声の正体
その夜、声が来た。
来なさい。
あの遠い声だ。
「どこへ」
返事はない代わりに、引き寄せられる感覚があった。
気づいたら、あの宇宙空間にいた。でもユーライザがいない。いつもと違う場所だ。透明床がない。宙に浮いているような感覚だ。上にも下にも何もない。ただ薄い光がある。
光の中に誰かがいる。
形がはっきりしない。人型ではない。でも意思がある。存在感がある。こいつはものすごく古い何かだ、と直感でわかった。
「誰だ」
わかるはずだ。
「……トーナメントを設計した者か」
正確には違う。
直樹は黙った。
「もっと上か」
そうだ。私はこのトーナメントを作るように指示した者だ。宇宙の根幹に近い位置に存在している。
「宇宙の根幹って何だ」
宇宙はただ存在しているのではない。維持されている。私たちはその維持に関わる存在だ。
「それがなんで殺し合いトーナメントなんか開いてる」
これはお前に問う前に、私が問われなければならない問いだ。
「答えは出てるか」
出ていた。だからお前に話しかけた。
直樹は少し間を置いた。
「答えを聞く前に、一個確認させてくれ」
「何だ」
「ユーライザはお前のことを知ってるか」
知っている。だが詳細は知らない。担当者レベルには知らせていない。
「なんで」
担当者が管理者候補に肩入れすることを避けるためだ。
「もう肩入れされてるけどな」
「…そのようだ。それについては予定外だった」
「予定外なことが多いな、お前のシステムは」
「お前自身が予定外だ」
「俺が?」
「お前のような特異個体が生まれることは想定していた。だが二体同時に生まれることは想定していなかった。ヴァールが存在することが計算外だった」
直樹は少し考えた。
「二体いるなら、それでいいじゃないか。管理者を二人にすれば」
「私もそれを考えている」
「考えてるだけか」
「実行するかどうかは、お前たちの戦いを見てから決める」
「お前が見守ってるのか」
「そうだ」
「だから頭の中に声が届いてたのか。監視するために」
「観察するために」
「言葉を選ぶな。どっちも気持ち悪い」
光の中の存在は少し揺れた。笑ったのかもしれない。
「お前は正直だな」
「正直じゃないと損することの方が多い」
「地球の論理か」
「俺個人の論理だ」
「では正直に答えてやる。お前の中の声の正体は私だ。だが、ずっと話しかけていたわけではない。ユーライザとは別の回路で、お前の精神的な状態を確認するために接触することがあった」
「つまらなさを感じていた時期も、お前が関係してるのか」
沈黙があった。
「……直接引き起こしたわけではない。だが、トーナメントに呼ばれる前の段階で、特異個体は必ずその状態になる。精神の転換点だ。何かがつまらなくなり、そして何かが動き始める。それは特異個体の成長プロセスだ」
「じゃあ俺のつまらなさも、成長の過程だったのか」
「そう解釈してくれて構わない」
「解釈してくれ、じゃなくて、そうなのかどうかを正直に言え」
また沈黙。
「……そうだ。お前が経験してきた全てが、今のお前を作っている。その過程に偶然はない。全て必然だ」
直樹はしばらく黙った。
「俺が管理者になったとして、ヴァールの星はどうなる」
それはお前が決めることだ。
「消す気はない」
「わかっている」
「約束したから」
「誰に」
「幼馴染に」
また揺れた。今度は明確に笑っているように見えた。
「地球人は面白いな」
「よく言われる」
「宇宙の管理者が幼馴染との約束を優先する」
「それのどこが問題あるんだ」
「問題はない。むしろそれが必要だ。管理者は宇宙に従う者ではない。宇宙に問い続ける者だ。このシステムをクソだと言い、幼馴染との約束を守ろうとするお前こそ、ふさわしい」
「ヴァールも同じように言ったか」
「聞くのか」
「聞きたい」
「ヴァールもお前と話した。ヴァールはこう言った。俺が管理者になったら、このトーナメントを永遠になくす。次の管理者は平和的な方法で選ぶ、と」
「いいやつじゃないか」
そうだ。
「俺も同じことを思ってる」
知っている。
「じゃあどっちでもいいじゃないか」
そうはいかない。
「なんで」
「二体が本当に本物かどうか、最後まで確認する必要がある。これはルールだ」
「お前が作ったルールだろ」
「そうだ」
「変えろ」
「最終決戦の結果を見てから考える」
「考えるは了承の意思表示だと教わった」
光の中の存在がまた揺れた。
「地球人には敵わないな」
声が消えた。
直樹はひとり、宇宙の中に立っていた。
ヴァールのことを考えた。
顔も知らない。声も知らない。でも、言ったことだけ聞いた。
「いいやつだな」
口に出してみた。
誰も聞いていない宇宙の中で。
でもそれが、明日への決意みたいなものになった気がした。




