第3章 旗艦への招待
【第3章 旗艦への招待】ーーーーーーーーーーーー
東京湾上空で続く光と影の戦いは、まるで夜空に咲く巨大な花火のようだった。
しかし、それは祝祭の輝きではなく、滅びの予兆だった。
プレアデス旗艦からの通信は、玲奈の名を指名して終わった。
防衛省の作戦室は一瞬静まり返り、その沈黙を破ったのは司令官の低い声だった。
「……行ってもらう。拒否権はない」
玲奈は海斗と共に、TFAの護衛に囲まれて屋上のヘリポートへと向かう。
だがそこに待っていたのは、通常のヘリコプターではなかった。
灰色の楕円形機体、推進機構は一切見えず、下部から青い光が静かに溢れている。
「乗れ」
隊員の短い言葉とともに、二人は機内に押し込まれた。
重力の感覚が消え、次の瞬間、窓の外に広がるのは漆黒の宇宙だった。
旗艦──全長三百メートルの戦闘艦は、東京湾上空の成層圏に静止していた。
船体は流線形で、銀白の装甲が星明かりを反射している。
乗艦した瞬間、玲奈は胸の奥が締めつけられるような感覚を覚えた。
ここは初めての場所なのに、なぜか懐かしい。
出迎えたのは、通信で姿を見せたプレアデス司令官だった。
銀色の肌、紅い瞳、長い白髪がゆるやかに揺れる。
「私はシア・ラミレス、プレアデス第八遠征艦隊司令官。玲奈・タチバナ、あなたの記憶には我らの戦争の断片が刻まれている」
玲奈は息を呑んだ。
「……どうして私を知っているの?」
「あなたは我らの“記憶継承計画”の被験者だ。時空を越えて、過去のプレアデス戦士の意識断片があなたの中に流れ込んでいる」
海斗が口を挟む。
「じゃあ、この戦争は……地球が偶然巻き込まれたわけじゃないのか?」
「偶然ではない。かつて我らは、マルドゥークとの終戦交渉のため、恒星間移民計画を実行した。その一部の艦隊が、この星系を通過した──そして、我らの残したものが地球人類の歴史に干渉した」
シアの指示で、艦橋中央のホログラムが起動する。
そこに映し出されたのは、果てしない宇宙を駆ける二つの種族の歴史だった。
──プレアデスとマルドゥーク、二つの文明が千年に渡って繰り広げた戦争。惑星ごと消し飛ぶ砲撃、艦隊同士の死闘、そして数え切れぬ犠牲。
──終戦間際、双方の指導層が和平を拒み、互いを根絶やしにしようとした愚行。滅びゆく星々と、帰る場所を失った戦士たち。
──最後の決戦。マルドゥークの総攻撃を受けたプレアデスは、全兵力を投じて迎撃するも、勝利と呼べるものはなかった。両文明は壊滅的な損害を負い、生き残ったわずかな艦隊だけが散り散りになった。
そして──その一部が地球圏に漂着したのだ。
「なぜ今になって地球に来た?」海斗が問う。
シアの紅い瞳がわずかに細められる。
「マルドゥークは、我らを追ってきた。彼らにとって、この星はただの通過点ではない。地球は戦略的資源と、戦争を継続するための新たな兵士の供給源になり得る」
玲奈の背筋が冷たくなる。
「兵士って……地球人を?」
「彼らは生命の形を問わない。遺伝子を改造し、機械と融合させ、戦闘ユニットに変える」
その時、艦橋が激しく揺れた。
通信士が叫ぶ。
「マルドゥーク強襲艦、成層圏を突破! 地上防衛網を突破、東京市街に侵入!」
スクリーンに映し出された映像は、炎に包まれる街と逃げ惑う市民だった。
黒い装甲兵が無差別に攻撃し、地上部隊は為す術もなく押し込まれている。
シアは玲奈を見据えた。
「地球を守るためには、我らの艦隊と共に戦わねばならない。だが、そのためには地球政府の承認と、戦闘情報の共有が不可欠だ。あなたは、その交渉の“鍵”だ」
玲奈は唇を噛み、海斗の方を見た。
海斗もまた、その決意を感じ取る。
「やるしかない。俺たちがやらなければ、誰がやる」
外では、地球最初の本格的な星間戦争が始まろうとしていた。
そして二人は、この戦争の前線に立たされる運命から逃れられなくなっていた。
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