第2話:【感動】聖女の無償の愛……その裏にある「完全歩合制(フルコミッション)」の闇!?
「さぁ皆さん!
涙を拭くハンカチの用意はよろしいですか!?
ここからは、パーティーの要、聖女サクラの伝説に迫ります!」
先生の熱弁は留まるところを知らない。
黒板を勢いよく叩き、チョークの粉を撒き散らしながら、彼は教室中を見渡した。
「教科書の〇〇ページ、この美しい挿絵を見てください!
激戦地『ブラッドキャニオン』でのサクラ様のお姿です。
当時の記録によれば、彼女は三日三晩、一睡もせずに数千の負傷兵を癒やし続けたと言われています。
しかも! お金なんて一銭も受け取らず、ただ『皆を救いたい』という一心で!」
先生は両手を胸の前で組み、祈るようなポーズをとった。
「彼女の魔力が底を突きかけ、倒れそうになっても、サクラ様は天に向かってこう叫んだそうです。
『どうか私に、もっと奇跡を……!』と。
己の命を削ってまで他者を救おうとする、これぞ無償の愛! 究極の自己犠牲!
どうですか皆さん、こんな高潔な魂、現代に存在しますか!?」
教室のあちこちから、鼻をすする音が聞こえ始めた。
女子生徒たちは目を潤ませ、男子生徒たちも真剣な表情で頷いている。
誰もが聖女の神々しさに心打たれている中。
俺だけは、絶望的な気分で机の下の『真っ黒な手記』に目を落としていた。
『〇月〇日。ヒーラーのサクラが全く働かない。
固定給(お布施)制だからか、「今日は星の巡りが悪い」とか適当な言い訳をしてサボりやがる。これじゃあ前線のリソースが持たない。
そこで、彼女の給与体系を「固定給」から「完全歩合制」に変更した。
擦り傷の治療で基本報酬。重傷ならインセンティブ倍増。
さらに「蘇生」を成功させた場合、特別ボーナスとして『王都の一等地タワーマンションの権利書』をチラつかせてみた。』
……嫌な予感しかしない。
俺は冷や汗を流しながら次の行を読んだ。
『結果、サクラの目の色がヤバいことになった。
三日三晩、寝る間も惜しんで最前線を駆け回り、「私のボーナス(負傷者)を渡せぇぇ!!」と血走った目で叫びながら、瀕死の兵士に回復魔法を乱れ撃ちしている。
たまに敵の息の根まで止めようとするから、「そっちはポイント対象外だ」と止めるのが大変だった。
見事なKPI(重要業績評価指標)の達成率だが、労基署が入ったら間違いなく僕が捕まる。』
(……うわぁ)
俺は心の中で、とてつもなく重いため息をついた。
無償の愛?
自己犠牲?
とんでもない。
あれは完全に、「四半期の営業目標を達成するために狂奔する、トップセールスマンの目」だ。
「皆さん、聞いてください!」
先生の熱い声が、俺の意識を現実(という名のファンタジー空間)に引き戻す。
「サクラ様は三日目の朝、ついに限界を迎えて倒れ伏しました。
しかしその時、彼女は震える手を天に向かって真っ直ぐに伸ばしていたそうです!
きっと、神への感謝を捧げていたんですね……!
何という美しさでしょうか!」
(いや、それ絶対マンションの鍵を掴もうとしてただけだろ……)
俺は教科書の挿絵に描かれたサクラの「慈愛に満ちた微笑み」を見た。
今やそれは、「歩合給の明細書を見てニチャァ……と笑う、強欲な女の顔」にしか見えなかった。
カイトのおじさんは、神聖な祈りすらも「報酬設計」で完全にコントロールしていたのだ。
「はい、拍手! サクラ様の尊い犠牲に、心からの拍手を!!」
教室中が万雷の拍手に包まれる。
先生は満足そうに頷き、そしてまたしても休む間もなく、黒板消しを手に取った。
「さぁ皆さん、感動の余韻に浸るのは後です!
伝説のパーティーには、まだ恐るべき男がいますよね!?
そう、神速の剣技で敵を切り刻む最強のアタッカー……
剣聖ゾルディック!」
先生が黒板に【神速の剣】と書き殴る。
「彼が振るう剣は、あまりに速すぎて誰にも見えなかったと言われています!
まさに神の領域!
いったい彼は、いかなる過酷な修行を経て、一切の迷いがない『無の境地』へと辿り着いたのか!?
皆さん、次は武士道の極み、剣聖ゾルディックの伝説に斬り込みますよ!!」
息をつく暇もない。
先生のテンションは限界突破し、神聖なる「武士道」の授業へと雪崩れ込んでいく。
俺は顔を引きつらせながら、手記の次のページをめくった。
最強の剣士が極めた神速。
一切の迷いがない「無の境地」。
だがそこに記されているのは、気高き剣の修行などではなく、社畜が最も恐れる「あの地獄の業務効率化」の痕跡に違いないのだから――。




