第3話:【驚愕】神速の剣技は「武の極致」ではなく「〇〇」だった!?
「さぁ皆さん、息継ぎの時間はありませんよ!
脳みそフル回転でついてきてください!」
先生は教壇を蹴るようにして反対側へ移動し、黒板にデカデカと【剣聖ゾルディック】と書き殴った。チョークの粉が雪のように舞い散る。
「パーティーの主力にして最強のアタッカー! 彼の代名詞といえば……
そう、『神速の剣』です!
教科書の〇〇ページ、この荒々しい筆致の挿絵を見てください!
伝説の『魔宮・大百足討伐戦』!」
先生は両手を刀に見立て、空気をシュパシュパと斬り裂くジェスチャーを見せた。
「当時の記録にはこうあります。
『ゾルディックが一度剣を抜けば、瞬きする間に百の首が落ちた。
敵は斬られたことすら気づかず、彼は剣についた血を払うことすらしなかった』
……ッ! クゥーーッ! カッコよすぎる!
これぞ武の極致!
一切の無駄を削ぎ落とした、剣の達人のみが到達できる『無の境地』ですね!
皆さん、彼こそが本物のサムライです!!」
教室の男子生徒たちが「うぉぉ……」と感嘆の声を漏らし、身を乗り出す。
誰もが孤高の剣士のストイックな背中を幻視し、心を震わせている。
だが、俺は知っている。
この世界における「無駄を削ぎ落とす」という言葉が、カイトのおじさんの手にかかると、どれほど血も涙もない意味にすり替わるかを。
俺は震える手で『真っ黒な手記』のページをめくった。
そこには、武士道もクソもない、現代社会の最も冷酷なシステムが記録されていた。
『〇月〇日。前衛のゾルディックの戦闘スタイルが非効率すぎる。
いちいち必殺技の名前を叫んだり、斬る前にポーズを決めたりするから、1ミッションあたりのタイムロスがひどい。
彼がポーズを決めている間、こっちの残業時間がどんどん増えていく。
許せない。
だから彼に「徹底した動作解析」を導入した。』
……モーション・スタディ? 剣士に?
嫌な汗が背中を伝う中、俺はさらに先を読んだ。
『ゾルディックの視界に、魔法で「タスク管理のカンバン(進捗ボード)」を強制表示させた。
そして「ポーズを1回省くごとに時給50円アップ」「剣を振る角度を15度浅くすれば疲労度が減り、1分間に処理できるタスク(敵)が3体増える」と、徹底的にマニュアル化した。
さらに、彼に1日のノルマとして「魔物討伐1000体」「書類のお使い」「昼弁当の買い出し」を同時並行で詰め込んだ。』
『結果、どうなったか。
膨大なタスクと厳しすぎる納期に追い詰められたゾルディックは、一切の感情と見栄を捨てた。
必殺技を叫ぶ暇もない。
剣を振り抜く動作すら勿体ない。
最短距離、最小限の力で、ただひたすらに目の前のオブジェクト(敵)を処理する「完全な作業マシーン」が爆誕した。
剣の血を払わないんじゃない。
そんな1秒の無駄行動すら、今の彼には許されないのだ。
見事な生産性向上だ。
これで今日は定時に帰れる。』
(……エグすぎるだろ!!!)
俺は心の中で絶叫した。
達人の「無の境地」じゃない!
あれは膨大なタスクとマニュアルで感情を殺された、「ライン工の目」だ!!
瞬きする間に百回斬ったのは、そうしないと「お使い」と「弁当の買い出し」の納期に間に合わず、カイトに詰められるからだ!
「皆さん、聞いてください!」
先生の熱い声が響き渡る。
「ゾルディック様は語っています!
『あの時、カイト様が私に真の剣の道を示してくれた。
私の視界には常に、越えるべき壁が見えていた』と!
カイト様は彼の才能を見抜き、更なる高みへと導いたのです!
何という熱い師弟関係でしょうか!」
(違う! それ完全に洗脳されてるだけだ! 社畜の極みだ!!)
俺は教科書の「神速の剣士」の挿絵を改めて見た。
敵が斬られたことに気づかなかったのは、ゾルディックの顔が完全に死んでいて、一切の殺気が感じられなかったからだろう。
おじさんの徹底した「業務効率化」は、誇り高き剣士から人間らしさすら奪い去っていた。
「はい、ゾルディック様の神速に拍手!!」
教室中が再び熱狂的な拍手に包まれる。
先生は満足げに頷き、一息つく間もなく、再び黒板に向き直った。
「さぁ、まだまだ終わらせませんよ!
最強のパーティー、最後のピース!
剣と魔法の世界において、絶対に欠かせない存在がいますよね!?
そう、森羅万象を見通し、禁断の広域魔法を操った……賢者メル!」
先生が黒板に【全知の賢者】と書き殴り、両手を広げて天を仰いだ。
「歴史書にはこうあります!
彼女の『千里眼』は、遠く離れた敵の陣形を完全に把握し、未来すら見通したと!
さらに彼女が放つ『禁忌の呪文』は、魔王軍の幹部たちを疑心暗鬼に陥れ、同士討ちを誘発させたのです!
神の如き叡智! まさに全知全能!
いったい彼女は、どのようにしてその深淵なる魔法の心理へ到達したのか!?
次は、この美しき天才魔法使いの『神の奇跡』に迫りましょう!!」
先生のテンションは留まるところを知らない。
神の叡智、全知全能の魔法。その言葉に生徒たちは目を輝かせている。
しかし俺は、絶望的な面持ちで手記の次のページに指をかけた。
そこには、魔法の神秘など微塵も存在しない、あまりにも現代的で真っ黒な「情報戦」の記録が待ち受けているに違いないからだ――。




