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2-4 異世界トイレ(1.インフラ整備A 下水処理)

 あたしの前にはデカい穴が広がっている。

 左を見る。穴のような大きく口を開けて宰相コネリーが穴を見つめている。

 右を見る。騎士団長ピットも同じ顔をして穴を見つめている。

 上を見る。テントのように三角の形をしたデカイ布の屋根。

 前は湖。手前に、穴を掘る大勢の兵士たち。あたしの前には、ガキんちょ王様が立っているが、背が低いし、見なくても同じ表情をしているだろう。


「よし、これくらいでよかろう、そろそろ道を埋めよ」


 そう言いながら、穴の中からイェシュアが這い上がる。イェシュアも一緒になって穴を掘っていたのだ


「イェシュアさま、下水管ヴィエマルプトゥキを通します」


 と、ヨハネのロスマン語が地面から聞こえたかと思うと、ささやかな陶管が、できたばかりの下水処理場に、ぬっと顔を出した。下水処理場といってもたいしたものではなく、コンポスト製作所だ。だから、もちろん、生活排水は流せない。し尿や糞便の処理しかできない。


「次へ行こう」


 と、すたすたとイェシュアが先頭を切って歩き出す。あたし、ケファ、王様、宰相、騎士団長が慌ててイェシュアを追う。


「ねえ、イェシュア、いくつか聞きたいことがあるのだけれども?」


「何かね?」


「これ」と、あたしは、左横に積まれた石壁を示す、「なに?」


「気休め程度の、匂い除けの壁だ」


「……真っ白に塗りたくった理由は?」


 イェシュアは、左手で周囲に不自然に並ぶ木の一つを示し、右手で前方つまり南を示した。

 

「これらの木は寒さに弱い。ゆえに、なるべく陽光を反射するようにした」そして念話に切り替える、「マルチングもした」


「マルチングって?」と、あたしは思い切り日本語で聞く。


「防寒や乾燥対策のために木の根元に藁やチップを敷くことだ」とイェシュアはロスマン語に戻った。


「ところで、この木」と、あたしも木を指さす、「なに?」


 イェシュアは歩きながらうつむき、少し考えてから言う。


「……オスマントゥス」字幕は出なかった。……時々ある。イェシュアが複数言語で複数概念を考えたときに、そうなる。


「あんだって?」と、あたしは思い切り日本語で聞く。


 だが、ケファが先回りした、「香りの花?」ギリシャ語で、そう言う、らしい。


「あんだって?」と、あたしは繰り返す。


「うむ」とイェシュアはロスマン語で答えた、「トゥオクスクッカプーン、つまり、良い香りの花の木、だ」


 何それ、回りくどくて、ぜっっっんぜん、分かんない。

 

 そこでイェシュアは、トゥオクスクッカプーンの花が咲いた情景を一同の脳内に再生した。小さくかわいい橙黄色の花がいっぱい木に咲き、甘い香り……。


「ああ、金木犀(キンモクセイ)、かぁ」


 ん?


「ここって」あたしは念話に切り替えた、「スイスのレマン湖のヴベイ近辺のシヨン城に相当する場所、だよね? ……金木犀って咲くの?」金木犀にしては少し寒い場所な気が……。


「多少厳しいが」イェシュアは左に曲がる。壁の終わりまで来たので道に戻るためだ、「不可能ではない」


 おお、という声をあたしは思わず上げてしまった。村サイズの町ではあるが、どこもかしこも工事中。

 

 後ろから来た兵士たちも駆け足で、工事作業に加わる。

 

 みんなして陶管(下水管)を埋めている。埋め終われば石畳を敷く。平屋や二階建ての家々にはしっかりとした支柱を外に取り付けている。そして支柱の上には板。板の上には、とある合金で作った貯水槽。雨の日は蓋を開けて水を貯め、晴れの日で水が少なくなってくれば注入口を経て湖から運んだ水を足す(まだ上水道なんて作れない、もんね。それに水魔法を使う人もいる、し)。貯水槽からは家屋に流れ、さらには下水へと流れる。そして、そのある合金とは……。

 

 まずはニッケル。ロスマンの東の外れのクパルカイヴォス(まんま「銅山」という意味)で銅を取ろうとしたが別物が取れてしまって「悪魔の銅」と呼ばれていた鉱物がそれ。これが少々。

 次にクロム。元々、砂漠の国や磁器の国の西端で取れて顔料としてもガロンヌやロスマンでも使われていた。これが11%。


 あとは鉄。これらを混ぜて1600度ほどの熱で溶かし、鋳造・圧延すると、ステンレス鋼の出来上がり。チートだね。


「クパルカイヴォスから来たニコルが鋼職人もしてくれていて、良かった」とイェシュアが微笑する。


 あたしたち一行は、城の入口まで来た。よく城から工事を命じられるので、大工の工房がいくつか立ち並んでいる。イェシュアは工房の一つに入る。

 

 イェシュアは作業している人たちの手を止めさせる。下水管を通すため、工房の床は底上げされている。また、工房の奥のトイレは作りかけのため、外からは丸見えだ。

 

 「使い方」という紙(前世でもお馴染みのやつ)をトイレの中の壁に貼り付けて、イェシュアは簡単に、水洗便器の使い方を説明しながら実演する。

 

 陶器製便器に付けられた木の蓋を開ける。便器に座る。用を足す(これは実演しなかった)。体を拭う。蓋をする。レバーを動かす。すると便器(ヴェッサンピュッティ)の裏のタンクから水が流れて、便器の中の物を下水管へと流す。その際、水道管が開き、貯水槽から水道管経由でタンクに水が入る。が、タンクの上は手洗いになっているので、ここで手をよく洗う。タンクの中には「浮き」があり、タンクがいっぱいになると水道管は閉じられる。チートだね。

 

 ふと、イェシュアはトイレの中で天井を見上げた。そして顔をしかめながら、自らのこめかみを押さえた。あたしは心配になる。


「ちょっとちょっとイェシュア、大丈夫?」


「いや、大したとはない。……(アバ)に少し叱られた」


「あ~……。下水道工事で、かなり魔素マナを使った、から?」


「いいや、トゥオクスクッカプーン、だ」


「あれ? あれってアメリカ原産とか? 持ってくるのに遠かったので魔素マナ使ったの?」


「いいや、磁器の国からだが、木が問題なのではない」ここでイェシュアは念話に切り替えた、「一同の脳内映像に【匂い】までつけたのが大問題、なのだ」


 あ、匂いって空気中の分子を鼻で検知するから。……てことは。

 

「まだ咲いていない花の匂いを【全員の鼻】に流してしまったってこと?」


「……うむ」


 うん。やっぱりチート、だね。ちなみにイェシュアによれば、鋼職人ニコル・クパルカイヴォスの息子、同名のニコルは、その後、この世界において、「グレシャムの法則」を主張したり「地動説」を主張したりするようになり、大きなパラダイムシフトを「クパルカイヴォス的展開」と呼ぶようになる予定、らしい。

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