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天上人  作者: 鬼木 有葉
第二章 昇格試験
27/196

四. 錯綜する想い ②

「待ってよ!スラウってば!」


馬を並べたフォセがスラウの顔を(のぞ)()んだが、髪で顔が(かく)れていて表情が読めなかった。


「このままで良いの?」


答えはなかった。

フォセは続けた。


「確かにニコラスは「()せろ」って言ったけど……大体、契約主(けいやくぬし)()()()()()()()んだから、言うことを聞く必要もないんだよ」


「私……彼に多くを求めすぎたのかもしれない」


そう(つぶや)くスラウの声はとても小さかった。

フォセはしばらく彼女を見つめているたが、ゆっくりと口を開いた。


「ねえスラウ。ちょっと難しく考えすぎなんじゃない? 任務(にんむ)って、そんなに大変なことじゃないんだよ」


フォセはそこで言葉を切ると例えば、と続けた。


「今回の「契約主(けいやくぬし)にニコラスを()(わた)す」っていうのは極端(きょくたん)な話、私たちがあの子を(ふくろ)()()んで無理やり()れていくことでも成立するんだよね。だから……」


「でも、さ」


スラウがフォセの言葉を(さえぎ)った。


「それだけはしたくなかったんだ……自分の手で(まも)るべき人を(まも)れる人になって欲しかった」


それが自分にはできなかったことだから。

スラウは目線を落とした。


「ごめん、我儘(わがまま)言って……結局、私1人じゃ何もできなかったくせに」


自分の腕の中で死んでいった育ての親、ロナルドの姿が(まぶた)の裏に焼きついて(はな)れない。

スラウは(かす)れた声で続けた。


「まだニコラスには(まも)れるものが残ってる。()()てて欲しくない……だから、もし……もし力を貸してくれるなら……」


スラウの言葉にフォセとライオネルは互いに顔を見合わせた。


「……当ったり前でしょ!」


フォセが勢いよくスラウの背中を(たた)いた。


「何の為のチームだと思ってんのよ!」


「え?」


ぽかんとした表情を浮かべるスラウにフォセは笑顔を見せた。


「言ったでしょ、さっきのは極端(きょくたん)な例だって! 昔、隊長もそんなんだったなぁって。もしニコラスを(ふくろ)()()んで城に()れて()こうとしたら、グロリオなら(だま)ってなかったよ!」


「で、どうするつもりだ?」


(たず)ねるライオネルに、フォセはあっけらかんとして答えた。


「分かんない! 分かっているのは、ここに居たら何も変わんないってこと! だから(もど)ろ! 考えるのはそれからってことで!」


「そうだな」


ライオネルは小さく笑うと馬の向きを変え、呆然(ぼうぜん)としているスラウを振り向いた。


「行くぞ」


天上人(てんじょうびと)任務(にんむ)は独りで出来るわけじゃない。

仲間に頼っても良いんだと分かった途端(とたん)、先に行く2人の姿が(たの)もしく見えた。


***


ニコラスは木筒(きづつ)を逆さにし、中を(のぞ)いた。


「じじぃ、水が無くなった」


ドレークは馬を近くの木に結び付けていたが、手を止めて近づいてきた。


「ニコラス様、もう少し辛抱(しんぼう)なさいませ。これから私が食料を調達(ちょうたつ)して(まい)りますので」


ドレークは丘の下に広がる小さな集落(しゅうらく)指差(ゆびさ)した。

煙突(えんとつ)から白い(けむり)を出す小さな家が(いく)つか集まっている。


「よろしいですか? 傭兵(ようへい)が近くに居るかもしれません。決してここから(はな)れてはなりませんぞ」


「あぁ、分かってる」


ドレークはもう1度(ねん)()すと去って行った。

ニコラスは遠ざかる丸まった背中をじっと見ていたが、姿が見えなくなると落ち葉の山に身体を投げ出し、しばらく仰向(あおむ)けになって木漏(こも)()を見つめていた。

不意(ふい)にお腹が大きな音を立てて鳴った。

(あわ)てて周りを見渡(みわた)したが、別に(だれ)もいないようだ。

ニコラスは大きく()(いき)()くと、むくりと身体を起こした。


「ずっとここにいてもつまんねぇな」


ドレークの降りていった坂に目をやり、馬の方を振り返る。

馬は静かに足元の草を()んでいた。


「ちょっとくらいなら良いよな?」


そう(つぶや)いて馬の顔を()でる。


「よーしよし、良い子にしていろよ……」


馬が返事をするように鼻を鳴らした。

それを合図(あいず)にニコラスは坂道を()()りていった。


通りがかった家の窓が開いていて、(こお)ばしい(かお)りが(ただよ)ってきた。

(のぞ)くと(へこ)んだ小さな(なべ)に女性が切った野菜を入れていた。

(なべ)の中を混ぜる女性は微笑(ほほえ)みながら子守唄(こもりうた)を口ずさんでいた。

よそ見しながら歩いていたので、前を歩く小さな少女に気がつかなかった。


「あ、ごめん」


尻餅(しりもち)をついた少女に手を貸そうとしたが、彼女は不思議(ふしぎ)そうにニコラスを見上げているだけだった。

横に少女が引きずっていたぬいぐるみが落ちていた。


「ほら、これ」


それを拾い上げて差し出したが、少女は相変(あいか)わらずくりくりとした瞳でこちらを見つめていた。


「エミリ!」


後ろから声が()かった。


「パパ!」


少女は途端(とたん)に起き上がって、ぬいぐるみをひったくると声のする方へ()けていった。

ニコラスは彼女を笑顔で()()げる男性を見つめた。


両親のことは顔も声もはっきりとは覚えていない。

だが、時折(ときおり)夢に見る。

母親に優しく()かれて眠ったり、父親の肩の上に乗ってあちこちを探検したり……

だが、顔はいつも後ろから強い光が当たっていて見えないのだ。

(のぞ)こうとするところで夢が終わる。

涙が(ほお)を伝って目を覚ましたことが何度あるだろう。

あの人たちは自分を覚えているのだろうか。

そして再び会った時、愛してくれるのだろうか……


その時、遠くにドレークの姿が見えた。

(だれ)かと話をしているようだ。

ニコラスは急いで向きを変えると坂を()()がった。

元の場所へ戻ると、馬は相変(あいか)わらず草を()んでいた。

ニコラスはさっきの場所に身体を投げ出し、あたかもずっとそこに居たかのように寝転(ねころ)んだ。

呼吸がようやく落ち着いた頃に、ドレークが手に数枚の(うす)塩漬(しおづ)け肉をぶら下げて帰ってきた。


「ニコラス様、遅くなりました。こちらを」


差し出された肉片(にくへん)をかじる。

村で()いだスープの(かお)りが思い出されて頭を振った。

しょっぱさを水で流し込み、軽い食事を()ませるとニコラスは口を開いた。


「なぁ。これから俺を()れて()く場所って、この国の(だれ)も知らないところなんだろ? それなら俺の両親も()れていきたい」


「……っ!」


目を見張るドレークにニコラスはすがりついた。


「俺は(かぎ)に興味はねぇし、今の王が何をしようが(かま)わねぇ! でも、あの人たちは別だ! 家族なんだ! だからさ、皆で住みたいんだよ!」


「し、しかし……エルドラフ様もカトリーヌ様も城に幽閉(ゆうへい)されているのですぞ?」


「だから何だよ? 今の王は、王の(あかし)を手に入れたがっている。それを(わた)()()えに、あの人たちを解放してもらえば良いじゃないか」


「ですが、ニコラス様……」


乗り気でないドレークに少し苛立(いらだ)ちを覚えた。


「何だよ、王族の言うことも聞けないのか?」


「……いいえ。(おお)せのままに」


(つぶや)いたドレークは静かに目を()せた。


***


ニコラスは()(しげ)る木々を見上げた。

大分(だいぶ)森の奥までやってきたようだ。

水の音が大きくなったかと思うと、いつの間にか道のすぐ横を川が流れていた。

大きな川だ。

ニコラスは目を細めて水面で(おど)る光を見つめた。


「ニコラス様」


ずっと(だま)()んでいたドレークが振り返った。


「水を()んで来ていただけますか?」


ドレークが空になった木筒(きづつ)を渡してきた。


「ん」


ニコラスは馬から()()りるとそれを受け取った。

木の根が大きく張り出し、地面が(えぐ)れているところがあった。

そこからなら水面に届きそうだった。

そろりそろりとぬかるんだ地面を下りていった時、馬の激しい(いなな)きが聞こえた。


「ハッ!」


ドレークがニコラスの馬の(しり)(さや)で叩いていた。

馬は前足を高く上げると走り去ってしまった。


「な、 何してんだよ?! それ、俺の馬だぞ?!」


ドレークは静かに振り向いた。


「少々計画を変更することに(いた)しました」


「は?」


「あなた様さえ(かく)せればと思っておりましたが……それもどうやら無駄(むだ)だったようですね」


ニコラスはドレークの目に宿(やど)る光に思わず後退(あとずさ)った。


「な、何言ってんだよ?!」


「あなた様はいずれ城に(もど)ってくることになりましょう……ならば、ここで死んでもらうしかありませぬ」


「おいっ! 何だよ、急に?! どういうことだ?!」


「説明する必要はありませんよ」


ドレークは剣を引き抜き、ニコラスを(にら)んだ。

ザッ――

どこからともなく傭兵(ようへい)たちが現れ、次々と剣を(かま)えた。

ニコラスは急いで目を走らせた。

背後は川、横は崖。

逃げ場はない。


「これも私の孫の為。お許しください……」


ドレークは低い声で(つぶや)くと、後ろに(ひか)えた傭兵(ようへい)たちに向かって声を張り上げた。


「行け!」


傭兵(ようへい)たちが(よろい)の音を立てながら向かってきた。

ニコラスは急いで(そば)に落ちていた木筒(きづつ)を拾い上げた。

次の瞬間、剣を()(かぶ)った傭兵(ようへい)(おそ)いかかってきたので受け止める。


腰を深く(しず)めるんだ。

思い出せ、アイツに、スラウに習ったことを……

視界の(すみ)でドレークが馬に(またが)り、去っていくのが見えた。


ガクン――

(ひざ)の力が抜ける。

どうにか(すき)を見つけて河岸(かわぎし)沿()いに逃げ出したが、傭兵(ようへい)は足を止めることなく追いかけてきた。


「……くしょうっ! ちくしょうぅっ!」


少し開けた場所を見つけてそこへ転がり込む。

助かるにはこの崖を登らなければならない。

方法を考えている時、背中が突然焼けるように熱くなり、激痛(げきつう)が走った。

地面に(したた)るものに息を()む。


「……っ! 血?!」


振り向くと剣を()(かぶ)った傭兵(ようへい)がいた。

咄嗟(とっさ)岩陰(いわかげ)に飛び込んだ時、右脚が傭兵(ようへい)の脚に(から)んだ。

傭兵(ようへい)はそのまま態勢(たいせい)(くず)して岩の突起(とっき)()()んだ。

(うめ)(ごえ)を上げる傭兵(ようへい)(よろい)隙間(すきま)から()()た血が岩を(つた)う。


「ヒッ……!」


(しり)をついたまま後退(あとずさ)ったが、他の傭兵(ようへい)は死んだ仲間に目もくれずにニコラスを(おそ)ってきた。


「くそぅっ!」


遺体から目を()らし、転がっている剣を(つか)む。

練習で使っていた木棒(もくぼう)よりも重くて持ち(づら)かった。

結局、木棒(あれ)でもスラウに勝つことはできないままだった。

でも、やらなきゃこっちがやられる。


だが、傭兵(ようへい)たちに取り囲まれた今、誰が攻めて来るのかも分からない。

ニコラスはじわじわと川の方へ()()められていった。


「うっ……!」


飛びかかってきた1人に(たた)きつけられて剣を取り落とした。

ニコラスは自分の足元に広がる血だまりを見下ろした。

背中が熱いのに全身が(こご)えるようだ。

腕が、足が、身体が、頭が動かない。

(かす)む視界で傭兵(ようへい)たちが剣を振りかざすのが見えた。


――『()せろ』


ふと自分のぶつけた言葉が(よみがえ)った。

あんなこと言わなきゃよかった。

知らないヤツだとか、家族じゃないとか、そんなの関係ない。

会いたい……涙が(ほお)(つた)った。


「たっ……! 助けてぇぇぇっ!」


(さけ)んだ瞬間、傭兵(ようへい)たちが()()ばされた。


「ニコラス!」


ずっと聞きたかった声だった。


「スラウ……」


大きく(ひるがえ)る白いローブに思わず声が()れる。

スラウはニコラスを振り返って微笑(ほほえ)んでみせた。


「お待たせ」

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