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天上人  作者: 鬼木 有葉
第二章 昇格試験
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五. 忘れられた天使

ニコラスを(かば)うように立つスラウの(となり)にフォセとライオネルが並んだ。


「さて」


フォセは金色の髪を(いじ)ると武器を(かま)える傭兵(ようへい)たちを見回した。


「あたしたちが居ない間に、随分(ずいぶん)この子を可愛がってくれたみたいね!」


彼女の殺気(さっき)を感じたのか、傭兵(ようへい)たちがじりじりと後退(あとずさ)りした。


「ニコラス」


ライオネルが耳元で(ささや)いたので顔を上げると、彼は前を見据(みす)えたままだった。


(つか)まってろよ」


よく分からないまま彼の腕にしがみつく。


「覚悟しなさい!」


フォセが(さけ)んだ瞬間、何が起こったのか分からなかった。

いつのまにか2人は空に()()ばされていた。


「うわあぁぁっ!」


グルグルと回る視界の中で一瞬、ライオネルの腕から太い枝が生えているのが見えた気がした。

何が起きているのか振り返ろうとしたが、大きく(ひるがえ)るローブのせいで見えなかった。


「もう良いだろう」


ライオネルが腕を(はな)したので、(あわ)てて河岸(かわぎし)を振り返った。

あれほどいた傭兵(ようへい)が全員地面に(たお)れている。


「何が……起きてるんだ?」


首を(ひね)った途端(とたん)、背中に痛みが走った。

(うめ)いて(うずくま)るニコラスをライオネルが(あわ)てて支えた。


ライオネルに傷の手当てをしてもらっている間、ニコラスは3人にこれまでのことを簡単に説明した。


「でも、じじいが何であんなことをしたのか、分からない……」


「そっか」


スラウは静かに(つぶや)くと、(あご)に手を当てて(だま)()んでしまった。


「……あの、さ」


ニコラスはライオネルの貸してくれたローブの(すそ)(つか)んだ。


「俺、城に行くよ」


ニコラスの言葉に3人は(そろ)って目を丸くした。


「だ、だからさ……つ、付いて来てくれねぇかな、アイツを助けるのに」


「え? えぇっ?!」


思わず声を上げるフォセにニコラスは(くちびる)(とが)らせた。


「何だよ、この間まで城に行けってしつこく言ってきたくせに」


「そりゃ、そうだけど……」


「お、俺、(おそ)われた時に思ったんだ。お前らとは知り合ったばかりだし、何の関係ないはずなんだ。(ひど)いこと言って傷つけたのも知っている。だけど……助けてほしい、そう思った。そしたら……来てくれた。多分、アイツも同じだ。俺は今までアイツにされてきたことが許せねぇ……だけど、それとアイツが俺と間違えられて捕まっているのは違う話だ。だから……」


()ずかしくて言葉尻(ことばじり)が小さくなったが、3人とも何も言わなかった。

しばらく火照(ほて)った顔を下に向けていると、くしゃっと髪を()でられた。


「……え?」


スラウはにっこり微笑(ほほえ)むと立ち上がった。


「じゃぁ、行こうか!」


***


雨が()()し、4人は空に鳴り響く雷鳴(らいめい)に追われるように馬を急がせた。

水溜(みずた)まりを飛び越える(たび)、泥水が()ねる。


「フォセ! (とうげ)の村まであとどれくらいの距離がある?」


スラウが雨音(あまおと)に負けないように声を張り上げた。


「まだかかるよ、あと半日くらい!」


「あそこに洞穴(どうくつ)が見える!」


スラウはニコラスの言葉を聞くと、馬の向きを変えて(しげ)みに飛び込んだ。


「えっ? それ、どうやるんだよ?!」


(あわ)てるニコラスの(となり)にライオネルが馬をつけた。


「右脚に力を入れるんだ。しっかり(つか)まっておけよ」


そう言うと、彼は()()きざまに馬の顔に手を伸ばした。


『ついて来い』


頭に直接響くような声にニコラスは思わず周りを見回した。

次の瞬間、馬がライオネルの馬に続いて(しげ)みに飛び込んだ。

ニコラスは(あわ)てて手綱(たずな)(にぎ)った。

()れた背中は(すべ)りやすかった。

身体が(なな)めったまま(しげ)みに()()む。

何度も木の枝や葉にぶつかり視界を(さえぎ)られたが、振り落とされまいと必死にしがみついた。


(しげ)みを抜けた先には洞窟(どうくつ)が大きく黒い口を開けていた。

スラウは近くの岩に馬を結びつけ、ニコラスを手招(てまね)いた。


「中で少し休もう」


小さな洞窟(どうくつ)の中は湿(しめ)った土の(にお)いがした。

スラウが見張りにつくと言って(ゆず)らなかったので、ライオネルとフォセとニコラスの3人で火を(かこ)って(だん)を取った。

しばらく火の()ぜる音に耳を(かたむ)けていたが、ニコラスは(おもむ)ろに口を開いた。


「なぁ、傭兵(ようへい)をどうやって(たお)したんだ? 上手(うま)く言えないんだけどさ……お前ら、人間じゃないだろ? 何者なんだ?」


聞こえてきたニコラスの声にスラウは目を閉じた。


***


「『忘れられた天使』。我々をこう呼ぶ者もいる」


歴史の講義(こうぎ)で水の長ヘラルドはそう言っていた。


「前にも言ったが……天上人(てんじょうびと)は人間と契約を()わし、彼らを守る為に能力を使うことが(さだ)めだった。しかし、かつて天上人(てんじょうびと)(おのれ)(さだ)めに(さか)らった。(いきどお)った天使たちは天上人(てんじょうびと)から(つばさ)(うば)い、人間の記憶からその存在すらも消したんだ。この(のろ)いは今でも続いている。だから、契約主は契約が切れた途端(とたん)に俺たちのことを忘れてしまう。それが『忘れられた天使』と呼ばれる所以(ゆえん)だ。その一方で、我々が地上界(ちじょうかい)で出会った人間を忘れることはないがな」


***


ニコラスは信じられないという目でライオネルを見つめた。


「……そしたら、俺はお前らのことを?」


「覚えてはいないだろう」


「俺は絶対に忘れたりなんかしない! だって……可笑(おか)しいじゃないか?! お前らが居たから俺はまだこうして生きている。それなのに忘れるなんて……それに、お前らを忘れたところで(おそ)われた記憶は残るんだろ?」


「あぁ、そうだ。その時は偶々(たまたま)突風(とっぷう)に巻き込まれて傭兵(ようへい)(たお)れただとか、偶々(たまたま)(つか)んだ木の枝が逃げ道を作ってくれた、という風に記憶が()()えられるんだ」


「そんなに偶然(ぐうぜん)が重なったら変だよ!」


「でもそれが記憶として残っていくの。全然変じゃないよ」


フォセが口を開いた。

岩の上で(ひざ)(かか)える彼女は遠くを見つめたままだった。


「俺はそんなの認めない! 何者であれ、お前らは俺の命の恩人(おんじん)なんだ! それにさ、忘れられたら悲しくないのか?」


「……どうだろうな」


ライオネルは小さく身動(みじろ)ぐと(ひざ)の上に(ひじ)をつき、火を見つめた。


「そもそも人間に覚えられたことがないから、悲しいという感情すら()いたことはない。だが、俺はそれでも(かま)わないと思っている。人間の願いを(かな)える……これが俺たち天上人(てんじょうびと)の使命であり(ほこ)りだからな。それ以上のことは望まないさ」


「でも!」


「もうこの話はこれで終わりにしよう」


そう言って微笑(ほほえ)むライオネルは(さび)しそうだった。

その時、スラウが戻って来た。

火はすっかり小さくなり、消えかけていた。


「雨、あがったよ」


「お腹すいたぁ」


フォセが足をぶらつかせて(つずや)くと、ライオネルが立ち上がった。


「もう少し枝を拾ってこなくちゃいけないな。フォセ、手伝ってくれ」


「ニコラスが行ってよ。あたし、動くのやだもん」


ニコラスは()(いき)()くと立ち上がった。


「へいへい……じゃ、お前の飯が代金(だいきん)な」


「えぇっ?! ……分かった、木苺(きいちご)ならあげる」


「お前が嫌いなだけだろっ!」


「だって()っぱいんだもん」


フォセはぺろっと舌を出した。

先に行ってしまったライオネルを追って洞窟(どうくつ)を出たニコラスはしばらく彼の背中を見つめていた。


「どうした?」


首を(かし)げて振り返るライオネルにびしっと指を()きつける。


「俺は! ぜってぇにお前たちのこと忘れねぇから!」


(いど)むような口調(くちょう)のニコラスにライオネルは目を丸くしたが、そうか、と微笑(ほほえ)むとニコラスの頭を軽く(たた)いた。


「な、何だよ?!」


思わず頭に手をやり、目を見張った。

彼の目に光るものが見えた気がしたのだ。


「さ、行こうか」


改めて見た時には、いつも通りの冷静な表情に(もど)っていた。

勘違(かんちが)いか……

ニコラスは頭を振るとライオネルを追った。

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