最終決戦——それぞれの星のために
舞台は最上位宇宙が作り出した完全な空間だった。
上も下も左も右もない。ただ光だけがある。
白ではなく、かすかに金色がかった光だ。
彩がシールドの中にいる。今回もユーライザが手配してくれた。ユーライザも別の場所に控えている。
そして直樹は空間の中央に立っていた。
少し離れた場所に、ヴァールが現れた。
外見は人型だ。地球人とは違う。肌が薄い緑色をしている。目が三つある。縦一列ではなく、横に三つ並んでいる。身長は直樹より少し低い。でも体から溢れている何かが、今まで戦ってきた誰とも違った。
密度が違う。
ただ存在しているだけで、空間が変わる感じがした。
「周防直樹か」
声は穏やかだった。穏やかなのに、空間に響いた。
「ヴァールか」
「会いたかった」
「俺も」
「おかしいな。敵なのに」
「おかしくない。理解できる相手に会えることは珍しい」
ヴァールが少し三つの目を細めた。笑い方なのかもしれない。
「お前はどういうやつだと聞いていいか」
「どうぞ」
「トーナメントで最強と言われている。だが戦い方が普通の戦士と違うと報告を受けた。相手と話しながら戦う」
「それのどこが変なんだ」
「普通の戦士は相手の情報を使う。お前は相手を理解しようとする」
「それで上手くいくことが多い」
「なぜ」
「理解した相手を見誤りにくいから。相手が何を守りたいかわかれば、何をしてでも勝とうとするのもわかる。そこが一番危ない」
「……なるほど」
ヴァールは少し沈黙した。
「では俺のことも理解しようとするか」
「する。お前の星の子どもは何人いる」
ヴァールが少し驚いた顔をした。三つの目が少し大きくなった。
「三人だ」
「いくつだ」
「上から八歳、五歳、二歳だ。末っ子は俺がトーナメントに来る一年前に生まれた」
「二歳か」
「二歳だ。歩き始めたばかりの頃に来た。帰ったときには少し喋れるようになっていた」
「それを守りたい」
「そうだ」
直樹はヴァールを見た。
こいつは本物だ。
戦士として本物なんじゃなくて、守るべきものを持っている本物だ。
「俺の方は子どもじゃない」
「でも守りたいやつがいる」
「そうだ」
「今日来ているのか」
「来てる」
ヴァールはシールドエリアの方を見た。彩がいる。
「幼馴染だと聞いた」
「どこから」
「声から教えてもらった」
「あいつも教えたのか」
ヴァールは少し笑ったように見えた。
「お前とほぼ同じ会話をした。お前は彩という地球人のことを話した。俺は三人の子どものことを話した。そしてどちらも、このシステムを変えたいと思っている」
「お前が言ったことを聞いた。次の管理者は平和的な方法で選ぶと」
「声が教えたか」
「ああ。俺も同じことを思ってる」
ヴァールは少し沈黙した。
「では、なぜ戦う必要がある」
「そこは俺もわからない。声はルールだと言った。でも」
「でも?」
「やってみるしかない。戦って、どちらかが結果を出して、そこから交渉する。今できることは今全力でやるしかない」
「それは地球人の論理か」
「俺個人の論理だ」
ヴァールは深く息を吸った。
「わかった。ならやろう。全力で」
「ああ」
「お前の星を消したくない。でも俺の子どもたちを守りたい」
「俺も同じだ。逆のことを思ってる」
「どちらかが諦めれば解決するが」
「どちらも諦めない」
「そうだな」
「だから全力で戦う。その結果を声に見せる。二人とも諦めなかった結果を」
ヴァールは少し間を置いた。
「……お前は面白いやつだな」
「そっちもだ」
二人が動いた。
ヴァールの速度は直樹を超えていた。
最初の一撃が完全に抜けた。
横っ腹に直撃した。激痛が走る。
「速い」
「お前も速い。でも俺の方が上だ」
二撃目が来た。今度はかわした。
でもかわしきれなかった。肩口をかすった。
「本当に速い」
「八回分の記憶があるのに、その速度に対応できないのか」
「記憶があっても見たことない速度は対応できない。八回目で初めて当たる相手だから」
「それは俺も同じだ」
ヴァールの三撃目が来た。
今度は読めた。
直樹はかわしながら反撃した。
ヴァールが受けた。手のひら同士がぶつかった瞬間、衝撃波が走った。
「同じ力だ」
「速度で上だが、力は互角か」
「俺の方が少し上かもしれない」
「確かめてみるか」
「やろう」
何十合も打ち合った。
空間が揺れた。光が歪んだ。
ヴァールは速い。でも直樹の空間圧縮の拳はヴァールの防御を貫通する。ヴァールにはそれに対抗できる何かがあった。速度を使って圧縮される前に距離を取る。
正確な判断だ。
「お前の拳は普通じゃない」
「空間ごと圧縮する。記憶の中から引き出した力だ」
「俺にはそういう特殊な力はない。速度と判断力だけだ」
「それで十分すぎる」
「お前の力には対抗できない気がしていた。でも速度で距離を取れば避けられる」
「完璧な対策だ」
「それでも、お前は当ててくる」
「読んでくる速度を上回ればいい」
「それはお前には難しいと思っていた。今まで俺より速い相手はいなかった」
「俺にとっても速い相手は初めてだ」
「だからどうする」
「考えてる」
二人は少し距離を取った。
息を整えながら、お互いを見た。
両者ともに消耗していた。直樹の横っ腹が痛む。ヴァールも何発か食らっていた。
「楽しいか」
ヴァールが聞いた。
「……少しな」
「俺も。久しぶりだ、こんなに本気でやれた戦いは」
「俺も。今までで一番手強い」
「お世辞は不要だ」
「本音だ」
ヴァールが再び動き始めた。
今度は速度を落としていた。
「なぜ遅くなった」
「お前の力に対抗する方法を考えていた。速度で逃げるだけではお前を倒せない」
「そうだ」
「接近して速度を殺す。距離があるほどお前の拳は怖い。零距離ならそれほどでもないはずだ」
「正解だ」
「試してみる」
ヴァールが踏み込んだ。
直樹は受けなかった。横に動いた。
ヴァールが追った。
速い。近距離でも速い。
今度の一撃は完全に当たった。顎に。
直樹の視界が揺れた。
「立てるか」
「立てる」
「倒れてもいいぞ」
「倒れない」
直樹は立った。
殴られたのはいつぶりだろう。記憶の中にあったはずだが、こんなにちゃんと食らった記憶は薄い。
痛い。
でも痛みが、逆に頭を覚ます感じがした。
「お前はなんで笑うんだ」
「笑ってるか?」
「笑ってる」
「痛いのに頭が冴える感じがして、それが面白かった」
「変なやつだ」
「よく言われる」
直樹は拳を固めた。
ヴァールの作戦は正解だ。距離を詰めて速度で押す。それが一番有効だ。
ならこっちも変える。
圧縮拳を使わない。
純粋な打撃戦に持ち込む。
「作戦変更だ」
「何を変える」
「これだ」
直樹が踏み込んだ。
ヴァールが受け身を取った瞬間、直樹の拳が来た。
圧縮なし。純粋な速さと重さだけ。
ヴァールが驚いた。
「なぜ力を使わない」
「お前の間合いで戦う」
「不利だろう」
「そうかもしれない。でもどっちが先に限界を超えるかの勝負にすれば、俺に分がある」
「なぜ」
「七回分の経験で、俺の体は普通より頑丈になってる。スタミナが違う」
「それは有利だ」
「だから長引かせる」
「賭けだな」
「賭けだ」
ヴァールが笑った。三つの目が全部細くなった。
「お前は面白い戦い方をする」
「そっちも面白い判断をする」
「なら最後まで全力でやろう」
「ああ」
再び交錯した。
今度は泥臭い打ち合いになった。
速度のヴァール対スタミナの直樹。
一撃一撃を全部受けて、全部返した。
ヴァールが少しずつ速度を落とし始めた。
直樹は落とさなかった。
「……なるほど」
「どうだ」
「お前の読み通りだ」
「そうか」
「でも」
ヴァールが残った全速度で踏み込んだ。
一撃だ。全部を込めた一撃。
直樹も受けなかった。
同じタイミングで踏み込んだ。
二人の拳が、同時に相手に届いた。
轟音。
空間が割れた。
二人とも吹き飛んだ。
着地した。
立っていた。
お互いに。
「……まだ立てる」
「俺も」
「すごいな」
「そっちもだ」
「でも、もう次はない」
「俺もそう感じてる」
「決着をつけよう」
「最後の一撃だ」
「ああ」
二人は同時に息を吸った。
そして。
「止めろ」
声が響いた。
声だ。あの声だ。
空間に満ちた。
「止めろ。お前たち二人が互角だということが証明された。それで十分だ」
「十分?どういう意味だ」
直樹が聞いた。ヴァールも聞いた。
「二体の特異個体が同時に存在し、同等の力を持つことが確認された。これは予定外だった。だが同時に、理想的かもしれない」
「言ってる意味がわからない」
「管理者を二人にする」
沈黙。
直樹とヴァールは顔を見合わせた。
「そんな手があるのか」
「ルールは私が作った。私が変えられる」
「最初からそうしろ」
「最初はお前たちが二人とも本物かどうかわからなかった」
「確認するためにここまで戦わせたのか」
「そうだ。許せないなら許さなくていい。だが答えは伝えた」
直樹はヴァールを見た。ヴァールが直樹を見た。
「どう思う」
「……悪くない」
「俺も悪くないと思う」
「ただし」
直樹は声に向かって言った。
「条件がある」
「聞こう」
「一つ。このトーナメントは今回で終わりだ。次の管理者は別の方法で選べ。下位宇宙の間引きもなくせ。それが条件だ」
「同意する」とヴァール。
「もう一つ」
「何だ」
「今回のトーナメントで脱落した星の扱いを、俺とヴァールの二人で決める権限をくれ。消したくない」
ヴァールが驚いた顔をした。
「……そこまで考えていたのか」
「約束したから」
「誰に」
「幼馴染に」
ヴァールは少し笑った。
「お前は変なやつだが、いいやつだな」
「お前もいいやつだ」
声が長い沈黙の後、言った。
「……承諾する。両条件を飲む」
「本当に守れよ」
「守る」
「あと」
「まだあるのか」
「ユーライザ。俺の担当のあのボルゾイ犬に、感謝を伝えろ。こっちから言っても怒るから、お前から言ってくれ」
声がまた揺れた。
「……伝える」
直樹はヴァールを見た。
「握手しよう」
ヴァールはその言葉に少し戸惑ったが、直樹の意図を理解したのか、手を差し出した。
直樹はその手を握った。
七回分の戦いの末に、最後の相手と握手をした。
「よろしくな」
「よろしく。地球人」
「直樹でいい」
「直樹。よろしく」
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観戦エリアが解除された。
彩が走ってきた。
シールドの外から全部見ていたはずだ。
「直樹!」
抱きついてきた。
直樹は少し驚いて、それから彩の頭に手を置いた。
「痛い?」
「痛い」
「どこ」
「あちこち」
「ちゃんと治る?」
「治る」
「本当?」
「本当だ」
彩はしばらく離れなかった。直樹も離さなかった。
「見てたぞ。格好よかった」
「お世辞はいい」
「お世辞じゃない。本当に格好よかった」
「……そうか」
「あとさ、最後に握手したじゃん」
「ああ」
「ヴァールってやつと」
「ああ」
「約束、守れそう?」
「管理者の権限を使えるなら、守れる」
「その権限はもらえた?」
「もらった」
彩が顔を上げた。
目が赤い。泣いていたのか。
「よかった」
「心配かけたな」
「心配した。ものすごく」
「すまない」
「謝らなくていい。ただ、次から……あ、次はないか」
「ない。終わった」
「終わった」
「終わった」
彩は少し笑った。
「終わったんだ」
「終わったよ」
ユーライザが近づいてきた。
「地球へ戻す」
「おう」
「……よくやった」
ユーライザが珍しく言った。
「ありがとう」
「感謝するな」
「する。ユーライザのおかげで全部うまくいった部分がある」
「私はただ担当として——」
「ありがとう」
ユーライザは黙った。
彩がユーライザを見た。
「ありがとうございました。直樹を助けてくれて」
「助けていない。担当——」
「助けてくれた。ありがとうございます」
「……どういたしまして」
ユーライザは小さく言った。
光が来た。




