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天上人  作者: 鬼木 有葉
第二章 昇格試験
26/196

四.錯綜する思い ①

ニコラスが仏頂面(ぶっちょうづら)で馬に()られていると、(となり)にドレークが並んできた。


「ニコラス様、いかがなさいましたか?」


「別に……てか、様付けんのやめろよ。あいつらみたいに呼び捨てで良いから」


「しかし、あなた様はいずれ王位につくお方。(むし)ろあの者たちが無礼(ぶれい)なのでございます」


「ま、良いけどさ……おい!」


前を行くフォセに声をかける。


「身体がいてぇんだけど、いつになったら降りられんの?」


「日が()れるまでじゃない?」


「げ……」


「もう疲れたの? さっき休んだばかりじゃん。(ちな)みにあたしはまだ元気だけどね」


「うるせーぞ! このチビ!」


フォセがぷくっと(ほお)(ふく)らませる。


「チビじゃないもん! こう見えても、あなたよりずっと年上ですからね!」


「ありえねぇだろ……」


口をへの字に曲げるニコラスを一瞥(いちべつ)し、ドレークが(ささや)いてきた。


「ニコラス様、お話がございます」


「んだよ?」


「あの者たちのことなのですが……やはり、あれは信頼できるものではございません」


「俺は別に……」


「ニコラス様。ご自身の立場を考え下さい。あなたはいずれ王になられる方だ。しかし彼らは……出自(しゅつじ)も分からぬ庶民(しょみん)でございますぞ? あなた様が自覚をもって(せっ)していただかなくては」


「……分かったよ」


渋々(しぶしぶ)(うなず)いた時、スラウが馬を(となり)につけてきた。


「ニコラス。馬には()れた?」


「まあな」


やや後ろを走るドレークに目をやると、彼は視線で合図(あいず)を送ってきた。


「お前ら、何者なんだ? 何で俺にこんなことをさせる?」


「悪いけど、その質問には答えられない」


少し前を行っていたライオネルがふと馬を止めてスラウの代わりに答えた。


「君は君の役目を果たし、俺たちは俺たちの役目を果たすだけだ」


「ですが、ニコラス様は王族。そなたらは出自(しゅつじ)も分からぬ庶民(しょみん)ではありませんか」


ドレークが口を(はさ)んだ。


「身分の違いというものを自覚(じかく)されてはどうです? ニコラス様にこそ、決定権(けっていけん)があるのです。少なくとも、そなたらにニコラス様の行動を指示される理由はありますまい」


「……かしこまりました。ニコラス様がそう望むのでしたら、ここで休みましょう」


スラウは案外、簡単に承諾(しょうだく)したが、視線は前に()えたままだった。


(ただ)し、人々は王という権威(けんい)敬意(けいい)を示しているわけではございません。内面が(ともな)って初めて尊敬(そんけい)されるのです。それだけは覚えておいて下さいませ」


彼女のまっすぐな背中が遠ざかっていった。

それ以来、スラウは最低限度(さいていげんど)のことしか話さず、他の2人も以前のように声を()けてくることはなくなった。


***


「ニコラス様。お怪我(けが)はございませんか?」


まだこの呼び方に()れない。

ニコラスはスラウを見上げた。

遠くで()ぜる()()(あか)りが彼女の顔にくっきりと(かげ)を落としている。

護身(ごしん)の為に最低限(さいていげん)剣術(けんじゅつ)を身につけなくてはいけないという彼女の主張で稽古(けいこ)が始まった。


ニコラスは汗を(ぬぐ)うと、近くに転がる木の棒を(にら)んだ。

木の葉の間から半分に欠けた月が見える。

何回やっても……勝てない。


「くそっ!」


何で勝てねぇんだ。

(こぶし)で地面を(たた)いた。


「今日はここまでにしましょう」


彼女はそう言うと、ニコラスには一瞥(いちべつ)もくれずに手にしていた木の棒を(しげ)みに放り込んだ。


その様子を見ながら()()に当たっていたライオネルが(もど)ってきたスラウに声をかけた。


「今日は俺が見張(みは)りにつくから。たまには休んだ方が良い」


ライオネルは()()(そば)で丸くなるフォセとドレークを指差した。

2人とも毛布にくるまって静かな寝息(ねいき)を立てている。

スラウは()()を回り込むと、(みき)の太い木に向かった。


稽古(けいこ)をやる意味はあるのか?」


ライオネルの声に、木をよじ登っていたスラウがキョトンとした顔で振り向いた。


「え?」


「ニコラスは俺たちが城まで送り届けるんだ。別に剣が使えなくても……」


「それじゃダメだよ。彼は王族の血を引く身……私たちと別れた後も命を(ねら)われることがあると思う。その時に自分で自分のことが守れるようにはなっていて欲しいんだ。それなりの自覚(じかく)は持ってもらわないと」


「なるほど。だが……ひとつ忠告(ちゅうこく)させてくれ」


ライオネルが立ち上がった。


「人間への深い思い入れは危険だ。君にとっても、ニコラスにとっても……」


スラウは小さく(うなず)くと、勢いをつけて頑丈(がんじょう)そうな枝に足を()け、その上に飛び乗った。

ライオネルが小さく()(いき)()いて(しげ)みの向こうへ姿を消した後、ニコラスは小さく寝返(ねがえ)りを打って目を閉じた。


***


「ニコラス様」


パンをかじっていたニコラスの(そば)(ひざ)をついたドレークが顔を近づけてきて声を(ひそ)めた。


「本当にこれが正しいことなのでしょうか? よくお考え下さい。あの者たちは何故(なぜ)あれほど(かぎ)()(もど)すことに執着(しゅうちゃく)するのでしょう?」


「何が言いたいんだよ?」


「もうお分かりのはずです。あの者たちは、あなた様が王の(あかし)を手に入れた途端(とたん)(かぎ)(うば)うに(ちが)いありません。彼らこそ、王の差し向けた刺客(しかく)なのです。彼らはあなた様の優しさに()()んでいるのです。お考え直しください。本当に守るべきは何かを……あなた様から金を(うば)()ってきた餓鬼(がき)のことは私も知っております。あんな者なんぞの為に、あなた様が命を危険に(さら)すような行動はなりませぬ」


ニコラスはその言葉をよく()()めた。

本当は……あいつなんて死んでも良いと思っている。


「……考えさせてくれ」


ニコラスはそう(つぶや)くと、ドレークから逃げるようにそこを(はな)れた。

小枝を集めていたフォセはそんなニコラスの様子に首を(かし)げた。


***


「ねぇスラウ、ドレークさんは?」


フォセが(たず)ねた。

()()(そば)の毛布は空になったままだ。


「水浴びしたいって。ライオネルがついていっているから大丈夫だよ」


ニコラスは頭まで毛布を(かぶ)っている。

スラウはそんな彼をじっと見つめた。

今日はずっと(ふさ)()んで何かを考えているようだった。


「あのさ……」


スラウはフォセに(ひざ)を向けると切り出した。


「ドレークさんは危険だと思うんだ」


「どういうこと?」


傭兵(ようへい)潜伏先(せんぷくさき)にあの人も居た。彼が何故(なぜ)私たちを追ってきたのか、分からないけど……彼は私たちを裏切(うら)るのかもしれない」


「……っ!」


ニコラスは毛布の中で思わず身体を強張(こわば)らせた。


***


翌日、ニコラスは日が(のぼ)りきる前に(たた)()こされた。


「この山を越えれば傭兵(ようへい)に追いつけます」


フォセが広げた地図を指差した。


「私たちはこのルートで先回りし、ここで()()せます。その間にニコラス様は……」


「あぁ、そのことだけど、もう良いよ」


「え?」


「正直、俺は(かぎ)がどうなろうと構わねぇから」


「でも、捕まっている子は?」


「あんな奴、どうでも良いじゃん。俺はアイツの友人でも家族でもねぇ」


スラウが口を開きかけたが、それを(せい)して続けた。


「俺はこの国の未来の王だ。じじぃは俺の命を優先しろと言った。それに、そもそもお前たちの目的も分かんねぇしな。仮に(かぎ)を取り返したとして、お前らは何を得る? 何も得ない。俺を殺して王の(あかし)(うば)わない限りは」


「違う!」


スラウの(するど)い声にニコラスは思わず口を(つぐ)んだ。


「私たちは王国を()()るつもりなんてない! 君には(まも)るべきものがある! この国の全てを! それが王族としての……」


「フン……そんなの(だれ)が分かるんだよ」


言い返した途端(とたん)、スラウが肩を(つか)んできた。


「時間が無いんだよ! こうしている間にも君のご両親の命はどんどん(けず)られていく。(かぎ)()(もど)して王位の(あかし)を手に入れれば、ニコラスが正式に王として認められる。そうすれば2人のことだって助けられるんだ!」


「スラウ」


フォセが(さと)すように言ったが、彼女は()めなかった。


「まだ間に合うんだよ、ニコラス! 何を(まも)るべきか、本当は分かっているんでしょ?!」


「顔も覚えてねぇ親のことなんて、俺は別に何とも思ってねぇ!」


(うそ)つかないで! じゃあ、聖堂(せいどう)のあの絵は何?! 君がずっと手入れしてきたんでしょ? あの絵を自分に重ねていた。だから……っ!」


「スラウ」


フォセがそっとスラウの(そで)を引いた。

ニコラスは下を向いて(くちびる)()んでいたが、肩に乗せられたままのスラウの手を(はら)いのけた。


「……()せろ」


地面を(にら)んだまま(つぶや)く。


「お前が何を言おうと俺は知らねぇよ。俺はじじぃの言葉を信じる。これが俺の決断だ」


「……分かった」


スラウは(かす)れた声で返すと静かに馬に(またが)った。

フォセがもの言いたげにニコラスを見たが、ライオネルが(うなが)して馬に乗った。

3人とも振り返りもせず、さよならの言葉もなかった。

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