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異世界偉人伝 〜伝説の救世主、その正体は定時で帰りたいだけの三十代社畜でした〜  作者: ぱっちー
第1章:魔王軍の倒し方? 倒すんじゃない、「買収」するんだ。
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第3話:【驚愕】神速の剣技は「武の極致」ではなく「〇〇」だった!?

「さぁ皆さん、息継ぎの時間はありませんよ!

脳みそフル回転でついてきてください!」


 先生は教壇を蹴るようにして反対側へ移動し、黒板にデカデカと【剣聖ゾルディック】と書き殴った。チョークの粉が雪のように舞い散る。


「パーティーの主力にして最強のアタッカー! 彼の代名詞といえば……

そう、『神速の剣』です!

教科書の〇〇ページ、この荒々しい筆致の挿絵を見てください!

伝説の『魔宮・大百足おおむかで討伐戦』!」


 先生は両手を刀に見立て、空気をシュパシュパと斬り裂くジェスチャーを見せた。


「当時の記録にはこうあります。

『ゾルディックが一度剣を抜けば、瞬きする間に百の首が落ちた。

敵は斬られたことすら気づかず、彼は剣についた血を払うことすらしなかった』

……ッ! クゥーーッ! カッコよすぎる!

これぞ武の極致!

一切の無駄を削ぎ落とした、剣の達人のみが到達できる『無の境地』ですね!

皆さん、彼こそが本物のサムライです!!」


 教室の男子生徒たちが「うぉぉ……」と感嘆の声を漏らし、身を乗り出す。


誰もが孤高の剣士のストイックな背中を幻視し、心を震わせている。


 だが、俺は知っている。


 この世界における「無駄を削ぎ落とす」という言葉が、カイトのおじさんの手にかかると、どれほど血も涙もない意味にすり替わるかを。


 俺は震える手で『真っ黒な手記』のページをめくった。


 そこには、武士道もクソもない、現代社会の最も冷酷なシステムが記録されていた。


『〇月〇日。前衛のゾルディックの戦闘スタイルが非効率すぎる。


 いちいち必殺技の名前を叫んだり、斬る前にポーズを決めたりするから、1ミッションあたりのタイムロスがひどい。


彼がポーズを決めている間、こっちの残業時間がどんどん増えていく。


許せない。


 だから彼に「徹底した動作解析モーション・スタディ」を導入した。』


 ……モーション・スタディ? 剣士に?


 嫌な汗が背中を伝う中、俺はさらに先を読んだ。


『ゾルディックの視界に、魔法で「タスク管理のカンバン(進捗ボード)」を強制表示させた。


 そして「ポーズを1回省くごとに時給50円アップ」「剣を振る角度を15度浅くすれば疲労度が減り、1分間に処理できるタスク(敵)が3体増える」と、徹底的にマニュアル化した。


 さらに、彼に1日のノルマとして「魔物討伐1000体」「書類のお使い」「昼弁当の買い出し」を同時並行マルチタスクで詰め込んだ。』


『結果、どうなったか。


 膨大なタスクと厳しすぎる納期タイムアタックに追い詰められたゾルディックは、一切の感情と見栄を捨てた。


 必殺技を叫ぶ暇もない。


剣を振り抜く動作すら勿体ない。


最短距離、最小限の力で、ただひたすらに目の前のオブジェクト(敵)を処理する「完全な作業マシーン」が爆誕した。


 剣の血を払わないんじゃない。


そんな1秒の無駄行動すら、今の彼には許されないのだ。


見事な生産性向上だ。


これで今日は定時に帰れる。』


(……エグすぎるだろ!!!)


 俺は心の中で絶叫した。


 達人の「無の境地」じゃない!


あれは膨大なタスクとマニュアルで感情を殺された、「ライン工の目」だ!!


 瞬きする間に百回斬ったのは、そうしないと「お使い」と「弁当の買い出し」の納期に間に合わず、カイトに詰められるからだ!


「皆さん、聞いてください!」


 先生の熱い声が響き渡る。


「ゾルディック様は語っています!

『あの時、カイト様が私に真の剣の道を示してくれた。

私の視界には常に、越えるべき壁が見えていた』と!

カイト様は彼の才能を見抜き、更なる高みへと導いたのです!

何という熱い師弟関係でしょうか!」


(違う! それ完全に洗脳されてるだけだ! 社畜の極みだ!!)


 俺は教科書の「神速の剣士」の挿絵を改めて見た。


 敵が斬られたことに気づかなかったのは、ゾルディックの顔が完全に死んでいて、一切の殺気モチベーションが感じられなかったからだろう。


おじさんの徹底した「業務効率化」は、誇り高き剣士から人間らしさすら奪い去っていた。


「はい、ゾルディック様の神速に拍手!!」


 教室中が再び熱狂的な拍手に包まれる。


 先生は満足げに頷き、一息つく間もなく、再び黒板に向き直った。


「さぁ、まだまだ終わらせませんよ!

最強のパーティー、最後のピース!

剣と魔法の世界において、絶対に欠かせない存在がいますよね!?

そう、森羅万象を見通し、禁断の広域魔法を操った……賢者メル!」


 先生が黒板に【全知の賢者】と書き殴り、両手を広げて天を仰いだ。


「歴史書にはこうあります!

彼女の『千里眼』は、遠く離れた敵の陣形を完全に把握し、未来すら見通したと!

さらに彼女が放つ『禁忌の呪文』は、魔王軍の幹部たちを疑心暗鬼に陥れ、同士討ちを誘発させたのです!

 神の如き叡智! まさに全知全能!

いったい彼女は、どのようにしてその深淵なる魔法の心理へ到達したのか!?

次は、この美しき天才魔法使いの『神の奇跡』に迫りましょう!!」


 先生のテンションは留まるところを知らない。


神の叡智、全知全能の魔法。その言葉に生徒たちは目を輝かせている。


 しかし俺は、絶望的な面持ちで手記の次のページに指をかけた。


 そこには、魔法の神秘など微塵も存在しない、あまりにも現代的で真っ黒な「情報戦」の記録が待ち受けているに違いないからだ――。

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