二. 昇格試験②
時の流れとは早いもので、遂に昇格試験がやってきた。
午前は知識が問われる筆記試験だった。
アイリスの歴史学とフォセの気象学の特訓のおかげでどうにかやりきれた。
出題されたもののうち、何問かは朝早くに起きてラナンと確認したものだった。
そして……午前最難関の薬草学。
ライオネルとの特訓にも関わらず、調合の腕が著しく上がることはなかった。
薬草学は知識問題と実技の2つで採点される。
限りなく満点に近い点数を知識問題で取る。
ライオネルに言われていたのだが、逆に意気込み過ぎて幾つか大事な用語を忘れてしまった。
調合については最初の頃のように薬草を混ぜて爆発することはなくなったが……
及第点をもらえるかどうか、監督官の表情から察することは難しかった。
午後の光の能力、剣、結界術の試験は特に心配することもなかった。
濁った水を浄化したり、人型の模型を相手に戦ったり……
どれも特訓の成果が顕著に表れていた。
サギリはよくやったと褒めてくれたが、手放しで喜ぶことが出来なかった。
最終試験のドラゴンとの飛行技術が残っていたからだ。
順番が近づけば近づくほど、緊張は増すばかりだった。
「いけそうか?」
サギリがグロリオの横に座った。
ドラゴンとの飛行技術の試験は誰でも見学することができる。
心配で居ても立ってもいられなかったのだろう。
真面目な彼が仕事を抜け出してまで来るとは……
グロリオは自分にも言い聞かせるように呟いた。
「後はスラウ次第だ」
彼女と王族のドラゴンの連携演武をこの目で見ようとする人も多く、見学席はかなりの賑わいを見せていた。
不意にざわめきが止んだ。
スラウがスタートラインに立ったのだ。
好奇に満ちた空気の中、深呼吸を繰り返して平静を保とうとしているのが伺える。
ピィーッ――
合図の音が芝生を駆け抜けた。
スラウが動いた。
慎重に、だが、しっかりとした足取りで指定された丘に向かって走っていく。
「おい! 何やってんだ、あいつ?!」
スラウが飛び上がった途端、見学席がどよめいた。
ドラゴンは、まだはるか後ろにいる。
「このままじゃ、衝突するぞ!」
「やっぱり無理だったのよ! 王族のドラゴンのパートナーになるなんて!」
残念がる声や怒号が飛び交う中、グロリオはスラウを見据え続けていた。
握った拳に思わず力が入る。
経験からすると、明らかに彼女の踏み込みは早かった。
だが、ドラゴンはスピードを上げて突っ込んできているというのに、スラウは比較的落ち着いているようだった。
「え?!」
グロリオは思わず身を乗り出した。
普通ならもう落下し始めてもおかしくないはずだ。
だが、スラウの身体は一段と高く上がっていた。
一方のドラゴンが地上すれすれを飛び、彼女の下を潜り抜けた。
今度は逆に遅い。
ドラゴンはスラウを乗せぬまま、上へ向かった。
その時だった。
スラウの身体が傾ぎ、ドラゴンに突っ込んでいった。
そのまま彼女は大きく腕を広げ、ドラゴンの首すじに飛びついた。
そして脚を振ってその背にぴたりとつけ、ドラゴンと共に空に舞い上がったのだ。
敢えてドラゴンに自分を追い抜かせることで、後ろから飛び乗ることを可能にしたが、これは型破りも甚だしかった。
唖然としている人々の上を悠々と旋回し、ドラゴンは翼を畳んで地面に向かった。
その瞬間、見学席が再びどよめいた。
スラウが腰を浮かせ、ドラゴンの背の上で立ち上がったのだ。
誰もが予想していなかった彼女の行動に呆気にとられた。
万一、足を滑らせて落ちたら骨折程度の怪我では済まないし、そうでなくても鱗を剥がしたら……
それこそドラゴンの怒りに触れ、信頼関係は崩れてしまう。
そのリスクを承知で王族のドラゴンは彼女を認めているのか……
スラウは空中で何度か回転し、ドラゴンとほぼ同時に地面に降り立った。
着地が決まった後も誰ひとりとして動く者は居なかった。
「やりやがった……」
「ああ……」
思わず呟くグロリオにサギリの満足そうな声が返ってきた。
「ふん。得意の跳躍でそれを克服するとは……やるじゃないか……」
火の長リアは目を細めた。
スラウがドラゴンに乗れなかった理由。
1つは、王家のドラゴンのパートナーであるというプレッシャー。
そしてもう1つは、迫りくる炎への恐怖。
火の生き物であるドラゴンを自らが後ろから追うことで、その恐怖を感じなくさせたのか……
見学席のグロリオやサギリの表情からすると、彼らの考えではないだろう。
こんな突拍子もないことを考えたのは……
リアはスラウの横で翼を休めているドラゴンに目を向けた。
あんたしかいないだろう?
黄金色の瞳がそれに答えるようにきらりと光った。
***
「スラウ! 結果が出たぞ!」
封筒を握りしめたラナンが上気した様子で宿舎に駆け込んできた。
「俺、受かってた! 正式に天上人として認められたんだ!」
「良いなぁ」
薬草学は大丈夫だったのだろうか?
ドラゴンの飛行試験は?
そう考えると結果を見る気も起きない。
「開けたくないよぉ」
「大丈夫だって! 開けてみろって!」
しばらく押し問答を繰り返していたが、結局、開けることにした。
視界に飛び込んできた文字にスラウは首を捻った。
***
「『昇格試験受験資格獲得のお知らせ』、そう書いてあったろ?」
グロリオはそう言うと笑みを浮かべた。
「昇格試験は2段階に分かれているんだ。この間受けた試験と実際に地上界で任務を果たすという試験。勿論、最初の試験に受からなきゃ次の試験の受験資格はもらえない。普通はその順番だが、ラナンは特例で既に任務を遂行しているから……」
「スラウを無事にお前らと引き合わせる、ってやつか?」
「そうだ。だからラナンは今回の試験は特別に免除されるんだ」
「何だぁ……」
安心して息を吐くスラウにグロリオが悪戯っぽく笑った。
「但し、地上界での試験は一層難しいぞ。何せ知識の応用だからな」




