六. 砂の村と水の村④
喧騒は地下に続く階段から聞こえてきた。
転がるように階段を駆け下りると、大きな地下室に辿り着いた。
充満している霧に慌てて口を塞ぐ。
壁に等間隔でつけられた松明の火に照らされ、緑色に輝く大樹が部屋の中央に浮かび上がっていた。
天井を突き破らんばかりに枝を広げ、太い根が床に目一杯に張り出していた。
木の根元から染み出した水が、床の蜘蛛の巣のように張り巡らされた小さな淵を流れていた。
「植物は育たないんじゃなかったのか?」
「いや、これは木じゃない。根元を見ろ」
コリンが指差した。
太い根が何かの上に被さっている。
「石?」
「あぁ、そうだ。精霊の石だよ。一番古株の爺さんが言ってたんだ。「気温、湿度などの特別な環境でのみ、この石を割いて芽が現れ、光る大樹に成長する。言うならば、これは単の種に過ぎないのだ」って。あの時、俺たちは「石から芽が生えるわけがない」って笑ってアテにしなかったんだ……でも、あの話は本当だったんだ!」
よく見ると枝葉には丸みがあり、石特有のつやがある。
光を失った葉がサラサラと崩れ、砂になって落ちてきた。
1度に多くの水の毒を抜くことが出来ないという意味がようやく分かった。
幹から離れるほど光は褪せていく。
石の効力が強くないから、葉が枯れてしまうのだろう。
ニコラスは人々の叫び声に我に返った。
人を押しのけ、何とか前に出ると樹の前に2人の男が居るのが見えた。
砂まみれの髪と服から砂の村から来たことは、一目瞭然だった。
彼らは壺を抱え込んでいた。
「こんなに水があるんだから1つくらい良いだろ?!」
「だめだ! お前たちが石を寄越さぬ限り、やれぬ!」
「帰れ! 盗人め!」
罵声が飛び交う。
ニコラスは首を伸ばしてラルフの姿を探そうとした。
「ダメだ、ニコラス! ここからじゃ探せねぇよ!」
コリンも人に押しつぶされそうなっている。
音が反響し、叫ばないと互いの声が聞こえない。
「俺はこっちを探すからっ……うわっ!」
コリンがよろめいて人ごみの中に消えた。
侵入者の1人はもう我慢できなくなったようで、床を走る小さな溝に口をつけ、水を飲み始めた。
「だめだ!」
「やめてくれ!」
悲鳴が上がった。
だが、皆、武器を手にしているのに踏み込むのを躊躇っているようだった。
ここで争い始めて、この場所が侵されることを危惧しているのだろう。
考えるよりも早く身体が反応していた。
ニコラスは彼らの足元に置かれた壺に駆け寄った。
人に気づかれずに近づくことくらい難しくはなかった。
壺を持ち上げようとしたが、予想以上に重くて数歩進んでよろめいてしまった。
「このガキ! 何をしている?!」
男たちがこちらに気づいた。
ニコラスは急いで態勢を立て直すと壺を抱えて走り出したが、あっという間に2人に先回りされて道を塞がれてしまった。
「おいおい、坊主。英雄気取りか?」
ニコラスは唾を飲み込むとはっきりと返した。
「そうじゃない! でも、この村の人たちだって苦しんでいるんだ! お前らが好き勝手に飲んで良い水じゃないだろ?!」
「こいつらが苦しんでいるだぁ?」
男は鼻で笑った。
「どこがだよ、説明してみな」
口を開きかけたニコラスにもう1人の男が割って入った。
「それによ、俺たちが水を飲むべきか違うか、お前が決めることか? あ? そういうのを英雄気取りって言うんだぜ?」
「俺たちの手に渡った時点で俺たちのもんだ! どけ、クソ餓鬼!」
やめろ……!
ニコラスは歯をくいしばった。
――『金が俺の手に渡った時点で俺のもんだ! そこをどけ!』
自分がスラウに言った言葉と重なる。
違う!
違うんだ、俺は、俺は……!
「ニコラス!」
コリンの声に我に返ると、男の拳が迫ってきていた。
避ける間も無く拳がみぞおちに食い込んだ。
巻き込まれて倒れた壺の中の水が飛び散り、乾いた地面に吸い込まれていく。
「やっべ……!」
それを見た男たちはそそくさと逃げようとしたが、それを待っていたかのように人々が2人に飛びかかった。
「そこまでだ! 全員、やめろ!」
鋭い声に振り返るとラルフが肩で息を切らして立っていた。
「そいつらに手を出してはいかん」
「ラルフさん、ですが!」
「もう憎しみ合い、奪い合うのはやめよう。私たちは長い間、彼らを憎み続けてきた。だが……それは向こうも同じことだった。すべきことは他にあったんだ……それは話し合うことだ」
今や捕らえられた2人はすっかり戦意を失い、静かに座り込んでいた。
ラルフは地面にへたり込んだままのニコラスと、彼に手を差し伸べるコリンを一瞥した。
「彼らにそう教えてもらったのさ」
「あの、ラルフさん、みなさん……ごめんなさい」
ニコラスは立ち上がり、深く頭を下げた。
「俺、みなさんの大事な水を……」
ラルフは微笑みながら近づいてきて顔を上げさせた。
「いいや……君は私たちに勇気を示してくれた。それだけで十分だ」
彼はコリンの頭にも手を置いた。
「君もな。ありがとう……本当にお母さんそっくりの優しい子だ」
2人の頭を優しく撫でる手は大きくて温かかった。
「あ……しまった!」
ニコラスは青ざめるとラルフを見上げた。
「俺、城下町に行かなきゃいけなかったんです! 今からじゃ、閉門時間に間に合わないですよね?」
「いや……」
ラルフは転がったままの空の壺を見つめた。
「方法がひとつある」




