思想を持つ敵は厄介だ
その夜、直樹はユーライザに交渉した。
「彩を次の試合に連れていく」
「論外だ」
「ルールのどこかに観戦禁止と書いてるか」
「……そのような条文はない」
「じゃあできる」
「慣例として——」
「宇宙人が作った慣例に地球人が従う義理はない」
「屁理屈だ」
「お前、俺に勝ち続けてほしいんだろ。俺のパフォーマンスに影響する要素は許容してくれ。彩がいる方が俺の状態は良くなる」
「根拠は」
「感覚だ」
「却下」
「感覚的な話は宇宙じゃ通じないか」
「通じない」
「じゃあこう考えてくれ。俺が何のために戦ってるかを、ちゃんと俺に意識させるための補助装置だ。守るべき対象を目の前に置いておく。ゲームで言うと守護目標の可視化だ」
ユーライザは少し黙った。
「……それは理解できなくもない」
「なら許可しろ」
「……モチベーション管理という解釈で、許容する」
「ありがとう」
「ただし。危険な目には遭わせるな」
「試合エリアと観戦エリアは分けられるか」
「可能だ。シールドを張る」
「完璧だ」
ユーライザはため息をついた。
「地球人の論理は本当に非合理だな」
「感情的な動物だから」
「それが弱みではないのが不思議だ」
「強みになることもある」
ユーライザはしばらく直樹を見た。
「……次の相手の話をする」
「ヴェルカ人ほど苦戦はしないだろ」
「断言するな。今回の相手はザウロだ。お前と今回が初戦だ。記憶にないはずだ」
「そうか。どんなやつだ」
「六本腕。戦闘に特化した肉体を持つ種族だ。知能も高い。だがそれ以上に——」
「それ以上に?」
「こいつはこのトーナメントを憎んでいる」
直樹は少し黙った。
「参加しながら憎んでるのか」
「自分の星を守るために参加せざるを得ない。そして参加者の中でおそらく最もトーナメントの仕組みに怒りを持っている存在だ」
「方向性が同じじゃないか」
「敵だ」
「でも目指すところは似てるんだろ」
「殺し合いで解決しようとしている時点で、手段が根本から違う。利害も一致しない」
「そうだな」
直樹は考えた。
「どんな技を使う」
「六本の腕がそれぞれ独立して動く。一本一本が別の攻撃パターンを持っている。連続して来る波状攻撃が主体だ。物量と連携で相手の防御を崩す」
「さばき切れるか」
「わからない。前例がない」
「面白い相手だな」
「楽しむな」
「してない」
でも、少し楽しみな気持ちがあった。
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翌日の夜。
彩が家の前に立っていた。
「来た」
「来た」
「普通の格好でいいと思う」
「最初からそのつもりだったけど」
彩はジャージ姿だった。いつも寝るときはジャージらしい。
「今から行くのか?」
「ユーライザが準備できたら呼ばれる」
「わかった」
二人でリビングで待った。
「緊張する?」
「ちょっと」
「宇宙に行くんだから当然だ」
「それよりあんたの試合見ることに緊張する」
「怖いか」
「怖いというか……」
彩は膝の上で手を組んだ。
「あんたが傷つくのが嫌だ」
直樹は少し黙った。
「傷ついても治る」
「それを聞いて安心する気になれない」
「ごもっとも」
光が来た。
彩が「わっ」と言って直樹の袖を掴んだ。
光に包まれる。
あの感覚。全てが白くなって、次の瞬間には別の空間にいる。
「……すごい」
彩が小さく言った。
あの宇宙空間だ。透明床の下に星々が見えている。彩は足元を見て、それから顔を上げて、それからぐるっと周りを見渡した。
「本物だ」
「本物だよ」
「宇宙人は」
「あちらです」
ユーライザが仁王立ちしていた。
彩はユーライザを一瞥して、それから言った。
「ボルゾイ犬みたいですね」
ユーライザが「失礼な」とでも言いそうな顔をした。でも地球語がわからないのか何も言わなかった。直樹が通訳した。
「言っちゃったか」
「かわいいと思って言ったのに」
「怒ってる」
「なんで」
「本犬に向かってボルゾイ犬みたいと言うな」
「宇宙人に向かって本犬はおかしくない?」
それはそうかもしれない。
ユーライザが透明な壁を展開した。ここが観戦エリアだと示すように。彩はその壁を手で触った。
「シャボン玉みたいな感触」
「防護シールドだ。ここから出るな」
「あんたが言ってるの?」とユーライザを指差す彩。
「俺が言ってる。ユーライザはまだ彩に慣れてないから」
「あとで仲良くなれる?」
「……頑張れ」
試合エリアが出現した。
広大な平野だ。何もない。見渡す限り草しかない。遮蔽物がゼロだ。
「真っ向勝負の舞台だ」
「相手が設定したのか?」
「あるいは主催者が決めたのか。わからない」
ザウロが現れた。
彩が小さく息を飲む音が聞こえた。
六本腕。青い体色。二メートル五十を超える体躯。各腕の先に異なる形状の手がついている。爪がある腕、平たい手がある腕、細長い指がある腕。それぞれがもう既に動き始めていた。ウォームアップだ。
「でかい」
「でかい」
「直樹より強い?」
「わからない。初戦だから」
「初戦なのに向こうの方が強そうに見える」
「それはそうかもな。見た目だけで言うと俺が一番弱そうだ」
「高校生だもん」
ザウロが俺を見た。
「お前が周防直樹か」
「そう」
「七回連続でトーナメントを勝ち抜いた地球人。話は聞いている」
「そっちも大概勝ち上がってるんだろ」
「今回は五勝だ。お前の七勝には及ばない」
「五勝でここまで上がってくるなら十分強い」
ザウロは俺をまっすぐ見た。その目に怒りがある。俺個人への怒りじゃない。もっと大きな何かへの怒りだ。
「お前はこのトーナメントをどう思う」
「クソだと思う」
ザウロが少し驚いた顔をした。六本の腕の動きが止まった。
「なぜそう思う」
「力と偶然で星の命運が決まるシステムだ。合理的かもしれないが、誰も幸せにならない」
「その通りだ。では、なぜ参加する」
「地球を守るためにな。お前も同じ理由だろ」
「……そうだ。俺は自分の星に子どもが二人いる。その二人のために戦う」
「こっちは守りたいやつがいる」
「どれくらい大切か」
「わからん。でも大切だ」
「その言い方は理解できる」
ザウロは少し表情を和らげた。そして再び引き締めた。
「だからこそ、お前に負けるわけにいかない」
「こちらもそうだ」
「俺はこのトーナメントを憎んでいる。参加しながら憎んでいる。矛盾しているのはわかっている」
「矛盾してない。嫌いなシステムに従いながらも守るべきものがある。そういうことは地球にもある」
「お前の星にも」
「ある。理不尽なことだらけだ」
ザウロはゆっくりと頷いた。
「戦う前に、聞いておきたいことがあった。ありがとう」
「俺もだ」
「では」
「では」
開始した。
六本腕が動き始めた。予想通りの波状攻撃だ。右から二本、左から二本、正面から二本。それぞれが違うタイミングで来る。一つを避けると次が来る。一つを捌くと別方向から来る。
密度が高い。
これは筋力で押し切るタイプの攻撃じゃない。
直樹は後退した。
距離を取る。ザウロはゆっくりと追ってくる。急がない。焦らない。追い詰めることを目的にせず、ただ圧をかけ続けることを目的にしている。
「賢い動きだ」
「褒め言葉は聞こえる」
「聞かせたくて言った」
観戦エリアから彩の声が聞こえた。「直樹!」と言いかけてユーライザに制止されたのか、途中で止まった。
集中する。
六本腕のパターンを読む。
ある程度は規則性がある。五回に一回、正面の二本が大振りになる瞬間がある。そのときに前腕の守りが薄くなる。そこだ。
一、二、三、四、五。
踏み込む。
正面の二本腕が大振りになった瞬間、真下をくぐって懐に入る。
ザウロが驚いた。
でも残り四本がすかさず反応した。上から二本、横から二本。
「速い」
直樹は跳んだ。上に。
四本の腕を全部かいくぐって空中に出る。
真上からザウロの頭部を狙う。
「お前の星はどんなとこだ」
空中で直樹は言った。
「は?」
「戦いながら話せるだろ」
「……赤い空の星だ。夕焼けの色が一日中続いているように見える」
「きれいそうだな」
「美しい」
直樹は落下しながら拳を固めた。
ザウロが六本腕で防御の態勢を取った。でも直樹の目的は頭部じゃなかった。
「釣れた」
防御に意識が向いた一瞬、足元への攻撃。膝の裏。
ザウロがバランスを崩した。
その瞬間、直樹は空間圧縮の拳をザウロの腹部に叩き込んだ。
轟音が鳴った。
ザウロが吹き飛んだ。でも光にならない。
「……まだあるか」
立ち上がったザウロはまだ戦える状態だった。ただ、さっきより動きが落ちている。
「お前は強い」
「そっちも」
「本気で行く」
六本腕が全部同時に動き始めた。波状じゃない。全部同時だ。これが最大火力だった。
六方向からの同時攻撃。
直樹は一つずつ捌いた。
右、左、上、下、右斜め、左斜め。
速度と判断力だけで全部を捌く。
最後の一本をかいくぐって、直樹はザウロの肩口に肘を叩き込んだ。
ザウロが膝をついた。
直樹は追撃しなかった。
「続けるか」
ザウロはしばらく沈黙して、首を横に振った。
光が出てくる。
消える前に声が聞こえた。
「次に会う機会があれば、一緒にこのシステムを壊したい」
「覚えておく。絶対覚えておく」
光が消えた。
直樹は拳をゆっくり開いた。
手のひらが少し痺れている。
観戦エリアから彩が走ってきた。シールドが解除されたようだ。
「直樹!無事?」
「無事だ」
「あの六本腕のやつ、強かった。見てて冷や汗かいた」
「本当に大変だったのはヴェルカ人の方だ」
「さっきも強そうだったのに?」
「心理戦の方が消耗する」
彩が直樹の手を見た。
「痺れてる?」
「ちょっとな」
「大丈夫?」
「大丈夫だ」
彩はしばらく直樹の手を見ていた。それから、そっと放した。
「試合が終わるたびに、安心する」
「そうか」
「毎回ちゃんと無事でいて」
「努力する」
ユーライザが言った。
「地球へ戻す」
「おう」
「お前も」と彩に言ったのか、ユーライザは彩の方を向いた。彩は少し緊張した顔でユーライザを見た。
「あの……ありがとうございました。連れてきてくれて」
ユーライザは黙っていた。地球語がわかるかどうかも怪しかったが、しばらくして一言だけ言った。
「……また来い」
直樹は少し驚いた。
彩は頬を赤くして「はい!」と言った。




