70.ノームのおしごと
ノームから受け取った盾はびちょびちょだったのに、ノーム本人はぜんぜん濡れてない。さすが精霊だね。おヒゲもさらさらだよ。
「そんなイヌコロ臭い盾なんぞ使いおって」
あっ、聞いたことがあるよ。ノームはゴブリンやコボルドが嫌いなんだって。大地を荒らす存在だから、大地の精霊ノームとは敵対的なんだろう。
コボルドが9層に降りてこないのは、シケクド草があるからというよりも、ノームがいるからかもしれないね。
私がコボルドの盾を使っていても、とくに気を悪くした様子はなさそうだ。ヘソを曲げられても困るから、盾はしまっておこうね。
ノームは大地の精霊だから、きっと草花や薬草についても詳しいのだろう。手際よく、泉の周りの草を採取してるよ。
……あっ。
今、ノームが採取してる草! なんで気付かなかったんだろう……それは。
「ロクヨギ草だ!」
幻の、すごくおいしいお茶の葉だよ! めったに見ることは無いのに。……他には? ああっ、もう無いよ!
「なんじゃ、飲みたいのか。人間族なんぞに飲ませる気はないが、まあ一杯くらいはやらんでもないこともない」
どっち? くれるの、くれないの?
ノームは歩き出したからついていこう!
さすが、ここに住んでるノームは迷いなく、ダンジョン内をすいすいと進んでいくよ。魔物に出会うこともなく、壁の罠は相変わらず頭の上を通り過ぎるけれど。
「ここじゃ」
ノームが立ち止まった場所は、ダンジョンの行き止まりの一角だ。何も無い所だけど、ノームが壁をよじ登りだしたよ?
壁の上の方を見ると、岩が複雑に積み上がってるけれど、所々に隙間がある。わわ……こんなのぱっと見では気付けないよ。気づいたとしても鎧を着込んでるような冒険者だと入り込めないね。小柄な私でもなんとか通り抜けられるくらい。なるほど、こんなところに住んでるんだね。
どうやらここがノームの住処みたい。
「お邪魔しまーす」
「邪魔するなら帰ってもらうぞい」
ノームって見た目ドワーフと似てるけれど、言うこともドワーフ姉さんと同じだね。
ドワーフ姉さんはかわいくておヒゲはないけど。
おうちの中はダンジョンの通路と同じで土と岩でできてるけれど、それなりの広さで家具もあるよ。けっこう快適そうね。
ノームの家族かな? もう一人いるみたい。あっ、怪我をした息子さんがいるって言ってたっけ。
包帯をお腹と右足に巻いたノームが床に寝かされていたよ。
「こいつは息子のノームじゃ」
やっぱり息子さんみたいだね。ノームだと紹介されたけど、ノームには名前をつける文化は無いのかな?
見た感じ……ちっちゃなおじいちゃんだ。白ひげのとんがり帽子。包帯が無かったらどっちがどっちかわからないよ。
けっこうな大怪我みたいだね。これじゃあ初級ポーションでは間に合いそうもない。かといって、中級ポーションは手に入らないし……。
「ワシらは大地の精霊じゃからの。土の上に寝かせとけば200日程度で治るわい。じゃが、その間は仕事ができんのう……」
200日は長いよ! でもそれで治るならすごいね。精霊にとってはそんなに長い期間じゃないのかな? それにお仕事ができないのも大変だね。
薬師としては、なんとかしてあげたいけれど……。
あっ、そうだ。あれがあるよ! こないだミミレちゃんの定食屋でつくった『初級ポーション+』! 初級ポーションより効果が高いから、治せるかもしれない!
でもなあ。ノームは人間族のお金なんて持ってないよね。タダであげるわけにはいかないよ。
「ほら、茶が入ったぞ。飲め!」
あっどうも。いただきまーす。ごくごく。
……………………。
!!!!!!! 美味しい! まさかこれって……ロクヨギ茶!?
清々しさを凝縮したような旨味と、上品さと爽やかさと併せ持つ甘みが一体となって舌をヌルリと這い、愉悦に満ちた刺激を振りまきながらゴクリと喉越しした瞬間の驚きと幸福感といったら……! ふおおおおお……。しゅごい……。
「なんじゃその、締まりのない顔は。だらしないのう」
おっと、あまりの美味しさに惚けてしまったよ。そうだ、ここにはロクヨギ茶をごちそうになりに来たんだった。
こんな見事なお茶をごちそうになったら仕方ないね。代金としては十分だ。
じゃーん。『初級ポーション+』を取り出したよ。ええと、息子さんはどっちかな?
「初級ポーションか? 言ったじゃろ。効かんかったって……む、色が若干違うか」
ほう、わかる? さすがノームだね。大地の精霊だから、植物やポーションにも詳しいのかも?
飲んでみるように息子さんに勧めたら、疑うことなく、素直に飲んでくれたよ。
勧めておいてなんだけど、実際本当に治るかどうかちょっと心配だ。ひどい怪我だったし、中級ポーションほどの効果は無いからね。
息子さんノームは飲み終えた後、ぼーっとしていたけれど、しばらくしたら、驚きの表情に変わった。
「おっ? 痛くないわい。治ったぞい!」
包帯を剥ぎ取って起き上がったよ。治ったのは良かったけれど、すぐに動き出すのはだめだよ。しばらくは安静にしておかなきゃ。
意外にも、薬師の言うことは素直に聞いてくれて大人しくなった。だけど包帯を取ったから、これでさっぱり二人の見分けがつかなくなっちゃったよ。
ええと、こっちのノームがノームで、そっちのノームが……。ああ、名前がないとややこしいね。
「アンタは腕の良い薬師だな? 感謝するぞい」
薬師として褒められるのは嬉しいね。プライドが高そうなノームでも、感謝してくれるんだねえ。
なんてことを考えてたら、ドーン、と大きな音がして、ダンジョン内が大きく揺れた……えっ何、地震!?
「おお、ヤツが来おったわい。仕事に取り掛からんといかんの」
さっき言ってた、ノームのおしごとってやつ? この地震と関係あるのかな? でもまだ息子さんは安静にしてなきゃいけないよ。
お父さんのほうのノームが、慌てて入口の隙間から出ていった。私もノームを追いかけて外に出て、さっきの行き止まりの通路まで戻ってきたよ。
地震のような揺れは、断続的に何度か続いて起こっているよ。一体何事だろうね?
「ワシらノームの役割は、大地の秩序を護ることじゃ。このダンジョンでは時折、下層にいる魔物が上ってこようとすることがある。そいつらをこの階層から下へ追い返すのがワシらの仕事じゃ」
えっ、そんなことがあるんだ! でも下層の魔物を追い返すなんて、すごく大変じゃないのかな?
「今回のヤツはちと、やっかいでの。息子と二人がかりで何とかやっとったが、とうとうしくじって、息子が怪我させられてしもうた……あの」
ノームが指さした先に、ものすごく大きな、モグラがいた。
「ギガントもぐらのせいでのう」




