第6話「守る理由」
「……戻った方がいい」
リオが言った。
半魔族の亡骸から視線を外し、森の外を見る。
「え?」
「嫌な流れだ」
「流れって……」
説明はなかった。
だが、その表情を見てセリアは何も言わず頷いた。
二人は村へ向かって走る。
風を切る音。
胸の奥に残る、さっきの戦闘の感覚。
そして——
「……煙?」
セリアが立ち止まる。
遠く。
村の方角から、黒い煙が上がっていた。
「っ……!」
次の瞬間、リオは一気に加速した。
「ちょ、待って!」
セリアも追う。
木々を抜け、視界が開ける。
そこにあったのは——
見慣れたはずの村の、変わり果てた姿だった。
家の一部が崩れ、火が上がっている。
悲鳴。
怒号。
そして。
「グオオオオッ!!」
人ではない声。
「……そんな」
セリアが息を呑む。
村の中を、数体の異形が暴れていた。
半魔族。
それも、さっきの個体より明らかに“出来がいい”。
動きが速い。
力も強い。
「数が……多い」
三体。
いや、四体。
「どうしてこんな……」
「偶然じゃない」
リオは即座に言った。
「誰かが意図的に作ってる」
「え……?」
その言葉の意味を考える暇はなかった。
「逃げろ!」
村人の叫び。
一人の男が、半魔族に追われている。
転ぶ。
立てない。
「……っ!」
セリアが動こうとする。
だが——
その前に、リオがいた。
「——行くな」
低い声。
「え?」
「今出れば、全部バレる」
現実的な判断だった。
ここで力を使えば、隠しきれない。
討伐対象になる。
村にもいられなくなる。
「でも……!」
男が、腕を掴まれる。
引きずられる。
「……あの人、死ぬよ」
「分かってる」
リオの声は、冷静だった。
あまりにも。
「じゃあなんで止めるの!?」
セリアが叫ぶ。
リオは答えない。
ただ、村の光景を見ている。
炎。
悲鳴。
壊れる日常。
(……何度も見た)
同じ光景を。
何度も。
違う場所で、違う形で。
そして——その多くに、自分が関わっていた。
「……関わらなければ、もっと大きな流れを変えられるかもしれない」
ぽつりと呟く。
「え?」
「ここで目立てば、動きに制限が出る」
合理的な選択。
正しい判断。
長期的には、より多くを救える可能性。
「でもそれって!」
セリアの声が震える。
「今を見捨てるってことでしょ!」
言葉が刺さる。
まっすぐで、単純で——だからこそ強い。
「……」
リオは黙る。
男の叫びが、響く。
助けを求める声。
それが——
ふっと途切れた。
静かになる。
「……っ」
セリアが言葉を失う。
一歩、後ずさる。
「……遅い」
リオが呟いた。
その声には、ほんのわずかに感情が混じっていた。
後悔か。
苛立ちか。
それとも——
「……もういい」
一歩、前に出る。
「リオ?」
「計算、終わり」
その目が変わる。
完全に、決まった。
「全部潰す」
次の瞬間。
地面が、震えた。
リオの周囲に落ちていた髪と爪が、一斉に浮かび上がる。
「な……に……」
セリアが息を呑む。
数が違う。
さっきとは比べ物にならない。
「展開」
低く呟く。
それらが一気に形を成す。
三体。
四体。
いや、それ以上。
「命令は一つ」
リオの声が、静かに響く。
「——排除」
ゴーレムたちが一斉に動いた。
圧倒的な速度で。
半魔族へと突撃する。
衝突。
破壊。
悲鳴すら、長くは続かない。
一方的な戦いだった。
「……すごい」
セリアは呆然と呟く。
だが、その視線はゴーレムではなく——
リオに向いていた。
その背中。
その在り方。
(この人は——)
ただ強いだけじゃない。
“何かを背負っている”。
そう感じていた。
戦いは、すぐに終わった。
静寂。
炎の音だけが残る。
リオはゆっくりと歩き出す。
壊れた村の中へ。
その姿を見ながら、セリアは小さく呟いた。
「……結局、来たんだね」
助けに。
リオは少しだけ立ち止まり、言った。
「……今回は、な」
その言葉は——
過去の積み重ねを、確かに感じさせるものだった。




