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天上人  作者: 鬼木 有葉
第二章 昇格試験
35/196

八. 出会いと別れ①

(とびら)の先には(だれ)もおらず、がらんとした広間があった。


「ここを上れば王の間に辿(たど)()くよ」


足を止めるスラウたちに、ニコラスは思わず振り返った。


「え? お前らは?」


「ここでお別れだね。大丈夫。もうニコラス1人でもやっていける」


「……分かった」


スラウの言葉に、ニコラスは静かに(うなず)くと階段を上がっていった。

だが、ふと足を止めた。


「待って!」


(さけ)びながら階段を何段も飛ばして()(もど)る。

背を向けかけた3人が驚いたようにこちらを向いた。

勢いをつけてスラウに飛びつく。

(こし)に手を回してしっかりと()きしめた。


「ありがとう……スラウ……」


驚いて固くなっていたスラウはふと微笑(ほほえ)むと、自分の肩にも届かない少年の肩に手を乗せた。


「こちらこそ、ありがとう……」


ニコラスがゆっくりと身体(からだ)(はな)すと、スラウの(となり)に立つフォセと目が合った。

自分より小柄(こがら)な少女であることに改めて気づいて一瞬迷ったが、同じように腕を広げて()きしめた。


「フォセも。ありがとう。ライオネルも……」


ライオネルには手を差し出すと、彼も手を(にぎ)り返してくれた。


「……頑張(がんば)れよ」


耳元で(ささや)くライオネルにニコラスは(くちびる)()んだ。


「うん……行ってくる」


「いってらっしゃい(こい)!」


3人の声が重なる。

ニコラスは階段に向かって走り出した。

今度はもう振り返らなかった。


***


(かべ)(うつ)る影が大きく()らぐ。

ニコラスは(かべ)に背中をつけ、息を殺した。

人の気配が無いことを確認して、大きく口を開けている通路をそっと(のぞ)()む。

長く続く廊下(ろうか)薄暗(うすぐら)い明かりが(とも)っていた。

まだ(だれ)にも会っていない。

一歩踏み出しかけた時、(かす)かに声が聞こえた気がした。

慌てて振り向いたが、特に足音が聞こえるわけでもない。

気のせいか……

安堵(あんど)の息を()いて再び階段を上り始めた。


だが、その間も意識は聞こえてくる声に集中していた。

これは……歌だ。

優しい声だが、どこか胸が()めつけられるような思いがする。

ニコラスは足を止めてしばらく歌に聴き入っていた。


不意に歌が途切(とぎ)れた。

我に返って階段を上り始めたが、振り返られずにはいられない。

少しだけ……

少しだけ(だれ)が歌っていたのか見てみたい。

ニコラスは思い切って(きびす)を返すと、今しがた通り過ぎた通路に足を踏み入れた。


1室の(とびら)から光が()れていて、どうやらそこから声が聞こえるようだった。

(とびら)に耳を押しつけたニコラスは思わず身を引いた。

(だれ)かが泣いていた。

声を出さないように懸命(けんめい)にこらえている。

鍵穴(かぎあな)から中を(のぞ)いてみたが、灯りは(とびら)から離れたところにあり、ぼんやりとしていてよく見えなかった。


ドアノブをゆっくりと回して隙間(すきま)から(のぞ)くと、部屋の中心には大きな(おり)があった。

太い鉄の(さく)が上にいくにつれて曲がっていき、中心でくっついている。

まるで大きな鳥籠(とりかご)だ。

中には少女が座っていた。

彼女は顔に手を当ててすすり泣いていた。

長い赤髪が顔に()れている。


ニコラスは(とびら)の細い隙間(すしま)に身体を()()み、(しの)()んだ。


「おい!」


見つかったのかと思い、(あわ)てて近くの机の(かげ)に隠れる。


「早く歌えよぉ……カナリアちゃぁん……」


下品な笑い声が続いた。

暗闇に目が()れて部屋の様子がだんだん分かってきた。

数人の傭兵(ようへい)(おり)の前に座っている。

転がっている酒瓶(さかびん)を見ると、随分前(ずいぶんまえ)から飲んでいたようだ。

赤ら顔の傭兵(ようへい)が片手に持った酒瓶(さかびん)(おり)に投げつけた。


「ほらほらぁ……歌えっつってんだろぉがぁ……」


少女が途切(とぎ)途切(とぎ)れに歌い始めた。

もう少し近くに行こうと、乱雑(らんざつ)に置かれた椅子(いす)と机の(かげ)に隠れて床を()った。

(おり)はもう目の前に見えている。


「フォルクトレ様になってから、城の警備(けいび)もエラ様のおかげでする必要もねぇし。楽になったよなぁ」


「酒飲んで、博打(ばくち)して、楽なもんだぜ」


堅物(かたぶつ)な奴らは辞めさせられたし、大臣も村でこきつかわれているって話だぜ?」


「ぎゃはははははっ……! 前国王の方が良いとか反抗するからだよ」


「俺らみたいに頭使えっての。ぜってー楽じゃん、この方が」


「フォルクトレ様の側近(そっきん)もエラ様だけだし、エラ様が死んだら、俺らでも大臣とかになれんじゃねぇの? はははは……あ……」


傭兵(ようへい)が手を(すべ)らせ、(びん)はニコラスすぐの後ろの(たな)直撃(ちょくげき)した。


「へへへへ……ジョー、何やってんだよ」


「こんくらい平気さぁ」


ジョーと呼ばれた傭兵(ようへい)がふらつく足で近づいてくる。

(かく)れる場所は?

思わず(こし)を上げたニコラスは(たな)に頭をぶつけてしまった。


「いたっ!」


思わず声を出してしまい、傭兵(ようへい)(のぞ)()んできた。


「こいつ! どこから入り込みやがった?! ガキだ! ガキが居る!」


「エラ様にばれたらまずい。殺そう!」


ニコラスは(つか)みかかってきた傭兵(ようへい)から(のが)れて机の上に飛びのると、(こし)に差した剣の(つか)でその首を強く打った。

傭兵(ようへい)は小さく(うめ)くと地面に(くず)れた。


「やろぅっ!」


「ガキが!」


傭兵(ようへい)たちが次々に剣を抜いて立ち上がった。

ニコラスは剣を(かま)えると机から飛び降りた。


(おそ)いかかる傭兵(ようへい)たちをいなして剣で()く。

しばらくその立ち回りを続け、傭兵(ようへい)が全員気絶していることを確認したニコラスは足元に転がる1人の身体を転がした。

動きからして(こし)に何か重い物をぶら下げているのは分かっていた。

(あん)(じょう)鍵束(かぎたば)があった。


ニコラスは躊躇(ためら)うことなく抜き取ると、(おり)に近づいた。

南京錠(なんきんじょう)(かぎ)を差して(とびら)を開ける。


「ほら」


手を差し出すと、ずっと(うつむ)いていた少女が顔を上げた。

長い睫毛(まつげ)(うる)んだ茶色い瞳。

先が少し赤くなった鼻と()()まった(くちびる)

ニコラスは()()るように彼女を見つめていた。

まるで時間が止まったかのようにさえ思えた。


だがその瞬間、身体が(かべ)に思い切り(たた)きつけられた。

()()んでいる間に身体が再び(ちゅう)()いた。

赤ら顔の傭兵(ようへい)が首を()めてきた。


「ガキが……()めた真似(まね)しやがって!」


「はな……せっ……!」


足をばたつかせたが、(のが)れられなかった。

視界が(かす)んでいく。

その時、傭兵(ようへい)背後(はいご)(にぶ)い音が聞こえ、首を(にぎ)る力が一気に弱まった。


(おり)から抜け出した少女がフライパンを片手に持ち、仁王立(におうだ)ちしていた。

自分と年の変わらないくらいだろうか……

彼女は、まだ湯気(ゆげ)の立っているフライパンを(そば)暖炉(だんろ)()()んだ。


「あ、ありがとう……えっと……」


「ケイナよ」


「ありがとう、ケイナ」


少女はこちらこそ、と首を振った。


「あ、そうだ……」


ニコラスは思い出したように(こし)ポケットを(さぐ)り、茶色い巾着(きんちゃく)を取り出した。

鼻に持っていくと(ほの)かに(こおば)しい香りがした。


「知り合いの人にもらったんだ。催眠(さいみん)の効果があるらしい」


フライパンに巾着(きんちゃく)が投げ込まれた。


「これでしばらく追ってこないはずだ。行こう!」


ニコラスは煙が充満(じゅうまん)する前に、少女を連れて部屋を飛び出した。


***


地下はぼんやりと白い(もや)がかかっていた。

フォセが起こした微風(びふう)が周りの(きり)()(はら)っている。

地下牢(ちかろう)だというのに傭兵(ようへい)(だれ)もおらず、暗い通路に3人の靴音(くつおと)不自然(ふしぜん)なほど大きく響いた。


不意に前を進むライオネルが足を止めたので、スラウも彼に(なら)った。

通路はあと数歩のところでもう1つの通路と交差していた。

松明(たいまつ)(あか)りを頼りに目を()らして奥を見たが、やはり(だれ)もいないようだった。


3人の姿が完全に見えなくなると、通路の灯りが大きく揺れて消えた。

(わず)かにくすぶる小さな火が、(だれ)かの細く笑う口元を照らした。


***


「私も連れていって!」


声を(あら)げる少女にニコラスもつられて声が大きくなった。


「君を連れてはいけないよ! 危険すぎる!」


「何よ、(えら)そうに!」


(えら)くなんてないさ! 君が王の間に行けば、()()したことがフォルクトレにバレるじゃないか?! そんな危ない目に……」


彼女はニコラスを一瞥(いちべつ)すると、わざとらしく()(いき)()いた。


「どうせ女の子は危ない真似(まね)をしちゃいけないって言うんでしょ! いつもそう……男の人ってこんなにも堅物(かたぶつ)なのね!」


「そ、そんなことない!」


ニコラスが顔を赤らめた時、背後から(かた)(つか)まれ、(かべ)(たた)きつけられた。

先ほど眠らせたはずの傭兵(ようへい)たちが立っていた。


「きゃぁっ!」


悲鳴に振り返ると、ケイナが首を傭兵(ようへい)(つか)まれ、()()げられていた。


「彼女を離せ!」


(さけ)んだニコラスは傭兵(ようへい)()りをくらい、よろめいた。

意識が途切(とぎ)れる直前、自分の身体が(かつ)()げられるのが分かった。


***


通路は地中深くに向かっているようだった。

進むにつれて、ひんやりとした空気になり、(きり)益々(ますます)()くなってきた。

どこかで水の落ちる音が反響(はんきょう)している。


不意に目の前が開けた。

スラウの手の上に小さな光の(たま)が現れ、ぼんやりと辺りを白く照らした。

3人は大きな部屋にいた。


「わっ!」


フォセが思わず声を上げた。

(いく)つもの牢獄(ろうごく)が3人を囲んでいる。

彼女の後ろにある牢屋(ろうや)から白骨化(はっこつか)した手が()びていた。


「もしかして……これが契約主(けいやくぬし)?」


フォセがちょんちょんと骨を(つつ)いた。


「それはないだろ……」


言いかけたライオネルが何かに気づいて壁に()()った。


「ここだ!」


土壁(つちかべ)()()まれるように、(さら)に奥へと続く(とびら)があった。

鉄格子(てつごうし)()しに(のぞ)いたが、(きり)のせいで光も十分には届かなかった。


戸を軽く押してみると、木が(くさ)って()()(ゆる)くなっているのが分かった。

スラウが剣の(つか)で押すと、(にぶ)い音を立てて扉が向こう側に(たお)れた。

2人と視線を()わしたスラウは剣を引き抜くと、(きり)の立ち込める部屋へ飛び込んだ。


太い鉄格子(てつごうし)の向こうにに2つの人影が見えた。

フォセの起こした風が(きり)を散らしていく。

徐々(じょじょ)(きり)の中から前国王、王妃の姿が浮かび上がってきた。


「エルドラフ・ロイナード様、カトリーヌ・ロイナード様」


スラウたちが2人に向かって(ひざまず)くと、エルドラフが立ち上がった。

着ている服は粗末(そまつ)ではあるものの、その立ち姿からは王の威厳(いげん)(うかが)える。


「君たちは?」


貴殿(きでん)救出(きゅうしゅつ)(まい)りました」


スラウはそう言うと深く頭を下げた。

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