二.昇格試練①
「何をやっているんだ、あいつらは……」
火の長リアは眉間に指を当てた。
昇格試験の項目のひとつであるドラゴンとの飛行訓練は自分の担当だ。
幾度も練習を重ね、多くの訓練生はドラゴンに飛び乗ることができるようになった。
後は着地のタイミングさえ調整すれば、試験を通過できるだろう。
だが、あいつらは……
リアは再び丘に目を向けた。
目線の先にはスラウとそのパートナーのドラゴンが練習をしていた。
彼女が死に物狂いで地面を走り、その後ろを巨大な影が迫る。
スラウは突然走るのを止めると横に転がった。
また失敗だ。
周りの生徒から笑い声が漏れたが、もう注意する気さえ起きない。
リアは芝生に転がるスラウの前に立った。
「スラウ!」
「はい」
「あんたさ、昇格試験を受けるんだろう?」
スラウが気まずそうに下を向いた。
「……はい」
「試験まであと何日あるか、知っているね?」
「……はい」
「ドラゴンに乗れたことさえ無いじゃないか。このままだと昇格試験はおろか、隊から除名の可能性も否めないよ。我々の任務にドラゴンは不可欠な存在だ。連携が出来ていないようじゃ、天上人としては認められない」
「……はい」
リアは顔を上げて空を飛び回る生徒たちに声をかけた。
「あんたたちも気を抜くんじゃないよ! この試験の合格は必須だ」
リアは再びスラウに向き直ると口を開いた。
「あんたにヒントをやろう……あんたのその極端な恐れを克服するんだね」
途端に彼女の顔色が変わった。
隠せているとでも思ったかい、リアは心の中で呟いた。
極端な恐れ。
背を向けて去っていくリアの背中を見つめ、スラウは拳を固めた。
怖い。
後ろから感じる熱気。
あの日以来、火を連想させるもの全てに恐怖を感じる。
火の象徴のドラゴンをどうして恐れずにいられよう?
試験に受かる為にも、その恐れを克服しなくてはならないことは随分前から分かっていた。
だが、どうしてもできないのだ。
どうにか勇気を振り絞って跳躍したとしても、熱気を感じた途端に迫りくる炎の記憶が蘇る。
身体が硬直してしまい、思ったようにドラゴンに飛び乗ることができない。
それに……
かつて別の人のパートナーであったドラゴンの、しかも王族のドラゴンのパートナーであるというプレッシャー。
こんなにも重いものだったのか。
他の人と距離を置くようになってから、あからさまな批判は受けなくなったが、彼らが自分を認めてくれたというわけでもないようだ。
重い。
苦しい。
投げ出したい。
もし昇格試験に受からなかったら、王族のドラゴンのパートナーという立場はなくせるのではないか……
だが、そんな甘い考えはすぐに打ち砕かれた。
***
「バカ言ってんじゃねぇよ」
そう言って一蹴したラナンは脚を組むとソファに沈み込んだ。
宿舎の談話室でこうして寛ぐのはしばらくできていなかった。
「……たく。久しぶりに話したいとか言い出すから聞いてみれば」
「だって」
言い訳しようとするスラウを遮って、ラナンは身を起こすと机に広げられた紙を指差した。
「グロリオたちがな、俺たちを特訓してくれるんだと」
「うん……」
ラナンはそのまま黙り込んでしまい、スラウも黙ったまま机に置かれた籠に手を伸ばした。
中に入っていたビスケットを摘んで口に運ぶ。
ほろ苦いジンジャーの香りの中に甘い砂糖の味がした。
ラナンもビスケットを摘んだが、口に入れる前で手を止めるとスラウを見つめた。
「これ持って来た時にサギリが言ってたぞ。お前の剣術、目も当てられないくらい酷かったんだって?」
「む……」
片眉を吊り上げるスラウをよそに、彼はビスケットを口に放り込んだ。
「ん、意外に甘いんだな……それから、こうも言ってた。修正するところが分かったら上達は早かったって。そのうちサギリの次に城内一、強い剣士になれるだろうってさ」
ラナンの言わんとしていることを察し、何だかモヤモヤしたものが胸に湧き上がるのを感じた。
「お前が今、負っているものがどれだけのもんか、俺は知らねぇ。でもな、言いたいヤツには言わせておけよ。少なくとも俺はそれが王族のドラゴンだろうが、そうでなかろうが、ソイツにお前が選ばれたなら、お前がパートナーをやることが当然だと思ぜ」
「……」
「コイツらもそう思ってるってよ」
ラナンがソファの後ろを指差すと、チニとフォセが照れ笑いを浮かべて顔を出した。
「僕らのこと、頼りにして良いんだからね」
「仲間だし」
2人の言葉で今更気づいた。
仲間がどういうものであるのかを……
最近はずっと王族のドラゴンのパートナーという肩書きにばかり気を取られていた。
肩の荷が下りた気がするのと同時に、少し気恥ずかしくて、スラウはソファの上で抱えた膝に顔を埋めた。
***
昇格試験に向けて本格的に特訓が始まった。
早朝は剣の稽古。
城での授業の後は、夕方から暮れにかけてドラゴンと個人的に特訓。
その後は図書館で歴史学や気象学を勉強し、結界術の練習に励んだ。
フォセやチニが図書館の閉館時間まで眠りこけているところを起こしに来たこともある。
薬草学に至っては、ライオネルがつきっきりで1から教えてくれたが、真面目な彼を酷く煩わせてしまうことになった。
「けっむっ!」
宿舎に入ったフォセは大きく咳き込んだ。
部屋に白い煙が充満している。
目が痛くてたまらない。
慌てて外に出て、新鮮な空気をいっぱいに吸う。
煙の向こうで咳き込む声が聞こえて人影が転がり出てきた。
「スラウ!……とライ?!」
ひとしきり咳き込んでスラウがすまなさそうな顔をした。
「……ごめん」
「何があったの?」
「ゲホッ……調合したら……煙が……ゴホゴホッ……」
ライオネルが苦しそうに答えた。
確かに開け放たれた扉から吐き出される煙には鼻をつくような草の香りがする。
天上界屈指の知識と腕を持つ彼が居たにも関わらず失敗するとは……
フォセは言葉を失った。
「……で、何を調合したの?」
「消毒薬」
2人の言葉にフォセは思わず吹き出した。
「ぷっ……あははははっ! ははははははっ!」
スラウは肩を縮めて居心地悪そうにしている。
「そ、そんなに笑わなくても……」
「あははははっ、はぁ……ごめん、ごめん」
フォセは笑いながら涙を拭いた。
「でも……くくっ、消毒薬って、ぷっ……基本中の基本でしょ?」
「そりゃ、そうだけど……」
「フォセ、これ以上責めないでくれよ。失敗を止められなかった俺にも責任はあるんだから」
「本当にごめん、なさい……」
苦笑交じりのライオネルに、これでもかと言わんばかりに小さくなるスラウ。
「良いよ、別に。面白いもの見られたしぃ?」
楽しそうに笑うフォセに苦笑しながらライオネルが立ち上がった。
「とりあえず、今後は室内で調合するのは禁止だな……」




