4.誰の作品?
「本当に驚きました。まさか、ご本人にお会いできるなんて」
リゼットは、まだ少し興奮しているようだった。
何年も憧れていた衣装の持ち主が、目の前にいる。それどころか、先ほどまで一緒に布の話をしていたのだ。
「私、昔からずっと憧れていたんです。こんな綺麗な服を作れる人がいるんだって」
「ありがとうございます」
エミリアは嬉しかった。しかし、同時に胸の奥が少し重くなった。
展示に書かれていた名前は、自分のものだ。けれど、その魔導刺繍を作ったのはクララだった。
「あの、リゼットさん」
「はい」
「一つ、お話ししておきたいことがあるんです」
エミリアは、展示されているドレスを見た。
「このドレスの魔導刺繍は、私が作ったものではないんです」
リゼットは、きょとんとした。
「……え?」
「実際に制作したのは、姉なんです」
エミリアはクララの方を向いた。
「昔、私たちの家では、姉が作った魔導刺繍を、私の作品として販売していたんです」
リゼットは、しばらく何も言わなかった。
「……そう、だったんですか」
エミリアは頷いた。リゼットがこのドレスに強い思い入れを持っていることは、先ほどの話からも分かっていた。だからこそ、説明するならきちんと伝えたいと思った。
エミリアは、昔の商会でどのようなことが行われていたのかを、簡単に話した。姉が魔導刺繍を作り、自分がその作品を着て社交界に出ていたこと。そして、当時の自分は自由に刺繍をすることすら許されていなかったこと。
リゼットは、驚いた様子で話を聞いていた。
「そんな事情があったんですね。全然知りませんでした」
「昔は、あまり表に出ていなかったので」
「そうだったんですか……」
リゼットは、もう一度ドレスを見た。
「でも、確かに言われてみれば、ずいぶん前の作品ですものね。こうしてご本人からお話を聞けるなんて、思ってもいませんでした」
「私たちも、このドレスがここにあるなんて知らなかったんです」
エミリアが答えると、リゼットは微笑んだ。
「そうなんですね。何だか、不思議な巡り合わせですね」
彼女はしばらくドレスを眺めていた。今まで知っていたのとは違う制作の経緯を聞き、作品の見え方が少し変わったのかもしれない。
しかし、ドレスを見つめる表情は、先ほどと同じように穏やかだった。
*
三人はその後、資料館の担当者を訪ねた。
事情を聞いた担当者は驚いたものの、姉妹の説明を丁寧に記録してくれた。
ドレスは何年も前に地元の収集家が購入したもので、現在は資料館へ貸し出され、服飾文化を紹介する展示に使われているという。購入時の書類も残っており、そこにはヴァルテン商会の名前と、エミリアを制作者として紹介する記述があった。
「なるほど。当時の販売情報と、実際の制作事情が違っていたのですね」
「はい」
エミリアは頷いた。
「商会では私の作品として販売していましたが、魔導刺繍を制作したのは姉です」
「当時の資料しか残っていませんので、展示でもそのように紹介していたのですが……」
「当時は、そういうことになっていましたから」
エミリアは少し困ったように笑った。
担当者は、改めてクララへ向き直った。
「失礼ですが、こちらの魔導刺繍について、少しお話を伺ってもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろんです」
クララはドレスを見た。
「裾の花を動かすために、内側にも刺繍があるんです。表から見えるところだけじゃなくて、着ている人の動きを調べる部分も入れてあります」
「内側にも、ですか?」
「はい。たしか、右側の縫い目の近くに……」
クララは展示ケースの外から位置を示した。担当者は保存用の記録を取り出し、衣装の裏側を撮影した資料を見せてくれた。
「あ、これですね」
「そうです。ここに二つ重ねてあります」
クララは、少し楽しそうに説明を続けた。
「最初は一つで済ませようと思ったんですけど、どうしても花びらの動きが揃わなくて。結局、別々に動きを調べることにしたんです」
「なるほど。そのような仕組みになっていたのですね」
「今なら、もう少し上手にまとめられると思いますけど」
クララは小さく笑った。
「当時はこれが精いっぱいだったんです」
担当者は、資料とクララの説明を照らし合わせながら、詳しく記録を取っていった。確認を終えると、展示の説明についても見直したいと申し出た。
「当時の販売資料にはエミリア様の作品とありますが、今回のお話も重要な制作記録です。資料の出所を明記したうえで、展示に加えたいと思います」
「ありがとうございます」
エミリアが頭を下げた。
「こちらこそ。こうした衣装は、作品そのものだけでなく、どのような人が、どのように作ったのかも大切な記録ですから」
担当者はそう言ってから、少し考えた。
「ところで、今はお二人で工房を営んでいらっしゃるんですよね?」
「はい。ソレイア共和国で、魔導刺繍の工房を開いています」
「現在の作品も、拝見できませんか?」
エミリアは顔を明るくした。
「もちろんです。ちょうど、商談用の見本をいくつか持ってきています」
クララも頷いた。
「今のエミリアのドレスもあるんですよ。あれなら、昔の作品と比べても面白いかもしれませんね」
担当者は興味深そうに身を乗り出した。
「それは、ぜひ拝見したいですね」
*
その日の夕方、姉妹は宿に戻った。
エミリアは荷物の中から、青緑色のドレスを取り出した。
「お姉ちゃん、これなら展示に使えると思わない?」
「うん。いいと思うよ」
それは、エミリアがデザインした外出用のドレスだった。落ち着いた青緑色の生地に、小さな花の刺繍が施されている。クララが設計した基本的な魔導刺繍の仕組みを使い、エミリア自身が図案を考えて縫い上げたものだ。
着用者が動くと、花の一部が淡く光る。かつてのドレスのように大量の光の花びらが舞い上がるわけではないが、普段着として使えるよう、装飾は控えめにしてあった。
「これ、お姉ちゃんにも手伝ってもらったけど、ほとんど私が作ったんだよね」
「うん。デザインも刺繍も、よくできてると思う」
「ありがとう」
エミリアは嬉しそうにドレスを見た。
自分が考えて、自分で作った衣装。昔は、こんなことができるとは思っていなかった。
「昔のドレスと並べたら、何だか不思議な感じがしそう」
「そうだね。私もちょっと見てみたいな」
エミリアは、丁寧に衣装を畳んだ。
「じゃあ、明日持っていこうか」
「うん」
クララは窓の外を見た。夕暮れの街並みに、少しずつ明かりが灯り始めている。
「さて、今日の予定はこれで終わりかな」
「うん。あとは夕飯だけだよ」
「それなら、少し早いけど浴場へ行かない?」
「今から?」
「せっかくリュネールに来たんだもの。今日も入っておきたいな」
エミリアは笑った。
「お姉ちゃん、本当にお風呂が好きだね」
「うん。温かいお湯に浸かって、何も考えずにのんびりするのって、幸せでしょう?」
「それは分かるけど」
「そのあと、おいしい夕飯を食べたら完璧だね」
「じゃあ、行こうか」
二人は宿を出て、夕暮れの街へ歩き出した。
昔のドレスについては、まだ考えたいことがたくさんあった。けれど、今日は今日で、楽しい旅行の一日でもあった。




