一緒に行こう。ラナンも連れて行くと良い」
「おじさんはここに残らなくて良いの?」
「お前を引き渡したら村に戻る。それまでロージーとターナだけでも上手くやるさ」
スラウは頷いた。
「そうと決めたら明日の日没後に出よう。裏庭で合流し、俺たちはハリーたちに紛れてここを抜け出す手筈になっている」
「……分かった」
「なぁに、心配することはないさ。ここが平和になったら迎えに行くからな。また一緒に皆で暮らそう」
ロナルドは微笑むと、小指を立てて差し出してきた。
「ほら……約束だ」
「……うん」
小さな指がロナルドの大きな指に絡まる。
優しく温かい手だった。
スラウはそのまま彼に抱きつくと、おやすみなさいを言って部屋を出た。
***
カッカッカッ――
寝静まった村に馬の蹄の音が響く。
一際大きく構える家を囲うように、数人の黒いマントに身を包んだ者たちが集まってきた。
その中の1人が音もなく馬から降り、扉を叩いた。
「何の用だね? こんな遅くに……」
寝間着姿にナイトキャップをした村長は不機嫌そうに扉を開けたが、口を噤んだ。
黒いフードを目深に被った男が囁いた。
「中に入っても構わないかね?」
村長は慌てて太った身体を引きずると、男を中に通した。
男が足を踏み入れた途端、冷たい風が部屋の中を吹き抜け、明かりを消した。
窓から射し込む青白い月明かりの中に鈍く光る気味の悪い仮面が浮かび上がった。
「あ、あの……」
村長の丸々とした指が革の椅子を指差した。
「結構」
仮面の男はぞんざいに手を振ると。懐から黒い粉の入った瓶を取り出して机の上に置いた。
「あの男も随分と愚かな指令を出したものよ……ククッ……」
男はくぐもった声で笑うと、突然声を低くして迫ってきた。
「この村に魔女がいた。そうだな? 隠そうとしても無駄だ、我々が見つけたのだから……あと1人でも魔法使いが見つかってみろ……貴様の首がどうなるか、分かるよな?」
首を斬る真似をする男に、村長の丸々とした顔はみるみるうちに青ざめた。
「た、頼む……! 命だけはっ! 命だけは助けてくれ!」
「当たり前だ。我々は罪なき者を殺しはしない。だがよく考えろ、この状況を……これは好機ではないか。王の指令にあやかり、お前が消したいと思う者を消せるということだ」
耳元で囁く男の言葉に村長は唾を飲み込んだ。
「ククククッ……悩んでいるな? 思い当たる者でもいたか?」
男は嗤うと小瓶を村長の手にねじ込んだ。
「……その時には、瓶を使え。火に振りかけるだけで良い」
「どうなる?」
「どうなるか? それを俺の口から言うのは口惜しい……」
男はそれだけ言うとマントを翻して扉に向かった。
「そうそう。1つ助言してやろう」
男は口を開いたまま机から動けないでいる村長を振り返った。
「簡単に人を信用しないことだ。クククククッ……」
しばらくすると馬の蹄の音が遠のいていった。
ひとりでに部屋の明かりがつき、暖炉の火が再び燃え上がった。
部屋に残された村長は震えながら椅子に深く沈み込むと、机の引き出しの中に瓶を突っ込んだ。
しかし、彼はその一部始終を息子のビルが見ていたことに気付かなかった。




