1-2 鈴木祐介、TSしてオッサンにキスされる
私の小説『ひきこもりのおうじさま』の後日譚のようなお話です。
・『ひきこもりのおうじさま』を未読でも読めるようにはなっています。
・ただし、第五話で『ひきこもりのおうじさま』のネタバレが少し含まれます。
「おはよう」
と、さっき両手を広げていたオッサンが笑顔で言う。
「ここは……」
どこ? とは言えなかった。あたし自身の声に違和感があったからだ……。……ん? 「あたし」? それどころか、全身から違和感があふれている。あたしは頭を抱えて少しうつむく。胸のふくらみ……。
「ここはロスマン」
あたしは、両手で、ばっ、と、あたし自身の股間を押さえた。……ない。
「私はイェシュア」
だが、オッサンの言葉よりも、あたしの状態が、かなり気になった。……あたし、さっきまで男だったよね? ん? 「よね?」
オッサンは笑顔で、隅に転がっていた大きな器(水かスープを飲むためのだろう)を拾いあげた。何をするのかな、と思っていたら、いつの間にか空っぽだった器に水が満たされていた。オッサンは水いっぱい入った、水平に持っていた器を垂直にした。……水はこぼれない。それどころか、瞬時に凍って氷になっていた。
おっさんは氷の詰まった器を自分自身に向ける。そして、より大きく微笑した。おっさんは、氷の詰まった器をあたしに見せた。氷は鏡になっていた。
「ぎゃっ!」
鏡の中には、あたしの姿が映っていた。てか、あたしの元の年齢よか少し若く見えるんすけど。……てか、完璧に女になっているみたいなんすけど。
オッサンは鏡を床に置く。鏡は、空っぽの器に戻っていた。そしていぶかしそうに言う。
「そなたは女に生まれたい、と願っていたではないか」
……ん?
と、思う間もなく、オッサンは何かを言った(後で聞いたところ、アラム語と、ここロスマンの言語で、短く何かを言った、らしい)。
きょとんとしていると、おっさんは、もう一度、言った。
「私はイェシュア。この世界には、予定より1400年ほど遅れて生まれてきた者だ」そして、オッサンは脇にいた、もう顔の形が「岩石か!」ってな感じの別のオッサンを示して言う、「こちらは、ケファ」
今になって、もっと大きな違和感が、あたしを襲った。「イェシュア」と名乗ったオッサンは、全然、口を開かずに「話をして」いたのだ。
「もちろんだ」とイェシュア、口を開かずに、「そなたの心の中に直接話しているのだから」
あたしは頭を抱えた。というのも、オッサンの言った二つの名前に聞き覚えがあったからだ。
「あんた、ひょっとして、ナザレとかいうところの出身だったりする? それにしてもケファ以外の、あんたのお弟子さんたちは、どうしたのさ?」
イェシュアは一つ目のあたしの質問を無視した、「ケファ以外の者は、もっと、おそらくもう1000年ほど遅れて生まれてくる、と父が言っておられる」
ずいっとイェシュアは私に近寄る、「それよりも、そなたの名前が知りたい」
いや、あんたなら、お見通しでねえの? とか思ったが、口がうまく動かない。……あれ?
ケファが何かを言った。
「ケファが言うには、そなたは、この世界に来て間もない」と真顔になり念話(と、あたしは勝手に名付けた)で、あたしに言う、「それゆえ、ここの世界の言葉がうまく話せないのではないか、と」
そりゃそうだ。日本人がいきなりタイムトラベルして、西暦30年だかのゲッセマネとかに行って、勉強もしていないアラム語で問いかけられても話せるはずないもんね。
「ゆえに」と真顔のままイェシュアは念話でいう、「そなたの……ニホンゴで、そなたの名前を言ってみてほしいのだが」
「鈴木祐介」と、あたしは言った。……女にTSしてしまった後ではひどく変な名前だけれど、それが、さっきまでのあたしの名前だったのだから仕方ない。……だが、イェシュアは何かを考えこんでいる。
「すまない」と真顔のままイェシュアは念話でいう、「そなたは何かを言ったようだが、私には聞き取れなかった。……どうやら、そなたの名前は、そなたにとって、あまり意味がなかったのだね?」それって、あたしが意味を知っていたら、あたしが発音したときに聞き取れたってこと?
「ふむ」とイェシュアは考え込む。そして、ケファと、あたしを見ながら何かを相談している。そしてイェシュアは、あたしに近寄り、あたしの唇にキスをした。




