第3話「関わらない選択」
「——止まって」
リオが足を止めた。
セリアもすぐに立ち止まる。
「どうしたの?」
「前」
短い答え。
耳を澄ます。
……音。
剣がぶつかる音。
叫び声。
「戦ってる……?」
「うん」
少しだけ間。
「人間と獣人」
セリアの表情が変わる。
「行こう」
即座に言う。
だが——
「行かない」
リオは動かない。
「え?」
「関係ない」
淡々とした返答。
「でも——!」
「さっき見ただろ」
リオが言う。
「ここじゃ普通」
「普通でも!」
セリアが一歩前に出る。
「助けられるなら——」
「助けた後は?」
言葉が止まる。
「え……」
「どっちにつくの?」
「それは……」
「人間?獣人?」
選ばなければならない。
その現実。
「……」
答えられない。
「中途半端に入ると、両方敵になるよ」
リオの声は冷静だった。
経験から来る、確信。
「……でも」
セリアは俯く。
「見て見ぬふりは……」
「それも選択」
静かに言う。
冷たいわけじゃない。
ただ、現実的。
沈黙。
数秒。
遠くで、叫び声が響く。
セリアの手が、震える。
「……少しだけ、見てくる」
そう言って、走り出した。
「セリア」
止めない。
リオは、その背中を見送る。
(……分かってるくせに)
自分でも。
それでも行く。
それが——
彼女の選択。
少し遅れて、リオも歩き出す。
走らない。
急がない。
その先。
開けた場所。
そこに——
戦いがあった。
人間の兵士、三人。
獣人が二体。
すでに血が流れている。
「やめて!」
セリアが割って入る。
「これ以上は——」
その瞬間。
一人の兵士が振り向く。
「エルフ……!?」
「助けてくれ!」
叫ぶ。
「こいつらに襲われた!」
一方。
獣人は何も言わない。
ただ、構えている。
セリアが振り返る。
「本当なの?」
獣人を見る。
沈黙。
そして——
「先に来たのは、あいつらだ」
短い言葉。
「領域を越えた」
「嘘だ!」
兵士が叫ぶ。
「こいつらが——」
「黙れ」
獣人が低く言う。
「先に斬ったのは、お前だ」
空気が張り詰める。
どちらも譲らない。
セリアの呼吸が浅くなる。
(どっちが……)
分からない。
どっちも本当かもしれない。
どっちも嘘かもしれない。
「……もうやめて」
絞り出すように言う。
「ここで争っても——」
「関係ない!」
兵士が叫ぶ。
「殺らなきゃ殺られるんだ!」
その言葉は、真実だった。
獣人も同じ。
「どけ」
獣人が言う。
「邪魔するなら、同じだ」
セリアが動けない。
足が止まる。
(どうすればいい……)
そのとき。
「——セリア」
リオの声。
振り向く。
そこにいる。
いつも通りの顔で。
「戻るよ」
「え……?」
「もう終わる」
その言葉と同時に。
兵士が動いた。
斬りかかる。
獣人が迎撃する。
衝突。
一瞬。
そして——
「っ……」
静寂。
兵士の一人が、崩れ落ちる。
血が広がる。
「……」
セリアの目が見開かれる。
間に合わなかった。
止められなかった。
「……ほら」
リオが言う。
「こうなる」
責めるでもなく。
ただ、事実として。
セリアの手が震える。
「……私」
何もできなかった。
「戻ろう」
リオが言う。
「これ以上は、巻き込まれるだけ」
セリアは動かない。
倒れた人を見る。
獣人を見る。
何も言えない。
「……っ」
唇を噛む。
そして——
ゆっくりと、歩き出した。
リオの隣に戻る。
しばらく無言。
風の音だけが続く。
やがて。
「……リオ」
「なに」
「さっきの、正しかった?」
問い。
震える声。
リオは少し考えてから——
「分からない」
と答えた。
「え……」
「正しいかどうかは、その後でしか分からない」
セリアは黙る。
その答えは、救いにならない。
でも——
嘘でもない。
「……そっか」
小さく呟く。
その目は、まだ揺れている。
だが。
完全には折れていなかった。




