第5話「半魔族」
「——来る」
リオが呟いた。
その声は、先ほどまでとは明らかに違っていた。
空気が変わる。
セリアもすぐに気づいた。
「……なに、この感じ」
肌が粟立つ。
森の奥から、じわじわと“何か”が近づいてくる。
魔力。
だが、歪んでいる。
「魔物じゃない……?」
「違う」
リオは短く否定した。
その目は、すでに“戦場のそれ”に変わっている。
「もっと厄介だ」
次の瞬間。
ガサリ、と茂みが大きく揺れた。
現れたのは——
人の形をしていた。
だが、人ではない。
皮膚はところどころ黒く変質し、片腕は異様に肥大化している。
目は濁り、理性の光がほとんど残っていない。
「……あれ、は」
セリアの声が震える。
「半魔族」
リオが答えた。
「なり損ない、か」
その存在を、知っている口ぶりだった。
半魔族は二人を見つけると、喉の奥から低い唸り声を漏らす。
「グ……ァ……」
一歩、踏み出す。
地面がわずかに沈む。
「下がって」
セリアが前に出る。
「私が——」
「無理」
即座にリオが遮る。
「え?」
「君の魔法じゃ、あれは止めきれない」
「でも!」
「来るぞ」
言葉を遮るように、半魔族が跳んだ。
速い。
巨体に似合わない速度。
一直線に、セリアへ。
「っ!」
反応が一瞬遅れる。
間に合わない。
その瞬間——
ゴッ!!
鈍い音が響いた。
半魔族の身体が、横から吹き飛ばされる。
地面を転がり、木に叩きつけられる。
「な……に……?」
セリアが目を見開く。
そこにいたのは、小さな人型。
だが先ほどとは違う。
明らかに“完成度”が高い。
「さっきの……」
「調整した」
リオが淡々と言う。
「簡易強化型」
ゴーレムがゆっくりと構えを取る。
半魔族も立ち上がる。
その目が、リオを捉えた。
——その瞬間。
動きが止まった。
「……え?」
セリアが息を呑む。
半魔族の表情が、変わる。
恐怖。
本能的な、圧倒的な“格の差”への反応。
「グ……ッ……!」
後ずさる。
明らかに、怯えている。
「やっぱり、か」
リオは小さく呟いた。
「……どういうこと?」
「血が反応してる」
「血?」
「簡単に言えば——」
リオは半魔族を見ながら言う。
「“上位存在”って認識してる」
セリアの背筋に、冷たいものが走る。
「それって……」
言葉の続きを、言えない。
だが理解してしまう。
目の前の少年が、何なのか。
完全ではないにせよ——
その輪郭を。
「下がってて」
リオが一歩前に出る。
ゴーレムが動く。
一瞬で距離を詰める。
打撃。
半魔族の腕が砕ける。
「ギャアアアアッ!!」
悲鳴。
だがリオの表情は変わらない。
「……弱いな」
ぽつりと漏れる。
その言葉に、セリアは思わず振り向いた。
そこにいたのは、さっきまで一緒に話していた少年とは、少し違う存在だった。
感情が、薄い。
ただ“処理”している。
そんな空気。
「終わり」
リオが指をわずかに動かす。
ゴーレムが首元を捉える。
——そのとき。
「待って!」
セリアの声。
動きが止まる。
「……なに」
「まだ……助かるかもしれない」
「無理」
即答だった。
「でも!」
「それはもう“壊れてる”」
リオは冷静に言う。
「戻らない」
セリアは言葉を失う。
それでも、目を逸らさない。
半魔族は苦しげに息をしている。
かつては、人だったもの。
「……せめて」
セリアが呟く。
「苦しまないように」
その言葉に、リオはほんの一瞬だけ考えた。
そして——
「……それなら」
ゴーレムが、一撃で終わらせた。
静寂が戻る。
風の音だけが残る。
セリアはしばらく動かなかった。
やがて、小さく息を吐く。
「……ありがとう」
「どっちに対して?」
「両方」
リオは答えない。
ただ、倒れたそれを見下ろす。
(……始まってるな)
確信していた。
これは偶然じゃない。
世界が、また動き出している。
そして。
セリアが、ゆっくりと口を開く。
「ねぇ、リオ」
「なに」
「あなた——」
一度、言葉を止める。
それでも、逃げない。
「普通じゃないどころじゃないよね」
「今さら?」
「うん。今さら」
少しだけ、苦笑する。
だがその目は真剣だった。
「でも」
続ける。
「さっきより、少し分かった」
「なにが」
「あなたが“何をする存在か”」
リオはわずかに目を細めた。
それは——
この先を大きく左右する理解だった。




