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天上人  作者: 鬼木 有葉
第二章 昇格試験
32/196

六. 砂の村と水の村④

喧騒(けんそう)は地下に続く階段から聞こえてきた。

転がるように階段を()()りると、大きな地下室に辿(たど)()いた。

充満(じゅうまん)している(きり)(あわ)てて口を(ふさ)ぐ。

壁に等間隔(とうかんかく)でつけられた松明(たいまつ)の火に照らされ、緑色に(かがや)大樹(たいじゅ)が部屋の中央に浮かび上がっていた。

天井(てんじょう)()(やぶ)らんばかりに枝を広げ、太い根が床に目一杯(めいっぱい)に張り出していた。

木の根元から()()した水が、床の蜘蛛(くも)の巣のように()(めぐ)らされた小さな(ふち)を流れていた。


「植物は育たないんじゃなかったのか?」


「いや、これは木じゃない。根元を見ろ」


コリンが指差した。

太い根が何かの上に(かぶ)さっている。


「石?」


「あぁ、そうだ。精霊(せいれい)の石だよ。一番古株(ふるかぶ)(じい)さんが言ってたんだ。「気温、湿度(しつど)などの特別な環境でのみ、この石を割いて芽が現れ、光る大樹に成長する。言うならば、これは単の種に過ぎないのだ」って。あの時、俺たちは「石から芽が生えるわけがない」って笑ってアテにしなかったんだ……でも、あの話は本当だったんだ!」


よく見ると枝葉(えだは)には丸みがあり、石特有(とくゆう)のつやがある。

光を失った葉がサラサラと(くず)れ、砂になって落ちてきた。

1度に多くの水の(どく)を抜くことが出来ないという意味がようやく分かった。

(みき)から離れるほど光は()せていく。

石の効力(こうりょく)が強くないから、葉が()れてしまうのだろう。


ニコラスは人々の(さけ)び声に我に返った。

人を押しのけ、何とか前に出ると樹の前に2人の男が居るのが見えた。

砂まみれの髪と服から砂の村から来たことは、一目瞭然(いちもくりょうぜん)だった。

彼らは(つぼ)を抱え込んでいた。


「こんなに水があるんだから1つくらい良いだろ?!」


「だめだ! お前たちが石を寄越(よこ)さぬ限り、やれぬ!」


「帰れ! 盗人(ぬすっと)め!」


罵声(ばせい)()()う。

ニコラスは首を伸ばしてラルフの姿を探そうとした。


「ダメだ、ニコラス! ここからじゃ探せねぇよ!」


コリンも人に押しつぶされそうなっている。

音が反響(はんきょう)し、(さけ)ばないと互いの声が聞こえない。


「俺はこっちを探すからっ……うわっ!」


コリンがよろめいて人ごみの中に消えた。


侵入者の1人はもう我慢できなくなったようで、床を走る小さな(みぞ)に口をつけ、水を飲み始めた。


「だめだ!」


「やめてくれ!」


悲鳴が上がった。

だが、皆、武器を手にしているのに踏み込むのを躊躇(ためら)っているようだった。

ここで争い始めて、この場所が(おか)されることを危惧(きぐ)しているのだろう。


考えるよりも早く身体が反応していた。

ニコラスは彼らの足元に置かれた(つぼ)に駆け寄った。

人に気づかれずに近づくことくらい難しくはなかった。

(つぼ)を持ち上げようとしたが、予想以上に重くて数歩進んでよろめいてしまった。


「このガキ! 何をしている?!」


男たちがこちらに気づいた。

ニコラスは急いで態勢(たいせい)を立て直すと(つぼ)(かか)えて走り出したが、あっという間に2人に先回りされて道を(ふさ)がれてしまった。


「おいおい、坊主(ぼうず)英雄(えいゆう)気取(きど)りか?」


ニコラスは(つば)を飲み込むとはっきりと返した。


「そうじゃない! でも、この村の人たちだって苦しんでいるんだ! お前らが好き勝手に飲んで良い水じゃないだろ?!」


「こいつらが苦しんでいるだぁ?」


男は鼻で笑った。


「どこがだよ、説明してみな」


口を開きかけたニコラスにもう1人の男が割って入った。


「それによ、俺たちが水を飲むべきか違うか、お前が決めることか? あ? そういうのを英雄(えいゆう)気取(きど)りって言うんだぜ?」


「俺たちの手に渡った時点で俺たちのもんだ! どけ、クソ餓鬼(がき)!」


やめろ……!

ニコラスは歯をくいしばった。


――『金が俺の手に渡った時点で俺のもんだ! そこをどけ!』


自分がスラウに言った言葉と重なる。

違う!

違うんだ、俺は、俺は……!


「ニコラス!」


コリンの声に我に返ると、男の(こぶし)(せま)ってきていた。

()ける間も無く(こぶし)がみぞおちに食い込んだ。

巻き込まれて倒れた(つぼ)の中の水が飛び散り、(かわ)いた地面に吸い込まれていく。


「やっべ……!」


それを見た男たちはそそくさと()げようとしたが、それを待っていたかのように人々が2人に飛びかかった。


「そこまでだ! 全員、やめろ!」


(するど)い声に振り返るとラルフが肩で息を切らして立っていた。


「そいつらに手を出してはいかん」


「ラルフさん、ですが!」


「もう(にく)しみ合い、(うば)()うのはやめよう。私たちは長い間、彼らを(にく)み続けてきた。だが……それは向こうも同じことだった。すべきことは他にあったんだ……それは話し合うことだ」


今や()らえられた2人はすっかり戦意(せんい)を失い、静かに座り込んでいた。

ラルフは地面にへたり込んだままのニコラスと、彼に手を差し伸べるコリンを一瞥(いちべつ)した。


「彼らにそう教えてもらったのさ」


「あの、ラルフさん、みなさん……ごめんなさい」


ニコラスは立ち上がり、深く頭を下げた。


「俺、みなさんの大事な水を……」


ラルフは微笑(ほほえ)みながら近づいてきて顔を上げさせた。


「いいや……君は私たちに勇気を示してくれた。それだけで十分だ」


彼はコリンの頭にも手を置いた。


「君もな。ありがとう……本当にお母さんそっくりの優しい子だ」


2人の頭を優しく()でる手は大きくて温かかった。


「あ……しまった!」


ニコラスは青ざめるとラルフを見上げた。


「俺、城下町(じょうかまち)に行かなきゃいけなかったんです! 今からじゃ、閉門時間(へいもんじかん)に間に合わないですよね?」


「いや……」


ラルフは転がったままの空の(つぼ)を見つめた。


「方法がひとつある」

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