第2話「強さの基準」
獣人の集落は、森の中に溶け込むように存在していた。
木を削っただけの建物。
囲いも、門もない。
だが——
「……見られてるね」
セリアが小さく言う。
「あちこちから」
「うん」
リオは軽く頷く。
視線は隠れていない。
むしろ堂々と観察されている。
屋根の上。
木の影。
地面に座る者。
すべてが“警戒”ではなく——
「測ってるな」
リオが呟く。
「測る?」
「強さ」
その言葉に、セリアは少しだけ納得した。
確かに。
敵意というより、“興味”に近い。
「……変な感じ」
「ここじゃ普通だよ」
そのとき。
「来たか」
前方から声。
昨日の獣人ではない。
もっと年長。
体は大きく、傷だらけ。
明らかに“強い”。
「外の者」
じっと見られる。
まずリオ。
そしてセリア。
「人間と……エルフか」
「通してくれてありがとう」
セリアが頭を下げる。
獣人は反応しない。
視線はずっとリオにある。
「……お前」
低く言う。
「妙だな」
「よく言われる」
「気配が薄い」
「そう?」
「だが、弱くはない」
その評価は正確だった。
「面白い」
一歩、近づく。
圧が増す。
「試すか」
セリアがびくっとする。
「え、ちょ——」
「大丈夫」
リオが止める。
「軽くでしょ」
「軽く、だ」
獣人が頷く。
その瞬間。
地面を蹴る。
速い。
一直線。
拳が来る。
——止まる。
リオの前で。
ピタリと。
「……」
獣人の目が細くなる。
「見えているか」
「見えてるよ」
リオは動かない。
ただ見ている。
「じゃあ、これならどうだ」
次は横。
蹴り。
角度が変わる。
だが——
「遅い」
リオが一歩動く。
最小限。
それだけで、全部避ける。
「……なるほど」
獣人が距離を取る。
「強いな」
素直な評価。
「そっちもね」
「当然だ」
即答だった。
周囲の空気が少し変わる。
ざわめき。
「認められた?」
セリアが小声で聞く。
「半分くらい」
リオが答える。
獣人が言う。
「強さはある」
「だが」
少しだけ間。
「お前、戦わないな」
核心だった。
セリアが息を呑む。
「……そう見える?」
「見える」
即答。
「強いのに、使わない」
「無駄だから」
「無駄?」
「必要なときだけでいい」
獣人は少し考える。
そして——
「気に入らんな」
はっきり言った。
「え!?」
セリアが驚く。
「なんで!?」
「強さは使ってこそだ」
真っ直ぐな価値観。
「持ってるのに使わないのは、弱さだ」
その言葉に、リオは少しだけ目を細めた。
「……そういう考えもあるね」
否定しない。
だが肯定もしない。
「お前は違うのか」
「違うね」
はっきり言う。
「使わないで済むなら、その方がいい」
「逃げだな」
「効率だよ」
価値観がぶつかる。
だが——
どちらも引かない。
少しの沈黙のあと。
「……まあいい」
獣人が言う。
「戦わない強者も、いる」
納得ではない。
だが、許容。
「ただし」
指を向ける。
「いざというとき、逃げるな」
「逃げるよ」
即答だった。
「え」
セリアが固まる。
「無理なら逃げる」
「……お前な」
獣人が呆れる。
だが——
「嫌いじゃない」
ぽつりと呟く。
「生き残る方を選ぶか」
それもまた、一つの強さ。
「通れ」
背を向ける。
「好きにしろ」
許可が下りる。
セリアはほっと息を吐いた。
「……なんとかなった」
「まあね」
歩き出す。
その途中。
セリアが言う。
「ねぇ」
「なに」
「さっきの、どっちが正しいと思う?」
強さは使うべきか。
使わないべきか。
リオは少し考えて——
「どっちも」
と答えた。
「え?」
「状況次第」
「またそれ」
「それが一番正確だからね」
セリアは少しだけ笑う。
「ほんと曖昧」
「そう?」
「うん」
でも、と続ける。
「ちょっとだけ分かってきた」
「なにが」
「リオの考え方」
その言葉に、リオは少しだけ目を細めた。
(……それはどうかな)
理解されるのは、慣れていない。
でも——
完全に悪くもなかった。




