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婚約破棄された没落令嬢、路地裏で仕立て屋を始めました 〜私の縫う一着には、祝福が宿るようです〜  作者: みき
第2部 王女の婚礼衣装と、仕立て師たち

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44/49

第44話 道が変わっても、歩ける服

 婚礼の行進路が変更されると知らせが届いたのは、王家の花紋がようやく七割ほど縫い上がった朝だった。


 書状を持ってきた王宮の使者は、いつもより少しだけ急いだ様子で、封を手渡すと「本日中に確認を」と言い残した。


 エステルは針を置き、封を確かめてから開く。


『西回廊の安全確認が完了するまで、婚礼行進路を東回廊経由へ変更する。


 王女私室前より中央階段を下り、東回廊、冬庭前廊下を経て西礼拝堂南口へ。


 婚礼衣装について、変更経路での動作確認を実施すること。』


「変わった?」


 ニナが作業台から顔を上げた。


「はい」


「西回廊、やっぱり使わない?」


「少なくとも今回の婚礼では」


「よかった」


 エステルも、その判断には賛成だった。


 西回廊の壁の内側には、返納庫へ続く旧保守空間があり、その先にはまだ調査の終わっていない返送経路がある。アルヴィスの右脇の傷も、あの場所へ近づくほど痛んだ。


 危険だと確定していなくても、王女を通す理由はない。


「でも」


 ニナが書状を覗く。


「中央階段って、前より長い?」


「段数が増えます」


「冬庭前って狭い?」


「西回廊よりは」


「じゃあ服、変える?」


「確認してからです」


「間に合う?」


「間に合わせます」


「寝る?」


「寝ます」


「ほんと?」


「弟子になっても、その確認は続くのですね」


「弟子だから言う」


「便利になりましたね、その立場」


「エステルも仕立て師で何でも通す」


「それとは」


「同じ」


 正式に弟子になってから、まだ数日。


 けれどニナは以前より少しだけ堂々と仕事を聞くようになった。


 そしてエステルも、以前より少しだけ任せるようになった。


「今日は王宮へ行きます」


「わたしも?」


 ニナがすぐ訊く。


 エステルは書状の下部を見る。


『仕立て師本人および登録済み徒弟一名まで立会可。』


「……行きますか」


「行く」


 即答だった。


「店は?」


「半日閉める?」


「それでもよいですが」


「ベッシーさん」


「頼りすぎでは」


「でも預かってくれる」


「あとでお礼を」


「パン買う?」


「それは普通のお客です」


「じゃあ何」


「考えます」


 ニナは嬉しそうに自分の仕事着の袖を整えた。


「王宮、弟子で行くの初めて」


「そうですね」


「何する?」


「見ることです」


「縫わない?」


「必要なら」


「王女様の服、触る?」


「私が許可した範囲なら」


「ほんと?」


「ただし」


「手洗う」


「それは当然」


「引っ張らない」


「はい」


「勝手に切らない」


「はい」


「分からなかったら聞く」


「はい」


 先に全部言われた。


 エステルは少し黙る。


「何」


「言うことがなくなりました」


「弟子だから」


 胸を張る。


 その顔が少し可笑しくて、エステルは笑った。


 王宮へ持っていくのは、完成前の本番衣装。


 花紋は途中。


 外裾は本番用を仮止めした状態。


 操作帯は最終構造。


 灰青の裏地も正式なもの。


 婚礼当日の形にかなり近い。


 箱へ収める前、エステルはもう一度すべての縫い目を確認した。


「ニナ」


「何」


「この支持帯、見てください」


「どこ」


「左右」


 ニナが裏側から目を走らせる。


「右、少しだけ高い?」


「そう見えます?」


「うん」


「なぜでしょう」


 エステルはすぐには答えない。


 弟子になったからといって、答えを先に渡さない。


 ニナは帯を指で押さえず、目だけで追う。


「縫い目じゃない」


「はい」


「布?」


「もう少し」


「人台が傾いてる?」


 エステルは人台の足元を見る。


 床板。


 ほんの少し。


 片側へ沈んでいる。


「正解です」


「やった」


「衣装側の問題ではありません」


「でも、王宮の床も傾いてたら?」


「そこです」


「見る?」


「今日は道そのものを」


 ニナが頷く。


「服だけじゃない」


「はい」


 仕立てるということは、布の中だけを見ることではない。


 着る人。


 歩く道。


 座る椅子。


 隣にいる人。


 手に持つもの。


 全部が服へ影響する。


 その意味では、行進路の変更もただの王宮側の都合ではなかった。


 服にとっても、新しい条件だ。


 昼前、二人は王宮へ入った。


 いつもの仮縫い室へ衣装箱を運ぶと、セラフィーネとヴィオラがすでに待っている。


「ニナ」


 ヴィオラが先に気づいた。


「何」


「正式になった?」


「うん」


「おめでとう」


「ありがとう」


「恥ずかしくない?」


「ちょっと」


「そのうち慣れる」


「ヴィオラも弟子だった?」


「昔」


「どんな?」


「最悪」


「何が」


「師匠が」


「聞こえてるわよ」


 セラフィーネ。


「あなたの師匠は私ではないでしょう」


「途中から」


「途中から面倒を見ただけ」


「だから最悪の一部」


「ヴィオラ」


 エステルは笑いそうになる。


「今日は行進路の確認では?」


「そうだった」


 セラフィーネが書類を開く。


「変更理由は説明済み?」


「西回廊の安全確認未了と」


「それで十分。調査内容は婚礼準備側へ必要以上に広げない」


「承知しております」


「王女殿下には?」


「危険の可能性が残るため、とだけ」


「納得されました?」


「最初に『遠回り?』と聞かれた」


「殿下らしい」


「そのあと『歩けるならいい』と」


 エステルは少し笑った。


「では、衣装を」


 リュシエンヌが入ってきたのは、その直後だった。


「ニナ!」


 王女がすぐに気づく。


 ニナが固まる。


「え」


「あなたがニナ?」


「はい」


「弟子になったんでしょう?」


 さらに固まる。


「何で知ってるの」


「アルヴィス」


「公爵!」


 エステルは額へ手を当てたくなった。


「どこまで広めるのでしょう」


「嬉しそうだったわよ」


「公爵様が?」


「たぶん」


「たぶん?」


「顔には出てない」


「では分からないのでは」


「でも話すの早かった」


 リュシエンヌはニナを見る。


「指の輪を考えた子でしょう?」


「……うん」


「今日も見る?」


「見ます」


「何かあったら言って」


「いいの?」


「エステルが許せば」


 全員がエステルを見る。


「私が決めるのですね」


「親方だから」


 ニナ。


「仕立て師だから」


 リュシエンヌ。


「候補に負けたくない」


 エステルは小さく息を吐いた。


「必要なことなら、言ってください」


「やった」


 衣装を着せる。


 本番の白。


 裏には灰青。


 背中にはまだ途中の白い花紋。


「紋章」


 王女が鏡を見る。


「途中です」


「見える?」


「光が当たれば」


「思ったよりいい」


「前より少し好き、とおっしゃいました」


「今はもう少し好き」


「進歩ですね」


「服が?」


「殿下が」


「それ、アルヴィスに言う?」


「申しません」


「言っていいのに」


 支持帯。


 肩。


 背中。


 腰。


 すべて確認。


「どこか当たります?」


「ない」


「腰」


「平気」


「肩」


「右だけ少し」


 エステルが位置を直そうとすると、ニナが先に言った。


「床」


 全員が見る。


「何?」


 王女。


「右の床、ちょっと低い」


 確かに。


 仮縫い室の古い石床は、窓側へほんの少し傾いている。


 エステルは人台のときと同じだと気づく。


「殿下、中央へ半歩」


「こう?」


「はい」


「今は」


「同じ」


 肩の感覚が消えた。


 セラフィーネがニナを見る。


「よく見たわね」


「店でやったばっかり」


「偶然でも気づいたなら仕事」


 ニナの顔が少し赤くなる。


「では、行きましょう」


 王女私室前から出る。


 今までの西回廊ではなく、中央階段へ。


 最初の違いはすぐに出た。


「長い」


 王女が階段上から下を見る。


「以前は三段でした」


 エステル。


「これは?」


「十二段」


 ニナ。


「数えた?」


「今」


「早い」


 中央階段は幅が広い。


 けれど踊り場が一度入る。


 王女が一段目へ足を下ろす。


 外裾。


 後ろへ。


 流れる。


 二段。


 三段。


 問題なし。


 四段目。


 王女が少し速度を上げた。


「殿下、ゆっくり」


「これでも?」


「本番は靴が違います」


「分かった」


 七段。


 八段。


 踊り場。


 そこで。


 外裾の右端。


 石の角へ。


 ほんの少し。


 触れる。


「止まってください」


 エステルが声をかける。


 王女が止まる。


「引っかかった?」


「まだ引っかかってはいません」


 ニナが後ろへ回る。


「でも、ここ」


「何が見えます?」


「裾の右が、角に寄ってる」


「なぜでしょう」


 ニナは王女の足元を見る。


「階段から踊り場、右に曲がるから」


「はい」


「西回廊は?」


「直線でした」


「じゃあ、服が曲がる準備してない」


 言葉は乱暴。


 でも意味は正しい。


 外裾は後ろへ流れるよう設計している。


 長い直線や緩い方向転換には強い。


 けれど、狭い踊り場で九十度近く向きを変えると、外側の裾が遅れてついてくる。


「殿下」


「何?」


「一度、その場で右へ向いてください」


「こう?」


 回る。


 外裾。


 遅れる。


 右外側。


 広がる。


「やっぱり」


 ニナ。


「危ない?」


 王女。


「修正します」


 エステルは言った。


「今日ここで?」


「まず方法を考えます」


「裾、短くする?」


「それは最後です」


「何で」


「婚礼らしさを保ちたいので」


「必要?」


「はい」


「なら分かった」


 王女はあっさり頷く。


 以前なら「嫌」と先に言ったかもしれない。


 今は、理由を聞く。


 その変化も、少し嬉しい。


「ニナ」


「何」


「どうします?」


 突然振られて、ニナが目を丸くする。


「わたし?」


「見つけたのはニナです」


「でも」


「案だけ」


 王女も興味深そうに待っている。


 ニナは外裾を見る。


 前へ。


 後ろへ。


 踊り場の角。


「持ち上げる?」


「誰が」


「王女様」


「片手操作はまだ使わない場面です」


「じゃあ侍女」


「それだとヴィオラ様の案に近づきますね」


「駄目?」


「駄目ではありません」


 ヴィオラが後ろから口を挟む。


「でも、エステルの服なら本人で処理したほうが筋は通る」


「競争終わったのに」


「美学は残る」


「難しい」


「慣れる」


 ニナはまた考える。


「じゃあ」


 外裾の右端。


 指。


「ここだけ、少し中に入るようにできない?」


「固定?」


「曲がるときだけ」


「どうやって」


「……紐?」


 エステルも見る。


「操作帯とは別に?」


「ううん」


 ニナの目が動く。


「同じの、ちょっとだけ使う」


「同じ?」


「今の紐、後ろ全体上げるでしょ」


「はい」


「その前に、ちょっとだけ引いたら右と左の端だけ内側に寄るように」


 エステルは黙る。


 完全に持ち上げる前の一段階。


 外裾の左右端だけを、わずかに中央へ寄せる。


 幅を少し狭める。


 狭い角だけ通る。


 そのあと戻す。


「二段階?」


 ヴィオラ。


「そう」


「操作が増える」


「でも同じ輪」


「引く量で変える?」


「うん」


 エステルは操作帯の構造を頭の中で追う。


 今は一本の輪を引けば、左右二本の紐が同時に外裾を持ち上げる。


 途中へ小さな遊びを作り、最初の一寸だけでは外端の寄せ布だけが動くようにする。


 さらに引けば本来の持ち上げが始まる。


「可能です」


 エステルが言う。


「ほんと?」


 ニナ。


「ただし、引く強さが変わりすぎると殿下が迷います」


「一回目で止まる感じ」


「指に分かる抵抗を作る?」


 ヴィオラ。


「骨輪を一つ増やす?」


「増やしません」


 エステル。


「何で」


「故障箇所を増やしたくない」


「なら布側」


 ヴィオラ。


「小さい折り返し」


 エステル。


「はい」


 外裾の裏側に、軽い折り畳みを左右一つずつ。


 操作帯の最初の短い引きで、その折りだけが寄る。


 強く引けば全体が上がる。


「できる?」


 王女。


「できます」


「今日?」


「店へ戻って試します」


「じゃあ、続き歩く?」


「はい。ただしこの踊り場は侍女に裾を補助していただきます」


「分かった」


 ニナが小声で言う。


「自分でできる服なのに」


「今は安全が先です」


 エステル。


「直す前に無理をする必要はありません」


「そっか」


「できないと分かったときに助けてもらうのも、選ぶことです」


 王女が振り返る。


「それ、好き」


「何が?」


「自分でできる服なのに、助けてもらってもいいところ」


 エステルは少しだけ笑う。


「私も、最近覚えました」


「誰に?」


 ニナ。


「皆様に」


 アルヴィス。


 ユリウス。


 ベルナール。


 サビーネ。


 ヴィオラ。


 ニナ。


 いろいろ。


「じゃあ進もう」


 踊り場だけ侍女が外裾を補助する。


 その先の四段。


 問題なし。


 東回廊へ。


 西回廊より狭い。


 窓が多く、途中に柱がある。


 王女が歩く。


 白い外裾。


 柱の間。


 問題なし。


「速くても?」


「少しだけ」


 速度を上げる。


 裾は追従する。


「ここは大丈夫」


 ニナ。


「はい」


「冬庭前」


 セラフィーネ。


「次が一番狭い」


 ガラス張りの冬庭前廊下。


 横幅は二人半ほど。


 壁側には冬季用の植木鉢が並ぶ。


「これ、本番も?」


 エステル。


「鉢は片付ける」


「よかったです」


「何だと思った?」


「衣装が葉を全部連れていきそうだと」


 王女が笑う。


「それは見たい」


「見たくありません」


 アーサーが後ろから来た。


「俺はちょっと見たい」


「いつからいたの」


 王女。


「今」


「遅い」


「会議」


「今日座らないよ」


「歩く?」


「うん」


「じゃあ隣」


 自然に並ぶ。


 王女。


 アーサー。


 二人。


 歩く。


 廊下。


 狭い。


 ここで。


 また。


 新しい。


 問題。


「止まってください」


 エステル。


 二人。


 止まる。


「何」


 王女。


「殿下とアーサー様の距離です」


「近い?」


「前より」


 西回廊は広かった。


 ここは狭い。


 二人が並ぶと、王女の左袖とアーサーの右袖がときどき触れる。


「駄目?」


 アーサー。


「服としては問題ありません」


「じゃあ何」


「手」


 王女が見る。


 左手。


 アーサーの右手。


 近い。


「持てる」


「持てます」


「よし」


「殿下」


「何」


「今は確認です」


「確認する」


 手を取る。


 アーサーが笑う。


「仕事熱心だな」


「そう」


 エステルは、少しだけ目を逸らした。


 ニナがこちらを見る。


「顔」


「禁止です」


「何も言ってない」


「言う前でした」


 冬庭前。


 狭い。


 でも。


 片手。


 空く。


 この服。


 ここでは。


 むしろ。


 よい。


「行進路が変わったのに」


 エステル。


 ぽつり。


「何?」


 王女。


「この廊下のほうが、殿下の希望に合う部分もございます」


「手?」


「はい」


「じゃあ変わってよかった?」


「危険があったから変えたこと自体は、よかったとは言いません」


「でも」


「新しい道にも、よいところはあります」


 王女。


 少し。


 笑う。


「服と同じ」


「何がです?」


「予定どおりじゃなくても、全部駄目になるわけじゃない」


 エステルの胸へ、少し残る。


「はい」


 西礼拝堂南口。


 最後。


 入口。


 段差。


 一段。


 問題なし。


 祭壇前まで歩く。


 王女。


 アーサー。


 並ぶ。


「これで終わり?」


「今日の確認は」


 セラフィーネ。


「踊り場の修正後、もう一度だけ」


「いつ」


「二日以内」


 エステル。


「明日、試作を作ります」


「寝る?」


 王女。


「殿下まで」


「アルヴィスが言ってた」


「公爵様」


 どこまで。


 広げる。


 のか。


「寝ます」


「ならいい」


 仮縫い室へ戻る。


 衣装を脱がせる。


 ニナは裏側。


 支持帯。


 操作帯。


 確認。


 エステルは黙って見ている。


「ここ」


 ニナ。


「何でしょう」


「右の紐、ちょっとだけ毛羽立ってる」


 エステル。


 見る。


 本当に。


 ごく。


 少し。


 絹紐。


 表面。


 擦れ。


「どこで」


「踊り場?」


「可能性」


 エステル。


 骨輪。


 見る。


「輪は無傷」


「じゃあ布?」


「新しい折り返しを入れるなら、ここも直します」


「見つけた?」


「はい」


「仕事?」


「仕事です」


 ニナ。


 少し。


 嬉しそう。


「正式弟子だから?」


「それもあります」


「それも?」


「ニナだからです」


 顔。


 また。


 赤く。


「急にそういうの言う」


「嫌ですか」


「嫌じゃない」


「では」


「でも今はいい」


「分かりました」


 ヴィオラが横から。


「いい弟子」


「言わないで」


「私も欲しい」


「弟子?」


「うん」


「怖がります」


「何で」


 セラフィーネがすぐ答える。


「あなたが怖いから」


「あなたに言われたくない」


「私は怖くない」


 全員。


 少し。


 黙る。


「何」


「いえ」


 エステル。


「何でも」


 王宮での確認が終わったあと、エステルとニナは店へ戻った。


 昼を少し過ぎている。


 ベッシーの店へ寄り、預かり物を受け取り、お礼として夕方の繕いを一件引き受けることにした。


「お礼が仕事増やすことになってない?」


 ニナ。


「……そうですね」


「休めない」


「ではパンを買います」


「最初からそれでよかった」


「そうかもしれません」


 店。


 裁断台。


 本番衣装。


 広げる。


「やる?」


 ニナ。


「まず試作用で」


「同じ布?」


「近い重さのものを」


 外裾の左右端。


 内側。


 小さな。


 折り。


 作る。


 操作帯。


 最初。


 一寸。


 引く。


 左右端。


 内へ。


 寄る。


 その先。


 さらに。


 引く。


 外裾。


 全体。


 上がる。


 一度目。


 右だけ。


 早い。


「駄目」


 ニナ。


「はい」


「何で」


「左右の折り量が違いました」


「同じにする」


「測ってください」


「わたし?」


「弟子ですから」


「出た」


 木の仕立て定規。


 アルヴィス。


 くれた。


 それ。


 ニナ。


 使う。


「ここから?」


「はい」


「一寸」


「はい」


「こっちも」


「はい」


「同じ」


「では縫います」


「わたし?」


「片側を」


「本番?」


「試作です」


「そっか」


 ニナ。


 針。


 持つ。


 折り。


 しつけ。


 エステル。


 反対。


 縫う。


 二人。


 同時。


「比べる?」


「はい」


「どっちきれい?」


「目的は競争では」


「でも」


「ニナ」


「はいはい」


 縫い終わる。


 引く。


 一寸。


 左右。


 同時。


 内へ。


 寄る。


「できた」


「もう少し強く」


 さらに。


 引く。


 外裾。


 上がる。


 二段階。


 分かる。


 指。


 抵抗。


 変わる。


「王女様、分かる?」


「練習すれば」


「一回で?」


「殿下は器用です」


「前も言ってた」


「本当です」


 二十回。


 では。


 ない。


 今日は。


 十回。


 試す。


 角。


 人台。


 作る。


 狭い。


 曲がる。


 裾。


 寄せる。


 通る。


「いける」


 ニナ。


「はい」


「本番」


 エステル。


 少し。


 見る。


 白い。


 外裾。


「やります」


「わたしも?」


 エステル。


 止まる。


 正式な。


 婚礼衣装。


 本番。


 ニナ。


 弟子。


 任せる。


 範囲。


「しつけまで」


「ほんと?」


「はい」


「失敗したら」


「ほどきます」


「本番なのに」


「本番だからこそ、直せるように進めます」


 ニナ。


 手。


 洗う。


 いつもより。


 長く。


 拭く。


 戻る。


「どっち?」


「左側」


「何で」


「ニナは左側を見つけるのが得意なので」


「ほんと?」


「昨日も右肩の床を」


「それ右」


「……そうでした」


「エステル」


「では、単に私が右を縫います」


「正直」


「大切です」


 二人。


 笑う。


 本番。


 外裾。


 裏。


 目立たない。


 場所。


 ニナ。


 最初の。


 しつけ。


 一針。


 入れる。


 手。


 少し。


 震える。


「止めます?」


 エステル。


「止めない」


「無理は」


「怖いだけ」


「それなら」


「やる」


 針。


 通る。


 白い。


 布。


 裏。


 小さな。


 一針。


「入った」


「はい」


「王女様の服」


「はい」


「わたしの針」


「はい」


 ニナ。


 少し。


 息。


 吐く。


「普通」


「普通です」


「光らない」


「祝福は禁止です」


「分かってる」


「でも」


「何」


「よい一針です」


 ニナ。


 顔。


 赤い。


「今言う?」


「今だからです」


「次」


「はい」


 二針。


 三針。


 しつけ。


 続く。


 エステルも。


 反対。


 縫う。


 同じ。


 衣装。


 二人。


 別の。


 手。


 でも。


 一着。


 それで。


 いい。


 夕方。


 ユリウス。


 来る。


 いつもの。


 書類。


「進んでいます?」


 エステル。


「少し」


「エドガー・ヴァンデル」


 ニナ。


 すぐ。


 顔。


 上げる。


「何か出た?」


「一つ」


 ユリウス。


 紙。


 広げる。


「十年前、婚礼の三日前に、ギルド保管庫から臨時返納票を一枚受領した記録があります」


「本人が?」


「受領者名はエドガー・ヴァンデル」


「用途」


「王室衣装室臨時対応」


「返却」


「なし」


「一枚」


「はい」


 エステル。


 胸。


 少し。


 鳴る。


 第42話で。


 名前。


 候補。


 出た。


 印。


 曲線。


 特別技術監督。


 そして。


 返納票。


 一枚。


「署名欄の印は」


「エドガーのものと形状は一致します」


 ニナ。


「じゃあ」


「ただし」


 ユリウス。


「彼の個人印は、当時ギルド王室担当室の保管箱にも予備印が一本あった」


「他人でも使える?」


「権限があれば」


「だから」


 エステル。


「まだ本人とは決められない」


「そうです」


「本人は」


「九年前に退職、その後は東部へ移住した記録」


「生きています?」


「現在確認中」


「連絡は」


「取る予定です」


「すぐ?」


「先に記録を固めます」


 エステル。


 頷く。


「順番」


 ニナ。


「はい」


「もうみんな言う」


 ユリウス。


 少し。


 笑う。


「さらに」


「まだ?」


「返納票の保管箱に、当時の払出簿が残っていました」


「何が」


「エドガーが受領した同日」


 ユリウス。


 次。


 紙。


「王室衣装室側から、別の者がギルドへ来ています」


「誰」


 名前。


 そこ。


 記録。


『ガストン・オルドー代理 王室衣装管理補佐』


 エステル。


 止まる。


 セラフィーネの。


 叔父。


 十年前。


 リディア。


 拘束。


 命じた。


 王妃。


 見た。


 男。


「ガストン」


 ニナ。


 小さい。


 声。


「本人?」


「代理」


 ユリウス。


「名前は」


「補佐官の署名」


「誰」


「マティアス・レーン」


「知りません」


「当時の下級官吏。二年前に死亡」


「では」


「ガストン本人が来た証拠ではない」


「でも」


「彼の部署が、同じ日にギルドへ接触していた」


「臨時返納票」


「目的は書かれていない」


 エステル。


 紙。


 見る。


 エドガー。


 返納票。


 一枚。


 ガストン部署。


 同日。


 でも。


 線。


 まだ。


 つながらない。


「三日前」


 エステル。


「婚礼の」


「はい」


「母が返す道の異常をサビーネ様へ話したのも、そのころ」


「時期は近い」


「偶然」


「可能性もある」


「でも調べる」


「もちろん」


 ユリウス。


 婚礼衣装。


 見る。


「こちらは?」


「行進路変更で修正を」


「西回廊」


「使いません」


「それでいい」


「東回廊で新しい問題が出ました」


「直る?」


「はい」


「なら」


 少し。


 アルヴィス。


 似た。


「悪くない」


 ニナ。


 指。


 立つ。


「一回」


「何が」


 ユリウス。


「気にしないでください」


 エステル。


「公爵様の癖です」


「そうですか」


「広げないで」


 ニナ。


「もう広がってる」


「誰のせいでしょう」


 夕方。


 ユリウス。


 帰る。


 店。


 静か。


 婚礼衣装。


 外裾。


 左右。


 新しい。


 折り。


 しつけ。


 入る。


 片側。


 エステル。


 片側。


 ニナ。


「エステル」


「はい」


「もしエドガーって人が悪い人じゃなかったら」


「はい」


「名前出て、嫌じゃない?」


「どういうことです?」


「十年前の紙」


 ニナ。


「切られてた名前。候補で出されて、みんな疑う」


「そうですね」


「わたしの名前は残すって言った」


「はい」


「残るのも、怖いね」


 エステル。


 手。


 止まる。


 名前。


 残す。


 消す。


 どちらも。


 使い方。


 次第。


「だから」


 エステル。


「名前だけで決めません」


「うん」


「何をしたかを見ます」


「記録」


「記録と、縫い目と、残ったものを」


「顔も?」


「それは会えたら」


「公爵みたい」


「最近、皆様そればかり」


「似てきた」


「よくありません」


「何で」


「……何となく」


 ニナ。


 笑う。


「顔」


「禁止です」


 夕方の光が店へ差し込み、白い婚礼衣装の背中を照らす。花紋はまだ途中で、外裾には今日つけたばかりの小さな折りがある。


 道が変わったから、服も少し変わる。


 けれど最初に決めたこと――王女が自分で歩き、自分で選び、片手を空けること――それは変えない。


 人も同じだ。


 十年前の記録が新しく見つかり、名前が増え、道筋が変わっても、見るべきことまで変える必要はない。


 誰が。


 何を。


 縫ったか。


 誰が。


 何を。


 返そうとしたか。


 エステルは。


 本番衣装の。


 外裾。


 指。


 持つ。


「ニナ」


「何」


「一度、引いてみますか」


「わたしが?」


「はい」


「本番」


「しつけですから」


「失敗したら」


「直します」


 ニナ。


 操作帯の輪へ。


 指。


 かける。


「最初だけ?」


「一寸」


 引く。


 左右。


 外端。


 内側へ。


 寄る。


 止まる。


「止まった」


「はい」


「もう一回?」


「そのまま」


 さらに。


 引く。


 外裾。


 全体。


 上がる。


 左右。


 同時。


「できた」


 ニナ。


 笑う。


「はい」


「王女様も」


「できます」


「道変わっても」


「歩けます」


 エステルも笑った。


 道が変わっても、着る人まで変わるわけではない。


 なら服は、その人が歩き続けられるように直せばいい。


 十年前の道も、今は別のところへ続いているのかもしれない。


 それでも、一針ずつ見ていけばいい。


 エステルはそう思った。


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