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異世界偉人伝 〜伝説の救世主、その正体は定時で帰りたいだけの三十代社畜でした〜  作者: ぱっちー
第2章:魔王城攻略? 違う、ただの「本社への立ち入り監査」だ。
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第7話:【戦慄】心を凍らせる氷将シヴァの正体、限界突破の「経理部長」だった!?

前回の授業から数日後。再び歴史学の大教室に、先生の熱のこもった声が響き渡っていた。


 黒板には、流麗な白いチョークの文字で『第三層・絶対零度の死闘』と書かれている。


「さぁ、皆さん! 業火の将アグニを、対話と大いなる慈悲の心で見事浄化したカイト様一行は、さらに魔王城の深部へと足を踏み入れます。次に待ち受けていたのは、四天王の紅一点、『氷将』シヴァです!」


 先生が教壇をバンッと叩くと、最前列の生徒たちがビクッと肩を揺らした。


「教科書の挿絵をご覧ください。透き通るような銀髪と、氷のように冷たく美しい美貌を持つ魔族の女性。しかし、その美しさとは裏腹に、彼女は魔王軍の中で最も冷酷無慈悲な存在として恐れられていました。彼女がひとたび息を吐けば、周囲の空間は一瞬にして絶対零度に凍りついたと言われています」


 俺も周りの生徒に合わせて、教科書のページを開いた。


 そこには、吹雪が吹き荒れる氷の宮殿の中で、冷たい視線を見下ろすように向ける美しい氷将の姿が描かれている。


彼女の足元には、氷の彫像と化してしまった哀れな人間の戦士たちの姿がいくつも転がっていた。


「記録によれば、彼女の放つ冷気は単なる物理的な温度低下にとどまりません。対峙する者の『心』すらも凍らせ、一切の感情や生きる希望、戦う意志を根こそぎ奪い去ったと言われています。どれほど屈強な戦士であっても、彼女の前に立つだけで心が完全にへし折られ、ただの動かない氷の彫像と化してしまったのです!」


 教室の気温が、錯覚で数度下がったかのように感じられた。


 生徒たちはごくりと唾を飲み、身を縮こまらせている。


強大な炎の次は、絶対零度の氷。


そして精神攻撃まで仕掛けてくる冷酷な女将軍。


属性のバランスも完璧な、王道ファンタジーの展開だ。


クラスメイトたちは固唾を呑んで、歴史の悲劇と奇跡の物語に聞き入っている。


 ――しかし、俺の心は別の意味で凍りついていた。


(炎の将アグニが、中間管理職のストレスで発熱してただけだったんだぞ。この氷将シヴァとやらも、絶対にまともなファンタジーの敵であるはずがない……!)


 俺は冷や汗を拭いながら、分厚い教科書の陰に隠した例の『真っ黒な手記』のページを、震える指で急いでめくった。


 魔王城という名の巨大なブラック企業に対する、カイトのおじさんの無慈悲な「業務改善コンサルティング」の記録。


そこに書かれていた事実は、今回も相変わらず夢も希望もなかった。



『〇月〇日。魔王城の第三層にて、氷将シヴァ財務部長と遭遇した。


 彼女の執務室(第三層の防衛陣地)は、分厚い扉を開けた瞬間に息が真っ白になるほど、異常なまでに寒かった。


床には霜が降り、壁は凍りついている。


 だが、これは彼女の強大な魔力が漏れ出ているわけではない。


今期の『全社的な経費削減目標(KPI)』を無理やり達成させるため、第三層の暖房用魔石の電源を完全に切り、極寒の中で業務を行っているからだ。


防寒着も着ずに凍えながら働く部下たちの姿は、もはや労働基準法違反を通り越して、ただの拷問だった』


(物理的な寒さかよ!! 自分の魔法じゃなくて、ただの光熱費の過剰なケチりかよ!!)


 手記の冒頭から炸裂する、あまりにも世知辛い真実に、俺は思わず天を仰いだ。


 氷の宮殿の正体は、「暖房費をケチりすぎて凍りついた執務室」だった。


ファンタジーの欠片もない。


『部屋の最奥、氷のデスク(※木の机が凍りついているだけ)に座るシヴァ部長は、氷のように冷たく無表情な顔で、机に山積みになった羊皮紙に向かっていた。


 彼女から放たれる尋常ではない冷気、そして近づく者の生きる希望を奪い去るという恐るべきオーラ。


その正体は、長きにわたる激務と慢性的な睡眠不足が引き起こした『重度のバーンアウト(燃え尽き症候群)』から来る、完全なる虚無のオーラだった』


(心すら凍らせる吹雪の正体、限界を超えた社畜特有の「死んだ魚の目」だああああ!!)


 俺は心の中で絶叫した。


 わかる。


俺も前世で、月末の経理部で深夜まで残業しているお局様から、その「絶対零度の覇気」を浴びたことがある。


下手に近づいて書類のミスでも指摘されようものなら、一瞬にして心が凍りつき、定時退社という生きる希望を根こそぎ奪い去られる、恐るべきプレッシャーだ。


 氷の彫像にされた戦士たちというのも、おそらく彼女の理不尽な書類の差し戻しに遭い、ショックで立ち尽くしてしまった(フリーズした)他部署の社員たちに違いない。


『彼女は僕らが部屋に入っても顔すら上げず、猛烈な勢いで承認のハンコを押し続けながら、虚ろな声で呟いていた。


その呟きは、怨嗟の呪文よりも恐ろしいものだった。


「なぜ……ワイバーン便の交通費の経路が書かれていないの……。


なぜ……領収書の裏にスライムの粘液がくっついているの……。


なぜ……第三部隊は、飲み会の代金を『会議費』で落とそうとするの……。


アグニの部隊に至っては、毎月毎月、壊れた武器の修理代を『交際費』で計上してくる……差し戻しよ……。

全部差し戻し……」』


(もうやめてあげて!! 魔王軍の経理、ガバガバすぎて完全に崩壊してるから!!)


 シヴァ部長は、ルーズな魔族たちばかりが集まる魔王軍において、たった一人で全軍の帳簿を抱え込む「超マイクロマネジメント型の完璧主義者」だったのだ。


 他人に仕事を任せられず、各部署から上がってくるふざけた申請書を全て自力でチェックし、修正し続けた結果、自らの感情を殺し、機械のように処理し続けるだけの「氷の将軍」へと変貌してしまったのである。


「絶体絶命のピンチ! しかし、カイト様は彼女の冷酷な吹雪に一歩も退くことなく、前に進み出ました!」


 現実の教室では、先生がパンッと両手を叩き、物語のハイライトを告げようとしていた。


「心を凍らせる絶対零度の中で、カイト様は静かに口を開き、『太陽の神言』を唱えました! その温かく、力強く、そして慈愛に満ちた神の言葉は、シヴァの凍てついた心を一瞬にして溶かしたのです!」


(嫌な予感しかしない……。カイトのおじさんが、限界を迎えた経理部長にかけた『太陽の神言』ってまさか……!)


 俺は冷や汗で滑る指で、手記の次のページをめくった。


『僕は彼女の凍りついた手から、欠けかけた承認のハンコをそっと取り上げ、こう告げた。


「もう、君が全てを一人で抱え込む必要はない。


これからは『システム』に任せろ」と。


 そして僕は、インベントリから魔力駆動式の『自動計算板(前世でいうところのノートパソコンと表計算ソフトの概念を魔道具化したもの)』を取り出し、彼女の目の前に置いた』


「カイト様は眩い光を放つ『太陽の石板』を取り出し、神の言語を紡ぎ出しました!」


 現実の教室で、先生が両腕を大きく広げて天を仰いだ。


「それは誰も聞いたことのない、複雑怪奇にして神秘的な呪文でした! その言葉の一つ一つが光の粒子となり、シヴァの周囲を暖かく包み込んでいったと言われています!」


(太陽の石板ってノートパソコンのことかよ!! 神の言語って、絶対にキーボード叩いてる時のタイピング音と、ブツブツ呟いてるプログラミング言語のことじゃねえか!!)


 俺の脳内ツッコミを置き去りにし、手記の記述はさらに生々しい「実務」へと深く潜っていく。


『僕は前世のITコンサル時代に培った知識をフル稼働させ、各部隊のリーダーがフォーマット通りに入力しなければ絶対に申請ボタンが押せない、強制的な入力フォームを構築した。


 さらに、関数とマクロ(自動化魔法)をゴリゴリに組み込み、勘定科目をプルダウン式にしてヒューマンエラーを物理的に排除。


スライムの粘液や血の跡がついた不衛生な紙の領収書は全面廃止し、全て魔力通信によるペーパーレス化(電子帳簿保存対応)を断行した。


これで、いちいち各部署に書類を突き返しに行く無駄な時間はゼロになる』


(IF関数とかVLOOKUPの数式を『神秘的な呪文』って呼ぶのやめろ! 魔王軍の経理、一気に令和の最新ビジネス環境にアップデートされてるぞ!!)


『僕はシヴァ部長に光る画面を見せながら、優しく、しかし力強く語りかけた。


「見てくれ。


各部署が入力したデータはここに一元管理される。


君はただ、このボタンをワンクリックするだけでいい。


それだけで全軍の月次決算が一瞬にして完了し、経営会議用の綺麗な円グラフや予実管理表まで自動生成されるんだ。


もう、君が算盤を徹夜で弾く必要はどこにもない」』


「光に包まれたシヴァの目に、大粒の涙が溢れました!」


 先生の熱い朗読が、教室の空気をビリビリと震わせる。


「絶対零度の氷すら溶かす、カイト様の燃え盛るような命の輝きと、無償の愛! 魔法の力ではなく、魂の共鳴が彼女を救ったのです!」


(ただの感動的なシステム導入チュートリアルだよ!! 魂じゃなくてデータが共鳴してるだけだから!!)


『シヴァ部長は、一瞬にして完了した月次決算の画面を見て、信じられないというように大きく目を見開いた。


「一瞬で……私が毎月、三日三晩徹夜して血を吐きながら計算していた作業が……たった一瞬で終わった……?」


 彼女の目から、大粒の涙がボロボロと溢れ出した。


 僕は彼女の震える肩に手を置き、「これからはDXデジタルトランスフォーメーションの時代だ。


今夜からは、温かいベッドでぐっすり眠れるぞ」と微笑んだ。


 次の瞬間、シヴァ部長は「あああああっ!」と声を上げて号泣し、僕の足元に崩れ落ちた。彼女の凍てついていたバーンアウトは、圧倒的な業務効率化によって完全に溶け去ったのだ』


(太陽の神言の正体、ただの『Excelマクロの構築と業務の自動化(DX化)』じゃねぇか!!!!)


 俺は重厚なオーク材の机に額をゴツンと擦り付けた。


 歴史に残る英雄と氷将の死闘。


その実態は、外部からやってきた敏腕ITコンサルタントによる「魔王軍・経理部門のDX化支援」だったのだ。


 しかも、完璧に成功している。


「シヴァの流した温かい涙は、凍りついていた第三層の宮殿を溶かし、そこに春のような暖かな陽射しをもたらしました!」


 先生が黒板の端から端まで歩きながら、芝居がかった身振り手振りで情景を描写する。


「凍りついていた戦士たちも次々と息を吹き返し、彼女の心の解放を共に喜び合ったと伝えられています! 愛と赦しが、死の空間に生命の息吹を呼び戻したのです!」


『シヴァ部長が号泣しながらシステムの使い方を覚えている間、僕は部屋の隅にあった暖房用魔石のスイッチを最大出力でオンにした。


ケチな経費削減などしなくても、業務効率化で浮いた莫大な人件費(残業代)を考えれば、光熱費くらい余裕でペイできると証明してやったのだ。


 部屋が暖かくなると、あまりの寒さとシヴァ部長のプレッシャーでフリーズして動けなくなっていた他部署の連中も、ホッと息を吐いて立ち上がり始めた』


(春のような陽射しをもたらしたんじゃなくて、ただ暖房のスイッチを入れただけじゃねえか!! 凍りついた戦士たちも、ただフリーズ(極度の緊張状態)から復帰しただけ!!)


 俺はもう、どこから突っ込んでいいのか分からず、ただただ呼吸を整えることしかできなかった。


 魔王軍の恐るべき四天王のうち二人が、ただの「メンタルケア」と「業務改善」によって無力化されてしまった。


 しかし、俺の手元にある真っ黒な手記のページは、まだ氷将シヴァとの「最後の決着」を残していた。


『シヴァ部長は、システムが自動生成した完璧な財務レポートを愛おしそうに見つめた後、憑き物が落ちたような晴れやかな笑顔を見せた。


「カイト君……本当にありがとう。


私、自分が経理の『属人化(自分にしかできない仕事を作ってしまうこと)』という、組織において一番やってはいけないミスを犯していたことに、やっと気づけたわ。私が抱え込むことで、逆に全社的なボトルネックになっていたのね」


 彼女はそう言うと、首から下げていた雪の結晶を模したペンダント――第三層のマスターキーを外し、僕の掌にそっと乗せた』


「皆さん! 氷の心を完全に溶かされたシヴァは、自らの非を認め、魔王軍として戦う意志を捨て去りました!」


 現実の教室で、先生が感動に震える声で叫んだ。


「彼女はカイト様に深々と頭を下げ、先の階層へ進むための鍵を自らの意志で託したのです! カイト様の放つ絶対的な『陽』のエネルギーの前に、彼女の『陰』の呪縛は消え去りました!」


(陽のエネルギーって、ただの『業務の属人化解消』と『ITツールの導入による圧倒的な効率化』のことだからな!!)


 俺の心の中のツッコミを置き去りにし、手記の記述は信じられない結末へと向かっていく。


『マスターキーを受け取った僕に、シヴァ部長は穏やかな声で言った。


「これ、第四層へ続く扉の鍵よ。もう私には必要ないわ。システムの自動化で私の業務は月に一回、確認ボタンを押すだけになったし……よく考えたら私、入社してから五百年間、一度も有給休暇を消化していなかったのよね」


「五百年!? それは完全な労働基準法違反だ。すぐに休んだ方がいい」 


「ええ。システム監視の引き継ぎマニュアルは残していくわ。


私は、溜まりに溜まった代休と有給を使って、南の島の温泉リゾートにでも行ってくる。五百年間、冷え切っていた体を、芯から温め直したいの」』


(ただの『長期休暇バカンスへの出発』じゃねえか!! 五百年分の有休消化って、もはやただのアーリーリタイアだよ!!)


 俺は机の下で、声を出さずに天を仰いだ。


 歴史上、最も絶望的で心まで凍りつくと言われた「第三層・絶対零度の死闘」は、こうして外部コンサルの手による「統合基幹業務システムの導入」と「有給休暇の徹底消化」によって、極めて平和的に幕を閉じたのである。


「そしてシヴァは、凍てついた過去と決別するため、暖かい南の地へと旅立っていきました! カイト様は彼女の背中を、まるで太陽のような温かい眼差しで見送ったと言われています!」


 先生の言葉に合わせて、教室中から盛大な拍手が巻き起こる。


 最前列の生徒などは「なんて美しい物語なんだ……」


「敵すらも救済するなんて……」と鼻をすすって泣いていた。


 だが俺は知っている。カイトのおじさんが見送ったのは「改心した敵の女将軍」ではなく、「残業地獄から解放されてウキウキで温泉旅行に向かうOL」の後ろ姿だ。


「さぁ、これで恐るべき四天王のうち二人が、カイト様の愛と光の前に道を譲りました! しかし、魔王城のさらに深部では、残る二人の四天王が手ぐすねを引いて待ち構えています!」


 先生が、黒板の空いたスペースに大きく二つの名前を書き殴る。


「『狂風の将』と『大地の将』! 彼らもまた、アグニやシヴァに勝るとも劣らない、いや、防衛という観点においてはそれ以上に厄介で恐るべき能力を持った魔王軍の最強戦力です! 

次回の授業では、この四天王後半戦の死闘について詳しく解説していきましょう!」


 キーンコーンカーンコーン、と。


 絶妙なタイミングで、授業の終わりを告げる鐘の音が広大な大教室に鳴り響いた。


 生徒たちは「ここで終わりかよ!」「早く続きが知りたい!」と口々に言い合いながら、興奮冷めやらぬ様子でノートを閉じ、帰り支度を始めている。


 俺は深い、ひたすらに深い溜息を吐き出しながら、分厚い歴史の教科書に挟んでいた真っ黒な手記をパタンと閉じた。


 炎の将が「板挟みの中間管理職」で、氷の将が「バーンアウトした経理部長」だった。


 だとすれば、残る『狂風』と『大地』も、絶対にまともなファンタジーの敵であるはずがない。


間違いなく、現代のブラック企業に潜む「何か別のド黒い闇」を抱えた社畜たちだ。


 風のように定時で帰るのに手柄をかっさらうフリーライダーか? 


それとも、大地のように全く動かず若手に仕事を押し付ける窓際族のおじさんか?


 どんな斜め上のビジネスモンスターが出てくるのか、想像するだけで胃が痛くなってくる。 


 魔王城という名の巨大なブラック企業にメスを入れる、労働基準監督官カイトの無慈悲な「業務改善コンサルティング」は、いよいよ後半戦へと突入していく。


 次回、俺の胃薬が底を尽きないことを祈るしかない。

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