2-5 異世界発電(1.インフラ整備B 送配電)
騎士団長ピットは困惑している。王様も宰相も周りの騎士たち・兵士たちも困惑している。
「さあ、ピット」とイェシュア、「これを取りなさい」と言いながら、ずいっと、その物をピットに突きつける。
「これは何ですか?」とピット。うん、得体の知れない物に触れるのは、やっばり躊躇するよね……。
「これは灯りだ」とイェシュア、その物をピットに突きつけながら。
「まだ光ってはいないようですが」とピットは受け取ろうとして、やはりためらう、「……魔道具ですか? あまり魔力を感じないのですが」
「魔道具ではある」とイェシュア、その物をしつこくピットに突きつけながら、「だが、この道具が魔力を使うのではない。そなた、あるいは、別の魔道具が、この物に魔力を渡して、灯りの魔道具となるのだ」
「……私にはガラスの玉に金具を取り付けた物に見えるのですが」とピット。徹底的に抗いたいようだ。
「うむ、取ってみたまえ」
「この」とピットは金具を示す、「金具に筋がついているのですが、これは何ですか? 呪いですか?」
「呪いではない」と言いながらイェシュアは魔道具を持つ反対側の手(左手)で、城の外を示す、「これはネジと言い、外で工事している街灯やここのシャンデリアに差し込むための、ただの仕掛けだ……。受け取ったならば、その金具の底の小さな突起に、ほんの少しだけ、雷の魔法の魔力をわずかだけ流してみなさい」
おずおずとピットは魔道具を受け取る。そして言われたとおり、「雷の魔法の魔力」を魔道具に注いだ。
ピカーッ!! 強烈な光が魔道具から放射された。
「魔力を止めなさい!」とイェシュアは怒鳴る。魔道具からの光は消えた。
イェシュアは魔道具を凝視する、「良かった、フィラメントは焼き切れていないようだ」
イェシュアの言った【日本語】にピットは「?」と言う顔をしている。イェシュアは、その魔道具、「電球」をピットから取り戻しながら微笑する。
「ピットよ、そなたの魔力は存外、強かったのだな」
「光栄であります!」とピットが敬礼した。
すたすたとイェシュアは出口に向かう。
「宰相と騎士の半数と、兵士のうち弓を使える者は、ついてきなさい」
「私も、お連れください」とヨハネ。
「良かろう。来なさい」とイェシュアは微笑する。
王様もイェシュアについていこうとする
「そなたは留守番だ」とイェシュア、冷徹に王様に告げる。
「なぜだ?」と王様は拗ねる。
「今から向かう先が危険だからだ。というのも、ワイバーンたちが襲ってくるからだ」
「わ、私たちで、何とかなるのですか、そのワイバーンどもは?」と兵士たちと騎士たちの何名かが怯える。
「何とかなる」とイェシュア、「でも、そなたたちは、もっと覚悟が必要だぞ? というのも、ワイバーンどころか、最終的には、邪竜をも滅ぼさねばならぬのだからな、私とともに」
王様はうなだれる、「余には、まだ、ワイバーンと向き合う覚悟がない……」そして王様は顔を上げた、「ゆえに、余は、ここに残る。そなたたちは、きっと、ここに帰ってきてくれ!」と、王様は涙ぐむ。
私は王様のもとに駆け寄り、膝をつく。目線をちびっこ王様に合わせるためだ、「大丈夫ですよ、陛下。私たちは、きっと無事に、ここに戻ってきます」
「ああ、待っている!」と涙に濡れた顔に笑顔を浮かべて、王様は言った。
振り返るとイェシュアたちは出て行った後なので、私は慌てて走る。行き先は分かっている。
けれども、城を出て、すぐに大工の工房街で、あたしはイェシュアたちに追いついた。元々が大工だったためか、イェシュアは街灯工事の手抜きを許さない。いろいろと手直しさせている。また、一同にイェシュアは説明しながら歩いていたから、すぐに後を追えたのだろう。
「あの三つの線は雷、つまり電気を通す」とイェシュアは架空線を示す。「かくう」ではない。架空と書いて「がくう」と読むのは、「他の言葉と間違えないようにワザと『ガ』と読む」という電気事業関連者に共通する(ある意味で悪しき)習慣だ。それはともかく。
「そして」と街灯となっている電柱の、ランプよりはるかに上の横木を示す、「線は、あのように(複数の)絶縁体で留める」日本では碍子と呼ぶのだが漢字が難しいためか、よく「がい子」と書かれて余計に混乱させられる。
「柱の先端にある円柱は、変圧器」日本でよく見るバケツ状の機械だ、「ピット騎士団長の中程度の力の雷を、非常に弱くするための装置だ」
「弱めるのはどうしてですか?」と兵士の一人。
「そなた」とイェシュアは怪訝そうな顔を質問した兵士に向ける、「ピット騎士団長の中程度の雷魔法を受けても平気か?」
「……いえ」と兵士が口ごもる、「おそらく一日は立てないかと」いやいや、6600ボルトの電気をくらったら普通は死ぬよ?
別の兵士が質問する、「イェシュアさま、変圧器から各家庭・住居・商店へと向かう先に魔道具がありますが、あれは何ですか?」
「これかね?」とイェシュアは同じ物を【虚空から】取り出す。もう、あたしも、兵士も、誰もが当然すぎるようにスルーする。
「ピット」とイェシュアは騎士団長を呼ぶ、「これに」と魔道具の一部を示す、「先ほど灯りに流した程度の雷魔法を注ぎなさい」
「よろしいので?」
うむ、とイェシュアは頷いた。
ぎゅーーん、と目盛りが動く。うん、アナログ式の電気メーターだ。
「よくわかりません」と兵士たち。宰相も困惑している。
「これは、各家庭がどれくらい電気を使ったか、測るための魔道具だ」と言いながイェシュアは電気メーターを虚空に片づける、「電気の利用料に応じて、【国が】料金を徴収する」国営事業だからね。おっと、キラーンと宰相コネリーの目が光ったよ。
「イェシュアさま! 来ました!」と兵士の一人が駆け込んでくる。伝令だ、「ワイバーンが現れました!」と来た方向を指さす。見ると、建設中の高圧鉄塔を、そして工事の人たちをワイバーンどもが襲おうとしている。
「騎士は全員騎乗!」とピットが怒鳴る、「騎士が先行する。兵士たちは走ってついて来い!」
「待て」とイェシュア、「くれぐれも火や雷の魔法を使うでないぞ、使うなら水と風、だ!」
ピットは頷いて馬上の人となる。「クリス」とイェシュア、「われわれも急ごう」
「なんで火や雷での攻撃がダメなのさ?」とあたし。
「迂闊に放つと森に流れ弾となり、火事になりかねない」そりゃ確かに危ないね。
結論から書くと、あたしたちが駆けつける前に、元々いた護衛の騎士たちと増援に駆けつけたピットたちとで、ワイバーンは片付いた後、だった。まったく皆、無駄にレベルが高い、ようだ。後片付けを済ましていく兵士たちをみながら、あたしはイェシュアに聞く。
「……で、肝心の電気は、どうするのさ?」
「ふむ……」とイェシュアは考え込む、「たしかに、各村の水車小屋のモーターからも線を引いてはいるが」
「それに、高圧鉄塔があるってことは、変電所が必要だよね?」数万ボルトから6600ボルトまで下げることになっていた、日本では。
イェシュアは両手を広げた。すると、するするするっと高圧鉄塔から線が延びてきて、こちらに降りてくる。そして、突然、そこに【施設】が現れる。変電所だ。
あたしは、頭を抱える、「で、肝心の高圧電流は、どうするのさ?」
「見よ」とイェシュアは遥かかなたを示した。
あっという間に山間に石壁が建てられていく。うん、中身もなぜか、よく見えた。水圧鉄管に水車にモーター。……ダムによる水力発電所だ。
「チートだねぇ……」と思いっきり日本語で、あたし、「でも、ここまでして父怒らないかな?」
イェシュアは考え込む、「今のところ、あまり怒っていない。少々不機嫌そうではあるが」
水力発電所や変電所のチート建設って、不機嫌程度で済むんだ……。
「もう日が暮れる」とイェシュア、「城に戻ろう」
あたしたちが城について謁見の間に戻ったころ、ちょうど日没となった。兵士の一人が、おずおずと、謁見の間のスイッチを入れる。
ピカーッ!! 謁見の間に取り付けられたいくつもの電球が眩しく光る。
「うおおおおっ!」
王様も宰相も、いや、あたし含めた全員が、謁見の間のシャンデリアに見入っている。ふと気づくと、全員が、城の外・街の方向から歓声が上がっていることに気付いた。全員が街側の窓辺による。王様は背が低いので、あたしが両脇を抱えて持ち上げてあげた。
そこには幻想的な光景が広がっていた。街の外にまで延びる明るい街灯。家や商店・飲み屋・宿屋から漏れる眩い電灯の明かり。
「……きれいだねえ」と、あたし。
「うむ」とイェシュアは微笑した。
そのとき、虚空から電球が落ちてきて、イェシュアの頭に当たる。
「え? ……今の、何?」
「……うむ。父のお叱り、だ」
「……やはり水力発電所や変電所がマズかった?」
「そうではない」
「……送電網? それとも発電と送配電分離をすべきだった?」
「そうではない」
「……じゃ、何なのさ?」
イェシュアは虚空から落ちてきた電球をあたしに見せる、「これだ」
「電球!? いや、ガラスは作っていたし金具も作っていたから誤差の範囲だと思うけど?」
「そうではない」と言いながら電球の玉の部分をコンコンと叩いてみせて念話に切り替える、「私が御業にてアルゴンガスの封入を行い、大量に電球を作ったことにお叱りなのだ」
「……でも、なぜ今になって?」
「父の言うには、真空ポンプを作ってからガラス工房にアルゴンガスを封入させるべきだった、らしい」
「え、でも、アルゴンガスの封入……って」
「1650年にゲーリヒが真空ポンプを作るから、こちらの世界ではニコル・クパルカイヴォスが作ったことにすれば『誤差の範囲内』だったのに、と仰せだ」
「……そんなの、後出しじゃんけんじゃん、いたっ!」あたしの上にも、電球が虚空から落ちてきた。
「気を付けよ」とイェシュア、「父はすべてお見通しだ」
どうやら父というのは、前世におけるモンスター客のように、後出しじゃんけんの超絶スキルを持っている、らしい。




