地球の命運と、帰るべき場所
帰ってきた翌朝。
直樹は普通に学校に行った。
何も変わっていない。
当然だ。地球人の誰もこんなことを知らない。
廊下を歩いていると後ろから彩が追いついてきた。
「普通に登校するの」
「するよ」
「宇宙の管理者になった翌日に」
「管理者だからって学校サボっていいわけじゃない」
「そっか」
二人で並んで歩く。
「昨日よく眠れた?」
「よく眠れた。今まで一番よく眠れた」
「あたしも」
「何か夢見たか」
「見た。直樹がバスケしてる夢」
「どんな夢だ」
「体育館でシュートしてた。決まって、あたしが見てた」
「俺も似たような夢見た」
「え」
「偶然だ」
「すごい偶然だ」
二人が笑った。
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放課後。
屋上に二人で行った。
「ヴァールの星、本当に守れる?」
「管理者の権限で交渉できる。今日の夜にでも動く」
「グリード人の星も?ヴェルカ人の星も?ザウロの星も?」
「全部順番にやる。時間はかかるかもしれないけど、一個一個やる」
「ユーライザは手伝ってくれるの?」
「声から正式に連絡が行くはずだ。俺とヴァールが管理者になったことを。そこからは俺たちの仕事だ」
「大変だな」
「大変だ。でも、やる価値がある」
彩はしばらく直樹を見た。
「直樹、変わったな」
「そうか」
「うん。去年のあんたは、何もかもどうでもよさそうだった。今は全然違う」
「全然違うのか」
「全然違う。目が生きてる。やりたいことある。守りたいものある。約束を守ろうとしてる」
「それが普通じゃないのか」
「普通だけど、去年のあんたには全部なかった」
直樹は空を見た。
あの宇宙空間の広さを知っている。その中に地球がある。その中にこの学校がある。その中にこいつがいる。
「少しずつ戻ってきた感じがする」
「戻ってきた?」
「なんて言えばいいかわからないけど、全部がつまらなくなる前の感じに。あの頃よりもっといいかもしれない」
「なんでそう思う?」
「理由があるから。守りたいものがわかったから」
彩は少し赤くなって前を向いた。
「あたしのこと、守りたいものに入れてくれてる?」
「入れてる」
「本当に?」
「本当に。入れてる」
「……それ、言い方変えたら告白みたいだけど」
「そうか」
「どうなの」
「どうって言われても」
「どうなの」
直樹は少し黙った。
空が広い。
「まあ、そういうことだと思う」
「まあとか思うとか、はっきりしろ」
「そういうことだ」
「……ちゃんと言ってよ」
「好きだよ」
彩は固まった。
五秒くらい固まった。
それからポニーテールを揺らしながら前を向いた。
「……わかった」
「わかったって何だ」
「わかった、受け取った、ってこと」
「じゃあお前はどうなんだ」
「……こちらもそういうことです」
「こちらもそういうことって何だ」
「だからそういうことだって」
「ちゃんと言え」
「言えない。恥ずかしい」
「俺は言ったのに」
「あんたが先に言ったから、あたしも言う必要ないでしょ」
「意味がわからない」
「女の子はそういうもん」
「前もそれ言ってたな」
「そういうもんだから」
直樹はため息をついて、それから笑った。
彩も笑った。
「バスケ、また始める?」
「……考えてる」
「考えるは了承の意思表示だと」
「うるさい」
「男バスの人たち喜ぶよ」
「お節介だ」
「あの背番号7の子、まだ右肘下がってるよ」
「見てたのか」
「見てた」
「お前の方が観察してるじゃないか」
「気になって」
「……少し、手伝ってもいいかなと思ってる」
「本当に?」
「助っ人くらいならいい。全部戻るかどうかはわからない」
「それで十分だよ」
「そうか」
「そうだよ」
校庭で男バスが練習している音が聞こえてくる。
ボールの音。足音。声。
それが聞こえた。
悪くない。
それが全部、悪くなかった。
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その夜。
直樹はユーライザと話した。
「管理者としての最初の仕事だ」
「わかっている。ヴァールとも連絡がついている」
「ヴァールどうだった」
「お前と同じことを言った。まず脱落した星全部の状況を確認したい、と」
「息が合うな」
「管理者同士が息が合う方がいい」
「ユーライザ、お前はこれからどうなる」
「……管理者のサポートという立場になるらしい。声から伝えがあった」
「じゃあまだ一緒に仕事するな」
「そうなる」
「よかった」
「何がだ」
「一人でやるより心強い」
ユーライザは少し黙った。
「……私もそう思う」
「声から感謝は伝えられたか」
「伝えられた」
「なんて言ってた」
「受け取っておく、と」
「ほんとに変な声だな」
「変な存在だ。でも悪い存在ではない」
「そうだな」
「直樹」
「なんだ」
「よくやった、とは言わない。これからが始まりだ」
「わかってる」
「管理者の仕事は大変だ」
「わかってる」
「地球での生活もある」
「わかってる」
「それで大丈夫か」
「大丈夫だ。問題があったら相談する」
「……それを言えるようになったのは変化だな」
「前の俺は言えなかったのか」
「最初の七回、お前は一度も相談しなかった」
「そうか」
「今回は違う」
「今回の俺は、前の七回と少し違うから」
「何が違う」
直樹は少し考えた。
「続きがある、と思えてる」
「続きが」
「試合の後のこと。管理者になった後のこと。全部やり終えた後のこと。全部考えてる。前の七回はそこまで考えてなかった気がする」
「気がする、というのは」
「記憶はある。でも感覚は少し違う。今の俺の方が、先を見てる」
ユーライザは少し黙った。
「……それが特異個体としての成長かもしれないな」
「そうかもしれない」
「いずれにしても。よく帰ってきた」
「ありがとう」
「感謝するな」
「無理だ」
「……今日だけ許す」
「明日も言う」
「明日は怒る」
「わかった」
光が薄れていく。
ユーライザの気配が遠くなっていく。
直樹は自室のベッドに横になった。




