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天上人  作者: 鬼木 有葉
第二章 昇格試験
29/196

六. 砂の村と水の村①

ニコラスは馬に乗って坂を()()りていた。

(まばら)らに建つ黄色い砂の家が大きくなってくる。

人通りも増えてきたので、馬を下りることにした。


この村の雰囲気(ふんいき)は自分の育った町に()ていた。

通りに沿()って延々(えんえん)と続くテント。

店主の広げた敷物(しきもの)の上には、大小様々なピカピカした石が並んでいる。

大きな声で客を()ぶ声。

人々の話す声。

ずっと静かな森を通ってきたので、(なつ)かしかった。

人混(ひとご)みに流されて、気がつくと村の中心地に到着(とうちゃく)したようだった。

馬を連れたまま城下町(じょうかまち)には行けないのでここで売らなくてはいけない。

(だれ)かに声を()けようにも、(だれ)もこちらに見向きもしなかった。

いつの間にかニコラスは道の(はし)へ押しやられてしまった。


「あの」


「すみません」


目の前を通りがかる人に声を()けてみても、まるで皆自分のことが見えていないかのように(とお)()ぎていく。


「俺、見えているよな?」


不安になって手をかざしてみる。


「見えているよ」


()だるそうな声が返ってきた。

(あわ)てて周りを見回すと、すぐ後ろの建物の2階のバルコニーに腰掛(こしか)けている少年と目が合った。


「君は?」


「よっ……と」


彼はニコラスの前に身軽に()()りてきた。

ベージュ色の(あさ)のシャツに砂のついたズボンを()いた少年はクセの強い黒髪を()()げた。


「来いよ」


「あ、ちょっと待てよ!」


ニコラスは(あわ)てて手綱(たずな)を引っ張ると彼の後を追った。

少年は人通りの少ない細い路地裏(ろじうら)をずんずんと進んで行った。


「君、名前は?」


(たず)ねると、彼は面倒臭(めんどうくさ)そうに口を開いた。


「コリンだ。あまり話しかけるなよ。ここじゃ、部外者(ぶがいしゃ)に口を聞いちゃいけねぇんだから」


「何で?」


コリンは答えずに角を曲がると、その先の建物を指差した。


「あそこなら買い手がいる」


「……!」


ニコラスは思わず言葉を(うしな)った。

黄色い粘土(ねんど)の建物の屋根から、ひび割れた木の看板(かんばん)がぶら下がっている。

色褪(いろあ)せたペンキで描かれた絵には、豚や牛が草を()む様子が(えが)かれていた。


「ちょうど良い。紹介料(しょうかいりょう)として腹の部分寄越(よこ)せよ」


「この馬、食べるのか?!」


「馬を売りたいって言っただろ?」


「そうだけど、あくまでも運搬用(うんぱんよう)としてだよ! よくもそんな(ひど)いことが思いつくな!」


「……お前さ」


コリンが低い声で(つぶや)いてニコラスを(にら)みつけてきた。


「この村で動物を殺すのが(ひど)いなんて言ってたら、生きていけねぇぞ」


言われて初めてニコラスは周りを見回した。

ヒビの入った壁の建物。

草一本生えていない地面。


「ここ……植物が育たないのか?」


「昔は育っていた。でも、あっちの村の奴らが」


コリンが指を差した。

砂埃(すなぼこり)の向こうにも村が見えた。

白い石でできた建物が立ち並び、ぼんやりとした(きり)(おお)われている。


「水を全部持っていったんだ」


「でも……!」


口を開きかけた時、誰かに腕を強く(つか)まれた。

振り返ると猫背(ねこぜ)老婆(ろうば)がじっと見上げていた。


「見ない顔だね……あっちの村から来たのかい?」


「え、ちがっ……!」


「じゃぁ、どこから来たんだい?」


――『相手が(だれ)であれ出身を答えたらダメだよ。どこに傭兵(ようへい)(ひそ)んでいるかも分からない。下手(へた)に身分は明かさない方が良い』


スラウの声が(よみがえ)り、視線を泳がせる。


「嫌がらせでもしに来たのかい?! あたしたちが苦しんでいるのを揶揄(からか)いに来たんだろう?!」


老婆(ろうば)(さけ)び声に、何事かと人が集まって来た。


「水の村の奴か! 出ていけ!」


人々の罵声(ばせい)にニコラスは助けを求めるようにコリンを見たが、彼は(だま)って下を向いていた。

ニコラスは腕を(つか)む老婆を振り解いた。


「違う! 俺はそんなことしない!」


「それじゃ何だい?! わしらの鉱物(こうぶつ)を盗むつもりだろ! この間のように!」


「旅人の振りをしたって、もう同じ手には乗らねぇぞ!」


(だれ)かが石を投げてきたので、ニコラスは(あわ)てて(ひじ)(かば)った。


()げるぞ!」


不意にコリンが走り出した。

始めは執拗(しつよう)に追い回していた人たちも、(あきら)めたのか、姿が見えなくなった。


「ハァッハァ……ここまで来れば……もう追ってこないはずだ」


砂埃(すなぼこり)の上がる大地に(いく)つもの大きな白い石が点々と転がっていた。


「ゲホッゴホッ……助かったよ……何だ、ここ?」


ニコラスは()()がる砂煙(すなけむり)に大きく()せた。

コリンは転がっている石の1つに器用(きよう)によじ登ると、こちらを見下ろした。


「橋だよ。前はここに大きな川が流れてたんだ。俺たちも昔はあっちの村と互いに物を分け合って生きていた。今じゃもう……(だれ)もここを通らねぇ。全部あいつらが悪いんだ」


コリンは(うら)めしそうに(きり)に包まれた村を(にら)んだ。

ニコラスはそんな彼の姿を見つめていたが、ふと愛馬(あいば)手綱(たづな)を引いて歩き始めた。


「この石を辿(たど)れば、あっちの村に着くんだよな?」


「やめておけよ。ここと同じように追い返されるだけだぞ」


「どうせここに居たところで、見つかったらまた追われるんだ。なら、あっちに行ってみる」


「でも、あいつらは傲慢(ごうまん)で……」


「……んなの、直接会ってから考える。1度も言葉を()わしたことが無いくせに、どんなヤツか決めつけて……君、間違ってるよ」


「そうかよ……」


(つぶや)いて石から降りたコリンは、ニコラスにつかつかと歩み寄ると勢いよく(かた)()いた。


「そんなに行きたいなら行けよ、バカ! 二度と帰って来んな!」


思わず(しり)もちをついたニコラスは驚いた顔でコリンを見上げていたが、唇をきゅっと()んだ。


「……分かった。じゃあ」


(にぎ)っていた手綱(たづな)を押しつける。


「これ、やる」


コリンはニコラスの手を押し返した。


「な、何のつもりだよ?!」


「俺、色々教えてもらったのに何にも返すことが出来ねぇから」


「……これ、お前の友達なんだろ?」


ニコラスは、そうだよと歯を見せて笑った。


「でも、もう良いんだ。お前が生きていけるならそれで良い」


「バ、バカ言ってんじゃねぇよ! こんな()せこけた馬、(だれ)が欲しがるかよ!」


「だってお前、食わなきゃ生きていけねぇんだろ?! 何なんだよ、さっきから! 言ってることが無茶苦茶(むちゃくちゃ)だ!」


「うるせーよ!」


飛んできたコリンの(こぶし)が顔前で止まった。


「俺だって……俺の家族がさ、かぁちゃんと妹が……向こうにいるんだ。かぁちゃん、病気でさ……あっちにしか医者がいなくて……もう何年も……会えていない」


「……っ!」


思わずニコラスがコリンの肩に手を伸ばしかけた時、村の方から地響(じひびき)きにも近い音と怒号(どごう)が聞こえてきた。


「居たぞぉ!」


()がすなぁ!」


石が馬の顔を(かす)め、驚いた馬が前脚を振り上げて(いなな)いた。

ニコラスは(あわ)てて暴れる馬の手綱(たづな)にしがみついて声を張り上げた。


「一緒に行こう!コリン!」


「で、でも、俺……」


「俺にも、顔も覚えていない家族がいるんだ。もう俺のことを覚えていないんじゃないかって不安に思ったこともある。だけど気づいた。会わないまま死ぬのはもっと嫌なんだ!」


その時、矢が2人の頭上を(かす)めていった。

意を決したように、コリンはニコラスの手を(つか)むと走り出した。

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