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天上人  作者: 鬼木 有葉
第二章 昇格試験
33/196

七. 城へ①

固い地面を転がる車輪(しゃりん)の音に門番が気怠(けだる)そうに小屋から顔を()()した。

夕日を背に2人の男が台車(だいしゃ)を引いている。

彼は大きく肩を回しながら外に出ると、高くそびえる鉄の格子(こうし)に近づいていった。


水の村の方向に(きり)が広がっているのが見える。

(きり)徐々(じょじょ)()()める範囲を広げているようだ。

あれには(どく)が含まれていると聞く。

ここまで来なければ良いが……

門番がぞんざいに手を振って紙を見せるように言うと、男の1人が()(たた)まれた紙を取り出した。

使い古されて(はし)が破けている。

門番は鉄格子(てつごうし)隙間(すきま)に差し出された紙を受け取ると手にしたランプにかざして確認した。

ぶつぶつ言いながら印をつけ、重い門を開ける。


「入れ」


門番の言葉に男たちは台車(だいしゃ)を動かし始めた。

小屋の前に木棚(きだな)が打ち付けてあり、男たちは2人がかりで(つぼ)を抱え上げるとそこに1つ1つ丁寧(ていねい)に入れていった。

(たな)にぎっしり(つぼ)が入れられたが、台車(だいしゃ)にはあと1つ壺が残っていた。

門番は台帳(だいちょう)を見て小さく(どく)づいた。


「あの酒場め、(つぼ)1つ分の水を注文するとは贅沢(ぜいたく)なもんだな……横に置いておけ。後で取りに来させる」


男たちは(つぼ)を抱えると(たな)の横に置いた。

門番が(たな)(くさり)を巻き付けて鍵をかけると、男の1人が(だま)って手を差し出してきた。


「あ? ああ、あれか……」


門番はそう言うと小屋へ(もど)った。

机をしばらく(あさ)って小さな(あさ)の袋を(つか)む。


「これだな……」


(つぶや)いて小屋を出た。

その時、小窓(ごまど)(うす)く開いて何かが投げ込まれたが、彼は気がつかなかった。


とうに日の()れた道を(もど)って行く男たちの姿が(きり)の中に消えて見えなくなると、彼は門を閉めて鍵の(たば)を取り出して(いく)つもの(じょう)に鍵をかけた。

この町に入る門はこの1つだけだから、警戒(けいかい)は十分にしなくてはならない。

以前は砂の村や水の村から()()んでくる者も多かったが、村に残った親族(しんぞく)までもが容赦(ようしゃ)なく処刑(しょけい)されると知るや(いな)やそんな無謀(むぼう)なことをする者もいなくなった。


門番は自分の懐中時計(かいちゅうどけい)に目をやった。

交代までもう少し時間がある。

首を回しながら小屋に(もど)った。

小さな木の椅子(いす)(きし)ませながら座ると、目の前の机に鍵束(かぎたば)を投げ出した。


その時、初めて鼻につく香りに気がついた。

鼻をひくつかせた彼は首を(かし)げた。

部屋が全体的にぼんやりと(くも)っているようにも見える。

空気を()()えようと窓に手を()ばした時、目の(はし)見慣(みな)れない茶色い巾着(きんちゃく)が見えた。

何だ、ありゃ……金か?

彼の意識はすぐに黄金(おうごん)がうず高く()まれた夢の中へと飛んでいった。


不意(ふい)(たな)の横に置かれた(つぼ)(ふた)が動いた。

(ふた)の中から、くしゃくしゃの黒髪とこげ茶色のくりくりした目が現れた。

ニコラスは油断なく周囲に目をやり、人が居ないことを確認すると安堵(あんど)の息を()らした。


以前、商品を(ぬす)んだことがバレて商人たちに追われた時、馬小屋の乾草(ほしくさ)の山に(かく)れたことがあった。

あの時は昼間で明るかったし、(せま)くて息の()まるような思いもしなかった。

ニコラスは(しび)れた足をどうにか動かしながら、やっとのことで(つぼ)から()()た。


――『いや、1つだけ方法がある』


ラルフの声が(よみがえ)る。


――『水を届けるのなら、多少日没(にちぼつ)に間に合わなくても町に入ることができる。(ただ)し、私たちは町に(とど)まることができない。その場で追い返されてしまうからね。だから、かくれんぼをしよう』


ニコラスは音を立てないように小屋に近づいた。

背伸(せの)びして小窓を引き開ける。

中を(のぞ)くと、ぼんやりと(くも)った小屋の中で門番が机の上に()()して眠りこけているのが見えた。

鍵束(かぎたば)は彼の右手のすぐ先に置いてあった。

そして、そのすぐ(となり)には茶色い巾着(きんちゃく)が転がっていた。


――『これに薬草を入れておこう。この草の(けむり)には催眠(さいみん)の効果があってね……普段は眠れない患者さんに少しだけ調合(ちょうごう)して渡すんだが……多めに入れておく。これを小屋の中へ投げ入れれば、門番は眠らせられるはずだ』


ゆっくり腕を()ばして手に取る。

もしかしたら後で使えるかもしれない。


――『あぁ、そうだ。()げる前に1つやって欲しいことがある。まず、(かぎ)を持ち出すんだ』


再び小窓から手を()()むと、(かろ)うじて(かぎ)を1つ(つか)むことができた。

だが、机の上を引きずっている時に、指に(かぎ)がぶつかって門番がぴくりと動いた。

ニコラスは(あわ)てて首を引っ込めたが、恐る恐る(のぞ)くと門番はまだいびきをかいて眠っていた。


「ふぅ……」


(ひたい)の汗を(ぬぐ)ったニコラスはそのまま鍵束(かぎたば)を引きずり出した。


――『水が(ぬす)まれないように(くさり)が巻きついているはずだ』


(つぼ)の並んだ(たな)(くさり)を引っ張ってみると金属が(こす)れて大きな音がした。

ニコラスは(あわ)てて窓を見上げたが、門番はまだ気付いていないようだ。

今度は銀色の輪にぶら下がる大小様々な(かぎ)から合いそうなものを選んで鍵穴(かぎあな)()()んでみた。


「これじゃない」


ニコラスは小さな声で(つぶや)くと別の(かぎ)で試してみた。

(かぎ)()()えるだけでもガチャガチャと大きな音が出る。

今にも人が通りがかりはしないかとか、門番が起きやしないかとか、不安になってきた。


「これでもねぇのかよ、クソッ!」


悪態(あくたい)をついた時、近くでガサガサと音がした。

周りを見回し、(かく)れるところを探したが、見当たらなかった。

じっとしていると、小屋の(わき)から小さな黒い影が飛び出してきた。

それは黄色く光る眼でこちらを見つめると(あま)えた声で鳴いた。


「何だ、猫か……」


猫はもう1度鳴くと、長い尾をゆっくりと振りながら去っていった。

ニコラスは大きく息を()くと鍵穴(かぎあな)に目を向けた。

いつまでもここにいる訳にもいかない。

やっとのことで(くさり)(はず)し、ラルフの次の指示を思い出した。


――『(たな)の中の(つぼ)と、君の入っていた(つぼ)()()えなさい。(だれ)かが(つぼ)の中を(のぞ)いても、水が入っていれば、君の侵入(しんにゅう)発覚(はっかく)は遅らせることができるだろうから』


ニコラスは水の入った(つぼ)を引きずり出した。

重くて持ち(づら)い。

今度こそ水を(こぼ)さないようにゆっくりと運ぶ。

永遠にかかると思われた作業の間、幸いなことに(だれ)もやって来なかった。


(つぼ)をすり()えて(かぎ)をかけた。

後は(これ)を戻すだけだ。

小屋の中を(のぞ)くと、門番は相変(かいか)わらず幸せそうに眠りこけていた。

ここまでは全てが完璧(かんぺき)に進んでいる。


ラルフが機転(きてん)をきかせてくれたおかげだ。

彼がここまでして自分を助けてくれる理由。

それは……


――『私は王宮専属(おうきゅうせんぞく)の医者だったんだ。君は私のかつての主人(しゅじん)によく似ている』


思い出した言葉に思わず手元(てもと)(くる)い、鍵束(かぎたば)盛大(せいだい)な音を立てて(すべ)()ちた。

ニコラスは(あわ)てて腕を引っ込めると、一目散(いちもくさん)に通りの角を目がけて走った。


騒々(そうぞう)しい音に門番は飛び起きた。

(うす)く開かれた窓から冷たい風が流れ込んでいる。

窓から顔を()()したが、(だれ)も居ない。


「……っ! 水だ!」


椅子(いす)()(たお)して外に転がり出る。


だが、(たな)の中の(つぼ)相変(あいか)わらず整然(せいぜん)と並んでいた。

試しに(たな)(となり)に置かれた(つぼ)(ふた)を開けてみたが、中には(ふち)までなみなみと水が入っていた。


「何だ、気のせいか……」


門番は禿()()がった頭を()くと、欠伸(あくび)(こら)えて小屋の中へ(もど)っていった。


***


ニコラスは闇夜(やみよ)()()すようにそびえる城を見上げていた。

城下町(じょうかまち)()(えが)くように城の前に広がっていた。

固く()ざされた城門の前には守衛(しゅえい)が立ち、侵入(しんにゅう)は難しそうだった。

城壁(じょうへき)の窓にオレンジ色の光が現れたり、消えたりしている。

見回りだろう。

数歩下がった時、(だれ)かにぶつかった。


「あ、すみません」


振り返るとスラウが立っていた。

彼女はニコラスの肩を(つか)むと物陰(ものかげ)に引きずっていった。


「あんなところに立っていたら警戒されるでしょ?!」


「あ、あぁ……ごめん」


「何かあった?」


ニコラスはしばらく(こぶし)を固めたまま(うつむ)いていたが、ぽつりぽつりと話し出した。


「俺さ、今までずっと、人の金、(ぬす)んで生きてきた……」


自分も現国王と変わらず(だれ)かの努力を()みつけていたのだ。


「それなのに……っ!」


自分を信じてくれる人も居て……


「俺が……王族(おうぞく)を名乗る資格なんて……ないんだ……」


スラウはずっと(だま)って聞いていたが、何も言わなかった。


「……どう思う?」


(かす)れた声で(たず)ねてみる。

肩からスラウの手がゆっくり離れていった。


後悔(こうかい)、してるんでしょ?」


「……うん」


「その気持ちがあれば十分だよ」


「……」


「前に言った言葉。(おぼ)えてる? 人々が何故(なぜ)王に敬意(けいい)を示すのか……王という(うつわ)じゃなく、その人の内面(ないめん)を尊敬してるんだって言ったこと」


「……うん」


「私たちは「先に城下町(じょうかまち)へ行き、侵入(しんにゅう)ルートを(さぐ)れ」という君の指示に従った。それは君を敬意(けいい)を示したかったから。(うつわ)ではなく君の内面(ないめん)に……ニコラス、君はもう王族(おうぞく)を名乗るのにふさわしいほどに成長したんだよ」


気がつくと、スラウの後ろにフォセやライオネルが立っていた。

2人とも賛同(さんどう)するように笑顔を浮かべている。

フォセが頭の後ろで手を組んで、にぱっと笑った。


「突然、「自分が指揮(しき)を取る」とか言い始めたから驚いちゃった。あんなに嫌がってた剣の稽古(けいこ)だって、スラウに夜明けまで付き合ってもらってるし。随分(ずいぶん)変わったんじゃなぁい?」


「う、うるせーな……」


(くちびる)(とが)らせた時、盛大(せいだい)に腹が鳴った。

ライオネルは小さく(くちびる)(はし)を持ち上げると、顔を赤らめるニコラスの肩を(たた)いた。


「最近、木の実しか食べていなかったからな。(ひさ)しぶりにちゃんとした食事をしようか?」


***


町で唯一(ゆいいつ)の酒場ということもあり、店の外からもその(にぎ)やかさが(うかが)えた。

店に()()んだ途端(とたん)、食べ物や酒の(にお)いが鼻をくすぐった。

高い天井(てんじょう)から照明がぶら下がり、煙草(たばこ)充満(じゅうまん)した店の中を照らしていた。

人々は片手に(さかずき)を持ち、肩を組んだり談笑(だんしょう)したりしていた。

貧しさや病気に苦しんでいた砂の村、水の村の人たちとは異なり、ここの人々は豊かな生活をしているようだった。


4人は2階に上がると(いく)つもの席を通り過ぎ、フロアの(すみ)の窓側のテーブルについた。

ニコラスは窓に張り付くように外を(なが)めたり、首を伸ばしてフロアを往来(おうらい)する給仕係(きゅうじがかり)を目で追ったりしていた。


「馬は買ってもらえた?」


水の入ったコップを手渡(てわた)してフォセが(たず)ねた。

ニコラスはそれを一気に飲み干すと首を振った。


「いいや。預けることにしたんだ……友だちに」


その言葉に3人は(うれし)しそうに笑顔を浮かべた。


「へい、お待たせしました!」


次々にスープやパン、鶏肉料理の皿が運ばれてきた。


「うわぁ! これ、全部食べて良いのか?!」


「好きなだけ食べろ。夜は長いぞ」


ライオネルの返事を聞くや(いな)や、ニコラスは勢いよく肉にかぶりついた。

次々と皿に手を伸ばす彼をスラウは目を細めて見つめていた。


「……ほふひは、ほふはっへひんふふふんほ?」


食べ物を口の中にいっぱい()()んだまま話すニコラスに3人は思わず()()した。


「ぶっ……あはははっ! 何言ってんのか分かんなぁい!」


ケラケラと笑うフォセに、ニコラスはごくんと食べ物を飲み込んで口を開いた。


「だぁかぁらっ! どうやって侵入(しんにゅう)すんの、って聞いたんだよ!」


「はははっ……! はいはい。分かってるって」


フォセは笑い過ぎて出た(なみだ)()いた。


「簡単な話。正面から入るの」


「はぁ?!」


「驚くのも無理ないな」


ライオネルが口を開いた。


「町と城の間に(ほり)があるんだが、毒性(どくせい)のある水のようで、橋を渡るしか方法が無いんだ」


「じゃあ、この町の人もあの病気に?!」


「いや、恐らく城にいる呪術師(じゅじゅつし)が町に被害を及ぼさないようにしているはずだ」


(ちな)みに」


フォセが口を(はさ)んできた。


堂々(どうどう)と正面から入るわけじゃないからね。そんなことしたら目立(めだ)つし」


「じゃぁ、どうやって?」


「あたしに任せて」


そう言うとフォセは得意気(とくいげ)に片目を(つむ)ってみせた。

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