表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/14

策士は嫌いだ

次の招集は一週間後だった。


その一週間は、地味に変わった一週間だった。


数学の勉強を少しやってみた。理解できないところが多すぎて途中で止まったが、少なくとも問題を読む気にはなった。彩が放課後につき合ってくれた。「なんで急に」と言いながらも嬉しそうだったから別にいいか。


屋上にも二回行った。男バスの練習を見た。一人でこっそり見た。背番号7の右肘は相変わらず下がっていた。


それと、声が三回聞こえた。


あの遠い声が。


内容は毎回同じだ。来なさい、とだけ言って終わる。誰が呼んでいるのか、どこに来いというのか、一切わからない。ユーライザに聞いてみたが「知らない」と言われた。珍しいことに、ユーライザは本当に知らないようだった。


そして七日目の夜。


「次の試合の相手を教えろ」


ユーライザが現れたとき、直樹は先に言った。


「ヴェルカ人だ」


記憶が反応した。七回のうちに一度当たった相手。四回目のトーナメントだったか、五回目だったか。あのときの試合が鮮明に思い出される。


「覚えてる。そのときは苦戦した」


「唯一、お前が一度敗北しかけた相手だな」


「敗北しかけたじゃなくて、苦戦しただけだ」


「大差ない」


「大差あるわ」


ユーライザがため息をついた。


「ヴェルカ人の特性は覚えているか」


「策士。直接戦闘より環境操作と心理戦を好む。幻覚系の精神攻撃が得意。あと個人的に一番嫌いなタイプ」


「なぜ嫌いなのか」


「なんか性に合わない。正面から来いって思う」


「その考え方が苦戦の原因だ」


「わかってる。だから今回は作戦を立てた」


直樹はユーライザを見た。


「前回の記憶から、ヴェルカ人の幻覚は連続使用に五秒のラグがある。そこが唯一の隙だ。最初の幻覚を受け入れて崩れたふりをして、五秒で始末する。それが今回の作戦だ」


ユーライザは少し黙った。


「崩れたふりができるか。お前はそういう芝居が下手だ」


「七回目の俺が下手でも、八回目の俺は練習する時間があった」


「……一週間でか」


「できないよりマシだ」


---


舞台は廃墟だった。


地球の廃墟に似ている。鉄筋コンクリートの骨格だけが残った構造物が無数に立ち並んでいる。高さが違う。形が違う。一番高いものは十五階建てくらいある。


視界が完全に遮られる。三次元的な戦場だ。


狙撃に向いている。罠を張るのに向いている。何より、幻覚を使う側が圧倒的に有利だ。ヴェルカ人が自分に有利な地形を設定したのは明白だった。


「相手のホームグラウンドにしてやがる」


文句を言っても始まらない。


直樹は廃墟の入り口に立った。広場になっている。ここが開幕地点だ。ヴェルカ人の姿は見えない。当然だ。こいつは最初から隠れる。接近戦が嫌いだからだ。


動かない。


待つ。


一分、二分。


廃墟の中から何かが飛んでくる気配がする。物理じゃない。もっとソフトな何か。精神系の攻撃だ。こいつの得意技。頭に直接干渉して幻覚を見せてくる。記憶の中にある。あのときは完全に虚を突かれた。


今回は構えてある。


「見せてみろ」


幻覚が始まった。


校庭。バスケコート。


チームメイトたちがいる。試合中だ。体育館の独特のにおいがする。床の固い感触がある。ユニフォームの薄さが肌にある。


本当に丁寧に作ってある。


直樹は自分がコートの中にいることに気づいた。身体が動く。バスケットシューズの感触。ボールの重さ。ドリブルの音。


試合の流れが読める。あのとき、自分がいた頃の試合。チームメイトの顔が見える。あいつらとやったのは何年前だ。去年か。もっと前か。


懐かしい。


嫌いじゃない感覚だった。だからこそ、これが罠だとわかる。懐かしさに浸って動きを止めさせる。そこを狙う作戦だ。


「懐かしさで動きを止めるつもりか」


直樹は幻覚の中で笑った。


でも同時に気づいた。


懐かしいと思っている。


去年まで何もかもがつまらかった俺が、バスケを懐かしいと思っている。ただの過去の話として処理していない。感情が反応している。


あの頃は楽しかった。


そう思っている。


「……へえ」


「何が可笑しい」


声が聞こえた。廃墟の影から。


ヴェルカ人だ。姿を現した。人型だが、皮膚が完全に透明だ。内側の器官が全部見える。心臓みたいなものが三つある。それぞれが独立して動いている。肺に相当するものが六つある。複雑な生命体だ。


「お前の幻覚のおかげで気づいたことがある。ありがとな」


「……何を」


「まあいいや。でも感謝してる」


ヴェルカ人は警戒を強めた。透明な皮膚の下で、器官が動くのが見える。血流が速くなった。


「崩れていないのか」


「崩れてない。でもそのフリをしようとしてた」


「正直に言う必要があるか」


「こいつに正直に言った方がなんか面白そうだと思って」


ヴェルカ人は首を傾けた。理解できない、という顔だ。


「お前は不思議な地球人だ。七回のトーナメントで名前が知られている。最強の特異個体候補と言われている。それなのに、今もトーナメントを楽しんでいるように見える」


「楽しんでるとは少し違う」


「違うのか」


「充実してると言う方が近いかもしれない。何かに本気になれるのは、嫌いじゃない」


ヴェルカ人は長い沈黙ののち、言った。


「私は楽しんでいない。恐怖しながら戦っている」


「そっか」


「それでもお前を倒さなければ私の星が消える」


「こっちも同じだ」


「では、再開しよう」


「待ってた」


ヴェルカ人が再び幻覚を展開しようとする。


「同じ手は二度使えない」


直樹は動いた。


建物の壁を蹴って一気に高度を上げる。ヴェルカ人が驚いて幻覚の構築を中断する。そのラグが五秒だ。この五秒は幻覚を使えない。


「五秒間だけ、お前は何もできない」


廃墟の上から落下しながら直樹は拳を固める。


ヴェルカ人が逃げようとする。速い。足は速い。でも直樹の落下速度の方が速かった。


「終わり」


手刀を首の後ろに。


精密に。意識を刈り取る点を狙って。


ヴェルカ人の意識が落ちた。光になって消える。


直樹は着地した。


廃墟の広場に一人で立っている。


幻覚の中に見たバスケコートのことを、まだ頭の中で反芻していた。懐かしかった。あれは本当に懐かしかった。


去年の自分があの感覚を持てていたら、全然違っていたんだろうか。


ユーライザが現れた。


「予定通りだったか」


「崩れたフリはやめた。不要だったから」


「なぜ」


「相手が話しかけてきたから、話した。そしたら隙ができた」


「…対話で勝利したのか」


「そういう言い方もできるかもな」


ユーライザはしばらく俺を見ていた。


「お前は七回の間に変わったな」


「そうか?」


「最初の頃は、会話などしなかった。ただ戦って、ただ勝つだけだった」


「そうだったかもな」


「今は違う」


「……かもな」


ユーライザは何かを言いかけて、止めた。


「地球へ戻す」


「おう」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ