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天上人  作者: 鬼木 有葉
第二章 昇格試験
24/196

三.初任務 ①

混み合う市場を少年が()けていく。

細身(ほそみ)でくせのある黒髪。

血色(けっしょく)のいい(はだ)()げ茶色の瞳が(かがや)く。


「ごめんな、おっさん!」


走りながらぶつかった大柄(おおがら)な男性に(あやま)る。

少年は男性の姿が人ごみに(まぎ)れてすっかり見えなくなったのを確認すると、足を(ゆる)めた。


「へへへっ……」


小さく鼻を()いて右手の物を(もてあそ)ぶ。

(あさ)巾着(きんちゃく)が上下する(たび)にコインが(こす)()心地良(ここちい)い音がした。

歓楽街(かんらくがい)もあり、何となく(うわ)ついた雰囲気(ふんいき)に包まれるこの町は人々の警戒心(けいかいしん)(うす)れる。

森に近づくほど人通りも(まば)らになってきた。

全く、どいつもこいつも、まるで緊張感(きんちょうかん)ってもんが……

口元が(ゆる)んだ瞬間、何かにぶつかった。


「……っててて」


思わず尻餅(しりもち)をつき、見上げると黄金色(こがねいろ)(かみ)の女が立っていた。

顔は逆光(ぎゃっこう)でよく見えない。

白いローブに()げ茶色のズボン。

ふーん、特段(とくだん)、金持ちってわけじゃなさそうだな……


「あ、ごめんなさい!」


女が拾おうとしたので(あわ)ててその手から巾着(きんちゃく)をひったくった。


「べ、別にいいって! じゃ、俺、急ぐんで!」


手を()(はら)われた女は少し態勢(たいせい)(くず)したが、少年はそのまま彼女の横を(とお)()ぎた。


森に入ったところで足を止め、ゆっくりと()()く。

彼女も気づいていないようだ。

少年の手には新たに臙脂色(えんじいろ)の小さな巾着(きんちゃく)(にぎ)られていた。

お気に入りの木の根に(こし)かけて袋を逆さにする。

ちゃらちゃらと音を立ててコインが落ちた。


「うーん……まずまずだな」


思い切り伸びをして樹に寄りかかる。

それにしても……

コインを1枚(つま)んで(はじ)いた。

さっきの(やつ)、いつから居たんだ?

気が(ゆる)んでいたとは言え、人の気配に敏感(びんかん)なはずなのに気づかなかった。

(つか)れてんのかな、少年は(つぶや)くと大きく欠伸(あくび)をした。


***


「ちょっと! どうするの?!」


桃色(ももいろ)()まった(ほほ)(ふく)らませてこちらを見上げるフォセに、スラウは(まゆ)をへの字にした。


「どうしよう……」


「初めて遂行(すいこう)する任務(にんむ)で、もらったお金を無くしました、なんて言えないよ?」


「だよねぇ……」


困ったように()(いき)()いたスラウは手に持っていた通信機を胸元(むなもと)に戻した。


「じゃあ、グロリオに言うのはナシ。でも、お金が無いと()めてもらえないよね?」


「多分ね……ま、野宿(のじゅく)も良いんじゃない?」


スラウは再び()(いき)()いた。


「……ごめん、良さそうな所を探そう」


「あそこはどうだ?」


スラウはライオネルの指差(ゆびさ)す方に目を向けた。

木立の中に、(くず)れかけた小さな建物が見えた。

所々(ところどころ)塗装(とそう)()げ、木目(もくめ)の現れている白い(かべ)

細い木枠(きわく)(かこ)われた窓ガラスは、割れたりひびが入ったりしている。

屋根は黒い(かわら)(おお)われ、風雨(ふうう)にさらされて(いく)つか()()ばされていた。

屋根の上の小さな風見鶏(かざみどり)は金色の塗装(とそう)(まだら)に残っていた。


聖堂(せいどう)か……」


ライオネルが(つぶや)いた。

入り口の扉は金具(かなぐ)(はず)れて閉まらなくなっていた。

中を(のぞ)くと、正面には大きなキャンバス画が()けてあり、その手前に小さな木の机があった。

床の隙間(すきま)からは雑草が生え、等間隔(とうかんかく)に並べられていたであろう3人掛(にんが)けの椅子(いす)窓際(まどぎわ)()()げられていた。


綺麗(きれい)な絵……」


フォセが近づいて(なが)めた。

女性が赤子(あかご)を優しく()きかかえている絵だった。

日没直前(にちぼつちょくぜん)()の光が()()み、絵を照らしていた。


「多少の雨風(あめかぜ)は防げそうだね。念のため、周りを見てくるよ」


スラウは2人の返事を背で聞きながら、夜の近づく森へ()()した。


***


いつの間にか眠ってしまっていたようだ。

少年は飛び起きた。

()はとっくに沈み、肌寒(はださむ)くなってきた。

身震(みぶる)いすると、足元に散らばったコインを()(あつ)めて巾着(きんちゃく)()()み、()(あし)でアジトへ戻った。


彼はそこを家というよりアジトと()ぶことを気に入っていた。

家にしてはあるべき物がなさすぎる。

台所も寝室(しんしつ)もない。

窓は割れているし、天井の雨漏(あまも)りも(ひど)い。

だが、自分が将来この町を出る時の出発点として、そこはぴったりの場所なのだ。

そう思いながら、閉まらない扉の隙間(すきま)に身を(はさ)()れ、中に入った。


しかし、その刹那(せつな)、本能が何かがおかしいと(うった)えてきた。

あるはずのないものがある……

誰だ、俺のアジトに()()んだ奴は?

その時、天井の隙間から月光が()()んできた。

青白い光に照らされて浮かび上がったのは緑色のローブを着た青年と金髪の少女だった。

面倒(めんどう)ごとは嫌いだ。

(さいわ)い、月明かりはこちらにまで届いていないし、向こうは気づいていないだろう。

今夜は外で寝るか……

そう思って後退(あとずさ)りした拍子(ひょうし)に何かにぶつかった。


「うわっ!」


(あわ)てて振り返ると見覚えのある女だった。


「あれ? 君はさっきの……」


「ちっ!」


首を(かし)げる彼女の横をすり()けようとした時、巾着(きんちゃく)が手から(すべ)()ちた。


「あっ……」


「あ? あー! それ、私の!」


彼女は臙脂色(えんじいろ)巾着(きんちゃく)を指差した。


「え?! 何? スラウ、その子に盗まれたの?!」


金髪の少女がこちらへ歩いてきた。


「ちっ!」


袋を(つか)み、護身用(ごしんよう)の短剣を抜く。


「来るな! 金が俺の手に渡った時点で俺のもんだ! そこをどけ!」


だが、彼女の言葉は想像を(はる)かに()えたものだった。


「ふーん……じゃあ、『お金が私の手に渡った時点で私のもの』だね!」


そう言う彼女の手には自分の手にあったはずの巾着(きんちゃく)(にぎ)られていた。

彼女は不敵(ふてき)な笑みを()かべると、コインを1枚取り出して指で(はじ)いた。

それに気を取られた一瞬(いっしゅん)のうちに短剣が取り上げられ、逆にそれを首に()きつけられてしまった。


「てめぇ! きたねーぞ!」


「むっ! 言っとくけどね、これは元々私のお金ですー!」


彼女は(くちびる)(とが)らせると短剣を後ろに放った。


「まぁ良っか。お金も戻ったことだし、君に勝負を(いど)むつもりもないから。あと……」


言いながら黄金色の髪を()()げる。

()んだ緑色の瞳がきらりと光った。

想像以上に若い少女だった。


「女だからってナメないこと!」


「……っ!」


(うら)みがましく(にら)みつけてやったが、彼女は相手にもしていないようで、そのまま背を向けた。


「さて、お金の問題は解決! 今からでも()めてもらえるかな? 明日中にはあの子を探し出さないと……」


「いや、もうこんな時間だ。難しいだろう」


野宿(のじゅく)もアリじゃない? ワクワクする!」


外に出ようとしていた3人は足を止めた。

いつのまにか彼らの前に回りこんでいた少年が短剣を(かま)えていた。


「待てよ! 勝負しろ! お前も俺をナメんじゃねぇぞ!」


「あの、君に勝負を(いど)むつもりは……」


「うるせーよ!」


少年は言うが早いか飛びかかった。


「さっき女だからってナメるなって言ったの、お前だろ?! 腰に差してるそれ、抜けよ!」


「嫌だよ」


背後(はいご)で声がしたかと思うと、短剣が(はじ)()ばされた。

(あわ)てて距離を取って振り返ると、彼女は木の棒を無造作(むぞうさ)に振り回していた。


「この剣は使わないって決めてるの。君とやるならこれで十分。それに、私は「お前」じゃなくて、スラウって名前があるんだから」


スラウは木の棒を()()して少年の足を(すく)うと尻餅(しりもち)をつかせた。


「くそ!」


「別の場所に行こう。ここじゃ、ゆっくり休めそうに……」


言いかけたスラウの身体が勢いよく()()ばされ、窓際に押しやられていた椅子(いす)の山に()()んだ。


「いたたたっ……」


「よそ見すんじゃねぇ!」


起き上がろうとしたスラウはそのまま動きを止めた。


「……ん?」


木箱や巾着(きんちゃく)が床に散らばっている。

スラウはゆっくりと(かが)むと、その中のひとつを拾い上げた。


「これは君の?」


彼女の手にはやや黒ずみ、古びた(かぎ)(にぎ)られていた。

鍵の持ち手に細い革紐(かわひも)がついている。


「ああ、それ? そうだけど……だから何だよ?」


「あ、いや。うーん……これ(だれ)かから盗んだわけじゃないよね?」


「ちげぇよ。それは、この森に捨てられていた俺が元々持ってたんだ」


少年の言葉にスラウは他の2人と顔を見合わせた。


「君……名前は?」


青年に(たず)ねられ、少年はぶっきらぼうに答えた。


「ニコラス。じじぃがそう呼んでる」


「じじぃ?」


「俺を育ててくれた気難(きむずか)しいじいさんだよ。最近は見てねーけど……」


「ここの牧師さんってこと?」


「牧師? いや、もっと胡散臭(うさんくさ)いぜ。何してんのか分かんねーし……ここは随分前(ずいぶんまえ)の戦火に()()まれて以来、放置されているから俺が寝ぐらにしてるだけだ。お前らの方こそ何者だよ?」


「私はスラウ、こちらがフォセとライオネル。しばらくここに居させてもらうことにするけど、よろしくね」


数刻後(すうこくご)、窓からは青白い光が()()んできていた。

部屋の(すみ)で丸まるニコラスは寝息(ねいき)を立てて眠っている。

スラウは胸元(むなもと)から()(たた)まれた紙を取り出して机の上に広げた。

契約内容や契約主の特徴(とくちょう)(しる)された資料とその国の通貨に関する情報。

どれも任務に欠かせないものだ。


初任務はスラウの隊員としての適性(てきせい)を測る為、現地でのサポート役として付いてきた2人を(のぞ)く隊員は天上界(てんじょうかい)待機(たいき)することになっていた。

契約主に出会う前に資金を失った時は本当に(あせ)ったが……


「まさか、お金を盗んだ相手が(かぎ)の持ち主だったとはね」


フォセはそう言うと、ニコラスから借りた(かぎ)で遊び始めた。


「フォセ。大事なものなんだから扱いには気をつけないと」


小声で(さと)したライオネルはふと顔を上げた。


「やはりな……人間の気配を感じる」


彼の言葉にスラウは(うなず)いた。


「フォセ、確か千里眼(せんりがん)を使えるんだよね? どこに居る?」


フォセは目を閉じたまましばらく(だま)っていたが、おもむろに口を開いた。


「北西の方角。平地に2、30人の傭兵(ようへい)がテントを張ってる」


「分かった。ちょっと周りの様子を(さぐ)ってくるから、ここを任せて良い?」


スラウはそう言って聖堂(せいどう)を後にしたが、夜が明けても彼女が帰ってくることはなかった。


その為、ライオネルが市場で食料と馬の調達(ちょうたつ)に行き、フォセはまだ起きないニコラスの(そば)にいることになった。

フォセは窓枠(まどわく)(こし)かけ、(あし)をぶらつかせていた。

手には古びた(かぎ)(にぎ)っている。

ニコラスの寝床(ねどこ)に目をやった彼女は首を(かし)げた。

(かぎ)(かたわ)らに置いて飛び降りる。


「んんー?」


近づけば近づくほど違和感(いわかん)は強まるばかりだった。

毛布にそっと手を伸ばして勢いよく()()ると、そこには(たば)ねられた(わら)があるだけだった。

カチャッ――

(かす)かな音に振り返ると、置いてあったはずの(かぎ)がなくなっていた。

(あわ)てて窓から顔を()()すと、小さくなっていく背中が見えた。


「ちょっと! 待ちなさぁい!」


フォセは窓枠を身軽に乗り越えてニコラスを追いかけた。

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