三.過去②
「見ろよ! きったねぇ雑巾!」
「やめろ!」
布切れを結び合わせた飾りを踏みつける少年たちにフィリップが叫んだ。
彼の部族は友情や愛情の証として、互いの衣服の端をちぎって交換し、結びつける。
今、泥塗れになっているそれは母が亡くなる前に自分の為に作ってくれたものだった。
「返せ……ったら!」
彼は飾りを持っている少年に突っ込んでいったが、敢えなくひっくり返されてしまった。
「ははははっ! バカな奴!」
「ビル、こいつどうするんだ?」
取り巻きの1人が尋ねた。
飾りを振り回した少年はユサユサと大きな身体を揺すった。
「そうだなぁ。村長の息子である俺様に刃向かった罰で吊し上げの刑だ!」
取り巻きたちから笑いが起こった。
投げ捨てられた飾りを握りしめたフィリップはヨロヨロと立ち上がった。
「……父ちゃんが居なきゃ何にもできねぇくせに」
「あぁ?!」
「お前は、1人じゃ何も出来ない弱虫だっつってんだよ!」
「行商人のくせに偉そうなこと言うんじゃねぇ!」
ビルは唾をまき散らしながら喚いた。
「やっちまぇ!」
少年たちがフィリップに殴りかかった時だった。
「やめて!」
息を切らし、スラウが立っていた。
「なんだよ、チビ。俺様に命令する気か?」
「大人を呼ぶよ!」
「ふん、呼べるもんなら呼んでみろ! どうせ誰もお前の話なんて聞いてくれないぜ! だってお前、この村の人間じゃないもんな!」
「……っ!」
スラウは唇を噛んだ。
自分を育ててくれているロナルドたちは良い人だし、本当の家族のように自分を受け入れてくれている。
しかし、黄金色の髪と緑色の瞳は彼らの容姿とはかけ離れていて、スラウが彼らの家族でないことは明らかだった。
ビルは更に畳み掛けてきた。
「父様に聞いたぞ! お前、森に捨てられていたんだってな! どうせ、お前の親なんてろくな……っ!」
その先を言わせまいと、フィリップが飛びかかった。
「黙りやがれ! 紛れもなく、スーはロナルドさんたちの家族だよ!」
「俺様に指図できると思うなよ! 家無しの分際で!」
「ちょっとあんたたち! 何やってんの?!」
騒ぎを聞きつけたターナが走ってきた。
「ちっ……! ずらかるぞ!」
ビルの言葉で少年たちは足早に去っていった。
「大丈夫?」
尋ねるターナに2人は頷いた。
彼女は大きく息を吐いて膝をつくと、2人のおでこを軽く弾いた。
「あいつらが何を言おうと、いちいち構っていたらダメ。今回はたまたまあたしが通りかかって助けてあげられたけど。それに、スー! あそこの店に居なさいって言ったでしょう! 第一ね……」
延々と続くターナの説教に2人は小さくなった。
ターナが母のロージーと合流して去り、後に残されたスラウはフィリップと近くのベンチに座った。
ラナンはスラウの膝の上で丸まると大きく欠伸をした。
「久しぶりだね。元気にしてた?」
「あぁ! 話してぇことがたくさんあるんだ!」
フィリップは笑顔で頷くと、村に来るまでの色々な話をしてくれた。
森で大きな鹿を見つけて追いかけたこと、別の町で出会った行商人に服をもらったこと、父の側近に悪戯して怒られたこと……
スラウはひとつひとつを頭に思い浮かべながら聞き入っていた。
ラナンは両目を閉じて時折長い尾をぱたぱたと揺らしていた。
空がオレンジ色に染まってきた。
フィリップがスラウを家まで送ると言うので、2人は村外れの道を歩き始めた。
ふと彼が呪い師の家に行ってみようと言い出した。
以前、忍び込んだ時には瓶を幾つか落としてしまい、こっぴどく叱られた。
その弁償として、2人は3日間、その老婆の手伝いをさせられ、年老いた雄鶏の世話や乾草の片づけをさせられたのだ。
「そん時だよな、こいつに会ったの……」
フィリップがスラウに抱かれたラナンに手を伸ばした。
雄鶏に突かれていたのをスラウが見つけたのだ。
「でもマヌケだよな、あんなのに突かれるなんてよ」
言葉が分かるのか、ラナンは不快そうに琥珀色の瞳を細めた。
「そうだ、裏口から入ろうぜ。あの婆さんも驚くって……」
彼はそう言うと扉をそっと押し開けた。
だが、部屋に入った途端、どことなく違和感を覚えた。
以前は鼻をつままなくてはならなかった甘いような臭いような香りがない。
「いないのかな……」
スラウが表に面した部屋を覗こうとした時、すぐ外で馬の嘶きが聞こえた。
「……っ!」
フィリップは慌ててスラウの口を塞ぐと、近くの棚の陰に押し込んだ。
窓のすぐ外に誰かが立っている。
「どうした?」
男の声だ。
2人は唾を飲み込んだ。
「いや、何か物音が……」
「そりゃ、この鶏だろ。うるさくてしょうがねぇや」
窓の向こうの会話がくぐもって聞こえる。
バサバサと羽を動かす音が聞こえた後、ゴトという音がして鶏が大きな声を上げた。
フィリップは慌ててスラウを振り返ったが、彼女は耳を塞いで目を見開いていた。
雄鶏は最期に潰れたような声を上げると、それきり静かになった。
フィリップはひたすら目を凝らして窓を見据えた。
「あーあ、ひでぇことする」
忍び笑いと共に人影が遠ざかっていった。
「良いんだよ、どうせ全部無くなるんだから……この村ごとな」
男の言葉はあまりに小さく、2人の耳には届かなかった。
しばらく暗闇の中でじっとしていたが、フィリップは静かにそこから這い出した。
窓枠に掴まって外を見ると、首を斬られた鶏が転がっていた。
慌てて目を背けて戻り、表通りに面した部屋を覗いた。
扉は乱暴に外され、机の上にあった物は全て床にぶち撒けられていた。
スラウは散乱した紙束を拾い上げた。
「ひでぇな……」
フィリップが床に転がる瓶の破片を跨いで呟いた。
「大丈夫かな……」
尋ねるスラウにフィリップは生返事をして外を見た。
何かが引きずられたような跡が続いている。
それは街道にぶつかったところで途切れていた。
馬車で連れ去られたか……
「思ったより早く手が回ってやがる」
「何の?」
「いや、なんでもねぇよ」
フィリップは頭を振った。
「俺、急用ができたわ。お前もすぐ帰れ」
「でも、片づけておかないと……」
「いや、良いって」
「でも、困るだろうし……」
「良いんだよ。放っておいて」
「何でそんな冷たいこと言うの?」
「いい加減にしろよ! 帰れっつってんだろ?! あの婆さんはもう帰って来ねぇんだからよ!」
すぐにフィリップは口を滑らせたことを後悔した。
スラウは今にも泣きそうな顔をしている。
「帰ってこないって……何言ってんの?」
「あ、いや、その……」
「酷いこと言わないでよ!」
スラウは家を飛び出したが、彼が後を追ってくることはなかった。
――『この子、あたしが看病してやったのになかなか懐かなくてねぇ……困ったと思っていたけど、お前のことは気に入ったようだ。連れておかえり。仲良く暮らすんだよ』
そう笑って、ラナンを譲ってくれた呪い師の顔が浮かぶ。
スラウは熱くなった目頭をこすった。




