表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天上人  作者: 鬼木 有葉
第二章 昇格試験
34/196

七. 城へ②

2人の守衛(しゅえい)(やり)を手に立っていた。

()ざされた門の向こうは城に続く橋が()かっている。

かつては、いつでも民衆(みんしゅう)が王に会えるようにと、開かれていた門も、王の命令がない限り、開けてはいけないことになっていた。


「今夜、この門を通る人っているんすか?」


「いや……今日は王子を連れて帰ってきた傭兵(ようへい)以外は居ないはずだ。どうした?」


「そろそろ水の配達じゃないかと思って。水をエラ様の所に持って行くと、(じゅつ)で酒に変えてくれるんすよね?」


若い守衛(しゅえい)は指で輪を作って口元に持っていった。

もう1人は小さく笑うと(うなず)いた。


「配達は明日の朝だ。お前は最近入ったから知らねぇだろうな。酒と代えてもらったところで、いつも()んだくれているヤツらに(うば)われるのがオチよ」


「まじすか……」


守衛(しゅえい)(うら)めしそうに城を見上げた時、風が()()れ、門の(かたわら)にあった松明(たいまつ)の火を()()した。

だが、しばらくすると(くすぶ)っていた火が再び()(さか)り始めた。


「それにしても松明(これ)(すご)いっすよね。放っておいても(ひと)りでに火が付く」


「これもエラ様のおかげだな」


また風が()いた。

今度はさっきよりも強い風で、2人ともひっくり返らないように足を()()らなければならなかった。

門がギシギシと音を立て、留め具がガチャガチャと音を立てた。


「……つーか、ホント城の中の勤務(きんむ)(うらや)ましいっすよね」


「何が?」


「だって、ぬくぬくと温まって酒飲み放題だし、大事なイベントに参加できるんすよ?」


「王の(あかし)拝見(はいけん)できるって話の? あんなの、どこが良いんだ?」


「いや、俺の興味があるのはその後っすよ。何かその王子、血祭(ちまつ)りにされるらしいじゃないっすか」


若い守衛(しゅえい)はそう言うと(くちびる)()めた。


「俺……喧嘩(けんか)は好きなんで」


「ふん、俺だって地元じゃそこそこ強かったんだよ」


下町(したまち)での武勇伝(ぶゆうでん)に花を()かせる彼らは門の上の4つの人影に気が付かなかった。


ニコラスは一生懸命(いっしょうけんめい)目を(こす)った。

砂が目に入って痛い。

口や鼻は布で(おお)っていたから、スラウやライオネルのように()()むことはなかった。

2人とも口元を押さえて、声が聞かれないように苦心(くしん)している。


「ちょっとぉ! いつまで()()んでいるつもり?!」


「フォセ……いつも思うんだが……もう少し丁寧に……」


「それができたら苦労しないんだから! それに、今回は門を(こわ)さずにちゃんと4人を運べたんだから、進歩(しんぽ)したと思ってよね!」


フォセが得意げに言った途端(とたん)、屋根の一部が大きな音を立てて(くず)れた。


「おい! アイツら下敷(したじ)きになったぞ! 気、失ってんじゃねぇか! バレないように屋根に上った意味あんの?!」


ニコラスが(あわ)てて振り返るとフォセは下手くそな口笛を()いていた。

その横でスラウがふらふらと立ち上がった。


「つ、次に行こうか……」


「どうしたんだ?」


「あたしの風に()うらしいの。せっかく運んであげているのに、()うとか失礼でしょっ!」


青ざめて具合(ぐあい)の悪そうなスラウと不機嫌(ふきげん)なフォセ。

そんな場合じゃないのに、ニコラスは思わず()()してしまった。


「こっちだ」


ライオネルがニコラスの(そで)を引いた。

軒下(のきした)から(つる)がぶら下がっている。


「ここから先は毒が充満(じゅうまん)している。急げ」


ニコラスが(つた)っている間にも(つる)はしなびていき、しまいにはボロボロになってしまった。

(しり)もちをついたニコラスに続いて、3人が(かたわら)に降りてきた。


「さて、ここが1つ目の難所(なんしょ)だね」


剣を引き抜くスラウにニコラスは首を(かし)げた。


「何もないじゃん。守衛(しゅえい)は気絶しているし」


「そうでもない。この橋は仕掛(しか)けだらけだ。例えばここ」


ライオネルは橋の手すりの(かざ)りを指差した。


「こいつは(わず)かな熱を感知(かんち)すれば、火を()()す。そうと知らずに前を通れば、あっという間に黒焦げになるぞ。万が一、火を()けられたとしても仕掛(しか)けがひとつでも発動(はつどう)してしまえば、呪術師(じゅじゅつし)はこちらの存在に気がつくだろう」


「全部を見抜(みぬ)くのが1番良いけど、さすがに無理だよね……」


考え込むスラウにニコラスは目を(かがや)かせた。


「それって(かぎ)さえあれば解決するか?!」


「え?」


(これ)仕掛(しか)けを発動(はつどう)させないようにしているんじゃねぇかな? (これ)(だれ)かが身につけていると、(ぬす)まれるかもしれないし、そもそも普通の人は、ここにあることさえ知らないと思う」


ニコラスの指差した(へい)には(かぎ)がぶら下がっていた。


「確かに! それじゃ、これが鍵穴(かぎあな)ってこと?」


フォセが足元のブロックに開いた小さな穴をぽこぽこと(たた)いた。


「やってみよう」


ニコラスはそう言うと、(かが)みこんで(かぎ)を回した。

カチリ。

音がしたかと思うと石橋が轟音(ごうおん)を立てながら(ふる)え始めた。


「危ない!」


スラウが ニコラスの(うで)(つか)んだ瞬間、足元が大きく(くず)れた。

(かろ)うじて残った支柱(しちゅう)にどうにか降り立ったスラウは落ちないようにニコラスをしっかりと(かか)えた。

瓦礫(がれき)は水に()れた途端(とたん)熱湯(ねっとう)に入れられた氷のように()けていった。


()せろ!」


ライオネルの声にスラウが(あわ)ててニコラスの頭を(つか)んでしゃがませた。

細い矢が頭上を(かす)めていった。


「やれやれ……手荒(てあら)なことをなさる」


すぐ後ろでした声に振り返ると、男が(ちゅう)()いていた。

肩まで伸ばした黒髪に細くて黒い瞳。

(そで)の広がった肌色のローブを(まと)っている。

男は細く血管の浮き出た青白い手で髪を()()げた。


「こんな夜に何の御用(ごよう)か、と思いましたが……」


感情のない目がニコラスを射抜(いぬ)いた。


「……聞くまでもないようですね、ニコラス()()


「お前が!」


ニコラスは(さけ)ぶと、スラウの腕を(くぐ)()けて剣を引き抜いた。


「お前が父さんと母さんを殺そうとしてるんだろ!」


「殺そうとしている? そんなバカな。ご両親は元気に……」


「俺は知っているんだぞ! 現国王フォルクトレが『王の証』の為に俺を探し出そうとしたことも、村の人たちを苦しめていることも、全部!」


「ふむ。確かにいろいろご(ぞん)じのようで……さてはドレークから聞いたのですね? あんなの、老人の(たわむ)(ごと)ですよ」


男の笑みが消えた。


「……そのくだらない口が動くのも、もっても夜明けまででしょうが」


「え?」


思考が一瞬止まった(すき)に、男は距離を()めて(おそ)いかかってきた。


「あなたは色々知りすぎた。ここで消えてもらいますよっ!」


ガキンッ。

ニコラスの目の前でスラウの剣が男の剣を受け止めていた。

剣を(はじ)(かえ)したスラウは支柱(しちゅう)()って勢いよく飛び出した。

空中で2人がぶつかり合う。

男が上から彼女の剣を押さえつけた。


「さて……これで終わりですよ」


男の骨ばった指が(ひたい)()()てられた瞬間、スラウは飛沫(しぶき)を上げて水に()()んでいった。


「スラウゥゥッ!」


ニコラスが(さけ)んだ背後で、いつのまにか男が剣を(かま)えていた。


「さぁ、次はあなたの番ですよ……」


思わず腕で顔を(かば)った瞬間、男の身体が()()ばされ、城壁(じょうへき)に打ちつけられた。

思わず()(かえ)るとフォセが(こぶし)()()していて、その隣の支柱(しちゅう)に立つライオネルの腕から()びる太い枝が水面ギリギリのところでスラウを受け止めていた。


「ハァッハァッ……ありがとう」


支柱(しちゅう)の上によじ登ったスラウは(あら)い息を整えた。


「今すぐ水の汚染(おせん)をやめなさい!」


フォセが壁にめり込んだままの呪術師(じゅじゅつし)(さけ)んだ。


「次はその程度(ていど)じゃ済まないんだから!」


威勢(いせい)のいいお(じょう)さんだ……だが」


小さく(わら)うと、男は迷わず(ほり)の中へ飛び込んだ。


「状況をよく考えたら如何(いかが)です?」


不意にニコラスが胸を押さえてしゃがみこんだ。


「ニコラス!」


思わず叫ぶスラウの耳に男の声が刺さる。


「子どもには回るのが早いでしょうね、この毒……」


スラウがニコラスのいる支柱(しちゅう)に飛び移ろうとすると、水柱(みずばしら)が上がり、そこから黒い巨大(きょだい)怪物(かいぶつ)が現れた。

(するど)(とが)った歯を持つカエルがこちらを見下ろしている。

シュウシュウと音を立てながら全身を(つた)う水は思わず鼻をつまみたくなるような悪臭(あくしゅう)(はっ)していた。


「それ以上近づくな! 全身が毒でできてる!」


ライオネルの声にスラウは歯を食いしばった。


「でも、ニコラスを助けないと!」


「俺に任せろ!」


弓矢を(にぎ)って飛び上がる彼を追うように、水面から顔だけ出しているカエルが長い舌を()ばした。

ライオネルは(ちゅう)で矢をつがえ、怪物(かいぶつ)に向かって放った。


棘矢(いばらや)!』


矢は(ちゅう)無数(むすう)に分かれ、バラの(とげ)のような(するど)い矢が舌に()()さった。

カエルは(さけ)(ごえ)を上げると、(あわ)てて舌を引っ込めた。

ライオネルはもんどりうつ怪物(かいぶつ)()()え、ニコラスのしゃがみこんでいる支柱(しちゅう)()()った。

ニコラスを(かが)()げた彼に大きくうねる水が(おそ)いかかった。

ライオネルは空いている手で素早(すばや)く印を結んだ。


『我に宿(やど)りし木の力よ。根を張り枝を広げ、我らを守る(たて)となれ!』


支柱(しちゅう)から大樹が()びてきて波を受け止めたが、水に当たった部分があっという間に腐敗(ふはい)してしまった。


「くっ……!」


水がライオネルの肩を(かす)めた。

肩が焼けるように熱くなり、見るとローブが()けて下に着ていたシャツにも穴が空いていた。


「コラァッ、化けガエル! ライに手出してんじゃないわよ! あたしが相手よ!」


フォセは(さけ)ぶと、水飛沫(みずしぶき)を上げながら()げる化物(ばけもの)(ねら)いを(さだ)めた。

重ね合わせた手の間に小さな風の渦が巻き起こっている。


風鎌(かざかま)!』


その瞬間、風の(うず)(かま)のように曲がって怪物(かいぶつ)(おそ)()かった。

だが、カエルは矢継(やつ)(ばや)に放たれる風の(うず)を器用に(かわ)してしまった。


「大きいくせに当たらないなんてっ!」


フォセが追い打ちをかけるように放っていると、ようやく1つが怪物の右腹部(ふくぶ)()()いた。


「きゃっ!」


()()した暗褐色(あんかっしょく)粘液(ねんえき)に思わず顔を(おお)うフォセの前に、金色(こんじき)に光る(かべ)が現れた。

粘液(ねんえき)はねっとりと壁を(つた)い落ちていった。

フォセが後ろを振り返ると、スラウが(かか)げていた片腕を下ろしたところだった。


「スラウ! ありがと!」


「また来るぞ!」


ライオネルの声と共に、水掻(みずか)きのついた怪物(かいぶつ)の手が(せま)ってきた。


風斧(かざおの)!』


フォセが(さけ)ぶと、さっきよりも大きな風の(うず)が飛んでいったが、怪物(かいぶつ)は大きく飛び上がってそれを(かわ)してしまった。


「全然当たんない! どうしよう?!」


「あのカエルさ、さっきの呪術師(じゅじゅつし)が姿を変えたものなんだよね? なら……(ねら)うべきは左の腕の付け根だよ」


「スラウ、何で分かるの?」


「うーん……上手く言えないんだけど、左腕の動きが不自然に(おそ)い気がする。さっき身体をぶつけた時に無意識のうちに左腕で(かば)っていたのかもしれない」


「……スラウも相手の弱点が分かるの、()()()みたいに?」


フォセが(かす)れた声で(つぶや)いたので、スラウは首を(かし)げた。


「あの人?」


だが、ライオネルはそれには答えず、怪物(かいぶつ)(にら)んだ。


「今はあれを倒すことを考えよう、フォセ」


「う、うん! そうだよね。あたしが風を起こして化けガエルの動きを(ふう)じるからスラウは腕の方をお願い!」


「分かった!」


スラウが飛び上がった瞬間、化物は深く(もぐ)って波を作った。

波はニコラスを介抱(かいほう)するライオネルに(おそ)いかかった。


「フォセ!」


咄嗟(とっさ)にライオネルがニコラスをフォセへ放り、彼女はニコラスの腕を(つか)んで空へ舞い上がった。

次の瞬間、波が(たた)きつけられ、ライオネルのいた岩場が(くず)れた。


「ライィッ!」


フォセの声にニコラスはゆるゆると目を開けた。

水のかかった岩壁(いわかべ)から紫色の蒸気(じょうき)が立ち上っている。

ニコラスは思わず声を上げた。


「見て! 無事だ!」


(くず)れかけた石段の1箇所が緑色のツタに(おお)われている。

片手で(つか)まるライオネルを(おお)うように広がっていた葉はみるみるうちに茶色くなり、散っていった。

安堵(あんど)の息を()く間もなく、水面から怪物(かいぶつ)が顔を出した。


「ライ!」


フォセが(さけ)んだ瞬間、怪物(かいぶつ)は自分に向かってくるスラウに気がついた。

そして、巨大な手を水面に(たた)きつけて水面に圧をかけた。

水面は高く盛り上がり、大きくうなりながらスラウに向かっていった。


『我に宿(やど)りし光の力よ……』


言い切らない内にスラウが水に()()まれた。


「スラウゥッ!」


フォセの(さけ)び声が響いた。

ニコラスは周りを吹いている風に負けないように声を張り上げた。


「フォセ、俺を投げてくれ!」


「え?!」


「左腕が弱点なんだろ?! 俺がやる! フォセはライオネルを助けろ!」


「分かった。目を回さないでよ!」


フォセはそう言うと(さら)に上へ舞い上がり、片手を下に()()した。


風道(かぜみち)!』


彼女の手から放たれた風の(うず)螺旋(らせん)を描きながら下へ向かった。


「いっけえぇぇぇっ!!」


(うず)の中に投げ込まれたニコラスは加速しながらカエルに()()んだ。

剣を()()てると、化物(ばけもの)は大きな(さけ)び声を上げ、ニコラスを振り払おうと必死に肩を振り回した。

ぬめぬめとした皮膚(ひふ)に足を取られて、ニコラスは(ちゅう)に投げ出された。

鼻をつくような強い(にお)いに見下ろすとカエルが大きく口を開けて()(かま)えていた。

ずらりと並んだ(するど)い歯が城を照らす松明(たいまつ)の火を受けて不気味(ぶきみ)に光った。


『我に宿(やど)りし光の力よ、我に力を与えよ! その力でかれを清めん、浄化!』


生暖(なまあたた)かい息に目を(つむ)った瞬間、スラウの声がして怪物(かいぶつ)の身体を金色(こんじき)の光が(つらぬ)いた。

耳を(つんざ)くような叫び声と共にカエルは水の中へ沈み込んで行った。


「ニコラス!」


スラウが落ちるニコラスを()()め、点在(てんざい)する石柱(いしばしら)()って城の扉の前に飛び移った。

その背後で轟音(ごうおん)と共に水柱(みずばしら)が立った。

振り返ると、人の姿に戻った男が意識を失って浮かんでいるのが見えた。

フォセが指を上げると、風が(うず)を巻いて彼の身体を持ち上げ、扉の前まで運んできた。


蔓鎖(つるぐさり)!』


ライオネルが印を結ぶと、地面から()びてきた草が男の身体を(しば)りつけた。


「これでしばらくは動けないだろう」


「乗り込むなら、今しかねぇってことだな」


ニコラスはそう言うと大きな青銅(せいどう)(とびら)を押し開けた。


「さっさと行こうぜ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ