トーナメントの裏側
準決勝前夜。
ユーライザが珍しく自分から話しかけてきた。
来い、と言われて直樹は例の宇宙空間に呼ばれた。
今回彩は来ていない。ユーライザが「二人に話すことではない」と言ったからだ。彩は渋ったが、直樹が「後で全部話す」と言って止めた。
「話がある」
ユーライザが言った。
「珍しいな。お前から来ることはなかった」
「珍しいことを話すから珍しくなった」
「なんだ」
ユーライザは正面から直樹を見た。このボルゾイ犬顔が真剣な顔をするのは慣れるようで慣れない。
「このトーナメントの本当の目的を教える」
「……は?今更?」
「今だからだ」
「準決勝の前夜に教えることに意味があるのか」
「ある。聞け」
直樹は座った。透明床の上に胡座をかいた。下に宇宙が見える。
「下位宇宙の間引きという説明は本当だ。ただし、それは表向きの理由に過ぎない」
「裏がある」
「このトーナメントは、特定の個体を探すための篩だ」
「篩?」
「宇宙の中には、億分の一の確率で生まれる個体がいる。複数の記憶を保持したまま成長できる、特異な存在だ。通常、記憶の移し替えは個体を壊す。精神が崩壊する。だがその特異個体だけは、記憶を保持し続けることができる」
直樹の中で何かが合わさっていく感覚がした。パズルのピースが一つ一つはまっていく感覚。
「俺のことか」
「そうだ」
「だから記憶が外部保存されていた?」
「正確には、外部保存したのが最初の一回目だけだ。二回目以降、お前の脳は自力で記憶を保持するようになっていた」
「……は?」
「外部記憶装置は、二回目以降は空だ。お前の記憶はすべてお前の中にある」
直樹は頭を抱えた。
「じゃあ何で毎回記憶が戻る感覚があるんだ」
「脳の深部に眠っていた記憶が、特定の刺激で浮上する。その刺激を与える装置が、あの光だった。光自体に記憶データは入っていない。鍵だけが入っている。記憶そのものは全部、お前の中にあった」
「最初から俺の中にあったのか」
「そうだ。七回分全部」
「それをなんで今言う」
ユーライザは少し間を置いてから言った。
「準決勝の相手は、同じ特異個体だ」
直樹は固まった。
「同じ。俺と同じ?」
「複数宇宙の記憶を保持できる個体が、今回のトーナメントに二体いた。お前と、もう一体。このトーナメントは、その二体のどちらが本物の特異個体かを確認するために存在していた」
「どういうことだ。どちらが本物って、両方本物なんじゃないのか」
「そうだ。だからこそ問題になっている。通常、特異個体は宇宙に一体だけ存在するはずだった。同時に二体現れることは計算外だった」
「誰の計算外だ」
「……それについては後で話す。先に続ける。このトーナメントの最終目的は、最上位宇宙が宇宙の管理者候補を選ぶことだ。宇宙は広がり続けている。下位宇宙は増え続ける。それを管理する者が必要だ。一体だけだ。選ばれた方が管理者になる。選ばれなかった方の星は——」
「消える」
沈黙が落ちた。
直樹は黙って宇宙を見た。
足元の透明床の下に、無数の星が見えている。あの中の一つが地球だ。あの中の一つがザウロの星だ。あの中の一つがウォーレン人の星だ。
「俺が勝ったら、相手の星が消えるのか」
「そうだ」
「負けたら地球が消える」
「そうだ」
「どちらが勝っても誰かの星が消える」
「そうだ」
「……最悪なシステムだな」
「同意する」
直樹は立ち上がった。
「もう一体の特異個体は何者だ」
「名前はヴァール。お前と同じように七回のトーナメントを勝ち続けた。お前と同様、記憶を保持している」
「強いか」
「お前と互角か、それ以上かもしれない」
「その可能性は常に覚悟しておく。どんな星の出身だ」
「惑星ヴァルスタ。緑色の大気を持つ星だ。生命体は知的種族で、地球人と外見的には異なるが知能と感情のレベルは近い」
「家族はいるか」
「子どもが三人いると報告がある」
直樹は長い沈黙の後、言った。
「地球を守るために戦うのは変わらない」
「そうだ」
「ただ、勝った後のことも考えなきゃいけない」
「……どういう意味だ」
「管理者になれるなら、ヴァールの星を消したくない。消さずに済む方法を探す。管理者の立場で交渉する」
「それが可能かどうかはわからない」
「可能かどうかより、やるかどうかの問題だ」
ユーライザは直樹を見た。
「…お前は面倒なことを考えるな」
「地球人だから」
「それが言い訳になると思っているのか」
「言い訳じゃなくて説明だ」
ユーライザは何かを言いかけて、止めた。
「もう一つ話す。頭の中の声についてだ」
「あの遠い声か」
「そうだ。あれはトーナメントを設計した者の声だ。お前が特異個体かどうかを確認するため、精神干渉を行ってきた。お前が幻聴だと思っていたあの声は、観察者の声だ」
「……ずっと見られてたのか」
「そうだ」
「気持ち悪いな」
「同意する」
「ユーライザ、お前はその観察者に何も言わなかったのか」
「私の立場では言えなかった」
「今は言えるか」
「……今も難しい」
「でも俺に話した」
「それはお前が準決勝を前に全てを知るべきだと判断したからだ」
直樹はユーライザを見た。
「お前、俺に勝ち続けてほしいんだろ。担当だからじゃなくて、個人的に」
ユーライザは答えなかった。
「それはいい。ありがとな」
「……感謝するな。私はただ担当としての役割を果たしているだけだ」
「そうか」
ユーライザは視線を逸らした。
そのとき直樹は確信した。
このボルゾイ犬は、ただの担当者じゃない。




