第7話「それでも、隣に」
火は、まだくすぶっていた。
焼け焦げた木の匂いと、湿った煙が村を覆っている。
「大丈夫ですか!こっちに!」
セリアが走り回る。
怪我人に声をかけ、簡単な治癒魔法を施していく。
「……ありがとう、助かった」
「まだ動かないで。ちゃんと休んで」
そのやり取りを、少し離れた場所からリオは見ていた。
何もしていないわけではない。
だが、前に出ることもない。
(……この距離が一番いい)
関わりすぎれば、歪む。
それを知っている。
「リオ!」
セリアが駆け寄ってくる。
額に汗を浮かべ、少し息を切らしている。
「手、貸して。あっちに重傷の人がいる」
「……俺はいい」
「よくない」
即答だった。
リオはわずかに眉をひそめる。
「目立つ」
「もう十分目立ってる」
「……」
言い返せなかった。
「さっき、あんなの見せておいて今さら隠れるの?」
「……一理ある」
「でしょ。ほら、来て」
セリアが手を引く。
その手は温かくて、少し強引だった。
リオは一瞬だけ抵抗しかけて——やめた。
「……分かった」
小さく呟く。
二人は倒れた家屋の方へ向かう。
そこには、瓦礫に押し潰されかけた男がいた。
「意識はある。でも出血がひどい」
セリアが説明する。
「骨も……折れてるかも」
リオはしゃがみ込む。
男を見る。
苦しそうに息をしている。
(この程度なら)
手をかざす。
一瞬、黒い魔力が滲む。
「ちょっと待って」
セリアが止める。
「それ、何するの?」
「治す」
「それ……普通の魔法じゃないよね」
「まあね」
「危なくない?」
「さっきのよりは安全」
「比較対象がおかしい」
小さく息を吐くセリア。
少しだけ迷って——頷いた。
「……やって」
「了解」
リオは手を下ろす。
黒い糸のようなものが伸び、男の傷口に触れる。
侵食するように入り込み、そして——
再構成する。
肉が、骨が、静かに戻っていく。
「……え」
セリアが息を呑む。
これは治癒ではない。
“作り直している”。
数秒後。
男の呼吸が安定する。
「……終わり」
リオが手を離す。
「すごい……」
セリアが呟く。
だがその声には、純粋な驚きと同時に、少しの怖さも混じっていた。
「これも、“使い方次第”?」
「そう」
短い肯定。
セリアは少し黙ってから、リオを見る。
「ねぇ」
「なに」
「あなたさ」
言葉を選ぶように、ゆっくり続ける。
「さっき、“見捨てる”って言ってたよね」
「……言った」
「でも来た」
「来たね」
「なんで?」
単純な問い。
でも、本質を突いている。
リオは少しだけ視線を逸らした。
(合理的な理由なら、いくらでもある)
長期的利益。
情報収集。
影響の調整。
でも——
「……うるさかったから」
「え?」
「君が」
セリアが一瞬固まる。
「ちょ、それ理由!?」
「十分でしょ」
「十分じゃないよ!」
思わず声が大きくなる。
だがそのあと、ふっと力が抜ける。
「……そっか」
小さく笑う。
「じゃあ私のおかげだね」
「半分くらいは」
「じゃあ残り半分は?」
少しの沈黙。
リオは村を見た。
壊れた景色。
助かった人、助からなかった人。
「……気が変わった」
「それだけ?」
「それだけ」
嘘ではない。
でも、それだけでもない。
セリアはじっと見つめて——やがて言った。
「ねぇリオ」
「なに」
「あなた、怖いよ」
「知ってる」
「でも」
一歩近づく。
距離が縮まる。
「思ってたより、ちゃんとしてる」
「それ褒めてる?」
「一応」
少しだけ笑う。
その表情は、最初に会ったときよりずっと柔らかい。
「私ね」
セリアは言う。
「あなたが何なのか、まだ分からない」
「うん」
「でも、分かったことが一つある」
「なに」
まっすぐに、目を見て言う。
「完全に危ないやつじゃない」
「それはどうも」
「だから——」
一瞬、間を置いて。
「もう少し、一緒にいていい?」
風が吹く。
煙が流れる。
リオは、少しだけ考えてから——
「好きにすれば」
そう答えた。
突き放しているようで、拒絶ではない言い方。
セリアは小さく頷いた。
「うん、そうする」
その距離は、まだ不安定だ。
信頼でも、友情でもない。
けれど——
確実に、“ただの他人”ではなくなっていた。




