第4話:【戦慄】全知全能の魔法、その正体は「〇〇〇〇〇」だった!?
「さぁ皆さん! いよいよ伝説のパーティー、最後の一人です!」
先生は教壇の端から端までを猛ダッシュし、黒板にデカデカと【賢者メル】と書き殴った。
熱気で眼鏡が白く曇っているが、本人は全く気にする素振りもない。
「森羅万象を見通す天才魔法使い、メル様!
教科書の〇〇ページを見てください。
水晶玉を前に、静かに目を閉じる彼女の神秘的なお姿!
当時の記録によれば、彼女の『千里眼』は、遠く離れた敵の陣形から、将軍たちの密談の内容まで、すべてを完璧に見通したと言われています!」
先生は両手で顔を覆い、ぶるぶると身震いをした。
「さらに恐ろしいのが、彼女が放った『禁忌の広域呪文』です!
なんと彼女が呪文を詠唱しただけで、魔王軍の幹部たちは突如として疑心暗鬼に陥り、剣を抜き合って同士討ちを始めたのです!
血を流すことなく敵軍を自滅に追い込む……
まさに神の叡智!
深淵なる魔法の極致!
いったい彼女は、どれほどの修行を積んでこの神の領域に到達したのでしょうか!」
教室中が息を呑む。
「千里眼」に「禁忌の呪文」。
まさに最高峰たる賢者の力に、生徒たちは完全に魅了されていた。
だが俺は、震える手で『真っ黒な手記』のページをめくり、顔面を蒼白にしていた。
神の叡智? 魔法の極致?
そんなロマンチックなものは、カイトのおじさんの辞書には存在しない。
そこにあったのは、あまりにも現代的で、そして陰湿すぎる「情報化社会の闇」だった。
『〇月〇日。後衛のメルが極度の引きこもり気質で、テントから一歩も出てこない。
前線に出したところで役に立たないので、彼女には僕の持っていた知識を授け、「情報統括オフィサー(CIO)」として後方支援を丸投げすることにした。
まず、魔王軍が使っている通信用魔石の周波数を傍受させた。
これで敵の全軍団長の個人情報、不倫の証拠、横領の記録まで筒抜けになった。これが歴史に名高い「千里眼」だ。』
(……エグい! 千里眼ってそういうことかよ!)
俺は心の中で絶叫した。
敵の動きを見通したんじゃない。
幹部のスマホの通信履歴を全部ブッコ抜いて弱みを握っただけだ。
さらに続く手記の内容は、俺の胃をキリキリと締め付けた。
『千里眼(という名のデータ収集)で敵の内部構造を把握した後、メルに命じて偽装した通信用魔石を敵陣のネットワークに紛れ込ませた。
そして、「第3軍団長が魔王の暗殺を企てている」「来月から魔王軍のボーナスが全面カットされるらしい」という精巧なフェイクニュース(噂)を、大量のアカウント(魔力波)で一斉に拡散させた。
結果、魔王軍の幹部たちは完全に疑心暗鬼に陥り、勝手に内輪揉めを起こして自滅した。
これが「禁忌の呪文」だ。
素晴らしい。
指先一つで、しかも冷暖房完備のテントから一歩も出ずに敵軍が壊滅する。
これこそがIT(異世界・テクノロジー)革命だ。
メルにはご褒美として、課金ゲームの通貨(魔石)を与えておいた。』
(……ただの凄腕ハッカーじゃねぇか!!!)
俺は机の下で頭を抱えた。
神の叡智でもなんでもない。おじさんは、引きこもりの魔法使いに「ハッキング」と「SNSでの炎上工作」を仕込ませて、魔王軍という巨大組織を内部から腐らせたのだ。
禁忌の呪文の正体は、えげつなすぎる『情報操作』だった。
「皆さん、聞いてください!」
先生の感極まった声が、教室の空気を震わせる。
「メル様は語っています!『世界の真理はすべて私の手の中にある。
愚かなる者たちは、見えない糸に踊らされていることすら気づかない』と!
なんという深遠なる御言葉!
彼女は世界の真理を、神の視点から俯瞰していたのです!」
(違う! それ、完全に「ネットの炎上を裏で操ってドヤ顔してるハッカーのセリフ」だろ!)
俺は教科書に描かれた、水晶玉を前に微笑むメルの挿絵を見た。
神秘的な賢者の微笑み。
今やそれは、「モニターの前で他人のスキャンダルを特定し、ニチャァ……と笑うネトゲ廃人の顔」にしか見えなかった。
「はい、拍手! 天才魔法使いの神の叡智に、心からの拍手を!!」
教室中が、割れんばかりの拍手に包まれる。
聖女は歩合制で狂奔し、剣聖は過酷なタスク管理で感情を失い、賢者はテントでネット工作に勤しむ。
そして、それらをすべて「労務管理と業務効率化」で支配する、冷徹なリーダーのカイト。
「さて皆さん!」
拍手が鳴り止むや否や、先生は黒板消しで【賢者メル】の文字を勢いよく消し去った。
「カイト様の神聖なる浄化魔法。
そして、それを支えた三人の高潔な仲間たち。
彼らが一つになったからこそ、十万もの魔王軍を無血で降伏させるという『アステリア平原の奇跡』は起きたのです!」
(そりゃそうだ。歩合制で狂奔する回復要員、タスク管理で感情を失った物理アタッカー、そしてフェイクニュースで敵を内部崩壊させるハッカー。
これだけえげつない手駒が揃っていれば、十万の軍勢だろうと正面から「倒す」必要なんてない。
カイトのおじさんは最初から、魔王軍を武力で倒す気なんてなかったんだ。
圧倒的な情報戦とブラックな実務部隊を使って、敵組織を丸ごと『買収』する。
それが、この最強パーティーの真の戦い方だったんだ……!)
俺は疲労困憊で手記を閉じた。
魔王軍の倒し方? 違う、倒すんじゃない。
「買収」したのだ。
歴史の教科書がどれだけ彼らを美化しようと、俺の頭の中にはもう「巨大M&A(企業買収)を成功させて狂喜乱舞するベンチャー企業」の姿しか浮かばなかった。
「これで本日のテーマ、『アステリア平原の戦い』の単元は終了です!
しかし皆さん、歴史の授業はまだまだ終わりませんよ! 巨大な軍勢を丸め込んだカイト様たちは、いよいよ諸悪の根源、魔王城へと進軍します!」
先生が新しいチョークを手に取り、黒板に向かって振り返る。
俺は顔を引きつらせながら、再び真っ黒な手記に手を伸ばした。
この果てしなく続く熱血授業と、果てしなくド黒いビジネス手記の並走は、まだまだ終わる気配がなかった――。




