八.最期の王②
白い門を押し開け、サギリは走った。
手には小さな紙片が握り締められている。
「ハァッハァッ……」
ふと足を止め、サギリは額を伝う汗を拭った。
数ヶ月前、ここへ来た時は地面から立ち昇る瘴気とわずかに顔を突き出す石しか見えなかった。
だが、今は……
地面には草木が柔らかい芽を出し、白い石を積み上げた小さな建物が建っていた。
「……っ!」
見慣れた背中にサギリは思わず息を呑んだ。
真っ白なローブと長い髪。
「じっちゃん……?」
思わず声が出た。
「……」
コウルがゆっくりと振り返った。
『貴様がサギリ・エリオットか?』
頭に響く声に思わず身構える。
「てめぇ、いったい何者だ?!」
コウルは小さく肩を震わせた。
『お前の祖父に決まっている』
「違う。あの人はもういねぇ」
『だが、私の声や姿はお前の知っているものだろう?』
「……まさか、顔喰いか? でも、確かあれはアルフレッドが倒したって……」
言いかけたサギリは口を噤んだ。
いつのまにか剣が突きつけられている。
『私を倒せ。倒さねば、お前の大切な者の顔も喰っていくぞ』
「チッ……」
サギリは小さく舌打ちすると、剣を構えた。
剣が交わり、激しい音を立てる。
大きく後ろに跳んで距離を取ると、向こうも警戒するように離れていた。
「変だな」
サギリは呟いた。
「この太刀筋、じっちゃんっていうより、スラウに似てる」
『……っ!』
一瞬、顔喰いの表情が揺れてスラウの面影が見えた気がした。
「まさかお前……アイツも喰ったのか?!」
『……如何にも』
「そうか」
サギリは低い声で呟くと、いつの間にか構えていた剣を収めた。
「俺の大事なもんに手ェ出すんじゃねぇ」
次の瞬間、顔喰いは勢いよく吹き飛ばされていった。
サギリはすぐさま近くの建物に向かって走って行くと、扉を勢いよく開けた。
「誰か……っ!?」
言いかけたサギリはそのまま凍りついた。
薄暗い照明に正面の机を囲うように並ぶ長机。
そこに座るのは、かつて自分とエリオット家との繋がりを追及した評議員たちだった。
「やれやれ、勝者のみに許されたこの扉を開ける者が彼とはな」
「調査員の報告によれば、不正は無かったようだ」
口々に言う議員を見回し、サギリはポカンと口を開けた。
「何であんたたちがここに……」
議長席に座る覆面の男性が立ち上がった。
「何をしておるサギリ・エリオット。早く座れ。そこがそなたの席だ、新たな王よ」
「……は?」
議長の言葉を飲み込めずにいた。
今、「新たな王」と言ったか?
「全く」
緑色のローブの男性は頭の冠に触れると首を振った。
「我を顎で使えるのは1度だけだと言ったはずだがな、あの女は」
「まさか、スラウが?!」
「左様」
あどけない声に顔を向けると白いターバンを巻いた少年が机の上で組んだ手に顎を乗せてこちらを見ていた。
「ここ数ヶ月で前代が成したことの1つだ。光の領域の崩壊宣言を自ら行い、新たな領域の基盤に必要なものを準備した。例えば王になる為の規律などをな」
「「前代の希望を元に民の承認を得た者且つ評議会の前で実力を認められた者」。こうであったか」
火の王が呟くと、彼の隣に座っていた水の王が髪を梳いて頷いた。
「えぇ。サギリ・エリオットほど、あの領域を考え続けてくれていた人はありませんでしたからって、彼女言ってたわね」
「すみません」
サギリは話に割って入った。
「すみません、俺……俺は辞退します。俺は……」
「辞退することも先代は見通していたぞ」
議長は悠々と手を振った。
「だが、そなたは辞退する気など無かったではないか」
「は?」
「そなたがここへ来る前に倒した相手が誰だか知っていよう?」
***
倒れたまま、ピクリとも動かない人物の頭上に誰かがにゅっと顔を突き出した。
「生きてますかい?」
『相変わらず芝居が下手だな』
情報屋の後ろで金色のドラゴンが鼻から煙を出している。
「2人とも文句言わないでよ……」
弱々しい声で返して咳き込むスラウの顔を鼻面で突いたラダルは目を細めた。
『私の助けが無かったら、死ぬところだったぞ。感謝しろ』
「ありがと」
スラウはラダルの鼻面に唇で触れると、雲ひとつない青空を見上げた。
***
サギリは頭を振った。
「そんな……俺は……」
議長は更に畳み掛けるように羊皮紙を広げて見せてきた。
「ここにお前が王に就くことを承認する署名がある。現存する光の天上人スラウ・フォルレンディア及びラナン・エリオットの署名だ」
「でも! 俺は光の天上人を名乗れない! それは評議会の決めたことだろ?!」
「だからこそ、スラウ・フォルレンディアは最後の「光の王」になったのだよ」
火の王はそう言うとサギリに顔を向けた。
「生まれや育ちを問わず、その者が望めば、この領域の住民になることができる。力を持たず周囲を支えることのみを誇りとする覚悟を持った者に居住が許される場所。それが先代が作った「影の領域」だ」
「……!」
「まるで、そなたの理想「光の再興」そのものではないか」
風の王が口を開いた。
動く度に腕についた金属の腕輪が軽やかな音を立てる。
「「影」と言う言葉には、物の存在という意味と共に光という意味もあるそうだな? まさに光の能力そのものを表す言葉ではないか」
「では……」
サギリは掠れた声で呟いた。
「スラウは、先代は……どうなるんです?」
「これだけの権力を乱用したのだ。もう2度と評議会に口出しできまい」
木の王の言葉にサギリは思わず唇を噛んだ。
「だから私たちも条件を突きつけたの」
水の王はそう言って微笑むと身を乗り出した。
「彼女の言い分を全て呑む代わりに、彼女には今後一切の評議会への発言権を持たせない。つまり、長になれとね」
「……!」
「それには流石にあの者も驚いたようだがな」
火の王がそう言った時、議員の数人が面白くなさそうに小声で何か呟いた。
「静粛に」
議長が机を叩いた。
「これは評議会の総意だ。それに口車に乗せられたのはお前たちの方であっただろう」
再び静まり返った席を見回し、議長は未だに立ったままのサギリを手招いた。
「ようこそ、影の王サギリ・エリオット。本日の議題はそなたの戴冠式にまつわる話だ」
***
サギリの影の王への着任と、スラウが影の長になったことは天上界を騒がすほどの大きなニュースになった。
スラウがサギリの考えを基にして作った、生まれを問わない領域のあり方は地上界出身の人々を蔑む慣習に対して風穴を開けるものだと期待された。
そしてここにも、世界に新たな旋風を巻き起こす者が1人……
「本当に行くのか?」
尋ねるグロリオにラナンは帽子を被り直した。
「あぁ。あいつらがあいつらなりに世界を変えようとしてんだ。俺にもできることがあるならやりてぇ」
「幸いここの通行許可を認定するのは俺だからな。自由に探検してくれ」
そう言って笑うサギリの背では白いローブが翻っていた。
「城に戻ってくるときは連絡してよ」
チニが言うとラナンは、おう、と返事をした。
スラウやサギリのニュースを聞いてすぐ、ラナンは渡航の自由になった影の領域を探検したいと言い出した。
ーー『俺は自分の親も力のこともよく知らねぇ。だから俺は調べたいんだ。これまで絶滅した光の天上人たちの歴史は隠されてきた。天上人が翼を失った時に彼らが何をしたのか、どうしてゾルダークが目をつけたのか……この領域にはそのヒントがあるかもしれねぇから』
「ねぇ、スラウは見送れるって?」
チニの背後に立っていたフォセがライオネルに尋ねると、ランジアがふんと鼻を鳴らした。
「最高権威者ともあろう人間がそう簡単に城を離れる方が問題よ。ここまで来たら責任意識が問われるわ」
「ランジア、言い過ぎよ」
アイリスが宥める横でハイドが相変わらずの仏頂面で立っている。
「あら、来たんじゃない?」
ふとアキレアが声を上げ、隊員たちは一斉に空を仰いだ。
蒼い空の向こうに小さく輝く点が見える。
「みんなー!」
金色のドラゴンの背に立ち、スラウが大きく手を振っていた。
軽やかに地面に降り立ったスラウは旅支度を済ませたラナンに目を細めた。
ラナンもじっとスラウを見返していたが、ふと微笑むと踵を返した。
「それじゃ」
「いってらっしゃい!」
隊員たちの声が重なる。
ラナンは後ろをちらりと見やると手を挙げて応えた。
「いってきます」




