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天上人  作者: 鬼木 有葉
第二章 昇格試験
30/196

六. 砂の村と水の村②

こちらの村は砂の村とは全く(ちが)っていた。

あれほど人が(あふ)れかえっていた通りはここでは閑散(かんさん)としていて、無秩序(むちつじょ)に並んでいた建物はここでは白い煉瓦(れんが)の家の間を()うように通っている水路(すいろ)に区切られて整然(せいぜん)と並んでいた。

2人は水路(すいろ)()かる小さな橋のたもとに隠れていた。


「で? これからどうすんだ?」


コリンが小声で(たず)ねてきた。

ニコラスは(かげ)からそっと顔を突き出した。

村全体にたちこめる濃霧(のうむ)のせいで視界が悪い。

馬が水面(すいめん)に口をつけようと首を伸ばした。


「とりあえず、君のお母さんと妹さんに会おう」


「だから、どうやって?」


コリンの言葉にニコラスは首を(かし)げた。


「医者の家がどこか知らないのか?」


「父ちゃんが死んだから、俺が残って働いて仕送(しおく)りしてたんだ。ここに来たのは今日が初めてだ」


「……」


「……」


「……」


「どうすんだよ?!」


「……と、とりあえず探す」


「ここのやつらに見つかったらボコされんぞ?!」


「その時はその時だ」


ニコラスは(ささや)くと、もう1度周りを見回した。


「あれ?」


「何だよ?! (だれ)か居るのか?!」


「いや、そうじゃないんだけど……」


ニコラスはしばらく首を(ひね)っていたが、小さく首を振ると立ち上がった。


「良いや……行こう」


空を見上げると、(かす)んだ視界の向こうに太陽があった。

まだ時間はある……

その時、馬が落ち着きなく鼻を鳴らした。


「どうした?」


ニコラスが鼻面(はなづら)()でようと手を伸ばした時、向こうから(だれ)かが歩いてくるのが見えた。


(だれ)か来た! 隠れるぞ!」


ニコラスは馬を引いて家と家の間の(わず)かな隙間(すきま)に身体を押し込んだ。

息を殺してじっとしていると、数人の男たちが大きな台車(だいしゃ)を重そうに引きずりながらやって来た。

皆、頭から大きなフードを(かぶ)り、灰色のスカーフで口元を(おお)っている。

彼らは気づかなかったのか、低い声で話しながら去っていった。

ニコラスは、にゅっと顔を()()すと、彼らの去って行った方角を見つめた。


「何を運んでいるんだろ?」


「後を追うか?」


コリンが小声で(たず)ねてきた。


「いや、2人だと流石(さすが)に見つかるかもしれない。ちょっとここに居て」


ニコラスはそう言うと通りに出ていった。


男たちは小さな広場で足を止めていた。

白い建物に囲まれた広場の地面には白い丸石が()()められていた。

中央には青いひび割れた石の噴水があったが、水は()()していなかった。

ニコラスは広場を囲うようにして立つの石像の後ろに(かく)れた。

彼らの前に灰色のスーツに身を包んだ白髪(はくはつ)の男性が立っていた。


「……ご苦労でした。休みなさい」


彼はそう言うと彼らを建物の中へ(まね)()れたが、台車(だいしゃ)は広場に取り残されたままだった。


ニコラスは石像の(かげ)からそっと出た。

まだ昼だというのに、ここは眠ったように静かだった。

もう1度周りを見回して(だれ)も居ないのを確認すると、台車(だいしゃ)に近づく。

自分の立てる足音がやけに大きく聞こえる気がした。

石の冷たさが(くつ)を通して(つた)わってくる。

台車(だいしゃ)は木で作られていて、()()れた持ち手や車輪から使い古されているのが(うかが)えた。

ぎっしりと青い陶器(とうき)()まれていた。


(つぼ)?」


子どもの背丈(せたけ)くらいはある。

(つぼ)(ゆる)やかな曲線に沿()って伸びる白い(つる)と花が(えが)かれていた。


恐る恐る(ふた)(はず)したが、何も見えなかった。

もっとよく見ようと身体を乗り出した途端(とたん)、後ろから(そで)を引っ張られた。


「うわぁ!」


思わず(さけ)んだニコラスを見上げていたのは小さな少女だった。

クセのある黒髪に()んだ灰色の瞳。

どこかで見た顔だな、とは思ったが、すぐには思い出せなかった。

彼女は大きな目を向けて何かを問うているようだった。


「え、えっと……」


言葉を探していると、血相(けっそう)を変えて走ってくるコリンが目に入った。


「ニコラス! 大変なことに……」


言いかけた彼は広場の入り口で足を止めた。


「アキ……アキなのか?」


少女はじっと彼を見つめていたが、小さく(うなず)いた。

その瞬間、コリンは()()ると彼女を()きしめた。


「元気そうだね! 会いたかったよ!」


一方の少女は放心状態(ほうしんじょうたい)で立っていた。


「ねぇ、母さんは? 母さんは元気かい?」


少女は静かに後方を指差した。

先ほど男たちが入っていった建物だ。


「そうか……あそこに居るんだね!」


少女は相変わらず(だま)っていたが、その小さな手でコリンの手をきゅっと(にぎ)りしめていた。


「あの、ごめんコリン。さっき言いかけていたことって何……?」


「そうだった! 馬の様子がおかしいんだ。連れてこようとしたけど、俺1人じゃ動かせなくて……」


「それなら台車(だいしゃ)を使おう! それなら俺たちでも運べる」


ニコラスの提案に(うなず)いたコリンは少女の肩に手を置いた。


「アキ、ちょっと待っていてくれるかい? すぐ戻るから」


(つぼ)台車(だいしゃ)から下ろすと、すぐに後ろから怒鳴(どな)り声が飛んできた。


「君たち! 何をしているんだ!」


白髪(はくはつ)の男性が建物の入り口で腕組(うでぐ)みして立っていた。

その後ろからアキが小さく顔を出している。


「これが何だか分かっているんだろうな?!」


男性が肩を(いか)らせながら近づいてきた。

彼の目線がコリンの砂のこびりついたズボンで止まった。


「まさか砂の村から来たのか?!」


男性の顔が一層険しくなった。


「帰れ! また水を盗みに来たんだろ?!」


「ちげぇよ!」


コリンが言い返すと、何事かと人々が戸口から顔を(のぞ)かせた。

広場の周りの建物の窓からも、(いく)つもの顔が幽霊(ゆうれい)のように浮かび上がっている。


「馬が急に動かなくなったんだ! 助けてくれよ!」


「お前らの手口は()()くしているぞ!」


(だれ)かが(さけ)んだ。

コリンは苛立(いらだ)たし気に地面を()んだ。


「本当なんだって! 台車(コイツ)さえ貸してくれれば良いからさ! 頼むよ!」


男性は(あき)れたように首を振ると(ひたい)に手を当てた。


「子どもを使うなんて……! 何て卑劣(ひれつ)なんだ、彼らは!」


「それはお前らのことだろ?! ここには水がある! お前らと違って、俺たちは働かなきゃ水すら(もら)えない! 家に(こも)れる(ほど)余裕(よゆう)はねぇんだよ!」


コリンの言葉に白髪(はくはつ)の男性は広間を指差した。


「君は知らないのか?! ここの水がどれほど危険なものかを! この町中を通る水路(すいろ)のせいでどこに行っても毒を含む水からは()げられん! 皆、病に苦しみ、植物も育たんのだ!」


ニコラスは(あわ)てて周りを見回した。

来た時に感じたのはこれだったのか……

水はあるのに花も木もない。


「コリン、なの?」


戸口から細い声がして黒髪の女性がふらふらと出てきた。


「かぁさん!」


コリンはそう(さけ)ぶと男性の横をすり抜け、女性に飛びついた。


「かぁさん!」


「コリン!」


コリンを()きしめた女性の(ほほ)(なみだ)(つた)った。


「元気にしてた? 会いたかったのよ……」


それを見ていた男性は頭を()くと、こちらを向いた。


(きり)にも毒素(どくそ)は含まれている……外に居続けるのは危険だ。中に入りなさい。馬は()てやろう」


案内された応接間(おうせつま)には、(かわ)の張られた大きい2つの椅子(いす)が木の机を(はさ)んで置かれていた。

男性は壁にくくりつけてあった燭台(しょくだい)に火をつけた。


()けて」


男性の言葉にニコラスはコリンの横に座った。

彼は母の細い手を(にぎ)ったままだった。

彼の妹も母の(ひざ)の上に座っていた。

男性は4人の目の前にゆっくりと腰を下ろした。


「先ほどの無礼(ぶれい)を許してほしい……すまなかった。私はラルフ。この村の長であり、ここで唯一の医者だ」


差し出されたラルフの手を見るコリンの目つきは相変(あいか)わらずきついままだった。


「ニコラスです」


ニコラスが代わりに差し出された手を(にぎ)った。

こぶのある大きくて優しい手だった。


「初めまして、ニコラス君。そっちの君はコリン君だね。セーラさんから話は聞いていたよ」


コリンは目線をラルフに向けたまま(うなず)いた。


「さて、どこから話そうか……」


ラルフは目を閉じた。


「そうだな。現国王フォルクトレ王が着任(ちゃくにん)した頃からの話をしよう……」

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