5.昔の私、今の私
翌日、エミリアは現在の作品を資料館へ持ち込んだ。
担当者は衣装を見て感心した。
「これは、素敵ですね。昨日のドレスとは、またずいぶん印象が違います」
「ありがとうございます。普段から着られることを意識して作ったんです」
「なるほど。装飾も控えめですが、とても綺麗です」
資料館では、服飾市に合わせて現代の職人の作品も紹介していた。担当者は姉妹の衣装をその展示へ加え、古いドレスと関連づけて紹介できないか検討してくれることになった。
もちろん、古いドレスは貴重な収蔵品である。直接手を加えたり、着用させたりすることはできない。しかし、隣接する展示台に現在の衣装を置くことなら可能だという。
「二着を並べたら、制作の変化も分かりそうですね」
担当者はそう言った。
エミリアも、それを楽しみにしていた。
*
その午後、リゼットが姉妹を訪ねてきた。
「昨日は、思いがけないお話を聞いて、驚いてしまいました」
「私たちも、あのドレスがここにあるとは思っていませんでしたから」
エミリアは笑った。
「よかったら、今の私たちの作品も見ていただけませんか?」
リゼットは頷いた。
エミリアは青緑色のドレスを広げた。
「これは、私がデザインしたものなんです。魔導刺繍も、基本の仕組みはお姉ちゃんが考えたものですけど、図案は自分で作りました」
「綺麗ですね」
リゼットは、すぐにドレスの裾へ目を向けた。
「この布、斜めに裁っているんですか?」
「はい。歩いたときの広がり方が好きで」
「なるほど。でも、ここは少し縫いにくくなかったですか?」
「そうなんです。何度もやり直したんですよ」
エミリアは嬉しそうに答えた。
二人はすぐに服飾の話で盛り上がった。どこを縫うと生地が引っ張られるのか。どの方向に布を使うと、美しい襞ができるのか。魔導刺繍を入れるためには、どこに余裕を持たせればよいのか。
リゼットは何度も頷き、エミリアも相手の意見を興味深そうに聞いていた。
クララは、二人の会話を聞きながらお茶を飲んでいた。専門的な服飾の話では、エミリアの方がずっと詳しい。こうして妹が自分の得意なことについて楽しそうに話しているのは、見ていて嬉しかった。
しばらくして、リゼットがぽつりと言った。
「私、あのドレスを初めて見たときのこと、今でもよく覚えているんです」
エミリアは顔を上げた。
「そうなんですか?」
「はい。光の花びらが舞い上がるのが本当に綺麗で。しかも、私とあまり年の変わらない女の子が作ったと聞いたものですから、すごく憧れたんです」
リゼットは、少し笑った。
「昨日、クララさんが作ったものだと聞いて、びっくりしました。あの頃からずっと、エミリアさんという天才少女が作ったんだと思っていましたから」
「そうですよね」
「でも、作った方のお話を直接聞けたのは嬉しかったです。あの花びらの動きに、あんな工夫があったなんて知りませんでした」
リゼットは青緑色のドレスを見た。
「それに、こうして今のエミリアさんの作品も見られましたし」
「ありがとうございます」
「私も、あれからずっと服を作ってきました。昔は、あのドレスみたいな綺麗な服をいつか自分でも作れたら、と思っていたんです」
リゼットは自分の指先を見た。
「今でも、あのドレスは大好きです。でも、こうしてエミリアさんとお話ししていると、何だかもっと面白くなってきました」
「面白く、ですか?」
「はい。昔のドレスを作ったのはクララさんで、エミリアさんは今、ご自分で衣装を作っていらっしゃる。そして私も、あの頃よりは少し上手に服を作れるようになりました」
リゼットは微笑んだ。
「みんな、あの頃とは違うんですね」
エミリアは、ゆっくり頷いた。
「そうですね」
昔の自分は、天才魔導刺繍師として褒められていた。そのたびに、何となく居心地の悪さを感じていた。
もちろん、華やかな衣装を着て人々の前に出ること自体は嫌いではなかった。服を褒められることも、流行の話をすることも楽しかった。
しかし、姉が作ったものを自分の作品として扱われることには、ずっと違和感があった。自分が針を持つことは許されず、姉とも自由に会えなかった。
あの頃の思い出を振り返ると、楽しかったことと嫌だったことが、どうしても混ざってしまう。
けれど、あのドレスを見て喜んでくれた人がいた。そのことまで、否定する必要はないのかもしれない。
「私も、あのドレスは好きなんです」
エミリアが言った。
「昔のことは、あまりいい思い出ばかりじゃないんですけど……でも、あのドレスは本当に綺麗だったから」
クララが横から口を挟んだ。
「うん。私も好きだよ」
エミリアは姉を見た。
「お姉ちゃん」
「あの花びら、完成したときは本当に嬉しかったからね。作るのは大変だったけど、綺麗にできたと思ってる」
クララは少し考えた。
「まあ、もうあんなに働くのは嫌だけど」
リゼットは、思わず笑った。
「クララさん、そんなにお仕事が嫌いなんですか?」
「仕事が嫌いというより、仕事ばかりになるのが嫌なんです」
「仕事ばかり、ですか」
「ええ。作りたいものを作って、おいしいものを食べて、好きなときにゆっくり過ごして。そういう時間が大事なので」
クララは穏やかに答えた。
「せっかく自由に暮らせるようになったんですから、楽しまないともったいないでしょう?」
リゼットは、少し驚いたような顔をした。それから、微笑んだ。
「そうですね。私も、服を作るのは好きなんですけど、つい仕事ばかりになってしまうので」
「好きな仕事でも、ほどほどがいいですよ」
クララが言うと、エミリアが笑った。
「お姉ちゃんは、好きな研究を始めると、全然ほどほどじゃないけどね」
「それは趣味だから」
「同じことでしょう?」
「違うよ。好きなときにやめられるから」
リゼットも笑った。
そのあとも、服飾の話はなかなか終わらなかった。
*
夕方、リゼットは自分の工房へ二人を案内してくれた。
そこには、彼女が作った衣装や、地元の織物が並んでいた。大きな作業台の上には仕立て途中の上着が広げられ、壁には裁断用の型紙が掛けられている。
エミリアは、一着の上着を手に取った。
「この襟の形、すごく綺麗ですね」
「ありがとうございます。地元の伝統的な形を少し変えてみたんです」
「この布の使い方も面白いなあ」
一方、クララは棚に置かれた織物の見本を眺めていた。
「リゼットさん、これもあのお店の生地ですか?」
「ええ。光の反射で色が変わる布ですね」
「これ、近くで見ると本当に綺麗だね」
クララは布を持ち上げ、角度を変えてみた。
「この模様を、魔導刺繍の光と組み合わせたらどうなるんだろう」
「それ、面白そうですね」
リゼットも興味を示した。
「でも、光らせすぎると布の色が見えなくなりそう」
「そうだね。布そのものの光り方を活かした方がよさそうだな」
二人はしばらく、布を窓辺に持っていって眺めていた。クララは魔導刺繍の光を当てる位置を想像し、リゼットは布が動いたときの見え方について説明する。
エミリアは、そんな姉を見て笑った。
「お姉ちゃん、すっかり夢中だね」
「うん。こういうのは面白いね」
「休みに来たんじゃなかったの?」
「これは趣味だから」
「ずるいなあ」
クララは笑った。エミリアも、リゼットも笑った。
その日、姉妹は日が暮れるまで工房に滞在した。リゼットとは、帰国後も手紙を送り合う約束をした。




